第十二章 「反撃の光」 1
第十二章 「反撃の光」 1
シュライフナールの切っ先を僅かに持ち上げ、送る魔力を絞って推力を落とす。減速をかけつつ着地に意識を集中させる。大通りの一点に狙いをつければ、《イクスキャリヴル》はそれに応じるようにシュライフナールの角度を制御してくれる。
ヒルトを握る手に力を込め、地に足が着く瞬間を見極める。
接地。膝を折り曲げ衝撃と勢いを殺す。ミスリル素材の装甲が淡く光を帯びて、発生する負荷を捻じ伏せる。
シュライフナールは大きく前方に振り回すようにして、後部が地面にぶつかるのを避けつつ慣性を逃がした。
だが、《イクスキャリヴル》そのものが伴ってきた慣性や衝撃、空気の流れは殺すことができない。それらは勢いのまま地面に叩きつけられ、勢いと衝撃は突風となり周囲に拡散する。大通りに面した建物のいくつかが直撃を受けて吹き飛び、《イクスキャリヴル》が足を着けた場所を残して大地は抉れ、土煙が巻き上がった。
「首都アジールに突入成功」
通信回線に向かって告げる。
「通信の接続を確認、別働隊も行動を開始しています」
マリアの声が返って来た。ややノイズ交じりにも感じられたが、通信に影響はなく気にする程ではない。
「捕虜の所在が確認されるまでは破壊活動は控えて、敵戦力の迎撃に集中してくれ」
「了解」
エクターの言葉に、アルザードは頷き、周囲を見渡す。
捕虜の捜索自体は潜入した諜報員が作戦開始前より始めているはずだが、居場所が判明したという報告はまだ入っていない。捕虜の確保ができていない状況では、手当たり次第に攻撃を行えば巻き込む可能性がある。
従って、別働隊から連絡があるまでは《イクスキャリヴル》での戦闘にも制約がつく。
着地時の衝撃で発生する損害は作戦の都合上仕方がないが、それ以外で無差別に破壊活動を行うことはできない。もっとも、いくら敵国の首都とはいえアルザードには無差別に攻撃を加えるつもりはないのだが。
連絡が来るまでの《イクスキャリヴル》の仕事は迎撃に出て来る敵部隊の殲滅と、アンジアの注意を引くことだ。
《イクスキャリヴル》の着地の際に生じた土煙が晴れ、それに気付いた住人たちが大通りに顔を出し始める。そして、そこに立つ見慣れぬ魔動機兵を目にして困惑の表情を浮かべる。
「たった今、使者が別働隊と合流したと報告がありました」
マリアから通信が入る。
手筈では《イクスキャリヴル》突入前後のタイミングでアルフレイン王国の使者がアンジアの中央議会に書簡を届けることになっていた。
先日アンジアから届いた捕虜交換要求への返答である。
「さて、あちらはどんな状況になっているのやら」
笑みを含んだエクターの声が混じる。
書簡の内容は、交換には応じないが、捕虜の処刑も許さない、件の新型機《イクスキャリヴル》による報復強襲を行う旨と、降伏勧告になっているとのことだ。
警報が鳴り響き、都市の四方から《バルジス》と《バルジカス》の混成部隊が現れる。
王都アルフレアと違い、アジールの警備基地は都市の四方に分散配置されているようだ。
防衛部隊らしき魔動機兵たちは《イクスキャリヴル》の動向に注意を払いつつ、包囲するように少しずつ接近してくる。《イクスキャリヴル》の情報そのものはアンジアの軍にも伝わっているだろうが、実際にその性能を目の当たりにしたことがない者にとっては伝えられた話は半信半疑だろう。騎手であるアルザードでさえ、《イクスキャリヴル》に直接関わっていなければにわかには信じ難い性能だと思う。
「降伏勧告は伝わっているだろうが、その返答を待つ必要はない」
エクターが言う。
降伏勧告自体は言わば挑発のようなもので、アンジアが応じるようならその時点で作戦は終了するが、想定されているものではない。公に《イクスキャリヴル》から通告しているわけでもないため、住民はアルフレイン王国が攻めてきているのだということにさえまだ気付いていないだろう。
アンジアがアルフレイン王国の捕虜を人質にとっているように、《イクスキャリヴル》はアジールの民を人質にしているようなものだ。そこに議会が気付くのか、どう対応しようとするのか。
だが、それはそれとして《イクスキャリヴル》には捕虜捜索の時間稼ぎをするという任務もある。
「……応戦を開始する」
一呼吸おいてから、アルザードはそう告げた。
ヒルトを握りなおし、周囲に視線を走らせる。
取り囲もうと近付いてくる魔動機兵の魔力の流れが、銃口から向けられる殺気のようなものとして《イクスキャリヴル》の装甲に伝わってくる。それはアルザードの肌に指先で触れられたような感触として伝わってきていた。
機体と肉体感覚の錯覚精度が上がっているように感じられるのは気のせいではないだろう。
《イクスキャリヴル》は背後に回り込もうと大通りに飛び出した一機の《バルジス》へと振り返り、シュライフナールを構えた。ヒルトのトリガーを引いてマナストリームでシールドランスを形成し、地を蹴る。
推進器による加速を使わずとも一瞬で距離は詰まり、前方へ突き出すように構えたシールドランスが《バルジス》を貫く。文字通り、そこにあるものを全て削り取るように《バルジス》の胴体が消失する。
肌に刺さるような殺気に振り向いてシュライフナールを構えれば、《バルジス》と《バルジカス》が銃撃を始める。《イクスキャリヴル》の前面を覆うように展開されたマナストリームの盾が銃弾を掻き消していく。通常の銃器程度ならシュライフナールで防がなくともさほど問題はないのだが、圧倒的な性能差を見せ付ける必要もある。
