第十二章 「反撃の光」 2
第十二章 「反撃の光」 2
「試作兵器?」
マリアにエクターが聞き返す。
「詳細は不明ですが、議事堂制圧直前に議員の一人が命令を強行したとのこと。何でも、発射すれば射線上にあるもの全てを消し去る兵器だとか……」
「マナストリームか……?」
思い当たるものはそれしかなかった。
アルザードが《イクスキャリヴル》の望遠機能で見たものも、巨大な砲塔のようだ。砲の口径は直立した《イクスキャリヴル》が丸ごと一機はおさまりそうなほど大きい。そんな巨大な砲がゆっくりと《イクスキャリヴル》の方へと向けられつつある。そして、《イクスキャリヴル》を通じて感じられる反応から、既に魔力の充填も始まっている。
「間に合うか……?」
「いや、突撃はダメだ!」
シュライフナールを掴み、砲塔へ向かおうとするアルザードを、エクターが引き止めた。
「それがマナストリーム放射兵器だとしたら、ここまで魔力充填が進んでしまっている時点で接近しての破壊は危険だ。充填圧縮された魔素が炸裂したらマナストリームの爆発が起きる可能性がある!」
《イクスキャリヴル》の観測する魔力反応情報を見たエクターが手早く説明してくれた。
エクターは南西基地にあるあの破壊砲をマナストリームを発射するものだと断定したようだ。さすがに、いくら《イクスキャリヴル》のミスリル装甲と言えども、物質を自壊させるマナストリームは防げない。
「でも発射までもう時間がないわ!」
マリアの声に焦りが混じる。口調も素に戻っている。
「かわしてくれ、と言いたいところだが……」
通信機越しに聞こえてくるエクターの声は珍しく歯切れが悪かった。
間の悪いことに、砲口の先には《イクスキャリヴル》だけでなく、救出作戦が続いている捕虜収容施設がある。《イクスキャリヴル》だけなら容易に回避ができる。しかし、それは捕虜だけでなくそこで作戦を遂行している救出部隊をも見捨てることになる。
アルフレイン王国は今、《イクスキャリヴル》を失うわけにはいかない。だからこそ、捕虜との交換で要求された《イクスキャリヴル》そのものを使ってアジールを強襲し、捕虜も見捨てずに済む選択をした。それは、《イクスキャリヴル》がこと戦闘行動においては撃破される恐れがないと踏んだからでもある。
「エクター、一つ聞きたいことがある」
アルザードは、《イクスキャリヴル》にシュライフナールを構えさせた。
「……マナストリーム同士がぶつかり合ったら、どうなる?」
「僕の理論と計算が正しければ、出力の高い方が勝つはずだ」
「まさか……」
問答を聞いて、マリアもその意図を察したようだった。
「《イクスキャリヴル》も、捕虜も、救出部隊も、全員無事に帰るにはこれしかない」
シュライフナールに魔力を送り、マナストリームでシールドランスを形成させていく。
恐らく、アンジアは分かっている。あれは《イクスキャリヴル》ではなく、捕虜と、その救出部隊を狙っている。
あれだけの大掛かりで事前に魔力充填も必要な大型兵器では機動力の高い《イクスキャリヴル》に命中させることはほぼ不可能だ。首都の防衛部隊が手も足も出ずに完封されただけでなく、アンジアの部隊以上に都市部に被害を出させずに立ち回った様を見せ付けている。性能差が大き過ぎて既存の魔動機兵では足止めすら期待できないと気付いているはずだ。
ならばせめて捕虜だけでも全滅させて、作戦を失敗に終わらせようというのだろう。
「俺はエクターの造ったこいつを信じる」
《イクスキャリヴル》も、シュライフナールも、信頼するに足るだけの性能を発揮している。
シュライフナールを前面に突き出し、柄を右脇で挟み込み抱えるようにしっかりと固定し、腰を落として《イクスキャリヴル》に身構えさせた。シールド裏のグリップを握る左手と、柄を掴む右手に力を込める。
意識を集中させ、ヒルトを掴む両手に力を込めてトリガーを引く。
