第十一章 「夜明けを告げる流星」 1
第十一章 「夜明けを告げる流星」 1
捕虜の一覧が一巡したところで、会議場には重苦しい空気が流れていた。
「《イクスキャリヴル》の開発責任者としての見解を聞かせてもらえないだろうか」
沈黙を破ったのはアルトリウス王だった。
エクターを見つめ、アンジアの要求に対する意見を求める。
「そうですね……仮に《イクスキャリヴル》を明け渡したところで、アンジアは持て余すでしょう。アンジアの戦力や技術力に対し即座にプラスには成り得ない、とは断言しましょう」
エクターは涼しい顔のまま、説明を始めた。
「ふむ」
ざわつきかける場を軽く手を掲げて制しながら王は相槌を打ち、エクターに先を促す。
「まずは機体そのものですが、あれを完全に複製できたとしても、それはアルザード上級正騎士が使用可能な機体が増えるだけで終わります」
現在の《イクスキャリヴル》はアルザードにしか扱えない機体として設計されている。戦闘稼動に要求される魔力適性だけでなく、アルザードという個人に合わせてその莫大な魔力を余すところなく活用し性能を発揮する機体として調整されているのだ。
単に模倣しただけでは、資源を浪費するだけで誰にも動かせない、使いものにならない機体が出来上がるだけだ。
「加えて、あれの構造や調整は極めて精密なものです。使用する素材や加工の精度要求水準については先の資料の通りですから、アンジアが簡単に用意出来るとは思えません」
実際、魔動機兵関連技術に秀でたアルフレイン王国でさえ、《イクスキャリヴル》を実戦投入可能な状態にするのに相当な時間がかかっている。
設計開発を行ったエクター並のチームがいないであろうアンジアでは、模倣品でさえ完成させるのには数倍の時間がかかるはずだ。今現存している《イクスキャリヴル》をアンジアに渡したとして、まともに運用できる状態に整備と修理が出来るかさえ怪しいというのがエクターの見立てだ。そして、整備と修理が出来たからと言って、動かせるのはアルザードだけ、という部分は変わらない。
「アンジアはただでさえ大雑把ですからね。港もあり、物量にこそ秀でていますが、その分、国家レベルでは個の質というものに対する意識は他国と比較してさほど高くありません。質を極めたような《イクスキャリヴル》は現状、価値観にも合わないでしょう」
大陸南部に国を構えるアンジアは、南端の首都に大きな港を持つ。漁業や海運業が盛んで栄えたところがあり、人材や物流自体は多いと言える。
そして精密技術にはあまり秀でておらず、潤沢な物資でもって魔動機兵を重装化、正面から打ち合い物量で押すという戦法を得意とする。
単体の高性能を突き詰めたような《イクスキャリヴル》は思想に合っているとは言い難い。
「今後を見据えて技術を吸収する、という思惑も当然あるでしょう。ただ、どちらかと言えば、今回の要求は我々のカードを奪う目的の方が強いかと」
アンジアも技術力に劣るという点を放置して良いとは思っていないだろう。未知の技術の塊でもある《イクスキャリヴル》を入手し、構造や設計を解析することで技術力を高めたいという思惑はあるはずだ。
もっとも、《イクスキャリヴル》に用いられている高度かつ精密な技術や魔術式が、万人に運用できるようなものとして応用できる形にするためには相応の研究を必要とするだろう。それこそ、エクターのような人材でもいなければどれだけの時間がかかるのか、そもそも見通しだけでも立てられるのか怪しいものだ。
「《イクスキャリヴル》が誰にでも扱える機体だと思っているのであれば、相応の時間稼ぎにはなりましょう。アンジアが再現、あるいは応用できるようになるまでに、私が《イクスキャリヴル》を再開発する方が早い」
それにどれだけの時間がかかるかはさておき、《イクスキャリヴル》を渡すことでいずれその設計思想や必要技術について学ばれてしまうことにはなる。だが、エクターは自信を持って《イクスキャリヴル》の解析と再現には膨大な時間がかかるであろうと断言する。
《イクスキャリヴル》を引き渡したとしても、それがアンジアにとってプラスに働く前に《イクスキャリヴル》を再開発し、叩く時間はある、と。
「しかし、設計が完了しているからと一からまた《イクスキャリヴル》を開発するのであれば当然コストはかかります」
エクターのその一言で首脳陣の何人かが青褪め、渋い表情をする。
もう一機《イクスキャリヴル》を作る、というのはコストを考えると難しい。
「そして当然、《イクスキャリヴル》を明け渡すことで他国に対して隙を作ることにもなります」
現状《イクスキャリヴル》は他国にとって、未知の脅威だ。
それをアンジアに渡すことは、アルフレイン王国の戦力を大きく削ぐことになる。《イクスキャリヴル》の投入によって絶望的な王都侵攻を防ぐことができたのだから、そのカードがなくなることはアルフレイン王国の状況を巻き戻すことになりかねない。
秘密裏に明け渡すにしても、そういう情報はどこかから漏れ出るものだ。停戦を申し入れてきたセギマが手のひらを返す可能性も出てくるだろう。
「指定された一週間で《イクスキャリヴル》をもう一機用意するのはさすがに不可能です。新型の動力機関……オーロラルドライブとでも呼びましょうか、これの中核に用いる超高純度プリズマ結晶を一から精製するにはどんなに急いでも一週間はかかります」
