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第十一章 「夜明けを告げる流星」 2

 第十一章 「夜明けを告げる流星」 2

 

 

「……エクター」

 ぽつりと、アルザードは隣に座る男の名を呼んだ。

「何だい?」

 相変わらずの声音に、妙な安心感を憶える。

「《イクスキャリヴル》で捕虜救出は可能だと思うか?」

 視線を向けて、浮かんだ疑問をぶつける。

 決して大きな声ではなかった。普通に会話をするぐらいの声量で、議論が始まってざわついていた会議場では掻き消えてしまいそうなものだった。

 それでも、アルザードの言葉に場が静まり返った。

 視線がアルザードとエクターに集中する。

「さすがに救出は不可能だろうね」

 エクターの答えに、場が落胆しかける。だが、彼の言葉はそれだけで終わらなかった。

「何せ、《イクスキャリヴル》に人員輸送能力はないからね」

「それは、どういう……?」

 続けられたエクターの言葉に、周りから声が上がる。

「《イクスキャリヴル》でアンジア首都アジールに強襲をかけ、制圧することなら十分可能だ。ただ、それを実行した後が問題になる」

 アルザードや周りの意図を察してか、エクターは説明を始めた。

 《イクスキャリヴル》の能力をもってすれば、単機で首都アジールに攻め込んで制圧することだけは問題なく実行できる、と。問題となるのは、《イクスキャリヴル》の稼動時間と、敵勢力を無力化した後の後始末だ。

「《イクスキャリヴル》を戦力として最大の効果を発揮させるには稼働時間を可能な限り戦闘行動にあてるべきだ。つまり、《イクスキャリヴル》の移動と、戦闘後の回収は、《イクスキャリヴル》自体にはさせられない。ここは別途フォローしなければならない」

 首都アジールの制圧にかかる時間がどれだけになるかは分からない。《イクスキャリヴル》なら出来る、とエクターは自信を持っているようだが、運用コストが大きい以上、出来る限り無駄を省くべきだとも考えている。

 アルフレイン王国領内から《イクスキャリヴル》を走らせても、恐らく首都アジールには辿り着けるとアルザードも思う。問題は、そこまでにかかる時間でアルザードや《イクスキャリヴル》が少なからず消耗してしまうという部分だ。

 もしオーロラルドライブが破損するような消耗になってしまえば、《イクスキャリヴル》の修理にかかる時間も費用も莫大なものになる。高濃度エーテルの充填でどこまで稼動時間が延ばせるのかという問題もあるし、騎手であるアルザードへの負荷も小さいものではないと身をもって実感しているところだ。

 戦闘になる部分だけを《イクスキャリヴル》に担わせる、というのが最も効率的だが、そうなるとそれ以外の部分は他の者たちで支援しなければならない、というのがエクターの説明だった。

「だから、《イクスキャリヴル》だけでは救出は不可能だと言わざるをえない」

 戦闘中に捕虜を救助する部隊と助け出した捕虜、戦闘を終えた《イクスキャリヴル》を回収するための輸送手段は別途用意する必要がある。

 アルフレイン王国の国境線からアジールまでの間にあるアンジアの拠点や集落をどうやり過ごすのか、《イクスキャリヴル》の輸送手段もそうだが、捕虜の救助部隊の進行ルートなども考えなければならない。

 《イクスキャリヴル》で道中の敵を全て倒して道を作りながら進む、という強引な手もあるが、その場合はアジールに辿り着いた時の消耗具合がどうなるかが問題だ。

「その問題さえ解消できるなら、不可能ではないんだな?」

「もちろん」

 アルザードの問いに、エクターは平然と頷く。

「アンジアを攻め落としてしまえれば、ある程度財政的にも潤うか……?」

「少なくとも、アンジアという敵は一つ消えるでしょうね」

 首脳陣は既に議論を始めていた。

 アジールを陥落させ、捕虜救出と同時にアンジアという国そのものを敵対勢力から排除する。考えなければならない問題は決して少なくはないが、余裕のないアルフレイン王国にとって成功した時のメリットが大きいのもまた事実だ。

 アンジアを敗戦国として賠償請求をしたり、アルフレイン王国に吸収してしまえるのであれば、博打のようなものではあるが、それだけに見返りは大きく魅力的だ。

 捕虜か《イクスキャリヴル》か、どちらかだけを選ぶのも苦しい現状を考えれば、両方を取れる提案に実現性があるのなら選ばない手はない。

「運用にコストはかかるが、他国への牽制にもなる、か……」

 アーク正騎士長が静かな声で呟いた。

 この作戦が成功すれば、《イクスキャリヴル》のデモンストレーションとしての効果も期待できる。攻めようと思えば国境から離れた首都でさえも単機で制圧が可能なのだ、と国内外に知らしめることができる。そうなれば、いくら資源豊富な土地を持つからといって、他国もおいそれと侵略はできなくなるのではないか。

