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第十一章 「夜明けを告げる流星」 3

 第十一章 「夜明けを告げる流星」 3

 

 

「改めて作戦を説明するよ」

「《イクスキャリヴル》はシュライフナールを用いて、本地点からアンジア首都アジールへと強襲し防衛部隊を排除、無力化して下さい。《イクスキャリヴル》の戦闘開始を合図に、待機していた救出部隊が首都へ侵入、捕虜の捜索と救助に当たります」

 マリアが作戦内容をすらすらと述べていく。

「従って、作戦目標は二つ。一つはアジールの制圧、もう一つは捕虜の救出。これら二つが達成されて始めて作戦は完了となります」

 作戦に参加する者達にとっては既に知らされている情報だが、あらためて説明することで気を引き締める狙いもある。

 先行してアジールへ向かった部隊は大きく分けて二つある。一つは捕虜救出を目的とした歩兵中心の部隊で、もう一つは首都の制圧に参加する部隊だ。前者は諜報部隊が中心となり、後者には何機かの魔動機兵が随行している。

 当然、途中でアンジアに察知されると作戦は失敗になるため、随行する魔動機兵は高価な迷彩外套を装備させた上で少数が選抜された。

 今のところ、先行部隊がアンジアに発見されたという報告もなく、それらしい動きもない。先行部隊は《イクスキャリヴル》と指揮所の通信を繋ぐための中継機を設置しながらアジールへと向かっている。《イクスキャリヴル》が行動開始する頃には、アジールに察知されるギリギリの位置で待機しているはずだ。

「あらためて聞くと無茶苦茶な作戦だな」

「期待しているよ」

 苦笑するアルザードにエクターは軽く言ってのける。

 先行部隊には制圧を補助する戦闘部隊もいるが、魔動機兵は《アルフ・セル》がたったの三機だ。対魔動機兵用というよりは、アンジアの首脳陣がいるであろう施設や建物を制圧するための側面が強い。

 結局、主に戦うのは《イクスキャリヴル》の役目だ。それに、アンジアとしても規格外の《イクスキャリヴル》は無視できないだろう。

「……ギルバートの様子は?」

「今は落ち着いているわ」

 捕虜の名簿の中にサフィールの名前を見つけた時はアルザードも驚いたものだが、実の弟であるギルバートの動揺は大きかった。今回の捕虜救出部隊への参加も志願したのだが、アルザードが止めた。捕虜の状況が分からない以上、最悪の可能性も考慮しなければならない。作戦の性質上、慎重な行動が求められることもあり、感情的になりかねない捕虜の関係者は極力排除されている。

 前線にいた以上、戦死や捕虜となる可能性は理解していただろうが、だからと言って何とも思わないはずがないのだ。

 アルザードがエクターに捕虜の救出は可能かと問うた理由に、グリフレットやサフィールを助けたいという気持ちがあったのも事実だ。

「無事を祈るしかないな……」

 アルザードと《イクスキャリヴル》に出来るのは、敵性存在を叩き潰すことだけだ。

 目の前で組み立てられていく発射台の準備を待って、アルザードは《イクスキャリヴル》の右手をシュライフナールへと伸ばした。

「シュライフナールのマニュアルは目を通しているね?」

「ああ、盾と槍と推進装置の複合装備ということだったな」

 右手でシュライフナールの柄を握り、左手でシールド後部にあるグリップを掴む。

 《イクスキャリヴル》のオーロラルドライブの鈴のような音が僅かに変化し、アルザードは手のひらに感触の錯覚を感じ取る。

 バイザースクリーンにもシュライフナールとの魔力回路の接続を知らせるメッセージが表示された。

「シュライフナールはマナストリームを発生させるシールドランスと、プリズマドライブを丸ごと一機搭載した推進装置を繋げたものだ。後部のプリズマドライブ内臓推進器で斥力を発生させ、加速力や推進力を得る。本来なら地上で突撃し進路上のものを根こそぎ貫いていくものだが、今回は発射台から角度をつけて打ち上げ、一定高度で翼を展開、滑空状態で空中からアジールに侵入してもらう」

 エクターの記した説明書には目を通したが、言葉を並べると正気を疑うような装備だ。

 マナストリーム、触れた物質を自壊させる魔術命令を与えた魔素の奔流の凄まじさは前回の運用時に体験しているが、それをランス兼シールドとして機体前面に展開し、敵集団に突撃するという発想がまずもって馬鹿げている。

 後部の推進器には、《イクスキャリヴル》の消耗を抑える目的もあって魔動機兵用プリズマドライブを丸ごと一機搭載し、そこから得られる出力をランスやシールドのマナストリーム発生だけでなく、推進力にも使うのだという。反重力のような魔術を展開し、斥力を発生させて爆発的な加速力と突進力を生むのだとか。

「君の報告書にあったランドグライダーを見て思いついたんだ。現地のモーリオン三級技術騎士の発想力は中々だね。生きているなら是非とも会って話をしてみたいものだよ」

 エクターの下へ配属された直後に、直近の戦闘報告として提出した書類の中にあったランドグライダーの情報を見て、エクターは感心したらしい。

 事前にアルザードに関する記録や報告の類は送られていたが、さすがに配属直前の戦闘記録などは報告が間に合っていなかった。《フレイムゴート》や《ブレードウルフ》との交戦経験があると知ったエクターは、その時の状況や経過を事細かに聞きたがったのだ。

