第二章 「炎戦を終えて」 2
第二章 「炎戦を終えて」 2
「数日程度では修理ができない損傷は与えられたかと」
サフィールが言った。
《フレイムゴート》は《バルジカス》を更に改造したワンオフの機体だ。《バルジス》と共通のパーツはいくつか使われているとしても、特注の部品も多いだろうし、専用の調整も必要とするだろう。少なくとも、修理にはそれなりに時間がかかるはずだ。
現状、《フレイムゴート》には随分と手を焼いている。戦線がここまで後退するまでの間、《フレイムゴート》には多くの仲間が葬られた。《フレイムゴート》という渾名も、火炎放射器を主体とする戦い方からついたもので、《バルジカス・デュアルファイア》と言うのが正しい機体名らしい。
「しかしだな……!」
「ええ、まぁ、資源の面も無視できる状況ではありません。それは我々も重々承知しています」
文句を言い足りないのか、食い下がるサービックに、レオスが溜め息をつく。
「それでも、《アルフ・セル》一機の損失だけで奴を撤退に追い込めたと考えれば、十分な戦果でしょう」
頭一つ以上身長の差があるため、レオスがサービックを見下ろす形になっている。
「それはそうだが……!」
「あそこでアルがやってくれなきゃ俺も死んでたんですけど?」
睨むように、グリフレットが呟いた。
「我が隊の戦果は優秀な騎手によるものです。その騎手の損失こそ痛手だと毎度進言しておりますが」
「ぐぬぬ……」
レオスの追い討ちに、サービックが歯噛みする。
それからサービックは恨めしそうにアルザードを睨み、歯軋りしながら去って行った。
「毎回似たようなやり取りするのも疲れるよな」
グリフレットが苦笑する。
「まぁ、あいつの立場上、胃が痛いのも理解してやれ」
レオスも溜め息をついた。
階級だけならレオスの方が上だ。それでも、基地の管理運営を担っているサービックの責任は重い。補給物資の請求や、現時点で保有している資材の振り分けや管理など、毎日頭を悩ませているはずだ。
「ええ、まぁ……俺が毎回機体を壊しているのは事実ですから」
前線で戦うアルザードには、サービックの気苦労は計り知れないものだ。状況が芳しくない以上、資材も無制限に使えるわけではない。部隊が過不足なく稼動出来ているのも、サービックのような存在が限られた物資をやりくりして支えてくれているからだ。
「モーリィ、《アルフ・セル》の用意はできるか?」
「まぁ、粗方こうなることの予想はついてたからな、予備機を組み上げてる最中だ。調整も含めれば二、三日ってところだな」
レオスの問いに、整備士長モーリオンは顎で格納庫の奥を指した。
装甲を取り付ける前の、内部機器が剥き出しになっている《アルフ・セル》が見えた。
「前々から思っていたんですが、どうせ壊してしまうなら《アルフ・ベル》やいっそ《アルフ・アル》でも構いませんが……」
アルザードは申し訳無さそうに進言した。
《アルフ・セル》が現行の量産機としては高級品だということは知っている。動かす度に壊してしまうならコストの安い量産機でも良いのではないだろうか。
「ダメだ」
だが、レオスはその提案を一蹴した。
「お前の能力を最大限活かすには《アルフ・セル》でも足りないくらいだ。お前の機体のスペックを下げれば、それだけこの部隊の戦力が低下する」
理屈としては間違っていない。
「まぁ、そうだな。《アルフ・セル》よりも早くぶっ壊しちまう形になるだけかもしれんな。肝心な時に動けなくなるのも困るだろう?」
モーリオン整備士長が頷きながら付け加えた。
「単純な性能差は十パーセントぐらいあるんだっけ?」
横にいたグリフレットが呟いた。
《アルフ・アル》はアルフレイン王国において一番最初に普及した量産型だ。総合的な性能バランスの良さから、一時は魔動機兵の水準を作ったとも呼ばれ、今でも多く配備されている。《アルフ・ベル》はその《アルフ・アル》を改良し、全体的に性能を底上げした機体で、カタログスペックではおおよそ五パーセント向上したとされている。《アルフ・ベル》は各部隊の隊長や、熟練者を中心に配備されている。
《アルフ・セル》はそこから更に発展させた機体で、《アルフ・アル》から比較して十パーセントほど性能が向上していると言われている。相応に生産コストが高いため、配備されるのは精鋭部隊中心という高級機だ。
「肝心な時に機体がついてこなくて一番困るのは貴方でしょうに」
サフィールが呆れたように溜め息をつく。
「それは、そうだけど……」
確かにそうだ。
先の戦闘でも、《アルフ・セル》だからこそあそこまで戦えたのも事実だ。自壊しながらも、ギリギリまでアルザードの操縦に耐えていられるのは《アルフ・セル》の高水準な性能と、整備士たちの調整があってこそだ。
「んじゃあ、俺が《アルフ・ベル》に乗って、俺の《アルフ・セル》をアルが使うとかは?」
「馬鹿言え、精鋭中の精鋭のお前らの機体は全て専用に調整済みだ。別の奴が乗る用に調整し直すぐらいなら新しく組み直した方が早い」
