アウトサイドエピソード 三獣士 「狙躍の狡兎」 1
アウトサイドエピソード 三獣士 「狙躍の狡兎」 1
木々に紛れるようにして、魔動機兵の部隊は山岳部から続く森の中を進んでいた。
目立たぬように森林迷彩を施した布で機体を覆い、周囲を警戒しながら少しずつ前進する。その歩みは決して速いとは言えず、隠密行動に重点が置かれている。
部隊の中央にいる《ノルムキス・ハイク》の操縦席で、レイヴィ・バーナーは苛立ちを抑えながら進軍していた。
部下たちに愚痴の一つでも言いたいところだったが、隠密行動のために無駄な通信は許可されていない。通信の魔術信号を探知される危険性がある以上、部隊内での直接会話は機体を接触させてゼロ距離で通信をするか、機体を降りて生身で会話をするかしかない。
レイヴィの《ノルムキス・ハイク》や、部下たちの《ノルス》が身に纏っている迷彩外套は、魔動機兵のプリズマドライブが発する魔力反応を遮断するためのものだ。外套の内側に施された魔術式により、魔力を吸収、遮断するという隠密作戦用の装備である。
その特殊性から、非常に高コストな代物であるため、量産は出来ず多用出来ない。加えて、その性能を発揮するためには魔動機兵をすっぽりと覆う必要があるため、機体の動きにも制限がかかる。
今も、《ノルムキス・ハイク》や《ノルス》は最低限機体を動かすのに必要な頭部のカメラセンサー部分を除いて、迷彩外套でぐるぐる巻きにされているような状態だ。激しい動きをして外套が破れてしまえば隠密性が低下する。
魔動機兵の発する駆動音もある程度抑えてはくれるが、完全とは言えない。出力を抑えることで駆動音もある程度小さくは出来るが、魔動機兵という重量物の移動にはどうしても音が出てしまう。
また、さすがに足の裏まで外套で覆うのは難しく、歩幅を狭く、忍び足で進むような慎重さが移動にも求められた。
進軍の遅さと慎重にならなければならない理由も分かる。今回の任務が重要ではないとも思わない。
が、やはりここまで神経質になって進まなければならないとなると苛立ちも募るというものだ。
「ったく、面倒な……」
何度目か分からない舌打ちと独り言が操縦席内に響く。
今回の任務はアルフレイン王国への妨害工作だ。
具体的には、王都アルフレアの西部にある主要な街道で土砂崩れを起こし、使えなくする。
王都の東、ベルナリア防衛線の突破は時間の問題とされているため、王都への攻撃を意識しての作戦だ
一番の目的はアルフレイン王国の王族の逃亡を妨害することにある。ベルナリアの陥落が見えてくれば、民間人に紛れて国外へ逃れようとする王族が出る可能性は高い。王都アルフレアが陥落すれば事実上、アルフレイン王国は滅びるが、王族が生き延びれば反乱の火種が残ることにも繋がる。
王制であるアルフレイン王国にとって、王族の存在は旗印になりうるからだ。
三ヵ国連合による侵攻で、アルフレイン王国は北、東、南、と三方から攻められている。となると、逃げ道は西しかない。
西方のユーフシルーネはアルフレイン王国とは友好国の関係であるため、連合側に参加することこそ無かったが、アルフレイン王国に協力する素振りもない。ユーフシルーネとしても、アルフレイン王国の持つ豊富なプリズマ鉱石資源は欲しいはずだが、あちらはあちらで隣接する他の国との情勢が芳しくないとの情報もある。
何にせよ、アルフレイン王国が民間人や王族を避難させるとしたら西側しかない。
レイヴィは選別された部下を率いて王都アルフレアの西にある大きな街道を破壊する工作任務を指示された。
偵察や狙撃を得意とし、直接的な戦闘は苦手なレイヴィとしては適切な采配ではあると思う。
だが、実際に任務に就いてみると暇で暇で仕方がなかった。
理由は分かるし、重要性も理解しているつもりだったが、実際に行軍してみると神経は磨り減るわ、気を紛らわせる方法も無いわで、遅さに加えて暇なのも相まって苛立ちが募るばかりだった。
とはいえ、任務は任務である。
ベルナリアに人員の多くを割かれているとはいえ、アルフレイン王国の領内深くを進んでいるため、発見される可能性や危険度は高い。そのための隠密装備ではあるのだが、近くで動いているところを見られればさすがにバレてしまう。隠密装備の迷彩外套を纏った状態では、戦闘能力はかなり低下していると言わざるを得ない。外套を取り払い、武装を手にした時には敵は攻撃を開始しているだろうし、外套の下で武装を構えるにしても布材が取り回しの邪魔になる。
