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第十章 「繋いだ明日と」 3

 第十章 「繋いだ明日と」 3

 

 

「セギマは撤退を選んだか……しかし判断が早いな」

 銀を基調とした主位騎士ロードナイトの制服に身を包んだ男が呟いた。アルフレイン王国騎士団に三人しかいない正騎士長のうちの一人、ルクゥス・ア・ギルアだ。藍色の長髪に澄んだ水のような青い瞳を持つ流麗な男だ。

「三ヵ国のうち、国家としてはセギマが最も小国ですしね。先の戦闘で《ブレードウルフ》隊を始めとする要となる戦力が潰されたのも効いているのでしょう」

 同じく銀を基調とした制服を纏った女性が応じるように言った。彼女も三人の正騎士長のうちの一人で、セイル・レ・ガイアスと言う。黄金色の髪に、濃い金の瞳を持つ凛とした女性だ。

 彼女の言う通り、セギマは三ヵ国連合の中では国としては最も規模が小さい。国土は狭いものの、土地は悪くなく、技術力や技量、武力の面は三ヵ国の中で最も高かった。それを象徴していたのが《ブレードウルフ》を筆頭とする魔動機兵の精鋭部隊の存在で、それはアルフレイン王国も嫌と言うほど知っている。

 だが、今回は王都侵攻のために精鋭部隊を多く回したことが裏目に出てしまった。精鋭を多めに配備することで、王都侵攻作戦の優位を得て、戦後の取り分や発言力を増大させたかったのだろう。

 勝ちが確定したような情勢だったこともあり、今回の戦争の利益をより多くしたいという思惑はどの国にもあった。

 だが、《イクスキャリヴル》の投入でセギマにとって重要な戦力の多くが失われた。得体の知れない新型機の存在を前に、自国の防衛を考えるなら手を引く方が良いと判断したのだろう。最大戦力とまで言われていた《ブレードウルフ》が手も足も出なかったのだから、早い内に停戦を申し入れて攻め込まれるリスクを減らそうというわけだ。

「我々も王都までは追い詰められたのだ。停戦を拒否して反撃するにしても、直ぐにとはいかん。これは受けざるを得んだろうな」

 ルクゥス、セイルの隣に座っていた大柄な男が腕を組んで唸るように言った。白いメッシュが入った黒髪に紫の瞳を持つ、正騎士長アーク・ミグ・フィリアスだ。かつてアルザードが所属していた獅子隊を抱える騎士団長でもある。

「その点で、まずは礼を言わねばなるまい」

 アルトリウス王は穏やかな、しかし良く通る声で僅かに手を挙げ、場を制した。

「新型魔動機兵の製造と、実戦投入による王都の防衛、大義であった。アルザード・エン・ラグナ上級正騎士、エクター・ニムエ・メーリン特級技術正騎士」

 場の全員の視線が集まる中、アルザードは耳を疑った。

「あの、私は上等騎士のはずですが……」

 アルザードは低位騎士ローナイトの上等騎士、エクターは中位騎士ミドルナイトの一級技術騎士だったはずだ。王直々の礼もそうだが、付随する階級がおかしい。

 エクターのフルネームもそうだ。メーリン家と言えば、アルザードのラグナ家と同等以上に有名な名門だ。王家に仕える優秀な人材のいくらかはメーリン家の血が流れていると言われている。今まで、ニムエがエクターのファミリーネームだと思っていたから驚いた。

「まさかあれだけの事を成しておいて、昇級がないとでも?」

 セイル正騎士長はおかしそうに笑う。

「確かに異例ではあるが、あれだけの敵を相手にたった一機で完勝してみせたのだ。正騎士長と言えど我々にもあのような真似はできん」

 ルクゥス正騎士長の目にも、アルザードたちを侮ったり、見下したりといった色はない。国家存亡の危機に、何も出来なかった歯痒ささえ滲んでいるほどだ。

 既に、ここにいる者たちには《イクスキャリヴル》がアルザードにしか使えない機体であることは知られている。

「それに、救国の英雄が低位騎士では格好も付かんだろう。受け取っておけ」

「はっ、ありがとうございます!」

 アーク正騎士長に言われ、アルザードは姿勢を正して頭を下げた。エクターも黙って一礼する。

「さて、今回お二人に出席してもらっているのは、その新型《イクスキャリヴル》を含めた今後のことを話し合うためです」

 アルトリウス王の右手側、三人の正騎士長とは王を挟んで反対側に座っていた青年が静かに立ち上がり、皆を一瞥して口を開いた。銀を基調とした制服には、僅かに金の装飾が入っている。主位騎士階級の最上位、アルフレイン王国の騎士団を束ねる総騎士長の肩書きを持つ、キアロ・ゴ・ランスタインである。王の右腕とも言われる存在だ。