冗談めかして言ったグリフレットの頭を、モーリオンが書類の乗った下敷きで小突く。
「特に、アルザード。お前さんのは極限まで魔力伝導率を落としていてアレだからな」
「え、下げてんの?」
モーリオンの言葉に、グリフレットの方が驚いていた。
「そりゃあそうだろ。考えてもみろ、こいつの魔力の強さで伝導率上げたら一瞬で機体がぶっ壊れちまう」
モーリオンは肩を竦めた。
アルザードの魔力適正の高さは、高性能機である《アルフ・セル》の限界出力さえも簡単に上回ってしまう。そのために取られた処置は、機体各部への魔力伝導効率を落として、動かすためにより大きな魔力を必要となるようにするというものだった。
魔力を伝わり難くすれば、その分機体を満足に動かすのに必要な魔力量も増加する。逆に、少ない魔力で動かせるように伝導率を高めてしまうと、各部に流れる魔力量がその分だけ増加してしまい、これまで以上に限界値に達し易くなってしまう。
「マジか……」
グリフレットは唖然とした表情でアルザードを見る。
「まさか伝導率下げなきゃならんとは思わなかったがなぁ」
モーリオンも苦笑している。
本来なら、整備士たちは騎手が機体性能を十二分に発揮し易いよう魔力伝導率を高める方向に調整するのが一般的だ。逆に、機体性能を落とさぬよう魔力伝導率を下げるというのは前代未聞である。高性能な機体になればなるほど、魔力伝導率の高さもスペックのウリになるからだ。
「お手数をかけます……」
アルザードも苦笑いを浮かべるしかない。
流石に、プリズマドライブによる魔力増幅抜きで機体を動かすことはアルザードにもできない。プリズマドライブは騎手の魔力を増幅すると同時に、出力する魔力に複雑な魔術式を自動で施して機体制御を補助する装置も備わっている。操縦を簡略最適化するためのその魔術式は複雑で、騎手側が全て手動で行うには機体の即応性や反応速度がかなり低下してしまうのが目に見えている。集中力や精神力といったものも、桁外れに必要となるため、一度の出撃における疲労や消耗の度合いも段違いになるはずだ。
また、魔術式自体もプリズマドライブで増幅されることを前提に、増幅中に術式が最適なタイミングと順序で施される形になっており、制御用の術式だけを切り離して装置化するというのも難しい。
「お前さんが全力で振り回せる機体があれば、凄まじいことになりそうだが……まぁ、無理だろうなぁ」
モーリオンは大破したアルザードの機体を見上げてぽつりと呟いた。
不可能ではないのだろうが、たった一人の規格外のために専用の機体を組み上げる時間も余裕も無いというのが現状だ。そんな機体を作ったとして、戦局にどれだけの影響を与えられるのかも分からない。たった一機で現状を変えるなど、到底現実的ではないのだから許可も下りないだろう。
《フレイムゴート》のように、既存の機体を専用に強化改造するのとは訳が違う。その程度の調整で何とかなる範囲をアルザードの魔力適正は飛び越えていた。
結局のところ、アルザードの方が何とか合わせていくしかない。
「お、あいつらも帰ってきたか」
格納庫へと入ってくる魔動機兵の足音を聞いて、グリフレットが呟いた。
振り返れば、三機の《アルフ・セル》が帰還したところだった。
所定の位置で機体を屈ませて、襟首の位置にあるハッチを開けて中から騎手が降りて来る。
「やっぱりやらかしたか」
格納庫の隅に横たえられたアルザードの機体を見て、ギルジア・ザン・ボーア三級騎士が笑いながら言った。青緑色の短髪と、やや丸みを帯びた人懐っこい顔が印象的な青年だ。
どの道、忠告してもこうなると思っていたのだろう。
「隊長、敵機との交戦ポイントへのマーカー設置完了しました」
そう言って、ボルク・ダ・ベルク二級騎士は右拳を胸に当てる簡易式の敬礼をしながら隊長のレオスに報告した。
撃破した敵機体の残骸や武装等は、専用の回収部隊によって回収される。ボルクたちは回収部隊のための発信機を設置してから帰還したのだ。
交戦したばかりの部隊がそのまま回収するのでは負担が大きい。五体満足でない機体があれば、回収も満足に行えない。
「うむ、ご苦労」
レオスは頷いた。
「全員揃ったな」
レオスの隣に、副隊長のテス・ク・シャルディオナ正騎士が立っていた。美しい銀の長髪に、紅色の瞳と、引き締まった体に豊満な胸を持つ魅力的な女性だ。温和そうな顔立ちに似合わず、声音はやや低く、張りがある。
見れば、ボルクの後ろにはキディルス・オ・ブラン二級騎士が立っている。逆立つような紺色の癖っ毛と、必要最低限しか喋らない無口なところが特徴的な男だ。
「皆、ご苦労だった。《フレイムゴート》の撃退も決して小さくはない戦果だ。全員、次の出撃に備えてゆっくり休んでおけよ」
「了解!」
隊長のレオスの言葉に、部隊の全員が簡易式の敬礼と共に返事をする。
回収部隊と、警戒のための偵察部隊が交代で出撃して行くのを背景に、アルザードたち第十二部隊はひとまず解散となった。
炎に包まれた戦闘で汗をかいたアルザードはシャワーを浴びてから食堂に向かうことにした。