第二章 「炎戦を終えて」 3
第二章 「炎戦を終えて」 3
「しっかし、奴を仕留められなかったのが悔しいな」
テーブルを挟んだ向かい側で食事を取るグリフレットが溜め息交じりに呟いた。
「人的損害ゼロで撃退できてるのはうちの部隊だけだし、そこはむしろ誇るべきところだと思うがなぁ」
隣の席にはギルジアが座っている。
「アンジアの《フレイムゴート》、ノルキモの《ダンシングラビット》……そしてセギマの《ブレードウルフ》、か」
ギルジアの向かいにいるのはボルクとキディルスだ。
アルフレイン王国と敵対している三ヵ国にはそれぞれ、名の知られたエースが存在している。先の《フレイムゴート》もその一人で、南方のアンジアで最も戦果を挙げている。
その他に名が挙がるのが、北方のノルキモの《ダンシングラビット》と、セギマの《ブレードウルフ》だ。
《ダンシングラビット》はその名が示す通り、機動力に特化させた《ノルムキス・ハイク》というワンオフの白い改良機を操り、舞うように戦うことと、頭部に追加された二つのセンサーアンテナが兎の耳のように見えることからそう呼ばれるようになった。
《ブレードウルフ》は東方にあるセギマのエースで、狼の横顔のエンブレムを刻んだ灰色の機体を操る。近接戦闘に長けており、片刃のアサルトソードを予備も含めて四つ搭載した機体からそう呼ばれている。
「実際に《フレイムゴート》とやりあってみて、どうだった?」
「ありゃあ厄介だった。とにかく死角を無くして、正面からじりじりと圧殺しようとしてくるんだ」
ギルジアの問いに、グリフレットが渋い表情で答える。
《フレイムゴート》と戦ったのは、今回が始めてだ。どんな戦い方をするのかは、事前に生き残った者たちの情報から広まってはいたが、実戦でそれに対応できるかというのは別問題だ。聞いていないよりは当然マシではあるのだが。
自分の機体の特徴や戦い方から、最適な布陣で攻めてくる。《フレイムゴート》は機体の性能もさる事ながら、指揮能力の高さが窺える。機動力に乏しい部分は、他に砲撃部隊や小隊を囮として使うことで敵の戦力分散を狙って補っているように見えた。
《フレイムゴート》の本隊は、守備性能の高い重装機体で互いの死角をカバーしながら、火炎放射や射撃で面制圧をしながら進んでくる。周囲に炎が広がる光景は、視覚的にも熱量的にも焦りを生じさせやすい。
通常の部隊に火炎放射器を持たせただけでは、ああまで効果的に使うことはできないだろう。
「釣りにも引っかからないし、逆にこっちを釣ろうとしてくるから、崩すのがきついんだよな」
グリフレットが頭を掻きながら言った。
思い返してみれば、敵はサフィールの牽制や、誘いにも乗ることなく陣形を維持していた。
「増援が間に合っていたら、危なかった」
アルザードは頷いた。
だかこそ、グリフレットも多少の無茶を承知で仕掛ける選択をしたのだ。どうにかしてこちらから突き崩さなければ、あのままじりじりと押されていくばかりだった。
「こっちには《守護獅子》と《バーサーカー》がいたからね」
食事の乗ったプレートを手に、サフィールが通路を挟んだ隣の席に腰を下ろした。
《守護獅子》、と言うのは隊長であるレオスの異名だ。彼の機体に刻まれた、吼える獅子の横顔の紋章と、その戦果からいつの間にかそう呼ばれるようになっていた。レオスの率いる第十二部隊は別名獅子隊と呼ばれ、敵からは厄介に思われているようだ。
そして《バーサーカー》とは、アルザードのことだ。
自分も敵も戦闘不能に追い込むような戦い方からそう呼ばれるようになったらしい。アルザードとしては、あまり嬉しい呼ばれ方ではない。
「今回も大活躍だったそうじゃないか」
「お陰でサービック正騎士にまたどやされたよ……」
からかうようなギルジアの言葉に、アルザードは苦笑した。
劣勢であるアルフレイン王国は、毎回厳しい戦いを強いられている。三ヵ国による波状攻撃や、連戦により、着実に消耗しつつある。
敵の数も、アルフレイン王国側が防衛のために配備する数より少ない時が珍しいぐらいだ。大抵の場合、数で劣っている。
何とか持ち堪えていられるのは、魔動機兵の性能水準が他国よりやや上であることと、もう後が無いという意識によるものだろう。
