第十三章 「護剣騎士団」 1
第十三章 「護剣騎士団」 1
ニムエ技術研究所の執務室で、アルザードはエクターと共にドアを開けて入ってきた来訪者を出迎えた。
「久しぶり、ってのも変か」
軽い調子で言ったのはグリフレットだ。
「そんなに時間は経ってないはずだけれど」
共に部屋へ入ってきたサフィールが薄く笑う。
「色々、あったせいかな」
アルザードは二人を見て、笑みとも苦笑いともつかない表情を浮かべた。
グリフレットは右腕を上腕の半ばほどから、サフィールは右足を太腿の半ばほどから先を失っていた。
報告書によれば、捕虜となっていた間に受けた拷問によって負ったものだそうだ。命に別状はないとのことだが、失われた部位が回収できなかったこと、失ってからの時間が経ち過ぎていることから高度な治療魔術を用いても元に戻すことは不可能との診断だった。
「……獅子隊の他の皆は?」
敢えて、アルザードは聞いた。
捕虜のリストに名前があったのはグリフレットとサフィールだけだった。それが意味することを、アルザードは知っている。それでも、最後まで一緒に戦っていたであろう二人に、その最後を聞かせてもらいたいと、知りたいと思った。所属していた期間は決して長くはなかったが、愛着は持っている。
「隊長はそりゃあもう派手に討ち死にさ。ありゃあ《バーサーカー》並だったね」
ソファに腰を下ろして、グリフレットはどこか誇らしげに語り出した。
曰く、本腰を入れてベルナリアを落としにかかってきた敵部隊を、自機が被弾するのも破損するのも構わずに最後まで戦い続けていたそうだ。弾を撃ち尽くし、剣も折れ、それでも落ちている武器を拾い、敵から武器を奪い取り、操縦席を貫かれるその瞬間まで敵を倒し続けたのだという。
ギルジアはレオス隊長と共に捨て身の特攻に付き合い、撃破された。
副隊長のテス以下、ボルク、キディルス、グリフレット、サフィールの五人は、操縦席を潰されずに戦闘不能となったことでアンジアの捕虜となった。
「でも、キディルスは撃破された時に負った怪我が致命傷だった」
サフィールが静かにグリフレットの話を補足してくれる。
機体が大破した際に死ぬことはなかったが、操縦席に攻撃の余波が及んでいたキディルスは捕虜となったものの直ぐに命を落とした。傷が深かったのもあっただろうが、収容所で治療は施されなかったそうだ。
残った四人のうち、ボルクは拷問や尋問をされる前に自害したらしい。
「……それからはまぁ、悲惨だったよ」
グリフレットは視線を落とす。
捕虜となった女性騎士たちは尋問という名目で多くが慰み者にされ、男たちもまた拷問され、男女問わず嬲られることになった。
ベルナリア防衛線で長いこと粘られ、予想以上に自国への損害もかさんで、アンジアの奴らも鬱憤が溜まっていたのだろう、とグリフレットは言う。
一方的に攻め込まれ、必死に防衛していたアルフレイン王国からすれば逆恨みでしかないのだが、末端の者には大義のある戦いだと教え込まれたり考えたりしている者もいる。友人知人家族が殺されて恨みを持つのもお互い様で、始まってしまえばどちらが良い悪い、という話ではなくなるのが戦争だ。
「副隊長は口に突っ込まれたモノを噛み千切って怒りを買い、銃を股に突っ込まれて射殺されたわ」
サフィールは肩を竦めてそう語った。
一矢報いてやろうと思ったのか、屈さぬ強気な姿勢を貫き通したのは獅子隊副隊長のテスらしくもあるだろうか。逆にそれが見せしめとなって、他の女性捕虜たちが大人しくなり、五体満足で帰れた者が増えることに繋がったという側面もあったようだが。
「死ぬ度胸もなく、慰み者にされながら、情けなく生き残ってしまったわ」
サフィールが自嘲気味に笑う。
