第九章 「白銀の騎士」 4
第九章 「白銀の騎士」 4
可能な限りのミスリル素材で組まれた《イクスキャリヴル》は、魔力に対して強い反応性を持っている。エクターはこれまでにないほどの高出力高性能を求めてミスリル素材を積極的に採用したが、これが結果として周囲の魔力をも敏感に感じ取ることに繋がっているのではないか、と。
魔動機兵の識別や反応は、特殊な魔術信号を発することで行われている。だが、それとは別に、機体の駆動や行動するために流れる魔力も当然存在する。銃火器などは内部機構で魔術による威力や命中精度といったものへの強化も施されているし、狙撃などをしようとすれば僅かながら狙いを定める場所へセンサーや照準等から魔力が向かうことになる。
それを感じ取っているのではないか、というのがエクターの結論だ。
「そちらはどうだ? 何かおかしな点などはあるか?」
「今のところは予想以上に良い数値が出ている。炉心内エーテルの魔素濃度も少し低下は始まっているが許容範囲内だ。こちらについては高濃度エーテルの予備もある」
アルザードの問いに、エクターはどこか嬉しそうに答える。
炉心に充填されているエーテルの魔素濃度が低下した際には、予備の高濃度エーテルと交換できるように設計されている。実験機でも使われていた方法だ。
「懸念することがあるとすれば、本隊を全滅させるのにかかる時間だろうね。エネルギー消費量の問題と言うべきか」
戦闘時間の増大によるアルザードの魔力供給の限界、動力部内の魔素消耗による出力限界、炉心の高純度結晶が負荷に耐え切れず損傷、これらが今最も懸念することだとエクターは言う。
逆に言えば、それ以外は問題ではない、と。
王都の東端が見えてきた。
「降伏せよ!」
見知らぬ声が響いた。
東の方角から、魔術により拡大された音声が聞こえてくる。
「おっと、降伏勧告が始まったようだ」
エクターの声音は相変わらずだ。動揺が見られない。
だが、それはアルザードも同じだった。
東端に辿り着き、速度をやや落として王都から外へと歩み出る。
平野部を埋め尽くすように、魔動機兵が立ち並ぶ。北からノルキモ、セギマ、アンジアと部隊を展開し、攻撃命令を待っている。
「繰り返す、降伏せよ!」
前面にいる者たちは《イクスキャリヴル》に気付いただろう。僅かに動揺らしいものが広がり、銃を構える者もいる。
距離はまだそこそこある。突撃銃の射程としてはギリギリ、というところだろうか。
《フレイムゴート》と《ブレードウルフ》の姿もあった。
「ライフルを使う」
腰裏に携えていたライフルに手を伸ばし、腰だめに構える。
《イクスキャリヴル》の手のひらにあるジョイントがグリップ部と接続され、魔力回路が繋がる。鈴の音のような動力音が大きさを増し、アルザードの全身を締め付けるような重圧が襲う。魔力が引き出される反動だろうか。
それを通じて、エネルギーがチャンバー内で収束していくのが分かった。
ヒルトに備え付けられたトリガーを引いた。
瞬間、極彩色の光が溢れた。
銃口から放たれた光はその進路上にあるものを全て飲み込み、消し去った。溢れ続ける極彩色の奔流を、銃口を動かすことで薙ぎ払うように振るう。
反動が重い。
《イクスキャリヴル》を持ってしても、銃口が少しずつしか動かせない。エネルギーの圧に踏ん張る両足が、地面に減り込むように僅かに後ろにずれていく。
ノルキモの部隊のほとんどを消し去り、セギマを半分ぐらい巻き込んだところで、光はおさまった。
バチン、と音がしてバイザースクリーンに強制交換というメッセージが表示された。
《イクスキャリヴル》背面、左右の肩の付け根辺りから液体が吐き出され、マントのように広がった。ドライブ内に充填されていた魔素濃度の低下したエーテルだ。予備の高濃度エーテルを交換充填する際に、排出されたエーテルはまだ真上まで昇り切っていない日の光を反射して煌めく。
まるで虹をその背に纏うかのように。
「ライ、フル……? これが……か?」
見れば、ライフルの銃身も溶けたようにぐちゃぐちゃになっていた。さすがに二度目の射撃が出来るとは思えない。
「はははははは! 魔力供給量が多過ぎて照射兵器になってしまうとは! さすがにこれは予想していなかった!」
通信機からはエクターの笑い声が聞こえてくる。
「説明!」
「ああ、ごめんごめん。そのライフルは簡単に言えば、魔素に魔力で命令を与えて撃ち出すというものなんだ。触れた物体を自壊させる、という魔術を対象へ撃ち込むと言い換えてもいい。マナストリームライフルと言ったところか」
エクターの返答に、アルザードは絶句した。
破壊兵器などと言う生易しいものではない。その理屈ならば、このライフルによる射撃攻撃は防ぎようがない。そんなものをあれだけの出力で放射できるとは。