エクターが考案した《イクスキャリヴル》の新式動力システム、オーロラルドライブには超高純度のプリズマ結晶と、それを取り囲むように複数の高純度プリズマ結晶が必要になる。
今回の開発では、エクターが既に大まかな計算をして精製を指示して作業が進められていたため、アルザードの参加によって細部の再計算をする形で完成までの時間が短縮できた。完成品が出来たことで、設計自体も完成したわけだが、これを新たにもう一つ精製するにはそれだけの時間とコストを必要とする。
機体の各部の製造も並行して進めるとしても、組み上げから調整まで考えると一週間では間に合わない。
「……となれば要求に応じるのは現実的ではないな」
アーク正騎士長が唸るように言った。
「とはいえ、我が国の騎士団員が捕虜になっているのも見過ごせません」
ルクゥス正騎士長も眉根を寄せて苦い表情を見せる。
ベルナリア防衛線が突破された際、多くの者がアンジアの捕虜となった。
ノルキモの捕虜の扱いは酷く、こういう場で外交のカードとして使われることはまずない。国土の関係で維持し難いというのもあって、捕虜にすること自体も稀だ。
セギマはそもそも捕虜が出るような戦い方をしない。国土があまり広くないのも関係するだろうが、スパイとしての潜り込みや情報漏洩に対する警戒心が強いというところが大きい。見逃すか、トドメを刺すか、の二択が多い。
そして三ヵ国の中でも資源と国土に余裕のあるアンジアは比較的捕虜を取り易い。海運業などの外交に積極的な気質も影響しているのかもしれない。
「確かに、いくら国に殉ずる覚悟のある騎士団員とは言え、捕らえられた我が国の民をむざむざ見殺しにするというのは国民感情的にも無視はできん」
セイル正騎士長も悩ましげに言う。
現時点では密書という形で伝えられた情報だが、アンジアがこれを秘匿したままにするメリットはない。《イクスキャリヴル》と捕虜の交換要求を公表し、アルフレイン王国に揺さぶりをかけてくるであろうことは想像に難くない。
そして公表されたとなれば、どちらの要求を選択したとしても国民からの印象は良くないだろう。
人命優先とした場合、人道的と肯定する者がいるとしても、国の窮地を救った《イクスキャリヴル》が奪われるとなれば国防への不安が増大する。《イクスキャリヴル》がなければアルフレイン王国が滅びていたのは確実なのだから、それを失うことは他国からの侵攻の再開も予測される。《イクスキャリヴル》なしに、疲弊し切ったアルフレイン王国が抵抗出来ると思う者はいないだろう。
だからと言って《イクスキャリヴル》を渡さないとなれば捕虜たちを見殺しにすることになる。騎士団員の中には貴族出身者も多い。そうでなくとも、捕虜のリストまで公開されてしまえばその家族はいくら《イクスキャリヴル》を渡すことが愚かな選択肢だと頭で分かっていても、心に傷を残すことになる。
だが、国の存亡、今後を考えるならば捕虜を見捨てるしか選択肢はない。
「救助しようにも、今の我々にそれだけの余力があるかというと……」
ルクゥス正騎士長が端整な顔を悩ましげに歪ませる。
捕虜を救出するための部隊を編成しようにも、それだけの戦力を用意できないのが実情だった。
ベルナリア防衛線やこれまでの戦いで失った戦力は多く、どうにか時間が出来たことで立て直すために奔走している段階でもある。国防のための騎士団再編が最優先である以上、他に戦力を回す余力がないのだ。
捕虜の救出作戦を展開するとなれば、当然ながらアンジアに攻め込む必要が出てくる。アンジアが捕虜を収容している場所を突き止めるための諜報、そこまで部隊を進軍させるためのスケジュールとコストの管理、そして救出のための作戦実行、と手間もかかる。
諜報のための人材とかかる時間、編成する救出部隊の人員選定、どのような作戦をもって捕虜を実際に救出するのか、考えなければならないことも多い。
「……察するに、捕虜がいるのは首都でしょうな」
アーク正騎士長が重苦しい声で言った。
「根拠は?」
「この書簡がアンジアの首都アジールから発されている印が押してあることが一つ。もう一つは、国境付近では《イクスキャリヴル》の脅威が大きいからだ。少なくとも、首都周辺ではあるだろう」
「なるほど……厳しいな」
セイル正騎士長はぶつけた疑問への問いを聞いて、唸る。
国境、つまりアルフレイン王国に近ければ近いほど、《イクスキャリヴル》による攻撃は容易だと考えるだろう。アルフレイン王国の領内から三ヵ国が撤退し、国境付近で警戒を固めているのもそれが大きな理由だ。
王国領内に留まれば、アルフレイン王国にとっては問答無用で攻撃する理由となる。セギマの停戦申し入れも、《イクスキャリヴル》による襲撃を予防する目的が大きい。
アンジアにおいても、首都アジールは最も守りが厚く、アルフレイン王国の国境からも遠い。
今から諜報部隊を送り込むとしても、首都アジールとなると移動時間にどう急いでも一日は見積もる必要が出てくる。隠密性なども考えると、もう少しかかると考えるべきだろう。一週間という猶予期間に対して、決して短くはない。
「考えれば考えるほど、捕虜の救出は絶望的か……」
ルクゥス正騎士長も渋い表情だ。
政治関係の者たちは、どうすれば国民感情を抑えられるかについて議論を交わし始めていた。