そもそも、少数での工作が目的なのだから戦闘は極力避けるべきだ。
敵国領内深くに侵入し、退路を断つのが目的であって、戦闘による勝利や制圧は目的ではない。そもそも、戦闘自体が目的どころか回避すべきものとして設定されているのだから、少なくとも目的を達成するまでは我慢をする以外に方法がないのだった。
斥候役が少し先行し、偵察をしてから半分ほどの距離を引き返す。仲間が見える位置まで戻ったところでそのコースに敵影が見えなければ機体の手の動きなどで合図を送り、それを見て部隊が慎重に進む。合流したところで再び斥候が先行し、偵察を行う、という流れを繰り返して敵の目を避けつつ進んでいる。
あまりにも歩みが遅いため、街道への工作をする前にベルナリアが先に突破されてしまうのではないかとさえ思い始めているほどだ。
魔動機兵はその性質上、燃料と呼べるものを必要としない。強いて言うならば操縦者の魔力がそれに当たる。そのため、今回のように戦闘を極力避け、各部品の消耗を抑え、適宜現地で整備を行えるならば長期間の運用も不可能ではない。
当然、操縦者の休息は必要だ。操縦し続けたままではいずれ体力に限界がきて動かせなくなる。
食事と睡眠の時間は確保しつつ進む。
戦闘がなくとも、魔動機兵のような大きく、重量があり、複雑に動くような機械はただ動かしているだけでも各部に負担が蓄積し、磨耗していく。出撃毎に基地などの設備がしっかりした場所で整備をするのは、パフォーマンスを維持するためだ。戦闘での勝利が目的であるなら、パフォーマンスは常に最大を維持するべきだから。
今回のように、戦闘が最重要目的ではない場合、極力消耗を避けるような稼動を心がけて行動すれば長い期間基地から離れることも出来る。
ベルナリアの奥に張られた広域結界は、こうして密かに侵入しようとする敵を検知することも目的としている。そのため、結界は王都を包むように展開されていた。
レイヴィたちは結界に検知されぬよう、大きく王都を迂回せざるを得ず、移動に大きく時間を取られることになった。
王都アルフレアから見て東北東、ベルナリアからは北東に位置するノルキモの前線基地から、大きく北側に回り込むようにベルナリアを超え、結界の範囲を確認しながら北西へ進み、王都の真北を過ぎたらゆっくりと南下しながら更に西へと向かう。王都アルフレアから見て北東方面はある程度離れればノルキモが制圧し壊滅させた地域であるため、侵攻できていない王都の真北から目的地まで向かう西部方面が警戒を厳重に、最大限慎重を重ねて行動しなければならないエリアとなる。
かなりの行軍のため、一度でも戦闘になってしまえばその時点で作戦は失敗となる。敵に存在を気付かれるということだけでなく、勝利したとしてもその戦闘での消耗によっては目的地まで辿り着けない可能性が出てくるからだ。加えて、ここまでの行軍でパフォーマンスが万全ではないとなれば不利を背負って戦うことにもなる。
目的地まで辿り着き、破壊工作を行って無事に帰還するのであれば、相応に慎重にもなろう。警戒し、神経質にならざるを得ない。
だが、それはそれとして退屈で仕方がない。
王族の退路を断つことで、ノルキモはアルフレイン王国の将来の反乱の芽を潰したという功績が手に入る。三ヵ国連合の戦後の発言力を考えるならば、この作戦は失敗出来ない。
ノルキモの土地は資源に乏しく痩せていて、作物も潤沢とは言えない。従って、狩猟や漁業、傭兵といった、自身の肉体を使って糧を得る職を選ぶ者が多い。
そのため、今回の戦争はノルキモという国にとっては大きなチャンスでもあった。
アルフレイン王国は大陸の中でも、プリズマ鉱石資源だけでなく土地も良質な方なのだ。そんな土地が手に入るかもしれないとなれば、食いつかないはずがなかった。元々、他国の領土を奪えるものなら奪いたいという嫉妬心にも似た思いを抱く者が多い国民性だけに、制圧した領地では暴虐の限りを尽くした者たちもいるらしい。
もっとも、敗者は勝者に従うしかないのだから、仕方がない。
レイヴィも、許されるのならば思う存分に好き勝手振る舞ってみたいものだ。
目的地が近付き、そこまでにかかる時間を計算しながら、レイヴィは大きく息を吐いたのだった。




