第二章 「炎戦を終えて」 1
第二章 「炎戦を終えて」 1
廃都ベルナリア。
大陸のほぼ中央に位置するアルフレイン王国で二番目に大きな都市だったその場所は、今や戦争の最前線となっていた。
王都アルフレアから東に位置するベルナリアは最終防衛線でもある。
戦争は終始アルフレインの劣勢と言わざるを得なかった。
相手はアルフレインの北方に位置するノルキモ、東方のセギマ、南方のアンジア、隣接するその三ヵ国の連合部隊だ。三つの国家は密かに手を組み、突如としてアルフレイン王国へと戦争を仕掛けて来た。
理由として思い当たることはある。
近年になって、アルフレイン王国の領土には現代において重要度の高い資源、即ちプリズマ鉱石の埋蔵量が非常に多いことが判明した。鉱脈の質も申し分ない。良質なプリズマ鉱石は重宝する。魔動機兵の動力炉であるプリズマドライブは勿論のこと、軍事関係以外にも用途は幅広い。恐らく、三ヵ国が狙っているのはそれだろう。
三ヵ国それぞれの国力はアルフレインに劣る。それを、協力するという方法で補い、上回ってきたのだ。三方からの同時攻撃であったり、集中攻撃であったり、様々な方法で確実にアルフレインへと侵攻してきている。
西方にあるユーフシルーネは敵対こそしなかったものの、アルフレインへの協力姿勢をとらず、援軍や支援は期待できない。交渉は試みたものの、ユーフシルーネも隣接する他国との情勢が芳しくないらしく、隙を見せられないという事情もあるようだ。実際、ユーフシルーネの北西、大陸の北西端に位置する国家が徐々に勢力を拡大しつつあるという情報も入っている。ユーフシルーネと三ヵ国連合の間に密約があるのではとの噂も流れているが、定かではない。
三ヵ国からの攻撃に晒されている現状では、ユーフシルーネが明確に敵対行動を取らない限りは戦力を割く余裕もない。現状、敵ではない、というだけの認識だった。
吼える獅子の横顔を象った紋章を左肩の装甲に刻んだ魔動機兵《アルフ・セル》が基地の格納庫に入ってきた。もう一機の《アルフ・セル》と共に、半壊した魔動機兵を抱えている。
「また随分と派手にぶっ壊してくれたな」
隊長機と副隊長機に抱えられる形で基地に搬送された《アルフ・セル》から降りたアルザードにかけられた最初の一言はそれだった。
整備士の作業服に身を包んだ厳つい大男が苦笑いを浮かべている。大柄で無精髭を生やした、まるで熊のようなこの男がこの基地の整備士長モーリオン・ケイ・アームリックだった。階級は技術士官としては珍しい中位騎士の最下位、三級騎士に相当する三級技術騎士だが、最前線でもあるこの基地のメカニックを束ねる身であることを鑑みればそれも頷ける。
「申し訳ありません」
アルザードは頭を下げる。
装飾の少ない緑色を基調とした、低位騎士の制服に身を包んだ、銀髪に鮮やかな紫の瞳を持つ、整った顔立ちの青年がアルザード・エン・ラグナだ。階級は低位騎士の中では最も高い上等騎士に当たる。
先の戦闘で汗をかいているため、制服の胸元を開けて着崩した形になっているが、咎める者はいない。
「まぁ、やっちまったもんは仕方ねぇな。《フレイムゴート》の野郎が相手だったんだろう?」
整備士長はアルザードの背中を叩き、半壊した《アルフ・セル》を見上げた。
右腕は肘から千切れ、左は手首から先が無い。左足は膝から先が砕けており、右足も装甲がほとんどなくなっていて半壊状態だ。熱で装甲も一部溶けており、装甲の焦げた臭いが漂ってきている。
《フレイムゴート》が撤退した後、アルザードの機体は完全に停止してしまった。いくらヒルトを握り締めて魔力を送っても機体は動かず、遅れて合流した隊長と副隊長の機体に運んでっもらう他無かった。
片足をやられていたグリフレットの機体はサフィール機に支えられて帰還している。
「それでも、全員無事に帰れたのはアルザードの功績が大きいと聞いている」
隊長機の装飾が施された《アルフ・セル》から降りた男が言った。
こちらも大柄な男だが、整備士長と違い、身だしなみはしっかりしている。赤みがかった金髪に、緑の瞳を持つ、品位がありながら獰猛さも感じられる男だ。銀糸の装飾が入った青色の制服は上位騎士のものだ。三つある上位騎士階級の中で真ん中に位置する上級正騎士が彼、アーク騎士団第十二部隊の隊長レオス・ウォル・ハイエールの階級だ。
「俺が生き残れたのはアルのお陰だからな」
タオルで顔を拭いながら、グリフレット・デイズアイが声をかけてきた。
くすんだ金髪に、橙色の瞳を持つ、どこか野性味のあるノリの良い好青年といった印象の人物だ。
着ている制服は赤を基調とした中位騎士のもので、階級は三級騎士。これは上等騎士であるアルザードの一つ上の階級にあたる。
「そうね、アルザードが暴れてくれたから仕留められた敵も多かった」
首の後ろで束ねていた紺色の長髪を解きながら、サフィール・エス・パルシバルが歩いてくる。
切れ長の双眸に、整った鼻筋、すらりと伸びた手足に程好い肉付きのスタイルの良い女性だ。階級はグリフレットの一つ上の二級騎士であり、中位騎士の赤い制服に身を包んでいる。
「戦果は《バルジス》が八機、《バルジカス》が一機、《ノルス》が一機、だったな」
事前に通信で報告が入っていたのか、整備士長は戦果の書かれたリストに目を落とす。
