第九章 「白銀の騎士」 2
第九章 「白銀の騎士」 2
新型が足を一歩、踏み出す。アルザードの魔力を受けて、思い通りの場所へ、思い通りの速度で、足を運ぶ。
「《超越・騎兵》か、なるほど洒落ている。良いじゃないか」
台座に乗せられていたライフルとシールドに手を伸ばし、掴む。
ライフルは新型に合わせた大きさになっていて、突撃銃としてはやや大型な印象だ。銃身がやや長い。シールドは中盾のカイトシールドといった形状だが、従来の魔動機兵のサイズからするとむしろ大盾に近い。
シールドは左腕に、ライフルは腰裏のハードポイントに接続し、マウントする。エクターの言葉を信じるなら、ライフルやソードは危険過ぎて王都の中では使えない。
格納庫奥のシャッターが開くのを待って、外へと向かう。
「なんだ、これは……」
口には出さなかったが、アルザードは驚いていた。
前線で専用に調整された《アルフ・セル》に乗っていた時でさえ、魔力を極力抑えるように加減していた。
当然、まだ全力で魔力を込めているわけではない。しかし、送り込む魔力を絞るような加減をしていないのだ。不思議なことに、加減する必要がないのだと分かってしまう。自然体の感覚とでも言うのか、通常の魔動機兵が十分程度で耐えられなくようなアルザードの魔力を、《イクスキャリヴル》は当たり前のように受け止めている。
そして、機体の動きが自分の体のようにさえ感じられるほど、滑らかかつ思い通りに動く。
開き切ったシャッターを潜りながら、アルザードはまるで自分の右手を見つめながらそうするように、《イクスキャリヴル》の手を握ったり開いたりしていた。
風を感じた気がした。
格納庫から外へ出た。戦場の音が聞こえてくる。
音のする方へ頭を向ける。ヘルムに連動して《イクスキャリヴル》の頭部が動き、アルザードの意思と魔力を汲み取って視界が拡大する。
王都の北東部が戦場になっている。
敵の姿は建物に遮られて見えないが、気配のようなものがする。
思い切って、地を蹴った。
「……嘘だろ」
アルザードは思わずそう呟いていた。
体は重く感じるというのに、機体は軽快な動きで走り出した。その初速は《アルフ・セル》を軽く凌駕している。全力疾走ではない。本当に、軽く走り出しただけだ。
景色が、建物が、流れて行くのが速い。ぶつからないように制動をかけようとすれば減速し、思った位置でぴたりと止まる。
不思議な感覚だった。自分の体ではないとはっきり認識できているのに、機体は自分の体以上に自在に動く。
魔動機兵の動きが人間を凌駕するものであるのは同じなのに、《イクスキャリヴル》のそれは感触が違う。
「エクター、この機体はどの程度なら跳躍機動ができる?」
「さて、どうだろう。そもそもどの程度の高度まで跳べるのかも実験していないからね」
戸惑いながらエクターに問うと、そんな答えが返って来た。
体型はスマートだが、身長がある分《イクスキャリヴル》の重量は《アルフ・セル》よりも重い。跳躍し、着地した時のの衝撃に《イクスキャリヴル》は耐えられるのだろうか。
「でもまぁ、それぐらい出来ないようではこの状況を覆す機体とは言えないだろう。やってみたらいい」
無責任な発現に一瞬、耳を疑った。
だが、それに応じてしまう。試してみたいという衝動があった。そして同時に、何となく大丈夫な気がしていた。
前へではなく、上へと向かって地を蹴る。
街路がその衝撃にへこみ、周囲の家の窓が割れた。
《イクスキャリヴル》は飛翔するかのように、空へと上がっていた。広いはずの王都が見渡せる。
戦闘の火花が見えた方に意識を向けると、頭部が動いてヘルムのスクリーン画像が拡大望遠された。薄っすらと、操縦席内のスクリーンパネルから見える景色もヘルムスクリーンから透けて見える。見たい場所も、通常の映像も、どちらも見える。丁度良いバランスだ。
戦場が見えた。
近衛部隊が負けることはなさそうだが、市街地を盾にされて梃子摺っている。
