第一章 「炎熱の最前線」 3
第一章 「炎熱の最前線」 3
「相手を考えればこれでも大手柄だ」
サフィールも無事なようだ。
アルザードたちも、敵も、互いに味方をカバーし合いながら動く。
決定打が打てないでいた。
だが、このまま長期戦となれば耐熱性能で劣るアルザードたちが不利になっていくだろう。
アルザードたちの勝利条件は敵の殲滅ではなく、防衛だった。
無理に敵を倒す必要はなく、撤退させるだけでもいい。長期戦に持ち込んで、弾薬が尽きるのを待つのも一つの手だ。最優先するべきは、ここを敵に突破されないこと。
だが、敵の戦力も決して少なくはない。
「《バルジス》三機がそちらに向かった! 気を付けろ!」
サフィールのものとは違う、張りのある女性の声が通信機から響いた。
「こりゃあいよいよやべぇな」
状況は厳しいが、グリフレットの声に悲壮感はない。内心焦っていないはずはないが、それを表に出さず強気に振舞う。戦況が苦しいからこそ、精鋭部隊の人間であるからこそ、弱音は吐けない。
「どうする? 増援が到着したら私たちだけじゃさすがに持たない」
サフィールも冷静だ。
「ギルジアやボルクの位置からじゃ増援は見込めないしな……」
建物の影を移動しながら、アルザードも頭を捻る。
こちらにも味方は三機いるが、現在の位置を考えると呼んだとしても敵の増援にはまず間に合わないだろう。それに、ギルジアやボルクたちの方面の警戒も疎かにはできない。
隊長たちが交戦中の敵を撃破して増援の三機を追撃してくれる可能性もゼロではないが、期待はできないだろう。敵もアルザードたちのこの部隊が精鋭であることは知っている。
「奴を叩くか、それ以外を全滅させるか、ってところか」
アルザードは呟いた。
付け入る隙があるとすれば、《フレイムゴート》の主装備が火炎放射であることだろう。普及している銃火器に比べ、火炎放射器の射程は短い。それを補うため、両肩や腕に武装を追加しているが、装弾数は通常の武装に比べれば少ないはずだ。特に、背中に火炎放射器用の燃料タンクを背負っているのだから、《バルジカス》という機体の基本重量も相まって、機動力は格段に落ちる。
装甲を厚くはしているが、《フレイムゴート》が最も嫌がる戦い方は火炎放射の射程外から機動力を活かした射撃戦だろう。
それを分かっているからこそ、周囲に部下を配置して欠点を補いながら、じりじりと進んで来る戦法を取っているのだ。
ならば、《フレイムゴート》に集中して攻撃するか、あるいは周りの《バルジス》を全て排除して《フレイムゴート》を孤立させるか、考えられる方針はこの二つだろう。
「後者だと時間がかかるわね」
サフィールが言った。
どちらも簡単な話ではないのは明らかだ。
《フレイムゴート》を叩きたくとも、周りの敵が邪魔をするだろう。それを掻い潜って《フレイムゴート》のみを狙い続けるのは難しい。かといって、周りの《バルジス》を一機ずつ確実に仕留める方法では時間がかかる。
「どっちもやるって選択肢は?」
グリフレットが軽口を叩いた。
「それができれば一番なんだけどな」
アルザードは苦笑した。
敵に増援が加われば、数で圧倒されてしまうだろう。
ここを突破されるのだけは何としてでも防がなければならない。
身を隠していた建物に弾丸が当たり、破片が舞う。
「ま、やるしかねぇさ、腹括ろうぜ」
言い、グリフレットが建物から飛び出して射撃を始める。
「とっくに括ってる」
サフィールがそれに続き、敵部隊の横腹を突く。
アルザードも建物から飛び出し、銃撃しながら接近を試みる。