《フレイムゴート》に随伴していた《バルジス》四機と、砲撃で陽動をしていた《バルジス》二機と《バルジカス》一機、恐らく索敵と偵察をしていたのであろう《ノルス》一機、それと隊長と副隊長が交戦して撃破した《バルジス》二機が今回の戦果だった。
取り逃したのは《フレイムゴート》と、四機の《バルジス》だ。
数を鑑みれば、十分な戦果と言える。
「使えるパーツもそれなりにありそうだ」
整備士長は一人頷いている。
「またやってくれたそうだなアルザード・エン・ラグナ上等騎士!」
眉間に皺を寄せて、こめかみに青筋を浮かせた小柄な中年男性が騒ぎながら駆け寄ってくる。
「うわぁ、きやがったよ……」
グリフレットが渋い顔で呟いた。いつの間にか、サフィールはそれとなく距離を置いている。
詰め寄ってきたのは基地の資材管理を担当している士官だ。階級は上位騎士の最下位である正騎士に相当する。
現状、アルフレイン王国は三方を敵に囲まれており、国外からの物資調達に難を抱えている。廃都ベルナリアを最終防衛線として、半ば篭城戦に近い様相を呈している今、物資の問題は軽視できない。
「おやっさーん、やっぱりプリズマドライブ砕けてましたー!」
アルザードの《アルフ・セル》の動力部を調べていた整備士の一人が、その場から顔を出して報告する。
魔動機兵の動力炉であるプリズマドライブの核になっているプリズマ結晶が砕けてしまっていたようだ。いくらヒルトから魔力を送っても機体が動かないはずである。
「またか貴様ぁあ!」
発狂するように叫び、士官の男サービック・ムル・ローデンは頭を抱える。
「《アルフ・セル》一機用意するのにどれだけのコストがかかると何度言ったら分かるのだ!」
頭を抱えたまま体を震わせ、サービックは怒り狂う。怒りのあまりリズムがおかしくなっているのか、蛇のように体をくねくねさせている。
見ている側としては面白い光景かもしれないが、怒られているアルザードとしては笑うことも出来ない。
実際、《アルフ・セル》は現行の魔動機兵の中でも高性能な部類に入る。総合的な性能バランスは《バルジス》の改良型である《バルジカス》をやや上回っており、量産されている機体の中ではコストも相応に高い。
レオス率いる第十二部隊は精鋭部隊という位置付けであり、全員にその《アルフ・セル》が支給されている。
グリフレット機のように、損傷箇所が少なければ予備のパーツに交換することで対応ができる。ギルジアのように、損害がほぼ装甲だけであるなら、装甲さえ交換すれば良い。当然、定期的に予備パーツの補給も行われている。
だが、アルザードの場合は事情が違う。
「撃破されてもいないのにまたプリズマドライブが消費されるんだぞ、おかしいだろう!」
サービックが捲くし立てる。
敵の攻撃により機体が大破するとなればプリズマドライブの損失も仕方がない。だが、アルザードは撃破されたわけではない。
そもそも、アルザードの機体は先の戦闘でもほとんど被弾していない。全ての損傷は、アルザードの操縦によるものだ。
腕が千切れたのも、ただでさえ重量のある《バルジス》を片手で投げ飛ばしたからだ。左手がバラバラになったのも、敵を殴り付けたからだ。脚部の破損は、衝撃吸収を考えない無茶な跳躍機動のせいだ。
そしてプリズマ結晶の破裂は、アルザードが魔力を込め過ぎた故のものである。
「いやー、今回も凄かったぜ?」
にっと笑いながら、グリフレットはアルザードの肩に肘をかける。
「騎手が自分の機体を壊してどうするのだ!」
サービックはもはや発狂寸前だ。
騎手、というのは魔動機兵の搭乗者を指す言葉だ。
普通の騎手に、プリズマドライブを内側から破壊するだけの魔力は無い。アルザードが飛び抜けて魔力が強いのが原因だ。
先の戦闘で見せた五、六メートルに達する跳躍機動も、本来の《アルフ・セル》に想定された性能ではない。アルザードの機体に搭載されていた長剣も、重量の関係でアルザード以外ではまともに扱えない代物だ。
魔力が強い、すなわち魔力適正が高いということは、プリズマドライブによる増幅で更に大きな魔力を出力することができると言い換えることができる。最低限保障されている性能を、騎手個人の魔力である程度向上させられるため、本来なら魔力適正が高いというのは騎手にとって歓迎すべき才能だ。
通常ならば、プリズマドライブは長期間の使用や、繰り返し稼動することで緩やかに消耗していく。プリズマ結晶内にある魔素が増幅の際に消費されることでゆっくりと結晶は濁っていき、魔力の増幅率が低下していくのだ。
勿論、その濁りを解消するための設備が基地には存在する。
高濃度エーテルと呼ばれる、魔素濃度の極めて高い特殊な液体にプリズマ結晶を漬け込むことで、時間はかかるが結晶が消耗した魔素を補充することができるのだ。
だが、高濃度エーテルには結晶の物理的な損壊を修復する力はない。
アルザードは魔力適正が高過ぎるため、プリズマドライブが正常に増幅できる魔力量を容易に上回ってしまう。許容量を超える魔力が入力されたプリズマ結晶は、急速に魔素を消耗し、曇りや濁りを通り越して過負荷に耐え切れず破裂してしまうのだ。
アルザードに返す言葉はない。階級的にも、相手は上官だ。
「《フレイムゴート》の撃退は損害に見合う戦果だと思いますが?」
今まで黙っていたレオスが低く落ち着いた声音で、喚き散らしているサービックに言葉をかけた。