「機体外部から移動を補助する装備は量産機用に作るとなるとコストはかかるが、《イクスキャリヴル》ならその点融通が効くからね」

 報告書を読んでから、設計は始めていたらしい。

 一体エクターの頭の中はどうなっているのだろうか。その頭脳は時代を先取りしているというよりも、まるで数世代先の未来から来たかのようにさえ思えてしまう。

「出撃台、準備完了。作戦を第三段階に移行。《イクスキャリヴル》、出撃どうぞ」

 マリアの声が作戦開始を告げる。

 斜めに角度をつけた滑走台が用意され、アルザードはシュライフナールを手に台の上、最後部へと《イクスキャリヴル》を進ませた。車輪の付いた台の上に両足を乗せ、腰を落としてシュライフナールを脇に抱えるようにしっかりと握り、左手のグリップで支えて真っ直ぐに構える。

「《イクスキャリヴル》の進行に従って、中継器が起動していきますが、通信そのものはアジール到着まで使用不可だと思って下さい。中継機の魔術信号接続には若干のタイムラグが生じます」

 マリアのオペレーターとしての振る舞いも様になっている。

「……《イクスキャリヴル・シュライフナール》、作戦行動を開始する!」

 両側のヒルトのトリガーを引き、アルザードは回路に魔力を送る。

 オーロラルドライブの澄んだ音が高まり、続いてシュライフナールの推進装置に刻まれた溝へと脈打つように光が走る。後方に向けられた噴射口のような部分から魔力の放出が始まり、推進力が発生しシュライフナールが動き出す。

 前方に備え付けられた盾に刻まれた溝から円形に極彩色の光が広がっていく。同時に、前方に円錐状の槍の穂先を思わせるようにも魔素の奔流は発生し、エクターの言うシールドランスが形成された。

 そして僅かに《イクスキャリヴル》が前に進んだかと思った次の瞬間には、爆発したかのような衝撃と音だけをその場に残し、《イクスキャリヴル》は放たれた弾丸のように台から射出されていた。

 足を乗せていた車輪付きの台が射出台の上を一瞬で滑り、上空へと緩やかに角度をつけて《イクスキャリヴル》は打ち上げられていた。

 衝撃や振動を和らげるように様々な工夫を施して設計されている《イクスキャリヴル》の操縦席でさえ、加速の重圧を感じるほどに、その推進力は強烈だった。いや、もしかすると《イクスキャリヴル》が感じた風や勢いを、アルザードも感じていたというだけなのかもしれない。

 シュライフナールのプリズマドライブが警告を発するギリギリのところでアルザードは力を緩め、掴む手を握り直すようにして指示を変える。推進器の左右に折り畳まれていた滑空翼を展開、慣性飛行に移る。

 弾丸のような凄まじい速度で夜明け前の空を突き抜けて行く。

 もはや通常の魔動機兵に耐えられる速度ではない。銃弾や砲弾のように、その速度はまさしく撃ち出された質量兵器の弾に等しいものだ。極彩色のマナストリームが形作るシールドランスの存在が、まるで光を放つ矢のようなシルエットを空に描き出す。

 シュライフナールが発する信号が道中に設置された中継機を起動させていく。恐らく、それによって《イクスキャリヴル》の存在はアンジアに気付かれるだろう。

 だが、気付いたとして射出された《イクスキャリヴル》の進行を阻む手段はない。

 流れて行く地上の景色と、夜明け前の空を目に映しながら、アルザードはまるで自分が空を飛んでいるかのような感覚に包まれていた。

 通常ならば、浮遊感と疾走感の凄まじさに恐怖を抱くところだというのに、今はまるでそんな感情を抱かない。空を飛べるのが当然の鳥になったような昂揚感さえある。風を、空を切って進む感触がどこか心地良く、全能感に呑まれそうにさえなる。

 気を引き締めろ、と大きく息を吸い、吐き出す。

 シュライフナールの推進器から炎のように噴き出す魔力を制御して、高度と速度を維持する。

 マナストリームの輝きが鳥や虫といった、高速移動中に接触した際の危険となるものを消し去り、《イクスキャリヴル》を守っている。空気抵抗もこのシールドランスによって軽減されているのかもしれない。

 光の向こう、遠くに海が見えた。

 その手前に広がる大きな都市の姿も見えてきた。

 急いでも一日近くかかる距離を、ほんの数分で駆け抜けてしまった。

 王都アルフレアと違って都市を守る城壁がない。アルフレイン王国の民からすると無用心にも思えるが、アンジアにとってはそれが普通なのだろう。

 シュライフナールの角度を調整し、アジール都内目掛けて滑空を開始する。

 目標地点はアジール中央を通る大通り。夜が明けようとしている今、人の姿はほぼないに等しい。だが、港に面した首都であるアジールの大通りともなれば、多くの人が住み、行き交うであろう場所だ。

 そんな場所に被害を出すのは不本意ではあるが、こちらにも譲れない事情というものはある。何より、住民が避難するための退路を断って王都に攻め込もうとしてきた三ヵ国連合の一角がアンジアだ。似たようなことをされても文句は言えまい。

 光の矢は流星の如く、アンジア首都アジールの中央からやや北部の大通りへと突き立った。

 そして、夜が明けた。

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