「既にお聞きの通り、セギマからは停戦の申し込みがありました。まずお伺い致しますが、《イクスキャリヴル》を再び稼動させるのにどれだけの期間が必要ですか?」

「そうですね……必要な資材が揃っていたとしても、最低でも後五日ほどは欲しいところです」

「たった一機、しかもほぼ無傷というではないか、そんなにかかるものなのかね?」

 キアロ総騎士長に問われたエクターが答えると、政治関係者の方から声が上がった。

 エクターに与えられている施設の規模は決して小さなものではない。人材の質もエクターの眼鏡にかなうだけの技量を持った者たちが揃っている。そこに資材を最優先で回したとしても、エクターは後五日は必要だと言う。

「今のはあくまでも理想通りに行った場合の話です。現状を考えれば、最優先で物資を回して頂けてもいいところ一週間は見積もっておいた方が良いかと」

 エクターはさも当然とでも言わんばかりに答える。

 間近で開発現場を見ていなければ、アルザードも俄かには信じ難い内容だ。

「ちなみに必要な物資一覧はこちらの資料をご覧下さい」

 用意していた書類をエクターが円卓に配布すると、それを目にしたほぼ全員が表情を変える。驚く者、渋い表情をする者、様々だ。

「先に申しておきますと、私としては先の戦闘で投入した《イクスキャリヴル》の状態は万全とは言い難いものです。お渡しした資料に書かれたものは、先の戦闘時の状態にするために必要なものとなります」

 追加で放ったエクターの言葉に、アルザードを除いた全員が絶句する。

 王都防衛のためどうにか実戦投入を果たした《イクスキャリヴル》は、満足の行くテストを何もしていないという、兵器としては危険極まりない状態のものだった。エクターの設計や作業者たちの腕が良かったのだろう、求められていた能力を発揮することは出来たが、次も同じように行くとは限らない。

 全く同じコンディションに出来たとしても、投入する戦闘状況が違えば望む結果を引き出せるかは未知数だ。

 今回の戦闘で消費した物資についても資料として示し、エクターは《イクスキャリヴル》が未だ完成形とは言えないことを説明した。

 最も青い顔をしているのは物資関係に携わる者たちだ。これまでの開発だけでも時間と費用、物資が相当かかっているのに加え、一度の運用で消費した物資のリストから、補給と継続運用するためのコストを計算して頭を抱えている。

「となるとこちらから打って出るには最短でも一週間は必要ということか」

 ルクゥス正騎士長も《イクスキャリヴル》の運用の難しさは理解しつつも、戦況について思案を巡らせている。

 騎士団の再編も並行で進めるとしても、アルフレイン王国側から攻撃を仕掛けるとして最も早い手段は《イクスキャリヴル》の投入だと考えているようだ。

「しかし、運用コストは正直言って見合っているとは思えませんね」

 セイル正騎士長はあえてそう口に出した。

 高コストかつ量産の効かない特注資材ばかりを使い捨てとでも言わんばかりに消耗することが予想される《イクスキャリヴル》を何度も運用するという手は国の財政を圧迫し過ぎる。

「ただでさえ特例措置を取って予算を付けているというのに、これ以上かかるとなると、運用そのものが危ういとしか……」

 情勢が情勢だけに、最後の望みをかけてプロジェクトを進めた背景はあるが、やはりコストを無視し続けることはできない。政治関係の首脳陣たちはそこに目を瞑ることはできない。