同時三方向からの攻撃に、しかし敵の部隊は動じない。予想していたかのように盾を構え、お互いの死角をカバーするように固まりながら応戦射撃を返してくる。
時間稼ぎをしようとしているのが見て取れた。敵にしてみれば、アルザードたちを仕留める最も安全な手は増援を待つことだ。三対四の今の状況で戦い続けるよりも、増援を待って三対七の形に持ち込んだ方が確実なのは明白だ。
「突っ込むぞ、アル」
「分かった」
グリフレットの言葉に、小さく答える。
真面目で、静かな声だった。玉砕覚悟といまではいかないが、リスクの大きな行動に出る時の癖だ。
ヒルトを握る手の力を強める。アルザードの機体が僅かに勢いを増す。
グリフレットが左の腰に残っていた手榴弾を投げる。応戦する《バルジス》の流れ弾が直撃し、手榴弾が空中で爆発する。爆煙を火炎放射が薙ぎ払い、グリフレットが突撃銃を乱射する。敵の攻撃がグリフレットに集中しようとするところへ、サフィールの援護射撃が届く。弾丸は何発か《バルジス》に命中したが、倒れない。
アルザードは距離を詰めて横合いから射撃する。背後にいる《フレイムゴート》を守るように、《バルジス》が盾を構えて受け止める。
燃え盛る炎を踏み越えて、更に近付く。足を止めれば的になる。ギリギリでかわした弾丸が装甲を掠め、火花を散らす。
新たに吐き出された炎を避けて、横へと機体を逸らす。
暑い。
操縦席内部の温度も上昇している。汗が頬から滴り落ちる。視界は赤々と照らされていて、炎と煙で見通しは悪い。その中央で炎を撒き散らす機体が、悪魔のようにも思える光景だった。
「うぉぁあああっ!」
グリフレットの叫び声が聞こえた。
手にしていた銃が撃ち抜かれ、足首に被弾、走っていた勢いのまま転倒する。咄嗟に両手で地面を突き飛ばすようにして、機体を無理矢理転がす。集中砲火をなんとかかわしたところに、《フレイムゴート》が火炎放射器を向ける。
「グリフレット!」
サフィールの援護射撃も、盾を構えた《バルジス》が割り込んで届かない。
アルザードは傍で倒れていた《バルジス》の盾を掴み、投げていた。グリフレットと《フレイムゴート》の間に盾が突き刺さり、吐き出された炎が左右に引き裂かれる。
「――おおおおおっ!」
己を鼓舞するように声をあげて、アルザードはヒルトを強く握り締める。
プリズマドライブが唸りを上げ、駆動音が一際大きく操縦席に響き渡る。機体が地を蹴る。左手で突撃銃を乱射しながら、右手を背中の長剣に伸ばす。
正面の《バルジス》の持つ銃に弾が当たった。銃を破壊された《バルジス》が盾を正面に突き出す。
「あぁぁぁぁっ!」
魔動機兵が跳んだ。走る勢いから、大きく踏み込んだ一歩で跳躍する。衝撃に地面が抉れ、弾き飛ばされたようにアルザードの操る《アルフ・セル》が宙を舞う。五、六メートル程は浮いただろうか。
《バルジス》が突き出した盾に足をかけて、更に跳ぶ。大地と違って不安定な足場では、機体を持ち上げるのは難しい。それでも、魔動機兵の重量をかけられた盾は大きく下に弾かれる。加重を支え切れず、《バルジス》の両腕は肘からもげた。つんのめる形になった《バルジス》の頭部を蹴飛ばして、飛び越えるようにすれ違う。
残弾が少なくなった突撃銃を投げ捨てて、右手でラックから抜いた長剣の柄に左手を添える。
密集していた敵陣の中央、《フレイムゴート》の直ぐ脇に着地すると同時に、空中で捻っていた上半身で水平に思い切り長剣を振るう。
うるさい程の駆動音の中、アラートが鳴り響く。
ただでさえ重量のある機体を無理矢理跳躍させた。着地の姿勢も、同時に攻撃をするために滅茶苦茶だ。衝撃吸収など考えていなかった。
膝の関節が悲鳴を上げ、衝撃に脛のフレームが歪み、装甲の一部が砕け散る。
