第十四章 「魔動要塞」 3
第十四章 「魔動要塞」 3
ノルキモがベクティアとの繋がりを強めたのであれば、無い話ではない。ベクティアに助けを求められなくなったとすれば、外部で救援要請できるのはアルフレイン王国だけになるだろう。
「この書状を受け取った直後、諜報部隊を派遣しています」
キアロ総騎士長の言葉に、皆が頷く。
停戦協定を結んだとはいえ、敵国だったセギマからの要請に即応するのはあまりにも無防備だ。救援要請が事実かどうかも分からない。ノルキモからの襲撃を受けている、というのが虚偽であり、アルフレイン王国を誘い込む罠である可能性も否定はできない。
自分たちの目で情報の真偽を確かめなければ、この要請をどうするか判断はできない。
既にキアロ総騎士長が抱える諜報部隊の何人かをセギマに派遣し、この救援要請に関する詳細情報の聞き取りや、実際に現場の確認をするよう指示が出されているようだ。
「つい先ほど、諜報部隊からの連絡があり、それによるとセギマが攻撃を受けているというのは事実のようです」
その諜報員からの連絡が会議の直前に入ったようだ。
「事態の把握はまだ完全とは言えませんが、セギマ側の困惑も大きいようです」
救援要請の返事の保留、あるいは事実確認のためという名目でセギマ首脳部に使者として接触した者からの連絡によると、ノルキモによる襲撃というのは事実のようだ。
現場確認のために動いている別の諜報員からの連絡はまだのようだが、少なくともセギマがアルフレイン王国を罠にはめようとしている可能性は低いようだ。
「曰く、砦が動いて侵略してきている、と」
セギマからの聞き取りによれば、ノルキモとの国境付近にあった基地が制圧され、そこから首都を目指して南下するように侵略を受けているとのことだった。
当然ながらセギマの部隊も応戦しているものの、全く歯が立たないのだという。
最初に攻撃を受けた国境警備基地からは、連絡が途絶する直前に「砦が動いている」との通信があったらしい。連絡が途絶し、近くの基地に様子を確認するよう指示を出したが、その基地からの通信も途絶、襲撃されていると判断したようだ。
だが、確認と応戦のために派遣した部隊は悉く全滅し、侵攻速度は遅いものの着実に首都に向けて歩を進めているらしい。
「魔動機兵部隊で歯が立たない、ということから我が国に救援を要請したようです」
三ヵ国連合の一角としてアルフレイン王国を攻撃していたセギマとしては、何とも情け無い話だ。
「エクター特級技術騎士、何か思い当たるようなことはありませんか?」
「うーん……」
セイル正騎士長に話を振られ、エクターは腕を組んで頭を捻る。
ノルキモやベクティアに《イクスキャリヴル》のような存在がいるという話は聞いたことがない。そもそも、《イクスキャリヴル》が抑止力として機能し、各国が様子見や顔色を窺うような動きをアルフレイン王国に対して見せていることから、《イクスキャリヴル》に相当するような何かはまだ存在しない。
エクターの見立てでは、《イクスキャリヴル》並の存在を開発できる可能性が高いのはベクティアとのことだが、それでもまだ一年以上はかかるだろうと予想している。何より、《イクスキャリヴル》のような超性能な機体を開発できても、その性能を十二分に発揮させる乗り手がいない。
エクターの頭脳と理論をもってしても、魔力を用いる兵器として《イクスキャリヴル》は現代における一つの到達地点であり、それを超えるものを開発するために必要な要素はまだ存在しない。
他国で魔動機兵技術の革新が起こった、という話は聞いたことがない。それが起きているのはむしろ《イクスキャリヴル》を完成させたアルフレイン王国だ。
《イクスキャリヴル》のような、魔動機兵戦略を根底から覆すような新兵器の開発研究は各国で行われてはいるだろう。アンジアで開発されていたマナストリーム砲もその一つと言える。
「物的資源の乏しいノルキモが単独で大規模な兵器を開発できるとは考え難い……十中八九、ベクティアが協力しているでしょうね」
実情を把握しなければ正確なことは言えない。
アンジアで試作されていたマナストリーム砲のようなものを移動可能にして用いるとしても、必要な出力などを考えると相当大掛かりなものになる。
セギマがアルフレイン王国に救援を要請したことも踏まえると、ベクティアがノルキモの裏にいるのは間違いないだろう。明確に繋がっているか分からない状況であるため、双方に救援を出している可能性も十分にあるが、ベクティアから返事がないことも見越してアルフレイン王国にも助けを求めたと見るべきか。
「もし、これがノルキモとベクティアによる新兵器のテストだとすれば、セギマの次に狙われるのはアルフレイン王国でしょう」
エクターの言葉に、首脳陣は一様に頷いた。