「騎士団の負担、とするにもこれでは些か大き過ぎますな」

 アーク正騎士長も眉根を寄せて、唸るように呟いた。

 兵器という括りで考えるなら、《イクスキャリヴル》は騎士団の所有とするのが当然の帰結である。だが、管理、維持、運用を継続的に行っていくことを考えると、《イクスキャリヴル》の高過ぎるコストは大きな重荷にもなりかねない。

 国家滅亡の危機を救った希望の象徴とは言え、資材の消費がある以上は避けて通れぬ問題でもあった。ただでさえ、侵略されたことでアルフレイン王国は疲弊しているのだ。全額騎士団で負担するということは、それを支える国民の負担も増えることになる。

 特例措置を続けようにも、これまでの開発の時点で限界に近い。

「それについてだが、王家が負担しようと思う」

 アルトリウス王の提案に、首脳たちがざわつく。

「そうさな、六割ほどでどうか?」

「三割を騎士団、残り一割を技術研究開発の方面に含めれば、どうにか現実的な範囲にはなりますね」

 王の言葉に、キアロ総騎士長が資料を見つつ答える。

「三割……三割か」

 腕を組み、顎に手を当ててアーク正騎士長が唸る。ルクゥスとセイルの正騎士長二人も複雑な表情でそれぞれ思案を巡らせているようだ。

「ううむ、致し方ありませんな……今はそれで手を打つより他はないでしょう」

 首脳陣も根負けしたように、渋い表情をしながらも王の提案を採用する方向で話を進めることにしたようだった。

 国民の感情という面もあるだろうが、《イクスキャリヴル》の戦力としての価値はもはや無視できない。およそ軍事的なもので考え得るありとあらゆる絶望的な状況を覆せる可能性が現実に示されたのだから、運用に難があっても《イクスキャリヴル》を放棄するという選択肢は取り難い。

 戦争が終わったわけでもないのだ。三ヵ国をどうにかできたとしても、この先起きるかもしれない新たな戦争に対し、《イクスキャリヴル》は強力なカードとなる。

「ということだが宜しいかな? エクター特級技術正騎士」

「研究開発が続行出来るのであれば異論はありませんよ」

 キアロ総騎士長の確認に、エクターは肩を竦めて答えた。

 エクター個人の資金で研究開発が続けられるような規模のものではないのだから、決定権は無いも同然だ。しかし、実際に開発を主導するのはエクターだ。エクターが拒めば《イクスキャリヴル》の運用は出来なくなるのだから、承諾を得るという行為には意味がある。

「――会議中失礼致します! キアロ総騎士長、アンジアより緊急の伝令です!」

 慌しいノックから間を置かず、血相を変えた騎士が一人会議場に飛び込んできた。

「アンジアから……?」

 キアロ総騎士長に駆け寄り、書簡を渡した騎士は王と皆に敬礼をして会議場入り口まで下がる。

「これは……」

 渡された書簡の封を切り、目を通したキアロ総騎士長が表情を歪めた。

「総騎士長、如何しました?」

 セイル正騎士長が内容の開示を促す。

「アンジアから捕虜交換の要求が届きました」

「捕虜交換だと? こちらに出せるような捕虜はいたか?」

 キアロ総騎士長の言葉にルクゥス正騎士長が眉根を寄せた。

 敵国の捕虜が全くいないわけではない。ただ、捕虜交換をするほどの重要な存在はいないはずだ。アルフレイン王国には多数の捕虜を維持する余裕も、そもそも捕らえる余裕もないのが現状だ。

「アンジアは、捕らえたアルフレイン王国の全捕虜と、新型機……《イクスキャリヴル》の交換を要求してきています」

 キアロ総騎士長は端整な顔を歪ませて、書簡の内容をそう要約した。

「何だと……!」

 アーク正騎士長が声を荒げる。

「……捕虜のリストが同封されていますので、目を通したら回して下さい」

 キアロ総騎士長からアルトリウス王へ、そこから円卓を時計回りにするように、三人の正騎士長、何人かの首脳陣を経てアルザードの元へとリストが回ってくる。

「返答の期限は一週間後。応じない場合には捕虜を全員処刑する、と……」

 総騎士長の声を聞きながら、リストを見ていたアルザードは息を呑んだ。

 その中には、見知った名前が書かれていた。

 グリフレット・デイズアイ、サフィール・エス・パルシバル、と。

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