ベルナリアの最終防衛ラインには大掛かりな魔術装置による魔力結界が貼られており、外部からの攻撃と侵入を感知し遮断している。敵の攻撃は結界の基部となっている装置の破壊が目的で、アルフレイン王国はこれを防衛するために常に交代で戦力を展開している。
そのため結界の手前には複数の前線基地があり、ここもその一つだ。
ベルナリアの別の場所では、今も戦闘が起きているかもしれない。
「まぁ、それでもお前が来てから隊に死者が出てないんだ。そこは誇っていいんじゃないか?」
食事を終えたボルクが席を立つ。
アルザードがこの第十二部隊に配属される前、この部隊の人員消耗率は決して低くなかったようだ。結成初期からいるメンバーは、隊長であるレオスと副隊長のテス、そしてボルクとキディルスの四人だけだ。次に古くからいるのはギルジアで、サフィールは彼らに比べるとまだ日が浅いとのことだ。グリフレットはアルザードと同時に配属されている。
「……実際、助かっている」
そう小さく呟いたのはキディルスだった。
普段あまり喋らないことを思えば、それは彼の本心なのだろう。
「ただ、力技に頼り過ぎている……直せばもっと伸びるはずだ」
空になった食器の乗ったプレートを手に、キディルスも席を立った。
「珍しいな、お前が助言するなんて」
どこか嬉しそうにボルクが笑うも、キディルスはそれ以上喋らなかった。
無口で無愛想に見えるが、キディルスも仲間思いな人物だ。
「ところで、今日は娼婦が来る日だけど、お前らはどうするんだ?」
その場から離れようとして、ボルクは思い出したように振り返った。
各基地には、定期的に首都の娼館から娼婦が出張で営業に来る。最前線で戦い続け、極限状態にある者たちにとって、それは癒しであり、数少ない楽しみであり、次の戦場で生きるための活力でさえある。
「俺はいいよ」
「アルは婚約者いるしな」
千切ったパンを口に放り込んで、グリフレットが言った。
アルザードが断る理由は、皆知っている。
「まぁ、分からないでもないが、それでもそろそろ行っておいた方がいいんじゃないか?」
「大丈夫だって」
ボルクの言葉も、無理に誘うでもなく、心配からだというのも分かっている。
知らず知らずのうちに溜まっているストレスもあるだろう。いくら婚約者がいるからといって、戦場に立つ限り死とは隣り合わせだ。アルザードにも無茶な戦いばかり繰り返している自覚がある。
「グリフレットは?」
「俺もパス。そんな金はねぇ」
グリフレットは肩を竦めた。
この部隊の中で、グリフレットだけは貧民の出身だ。彼の給料の多くは家族の暮らしの向上のために消えている。
「奢るって言ったら?」
「……金だけくれる?」
ボルクの問いに逡巡しつつも、グリフレットはそう返した。
「からかってやるなよ、好きな奴でもいるんだろ」
「青いねぇ。ま、嫌いじゃないがな」
ギルジアが口を挟み、ボルクは笑いながら肩を竦めた。
「うっせー余計なお世話だ」
グリフレットは拗ねたように口を尖らせる。
どうやら図星だったらしい。
「男娼もいるようだが、サフィールは行ったりしないのか?」
「……まぁ、考えておくわ」
サフィールは素っ気無い態度で流した。
「ギルジアは行くだろ?」
「おうよ」
答えながら、食事を終えたギルジアも席を立つ。
連れたって食堂を後にする三人を目で追いながら、アルザードは残っているパンを齧った。
今の状況からアルフレイン王国が盛り返すのは絶望的と言わざるをえない。ベルナリア防衛線が突破されるのも時間の問題だろう。
それでも、最前線で戦う者たちに諦めることは許されない。
三ヵ国連合の制圧に、そこに住まう民は含まれていない。占領したいのは土地と資源だけで、人民は殲滅の対象だった。人命を無視して作戦を展開してきたからこそ、三ヵ国連合はここまでアルフレイン王国を圧倒してきたとも言える。
だからこそ、余計に、前線にいる者達は踏ん張っている。ここを突破されたら、何もかもが蹂躙されてしまうだろうから。
同時に、誰も決して口にはしない。
希望があるわけではないことを。それでも、投げ出すことなどできはしないということも。
《ブレードウルフ》襲撃の報せが飛び込んできたのは、その二日後のことだった。