《フレイムゴート》が気付き、回避行動に移る。
振るった長剣が左の火炎放射器を砕き、隣にいた《バルジス》の背中にめり込んだ。すぐさま強引に長剣を引き戻し、着地姿勢から一歩踏み込んで《フレイムゴート》に刃を返すが、かわされた。
今度は肘関節が警報を鳴らした。特注品の長剣は重く、取り回しが悪い。一撃必殺で振り抜くことを想定されているものだからだ。慣性を利用しない振るい方をすれば、腕や肩に大きな負担がかかる。
「どやされるぞ」
ギルジアの言葉が脳裏を掠める。
「知るか!」
仲間の命の方が大事だ。
吐き捨てるように一人呟いて、アルザードは長剣を振るう。
後ずさる《フレイムゴート》が肩のキャノンを向けてくる。外すような距離ではない。脚部も悲鳴を上げていて、回避行動も間に合わない。咄嗟に、長剣を盾にした。目の前に肉厚な剣を突き立てるようにして、刃の腹で砲撃を受ける。一発は耐えられた。剣は砕け散ったものの、弾丸は機体に届いていない。
サフィールの援護射撃が《フレイムゴート》の背面に突き刺さった。燃料タンクに被弾して、一瞬の間を置いて爆発が起きる。《フレイムゴート》の左肩が吹き飛び、よろめく。
アルザードの投げ捨てた突撃銃を拾ったグリフレットとサフィールが、援護を図ろうとする《バルジス》を牽制していた。
《フレイムゴート》が右手に持っている火炎放射器をアルザードへ向ける。
長剣を背に受け、傍で倒れていた《バルジス》が起き上がろうとしているのが見えた。アルザードはその腕を掴み、強引に引き起こす。急激な加重に耐え切れず、右腕の関節部が火花を散らす。警告音を無視して力任せに引き起こし、盾にするように《フレイムゴート》の方へと投げ付けた。直後、《アルフ・セル》の右腕が千切れた。
投げ飛ばされた《バルジス》を後退してかわした《フレイムゴート》が、右肩のキャノンをアルザードに向ける。重量のある《バルジス》を強引に投げたのだ。届かないのも無理はない。
近くの地面に突き刺さっていた《バルジス》の盾を左手で掴み、投げながら立ち上がる。盾に砲撃が命中し、あらぬ方向へと吹き飛ばされていく。
砲撃の反動で、《フレイムゴート》が一瞬硬直する。転倒している《バルジス》を踏み越えて、アルザードの機体が飛び掛かる。
残っている左手で、殴り掛かる。だが、距離が足りない。後退する《フレイムゴート》には一歩及ばなかった。それでも、左拳は右肩のキャノン砲を殴り付けていた。手首から先がバラバラになるのと引き換えに、砲身を歪ませることはできた。
着地すると、左膝が限界を迎えた。衝撃と重量を支え切れずに砕け、拉げた。前方に倒れそうになるのを、手首から先の無くなった左腕で支える。
《フレイムゴート》が後退して行くのが見えた。
増援の三機が《フレイムゴート》の後退を援護するように射撃をばら撒き、アルザード機を庇うようにサフィールが盾を手に割って入って応戦する。
「敵の撤退行動を確認した、深追いはするな!」
副隊長を務める女性の声が通信機から聞こえてきた。
戦闘が終わる。
アルザードは大きく息を吐き出した。全身汗だくだった。喉もカラカラに渇いている。
辺りではまだ火が燃えている。半壊していた周りの建物は半分以上が黒焦げに焼け落ちて、煙を上げている。弾丸の盾となって原型を留めていない建物も多い。
他に転がっているのは撃破された三機の《バルジス》だ。アルザードが《フレイムゴート》と戦っている間に、グリフレットとサフィールが仕留めてくれていた。
「追撃はしたくてもできませんね、これは……」
サフィールのその呟きには、安堵が混じっていた。