彼女は抵抗の素振りを見せたため、簡単には逃げられぬようにと右足を切断されたのだそうだ。
サフィールもグリフレットも、残されることになる家族のことが頭にちらついて、自害に踏み切れなかったと言う。
「ギルバートには?」
「ここに来る前に会ってきたわ」
アルザードの問いに、サフィールは僅かに目を細める。
彼女がニムエ技術研究所に呼び出されていることはギルバートにも伝わっていた。
「感情的になり過ぎるのは、まだまだ未熟者ってところかしらね」
姉が生きていたことへの安堵、再会できたことへの喜び、捕虜となっていた間に受けた仕打ちへの憤り、湧き上がってくる様々な感情が抑え切れずにギルバートは号泣していたそうだ。
戦争なのだからそういうこともある、と頭では分かっていても、いざ自分の身内にそういう理不尽が振りかかれば平静でいられる者は少ないだろう。
彼女自身も平然としているかのように振る舞っているが、その内心はどうなっているか。
「それにしても、まさかお前が助けに来てくれるとはなぁ」
グリフレットたちが施設から外に救出されるのとほぼ同時刻に、アンジアの試作兵器であるマナストリーム砲が発射されていた。それを防ぐ《イクスキャリヴル》の姿を、二人は目にしていたらしい。距離はそれなりにあったが、光を推し留める騎士のシルエットは見えたそうだ。
「あんな無茶苦茶が出来るのはお前ぐらいだと思ってたから、直ぐにピンと来た。まさか、とは思ったけどな」
それから王都の病院へ搬送され、怪我の手当てや状態の確認などを終えて外へ出られるようになった辺りで、《イクスキャルヴル》の凱旋と正式なお披露目がされ、民に混じって二人も遠目から見ていたらしい。
「そうね、腑に落ちた感じだったわ」
《イクスキャルヴル》の馬鹿げた性能を目の当たりにし、その騎手がアルザードであったことは獅子隊の《バーサーカー》と呼ばれていた頃を知る二人からすれば妙に納得できるものだったという。
「俺はちょっと落ち着かない感じだけど……」
凱旋式典の時のことを思い出して、アルザードは肩を竦めて苦笑した。
アルザードは《イクスキャルヴル》の騎手としてと同時に、王都を守り、捕虜を救い出した功績をアルトリウス王から直々に表彰された。銀と金を用いた刺繍が入った白い制服と、特位騎士の護剣騎士という専用の特別階級を与えられ、《イクスキャルヴル》とアルザードは名実共に国や民を救った英雄、アルフレイン王国の新たな象徴とも言える存在になった。
式典を見に集まった民の盛り上がり様も凄まじく、表情には出さないよう努めたが、恐らくはあの場でアルザードこそが最もたじろいでいたはずだ。
とはいえ、国が滅び、自分たちが死ぬかもしれない絶望的な状況を救った英雄を王自らが公に表彰するともなれば、民たちが興奮するのも当然ではある。民達の明るい表情と喜びに満ちた歓声にも、応えなければという気持ちが湧いてくるのも事実だった。
「大出世ね」
「モーリオンの親父が生きていたら腰を抜かしてたかもな」
サフィールとグリフレットがからかうように笑う。
「どっちかっていうと慎まく平穏に暮らしていたいんだけどな……」
アルザードは乾いた笑みを返す。
「それで、俺らをここに呼んだ理由は?」
グリフレットがちらりとエクターの方へ視線を向ける。
「おや、再会の挨拶はもういいのかい?」
書類仕事と何かの計算を黙々とこなしていたエクターが、三人の方を見た。
「とりあえずは」
相変わらずの様子にアルザードが苦笑すると、執務席を立ったエクターがソファの方へとやってきた。
「単刀直入に言うと、新設される部隊へのスカウトだ」
エクターのストレートな言葉に、グリフレットとサフィールが顔を見合わせた。