 敵対すれば《イクスキャリヴル》を差し向けられる可能性がある、と思わせることは抑止力にも繋がる。

「準備にはどれだけの時間が必要だ?」

「一つ、考えていることがありまして」

 セイル正騎士長の問いに、エクターは穏やかに、しかしどこか怪しげな笑みを浮かべたのだった。


 会議から六日後の夜、すなわち捕虜交換の返答期限の前日、アルフレイン王国の国境を越えて進む部隊があった。

 いくつかの輸送車両で編成された部隊が、南へと向かって進んで行く。アンジアの拠点や集落を避けるように、通常の交通ルートから外れた道なき道を進む。

 その魔動車両の一つの貨物ブロックは、簡易指揮所のようになっていた。

 ヘルム以外の《イクスキャリヴル》の騎手装備を身に着けたアルザードは、端にある椅子に腰を下ろして、機材のチェックを行うエクターと、マリアの後姿を眺めている。

「よし、大丈夫そうだ。後は先行してアジールに向かった部隊が置いた中継機がちゃんと動けば通信は届くはずだ」

 一通りのチェックを終えたエクターが振り返る。

 マリアは通信用のヘッドセットを頭に被り、具合を確かめながら位置調整をしている。

「本気なんだな」

「ええ」

 アルザードの言葉に、マリアも振り返った。

 捕虜救出作戦が決まった後、痺れが抜け切れていなかったアルザードはもう一日だけ病院で体を休め、ニムエ技術研究所に戻った。そこには、《イクスキャリヴル》運用部隊のオペレーターの一人としてマリアが配属されていた。

「人手は欲しいと言えば欲しかったけれど、扱うものがものだけに、信頼できる人材でなければ面倒ではあったからね。申し出自体はありがたかったよ」

 エクターは簡易指揮所の中でそう言って笑った。

 マリアも一応は騎士養成学校を卒業しているし、成績は上位だ。今まで騎士団に配属されていなかったのは、彼女が王家の血を引いているが故だ。彼女の母親は現国王の叔母に当たり、アルトリウス王とマリアは従兄妹の関係にある。

 彼女自身はその性格もあって騎士団に配属されて前線に赴くことにも抵抗は無かったのだが、王家の血筋を引いているという理由で両親の反対に合い、王都で暮らしていた。優勢な状況であればまだしも、敗色濃厚な戦況では、捕虜にされた時のリスクが大き過ぎる、というのも理由だった。いっそ、早い段階で王都から逃がしてしまうという話も出たのだが、前線で戦う婚約者がいるからと本人が頑なに固辞していた。

「もう待つだけはきたの」

 そんな言葉を自然体で放つのが何ともマリアらしい。

 苦笑して、アルザードは立ち上がった。

 そろそろ時間だ。

 簡易指揮所が設けられた魔動車両の後部貨物ブロックには、《イクスキャリヴル》が寝かせられている。その操縦席に潜り込み、ヘルムをシートから伸びるコードと接続、バイザースクリーンを下ろして起動させ、指示を待つ。

 鈴の音のような、オーロラルドライブの駆動音が静かに響いていく。

「《イクスキャリヴル》輸送部隊、第一目標地点に到達。作戦を第二段階に移行」

 マリアの声が通信を介して聞こえてきた。

 貨物ブロックを覆うように被せられていた天井が開き、スクリーンに夜空が映った。

 アルザードは《イクスキャリヴル》をゆっくりと起こし、立ち上がらせる。

 後続車両の一つが隣に停車し、貨物コンテナが開かれた。

 そこには、《イクスキャリヴル》の身長をも超えるほどの巨大な装備が鎮座していた。通常の魔動機兵が扱うには太い柄は長く、先端部分には《イクスキャリヴル》が持つシールドよりも大きな円形の盾のようなものが付いている。盾のようなものは二重構造のようになっていて、その境目である縁の部分は円形に溝が掘り込まれたような形状をしている。後端部には魔動機兵の胴体にも近い大型の装置がついており、そこから折り畳まれた大きな翼のようなものが生えている。

「これが……」

「《イクスキャリヴル》専用の追加装備、強襲兵装シュライフナールだ」

 アルザードに続いて、エクターが口元に笑みを浮かべて言った。

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