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第十三章 「護剣騎士団」 3

 第十三章 「護剣騎士団」 3

 

 

「人選に関してはいくつか制約があってね、その中でアルザードの推薦も加味して選んでいる」

 それに続いてエクターが説明を始める。

 エクターとしても《イクスキャルヴル》の支援部隊の騎手は誰でもいいというわけではない。《イクスキャルヴル》の能力が抜きん出ているとはいえ、支援機体の騎手は可能な限り優秀な人材であるべきだ。

 エクターが考えている支援部隊の役割としては、《イクスキャルヴル》出撃までの時間稼ぎや斥候、移動経路上の露払い、《イクスキャルヴル》との連携戦闘等になる。それら、様々な要求に対し、柔軟な対応ができる者が好ましい。

 しかし、既に近衛部隊などの精鋭として配属されている騎士を引き抜くのも難しい。窮地を脱したとはいえ、アルフレイン王国の内情が万全になったわけではなく、騎士団の再編成もまだ続いており、優秀な人材はどこも欲しがっている。

 いくら《イクスキャルヴル》を抱えるエクターがコスト度外視で融通の利く立場にいるとしても、余裕のないところから引っ張ってくるというのは難しかった。

 アルザードに関しては、計画の要であったこと、通常の魔動機兵の騎手としての運用面においては難有りということですんなり引っ張ってこれたようだが、逆に《イクスキャルヴル》の能力が規格外過ぎたこともあって、それ以外の支援部隊の人員要請を軽んじられているところもあるというのがエクターの見立てだった。

「とまぁ、そういうわけで、君たちならアルザードのことも良く知っているだろうし、怪我を理由に退団するとなればスカウトを上から渋られることもない」

 性質上、《イクスキャルヴル》の機密情報となるものを多く知ることとなるため、信頼のおける人物である必要もある。騎手であるアルザードとの連携を考えれば、かつて同じ獅子隊で同僚だった二人は技量的にも人物的にも申し分ない。体の一部を失う怪我を負ったことで、これまで通りの働きが難しくなり、退団せざるを得ないとなれば、エクターが新設する部隊に勧誘したところで上から難色を示されることもないだろう。

「色々と条件が合致したってことさ」

「ギルバートについては、指揮能力の高さが理由だ」

 エクターに続いて、アルザードはギルバートを推薦した理由を話した。

 ギルバート自身の戦闘能力そのものに関しては、突出したところがあるわけではない。だが、戦場における状況判断や、部隊指揮における潜在能力は高かった。

 《イクスキャルヴル》を開発する日々の中で、ギルバートの訓練に付き合ってシミュレータを見ていたアルザードは、彼が最適解とも言えるような采配をするのを何度も目撃している。そして、そのどれもがまぐれではなく、ギルバートが考えて判断した結果であることも確認していた。

「支援機体は、接近戦を重視した《イクサ・リィト》、中遠距離戦重視の《イクサ・レェト》、指揮官的な役割の《イクサ・エウェ》という構成になる」

 エクターは機体設計の概要を記した書類を机の上に置き、二人の前へと差し出した。

 《アルフ・セル》をベースに、《アルフ・カイン》と同等品質のプリズマドライブとフレームを使ったワンオフの魔動機兵三機が《イクスキャルヴル》を支援する部隊の構成となる。

 一つは、接近戦を意識した設計で、中近距離で敵の矢面に立つ《イクサ・リィト》。この機体は装甲を前方側に偏らせることで機動性と出力を維持したまま耐久性を高めた設計になっている。背面側が脆くなることと、機体バランスが偏ってしまうという欠点があるが、それを他の機体との連携で補う。

 その一つが、中遠距離から支援することに重きを置いた《イクサ・レェト》。この機体は機動性と出力、射撃精度を重視した設計になっており、《イクスキャルヴル》や《イクサ・リィト》への援護射撃や支援攻撃に特化させている。

 最後の一つは、《イクスキャルヴル》も含めた戦場全体を俯瞰し、支援性能に特化させた《イクサ・エウェ》。この機体は、性能自体は汎用的なものに落ち着いているが、高性能センサー類を複数装備した指揮官機の役割を担う。