《イクスキャリヴル》に対抗できるものが開発できたのであれば、当然それをぶつけようという思惑も生じるだろう。アルフレイン王国が《イクスキャリヴル》でアンジアの首都アジールを制圧し、降伏させたように、新兵器を用いてセギマの首都を為す術なく陥落させることができれば、もたらされた結果から戦力は同等と見做すこともできる。
セギマへの侵略がそのための実証実験であり、かつ新兵器のデモンストレーションであるとしたら。そしてノルキモとベクティアが手を組んだのであれば、次に狙われるのはアルフレイン王国と見て良いだろう。
アルフレイン王国の手にした力に対抗できると示すこと、あるいはそれよりも大きな力を持っていると知らしめることは、今やこの大陸で覇権を握ることにも等しい。
《イクスキャリヴル》打倒は、分かり易い指標だ。
「セギマの救援要請に応じるか即決はできんが、次の標的は我々だと見て準備は進めるべきだろう」
アーク正騎士長が言う。
「諜報部隊には事実確認が出来次第撤収するよう指示を出しています。動くのはその情報を得てからということで」
キアロ総騎士長も頷いた。
セギマ首脳部に接触した使者は現地確認に向かった別働隊と合流し撤収する手筈になっている。彼らが持ち帰った情報を下に行動を決定する方が確実だ。
救援を求めているセギマには悪いが、不確定な情報が多い中で迂闊には動けない。未も蓋も無い言い方をすれば、元々敵国だったことからして、直ぐに助けてやる義理もない。そこはセギマも分かっているだろう。
セギマがノルキモ、あるいはベクティアに吸収されてしまうことで敵国の勢力が拡大するというリスクもあるにはある。だが、セギマが明確にアルフレイン王国についているわけでもない。救援要請に応じることで恩を売ることもできなくはないだろうが、《イクスキャリヴル》の稼動に莫大なコストがかかる以上、体よく利用されるだけというのは避けたい。
名目上は友好国であるユーフシルーネからの要請をはねつけている現状、敵対国家だったセギマからの要請には即応したとなれば、いくら次の標的がアルフレイン王国だと予想されるにしても、ユーフシルーネとの溝を深めることにも繋がりかねない。
アルトリウス王の言っていた通り、最悪、《イクスキャリヴル》で黙らせれば良い、というのは短絡的かつ横暴だ。抑止力とは、ただの暴力ではない。
「とはいえ、いつ事態が急変するとも限りません。護剣騎士団はいつでも動けるように準備をお願いします」
キアロ総騎士長の言葉に、アルザードとエクターは頷いた。
セギマを救援するにせよしないにせよ、ノルキモとベクティアの新兵器の対処には《イクスキャリヴル》を出すことになるだろう、というのは出席した者たちの中で共通していた。
新兵器の実体は偵察をしている諜報部隊の報告待ちだが、セギマの魔動機兵部隊が歯が立たないというのであれば、規格外の戦力が必要になる可能性は高い。アルフレイン王国への救援要請として、セギマがあてにしたのも恐らくはそこだろう。
諜報部隊が帰還したのはそれから四日後のことだった。
報告を聞いたキアロ総騎士長は即座に議会を再召集し、得られた情報を共有した。円卓の中央に用意されたスクリーンに、諜報部隊が遠方から撮影した映像が表示されている。
「これは、何とも……」
映像と、撮影された写真を見てアーク正騎士長が絶句する。
映し出されているのは、城塞とでも呼ぶべき巨大な建造物が、八つの足で悠然と歩いている姿だった。その大きさは並の基地を丸々一つ載せているかのようで、至るところに砲塔などの武装が見える。四つの足で砦たる体を支え、もう四つの足を持ち上げて歩を進めている。
「なるほど、確かに砦が動いている……」
ルクゥス正騎士長も呆気にとられている。
まさに、砦が動いている、という言葉のままだった。
「魔動機兵部隊が格納されているだけでなく、マナストリーム砲の存在も確認されています」
基地を載せている、というのではなく、そもそも基地自体を移動可能な兵器にしたといった様相だった。実際、いくらかの魔動機兵部隊が城塞内部に配備されているようで、甲板のようにせり出した部分から複数の《ノルムキス》がセギマの魔動機兵部隊に応戦している姿も撮影されている。
「なるほど、そうきたか……」
アルザードの隣で、映像を見つめていたエクターが小さく呟いた。
僅かに細められた目に、エクターは何を思っているのだろうか。
「エクター・ニムエ・メーリン特級技術正騎士」
アルトリウス王が名を呼び、エクターが目線を王へ向ける。
返事もなく、敬礼もなく、王に対する礼儀というものは一切ない。それでも、その場にいる誰も指摘しない。それほどまでに、エクターの技術者、研究者のしての目は真剣なものだった。
「そうさな、《魔動要塞》とでも呼ぼうか……《イクスキャリヴル》でこれの対処は可能か?」
「可能です」
王の問いに、エクターは即答する。
「アルフレイン王国への敵対と判断でき次第、護剣騎士団が対処に当たりましょう」
その戦いがまた一つの大きな節目になるだろうと、誰もが確信していた。