オーロラルドライブの澄んだ音が操縦席内に高く、大きく響き渡る。シュライフナールの後部に搭載された補助プリズマドライブも唸りを上げた。
シールドランスを形成するマナストリームが厚みと輝きを増し、虹のような極彩の光が大きく広がっていく。
《イクスキャリヴル》の背に光を反射して虹を煌かせるマントが現れた。アルザードの意思と送り込んだ魔力に呼応して、オーロラルドライブが出力を上げていく。急激に劣化した炉心内の高濃度エーテルの強制交換が《イクスキャリヴル》の背に虹のマントを描き出す。
そして、正面に見据えた砲口から光が溢れた。
「アル!」
マリアの叫ぶような声が聞こえた。
閃光が壁となって押し寄せてくるかのように、砲口に光が見えた次の瞬間、視界が真っ白に染まった。
シュライフナールの放つマナストリームが、試作兵器から放たれたマナストリームとぶつかる。
刹那、ヒルトを握り締めた手のひらに、凄まじい重圧を感じた。まるで、ヒルトから両手を引き剥がそうとするかのような抵抗感と重みだった。
真正面から迫ってきた壁に全身を叩き付けられたかのような衝撃。魔素の奔流同士が互いに与えられた魔術命令を実行し、上書きし合ってせめぎ合う。
その場に残ろうとするシュライフナールのマナストリームシールドを、放射されるマナストリームが削り取ろうとする。表層を削られても、マナストリームシールドは出力され続け、叩き付けられる魔素の奔流を削り取って押し返す。
視界は白く、輝きに満ちて何も見えない。
シュライフナールが前面に生み出すマナストリームシールドの極彩の輝きが放射状に後ろへと流れて行くようにも見えた。
全身に圧し掛かる重さと衝撃は、実際に質量のあるものではない。マナストリーム同士の凄まじいぶつかり合いによって生じる反応が、魔素に鋭敏な《イクスキャリヴル》を通じてアルザードに返って来ているのだ。
暴力的なまでの圧迫感は、痛みにも錯覚しそうなほどだった。
バチン、と音がして何度目かの強制交換メッセージが流れる。
何も見えなくとも目は逸らさない。歯を食い縛り、ヒルトを掴むアルザードを操縦席から押し流そうとするかのような錯覚に抗い続ける。
人の持つ魔力とは意思の力だ。
目を逸らし、弱気になれば流される。呼吸さえ忘れそうになる激しい圧の中で、大きく息を吸い、吐いて、ヒルトを握る手に力を込め続ける。
全てを飲み込もうとする魔素の奔流を、シュライフナールのマナストリームシールドで受け止め、押し留め続けた。
どれだけの時間が経過したのか、恐らく数分と経っていないだろう。砲塔に充填された魔素が尽き、迫り来る光は減り始め、視界が戻った。
南西の基地から《イクスキャリヴル》が立つ場所に至るまでの射線上の市街地が跡形もなくなっていた。
瞬間的に、アルザードは走り出していた。
シュライフナールにマナストリームでシールドランスを形成させた状態のまま、一直線に砲撃の跡を遡るように駆け抜ける。プリズマドライブ後部の推進器を稼動させ、魔力放射で加速、そのまま《イクスキャリヴル》は砲口に突っ込んだ。
凄まじい出力のマナストリームを放射したことによって、砲口は溶けたようになっていた。試作兵器と言っていただけあって、二度、三度と即座に使用できるものではなかっただろう。
それでも、これは破壊しておかなければならないと思った。
砲口の中に突っ込んで、シュライフナールのマナストリームランスで内部機構を貫く。魔力充填機構を薙ぎ払い、炉心部にも突き込んで引き裂いて削り取る。
極彩色に輝く槍を縦横無尽に振り回し、試作砲を完膚なきまでに削り潰した。
残骸に足をかけ、光の消えたシュライフナールを手にした《イクスキャリヴル》に抗おうとする者はいなかった。
「作戦完了だ、アルザード」
エクターの静かな声が、アジールでの戦いの終了を告げた。