「グリフレットには《イクサ・リィト》、サフィールには《イクサ・レェト》、ギルバートには《イクサ・エウェ》に乗ってもらうことになるかな」

 エクターの説明を聞きながら、グリフレットとサフィールは渡された設計書に目を通す。

「俺の機体、随分ピーキーだな」

「そう、だからそれを軽減するために特注の義手が使えるかもしれないわけさ」

 グリフレットの言葉に、エクターはそう答えた。

 設計からすると、最も扱い難い機体は《イクサ・リィト》だ。エクターはその扱い難さを、機体との接続を前提とした専用の義手を用いることでカバーできると考えている。

 エクターのことだから、その辺りを考慮した設計はもう既に出来上がっているのだろう。

「ギルバートにこの話は?」

「昨日のうちに通してあるよ」

 サフィールの問いに、エクターが答える。

 王都防衛戦の時も、捕虜救出作戦の時も、何も出来なかった自分自身に悔しい思いをしていたギルバートは、《イクスキャルヴル》支援部隊の騎手への勧誘には驚きつつも承諾してくれた。

「まぁ、指揮官機に乗ると分かったら慌てていたけど」

 アルザードはその時の様子を思い出して苦笑する。

「役割分担であって、実際の指揮官というわけではないんだけれどね」

 エクターが補足する。

 実質的に《イクスキャルヴル》運用部隊の実権を握っているのはエクターだが、実働部隊としてはアルザードが部隊長という扱いになる。ギルバートが乗ることになる《イクサ・エウェ》は指揮官機としての設計や役割を持ち、実戦においては目となり耳となり、部隊の進行ルートや作戦考案、指示出しなどを行う。だが、部隊の責任者はアルザードやエクターであり、《イクサ・エウェ》の騎手は搭載されている機能や性能からその役割を担当するだけだ。

「《イクスキャルヴル》のセンサー類も特注品だし、防御性能を考えれば指揮をしながら戦うのも不可能ではないけれど、その辺りの負担を減らせばその分目的遂行に意識を割いていられる」

 騎士学校で優秀な成績を修めていたアルザードにも指揮官を務めることはできる。だが、気質的にその役割が合っているかというと話は別だ。資質が秀でた者が別にいるのであれば、その人物に任せた方が効率も良い。

 《イクスキャルヴル》に搭載されているセンサー類は当然ながら、《イクサ・エウェ》に搭載予定のそれらを凌駕したものであるし、ミスリル素材が惜し気もなくあらゆる箇所に使われていることで魔力感知能力も非常に高い。

 性能を尖らせているとはいえ、通常の魔動機兵である支援機が《イクスキャルヴル》より秀でている部分はない。

「《イクサ・エウェ》には《イクスキャルヴル》と連携した機能を搭載する予定でね。《イクスキャルヴル》が得た情報の一部を受信できるようにするつもりだ」

 言わば、自身よりも優秀な《イクスキャルヴル》をアンテナ代わりにできる機能を《イクサ・エウェ》は搭載する。さすがに全ての情報を騎手であるアルザードのようにそのまま受け取ることは出来ないが、魔動機兵としては破格の情報量を得られるだろう。

 《イクスキャルヴル》を自由に暴れさせるために、支援部隊は雑事を担う。

「そして部隊名はアルザードの貰った階級にちなんで護剣騎士団だ」

 グリフレットとサフィールからの返事が拒否ではなかったことを確かめたエクターは立ち上がり、部屋を出ようと執務室のドアを開ける。

「義手義足の調整でその都度呼び付けることになるだろうから、その時はよろしく頼むよ」

 エクターは手をひらひらさせながらそう言って、部屋を出て行った。

 恐らくは格納庫か、その手前にある相変わらずエクターの私室と化している第二休憩室へ向かったのだろう。部隊編成の話が必要な関係で、それが終わるまで執務室にいたというところか。

 《イクスキャルヴル》の整備や調整の関係もそうだが、新たに三機の魔動機兵も用意しなければいけなくなったのだから、エクターにしか出来ない仕事は増えてしまっている。

「凄ぇ人だな……」

 グリフレットが呟く。

「エクターは本物の天才だよ」

 アルザードはそう言って立ち上がった。

 感性もさることながら、エクターの知能は図抜けている。時代を先取りという次元を超えているようにさえ思えてしまう。

 碌に試験稼動も調整できていない組み立てただけの《イクスキャルヴル》をぶっつけ本番で実戦投入し、求められていた性能を発揮させたのだから驚異的だ。エクターの計算と設計がそれだけ精確であり、本来は試験を繰り返して調整していくはずの部分でさえ、彼の頭の中ではほぼ完璧にシミュレートできていたということでもある。