そのまま《イクスキャリヴル》を走らせ、正面にいた《バルジカス》を貫いて見せた。
敵たちの動揺が目に見えて分かる。
一歩後ずさった《バルジス》が、背後にあった建物に激突してバランスを崩した。建物を倒壊させつつ、《バルジス》自身もそこに身を埋めるように倒れ込む。
「あまり時間もかけられないか……」
時間稼ぎも仕事のうちだが、戦闘によって都市内に被害を出し過ぎるのも望みではいない。
《イクスキャリヴル》とシュライフナールをもってすればアジールを更地にも出来てしまうだろう。だが、そういった力だけを単純に誇示するのではなく、制御できているのだということも示さなければならない。
《イクスキャリヴル》は単なる大量破壊兵器ではないのだ。
しかし、開けた大通りはともかく建造物が密集しているようなところではシュライフナールの取り回しは悪い。マナストリームを発生させるシールドランスは抵抗もなく建造物を薙ぎ払えてしまうが、それこそが問題点でもあった。あらゆるものへ接触したことに気付くことができない。
「仕方ない」
シュライフナールを大通りにそっと下ろし、軽く跳躍。
いくつかの建物を飛び越えて隣の路地にいた《バルジス》の前に着地すると、左手で肩を掴み腹部に右拳を叩き込む。装甲は容易くめり込むように拉げ、操縦席を潰された《バルジス》は動かなくなる。
周囲から向けられる銃口と殺気から逃れるように、《イクスキャリヴル》は機体を反転させて再び地を蹴る。
ふわりと建物を跳び越えて、また別の路地に立つ《バルジス》の隣へ着地する。素早く右腰の剣の柄を右手で逆手に掴み、刃を一瞬だけ発生させて脇に立つ《バルジス》をマナストリームソードで貫いた。《バルジス》の右脇腹から左胸辺りまでを極彩色の閃光が走り、穴を穿つ。膝から崩れ落ち動かなくなる《バルジス》を尻目に、《イクスキャリヴル》は再び路地を跳び越え次の敵へと走る。
ふと見れば、一機の《バルジカス》がシュライフナールに駆け寄り、手を伸ばしていた。持ち帰ろうとしているのか、使おうとしているのか。
しかし、《バルジカス》ではシュライフナールを持ち上げることすらできない。グリップを握ったところで、手のひらと接続する魔力回路の規格が合わないのは当然のことながら、規格が合っていたとしても出力が根本的に足りないはずだ。
通常の魔動機兵には重量と大きさも合わない。無反応どころか、持ち上げて動かすことすら一機では叶わないだろう。
戸惑いを見せる《バルジカス》の前に《イクスキャリヴル》は着地すると、その胴体に剣の柄を押し付け、刃を発生させた。閃光が迸り、動かなくなった《バルジカス》をシュライフナールから無造作に引き剥がし、辺りを見回すように振り返る。
四方から迫ってきていたアンジアの魔動機兵はその全てが為す術もなく機能を停止していた。
「制圧完了……と言えるか?」
アンジアはアルフレイン王国への侵攻部隊を国境付近まで下がらせたものの、首都までは戻さなかった。謎の新型機である《イクスキャリヴル》を警戒してのことだが、いきなり首都を襲撃されるとも思っていなかったが故の判断だ。首都防衛の部隊も相応に精鋭ではあっただろうが、もはや通常の魔動機兵は《イクスキャリヴル》にとって敵ではない。
「まぁ、分かりきっていたことだが、遠距離兵装がなくとも余裕だったね」
エクターのさも当然といった風な声が聞こえてきた。
今回、《イクスキャリヴル》に射撃が可能な武器は持たされていなかった。
王都防衛戦の際には間に合わなかったが、その時既にシュライフナールの設計開発は進んでいた。あの時の戦いで使用して壊れたライフルは再設計が必要になり、今回の作戦には開発が間に合わなかったのだ。
もっとも、仮に調整されたものが完成していても、射線上のものを無差別に消し去ってしまうマナストリームライフルは、いくら敵国とはいえ都市内ではあまり使う気にならなかったが。
「たった今、捕虜の収容場所を確認との報告がありました。制圧と救出が始まった模様」
マリアの声と共に、アジールの中央から見て北東方面の一画で爆音と煙が上がった。
収容施設への突入が始まったのだろう。
《イクスキャリヴル》が首都内の魔動機兵のほぼ全てを引き付け、撃破したことで別働隊は他の目的に専念できる。収容施設の防衛戦力だったはずの《バルジス》らは、圧倒的な戦闘能力を見せ付ける《イクスキャリヴル》を無視できずに出撃し、返り討ちにされた。
「議会への突入も同時に始まっています」
アジール南東からも煙が上がっていた。
議会制のアンジアは首都アジールにある中央議会が政治の中枢だ。その議事堂への突入と制圧も始まっているようだ。
「増援は?」
「今のところは確認されていないね」
アルザードの問いには、エクターの声が答えた。
ここまでは当初の作戦通りに事が進んでいる。順調だ。
三ヵ国の主要戦力を一斉に相手した時と違って、かなり余裕がある。
「ん、何だ……?」
不意に、強い魔力反応を感じた。
眉根を寄せ、その方角に目を向ける。アジールの南西にある基地施設の方だろうか。
バイザースクリーンに映る景色が拡大され、通りや建物の合間から覗く基地施設で何かが動いている。魔動機兵の武装から向けられるような魔力反応の感触とは違う。
「議会制圧部隊から緊急連絡! アンジアの試作兵器に稼動命令が出されたようです!」