王都の中で使っていたらと思うと、ぞっとする。
いつの間にか降伏勧告は止んでおり、敵陣は大きく崩れていた。
その中から、飛び出してくるいくつかの部隊があった。見覚えのある機体が、こちらへと真っ直ぐに進み出てくる。
《フレイムゴート》と《ブレードウルフ》の部隊だ。辛うじて、ライフルの直撃をかわしていたようだ。いち早く、《イクスキャリヴル》を脅威だと認識し、攻撃を仕掛けようというのだろう。
使い物にならなくなったライフルは後方へ投げ捨てる。
残る武装は腰にある剣の柄だが。
「ああそうそう、腰にあるソードも理屈としては同じ武装だ。こちらは剣状に魔素の奔流を留めるように設計しているから、ライフルのようなことにはならないと思う。多分」
《フレイムゴート》と《ブレードウルフ》にやや遅れる形で、残っていた部隊が一斉に動き出した。
視線、敵意、殺意、攻撃を意図する魔力の流れが、《イクスキャリヴル》に集中するのを感じる。
「この機体なら何とか出来る……そんな気がしてくる」
左の腰にあるソードの柄を、右手で掴む。鞘から抜き放つように、右へと払い、ヒルトのトリガーを引いて起動する。
剣の柄の先端から、極彩色の光が溢れ出した。丁度、《イクスキャリヴル》の体躯に対してロングソードを思わせる長さまで光は伸びて、留まる。
アサルトソードを両手に構え、《ブレードウルフ》が斬りかかる。その背後から《フレイムゴート》が肩のキャノンを構え、援護砲撃をしようと狙っている。
《イクスキャリヴル》が地を蹴った。足元の地面が捲れ上がり、土煙が舞う。
《ブレードウルフ》を跳び越えて、《フレイムゴート》の前へ着地と同時に光の剣を振るう。左右にいた《バルジス》が盾を構えて庇おうとしたが、無意味だった。
極彩色の奔流は一切の抵抗感もなく盾に食い込み、その軌道上にあるもの全てを削り取る。その後ろにいた《フレイムゴート》も例外ではなく、火炎放射器を抱えた両腕が地に落ち、上下に分断された体が崩れて倒れた。《フレイムゴート》が率いていた部下たちであろう左右にいた《バルジス》も、カバーするためか距離が近過ぎたことで巻き込まれて両断された。
背後からの気配に、振り向きながら剣を払う。《ブレードウルフ》はその動きを読んでいたのだろうが、遅かった。屈んでかわそうとしたものの、間に合わず、首が刎ねられる。それでも片刃のアサルトソードを振るおうとするが、それよりも《イクスキャリヴル》が返す刃の方が速い。
右上から左下へと振るった光の刃が、《ブレードウルフ》を二つに裂いた。
「こんな……」
呆気ないものなのか。
愕然とする。
ランドグライダーを装備した《アルフ・セル》であれほどまでに大敗を喫した《ブレードウルフ》が、ものの数秒さえ持たなかった。
背筋が寒くなるようだった。だが、それと同時に湧き上がるものもある。
銃撃、砲撃が降り注ぐ。何発か装甲に被弾したようだったが、高純度ミスリル製の装甲は貫けなかった。それどころか、ほとんど傷らしい傷が付いていない。
魔力を存分に通された装甲は淡く光を帯びているように周囲の景色からは浮いて見える。
砲撃を虫でも払うかのように左腕の盾で防ぎ、敵陣へと突撃する。
一歩踏み込む度に、景色が飛んだかのように変化する。移動距離が常識を外れている。
ほんの一息で敵陣に飛び込み、右手を一閃させる。
それだけで、周りにいた魔動機兵が一斉に崩れ落ちた。抵抗らしいことも出来ず、《イクスキャリヴル》の動きに反応することさえままならない。目では追えても機体がついてはこないのだ。
距離を取り、銃火気を構える魔動機兵の群れへと、飛び込んでいく。
万能感とでも言うのだろうか。
不思議な昂揚感があった。
今なら、どんなことでも出来てしまうような気さえする。
ただ手を払うだけで光の剣がそこにある全てを削り去り、引き裂く。盾を叩き付けるだけで、魔動機兵が砕ける。蹴り飛ばした《バルジス》が大きく吹き飛んで《ヘイグ》を何機か巻き込んでぐしゃぐしゃになりながら転がっていく。
踏み込んで、《ヘイグ》を片手で掴んで投げ飛ばす。四肢をバラバラに撒き散らしながら、魔動機兵だったものはぶつかる機体を巻き込んで残骸へと変わっていった。
蜘蛛の子を散らすように、魔動機兵で塗り潰されていた大地を塗り替えていく。
まるで《イクスキャリヴル》そのものになっているかのように、思い描いた通りに機体が動いた。自分の体を動かしているかのように、思った瞬間に《イクスキャリヴル》が動いている。
体中から意識が溢れ出して、《イクスキャリヴル》に乗り移っているかのようだった。
敵意を向けてくる全てに、眩く光る剣を向ける。
エーテル廃液が背に描く虹を翻し、縦横無尽に駆け、ひたすらに敵へと光を振るう。
その様は、魔物の軍勢に立ち向かう伝承の中の救世主のようでもあった。