 にも関わらず、エクターからしてみれば《イクスキャルヴル》はまだ完成したとは言えないのだ。二度目の実戦となった捕虜救出作戦の時も、猶予期間であった一週間の間に《イクスキャルヴル》を試験稼動させるだけの時間的余裕はなかった。エクターは王都防衛線の際に得られたデータを基に調整を施し、可能な限りの最適化を進めてはくれたが、大きな変更や改良を加えるには至らなかった。

 それでも、騎手として《イクスキャルヴル》を操ったアルザードには、一度目の搭乗時よりも反応が良くなっている実感があった。機体との一体感が、王都防衛時よりも増していたように思えたのだ。

「とりあえず、ギルバートにも伝えてくるよ」

 グリフレットとサフィールの二人が正式に部隊配属されることが決まったなら、ギルバートにも話していいだろう。サフィールもギルバートと顔を合わせたとは言っても、落ち着いて話をする時間はまだ取れていないはずだ。

「……さっきの話なんだが」

 二人が頷いたのを見て執務室を出た辺りで、グリフレットの声が聞こえて、思わずアルザードは足を止めた。

「どの話?」

「その、貰い手がいないって言ってたやつ……俺じゃダメか?」

 グリフレットにしては珍しい、どこかはっきりしない言い方だった。それでも、言いたいことは分かる。

「……お互いに辛くなるだけよ」

 意図するところを察したサフィールの声は、やや沈んで聞こえた。

「気にするななんて言えねぇし、気にしないってのも無理だ。どうしたってちらついちまう」

「だったら――」

「でもな、だからって放っておくのも嫌なんだよ」

 グリフレットの声は真剣なものだった。

 仕方の無いことだったとは言え、体を汚された事実はサフィールにどうしても付き纏う。同時に、グリフレットもまた近くにいながらそれをどうすることも出来なかった。

「忘れることも、忘れさせてやると言い切ってかっこつけることも、俺にはできねぇ。このまま何も言わず、戦友、同僚で終わることだってできるが、それはそれで悔いが残るだろうよ」

 サフィールは何も言わず、グリフレットの言葉を聞いている。

「俺は貴族じゃねぇし、裕福でもない。むしろ貧しい方だ。気にしなくていいとまでは言わないが、貴族よりは気が楽だと思うし、何せ初めて惚れた女なんだ。ああなる前にはっきり振られたわけでもねぇし、あれを理由に断られたって納得はできねぇ。それに、綺麗な体じゃないのはお互い様だ」

 グリフレットも片腕を失くしている。それ以外に何をされていたのかは、彼自身が語らない限りは分からない。ただ、腕を落とされただけではないことだけは分かる。

 捕虜になってしまう前に想いを告げていたら。グリフレットの後悔が既に滲んでいる。

「……もしかしたら、別れるきっかけになっていたかも、とは思わない?」

「仮定の話なんてどうとでも言えるからな……ただ、だとしても、俺はお前と離れたいと思いたくはないよ」

 捕虜になる前に二人が結ばれていたら、収容所でのことが別れるきっかけになった可能性は否めない。抵抗できない状況とはいえ、好きでもない男たちに慰み者にされた者を、以前と変わらずに愛せる男はどれだけいるのだろう。実際に自分たちがそうなった時、仮定の話を笑い飛ばしていた者の中で、それらを平然と実践できる者はどれだけいるのか。

「しんどい時もあるかもしれねぇ。それが原因で喧嘩だってするかもしれねぇ。いつか心が離れて別れることもあるかもしれねぇ。でも、今、この瞬間は、お前のことが気になって仕方がねぇんだ。傍にいたい、いて欲しいって、どうしようもなく思っちまうんだ」

 これでくっついたとして、その先どうなるかは誰にも分からない。むしろ、あんなことがあった二人だからこそ通じ合えるところだってあるかもしれない。

「情け無い話だが、お前と一緒になって幸せになれるか、してやれるのか、俺にも分かんねぇんだ。でも、ここで何も言わずにお前と離れてしまったら、きっとずっと後悔する。だから、言う」

「……馬鹿正直にも程があるでしょう。そこは幸せにしてやる、ぐらい言ってみせなさいよ」

 呆れたような、苦笑いを含んだサフィールの声は、どこか柔らかいものだった。

「そこまで言うなら、そうね……心が離れる時っていうのが来るまで一緒にいてあげるわ」

 それはきっと、彼女の精一杯の照れ隠しだ。

 そこまで聞いて、アルザードはそっとその場を立ち去った。

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