市街地を縫うように進み、増援に向かおうとしている《アルフ・ベル》も何機か見える。ギルバートの機体も混じっていた。
跳躍の慣性のままに空を進む。頂点に辿り着いて、落下が始まるとその高さと速度に冷や汗が出る。
幸いだったのは、一直線に伸びている街道の方向へとジャンプしていたことだろう。着地点に建物は無い。
「耐えてくれよ……!」
迫ってくる地面を見据え、着地の瞬間に意識を集中する。
足首、膝、股関節、脚部全体に魔力を込めるように意識をしながら、出来る限り衝撃を和らげるような動きをイメージする。
普通に考えたら、この速度で着地をすれば操縦席のアルザードがただでは済まない。着地のことを考えて後悔したが、もう遅い。
《イクスキャリヴル》が着地する。両足から接地し、その衝撃を和らげるように膝を曲げ、大きく体を屈ませながら右手を突いてぴたりと止まる。
落下の衝撃が突風となって周囲の建物の窓ガラスを粉砕し、街路樹が大きく揺れて葉が散った。
「良いデータが取れているよ」
エクターの笑みを含んだ声が聞こえた。
アルザードは信じられないものを見るかのように、《イクスキャリヴル》が街路に突いた右手を見ていた。
着地の衝撃がほとんど無かった。操縦席はほとんど揺れず、機体の関節部に対する負荷を知らせるアラートも鳴らない。それどころか、跳躍した時と違って街路が破損していない。
「君の込めた魔力が着地の衝撃を大きく殺したようだ。操縦席も衝撃吸収には気を使って設計をしたが、要らぬ心配だったかもしれないな」
楽しげな声で解説するエクターに、アルザードはただただ驚くばかりだった。
つまり、着地の瞬間にアルザードが脚へ流した魔力を受けて、ミスリル装甲が表面で衝撃を相殺したのだと言う。もはや魔法の域ではないのだろうか。
相殺できたのは《イクスキャリヴル》と接触した場所への衝撃だけであって、落下に際して生じた風の動きまでは消せなかった。だから街路や建物には影響が出た、と。
「王都への被害の責任は僕が全て負う。君は敵の排除と防衛を優先するんだ」
「……分かった」
エクターの声に頷いて、アルザードは再び《イクスキャリヴル》を走り出させた。
ベルナリアが突破されたことは、もう王都全体に知らされているだろう。戦場となっている地区はまだしも、まだ戦火が広がっていない地域の住民は不用意に出歩いたりはしていないようだ。
周囲への警戒は怠らぬようにしつつ、アルザードは《イクスキャリヴル》を進ませる。
目的の場所へと、縫うように街路を駆け抜ける。
西部地区では、襲撃者と近衛部隊が戦っていた。
敵は全てが軽量機の《ノルス》だった。
実力を考えれば近衛が負けることはないだろう。だが、建物を盾にするような戦い方に、近衛は苦戦を強いられていた。
戦法として間違っているとは言えない。
しかし、無性に腹が立った。
左手の盾を構えて、突撃する。近衛と街路を挟んで銃撃をしている《ノルス》の横合いから、盾で突き飛ばすように体当たりを仕掛ける。
一瞬で間合いが詰まり、《ノルス》は接近に気付く様子もなく、無防備に《イクスキャリヴル》のシールドバッシュを受けた。一番最初に盾と接触した右腕が砕け散り、胴体が側面から大きく歪み、捩れながら吹き飛んで街路に転がる。その衝撃だけで頭部は千切れ飛び、急に無理な方向へ加重が働いたことで股関節も破損した。手にしていた突撃銃も街路に転がり、おおよそ戦える状態ではなくなった。
《ノルス》と向き合っていた近衛が戸惑っている様子が伝わってくる。《イクスキャリヴル》の識別信号はアルフレイン王国のものとなっているはずだが、いきなり現れれば困惑もするだろう。
それよりも、まだ王都に侵入してきた敵は残っている。
鳴り止まぬ銃撃の音に、周囲へと視線を走らせる。
「この方角は……」
王都の西には、アルザードにとって大切な場所がある。ここで戦闘が始まったと聞いてから、落ち着かなかった。表面上は冷静を装っていても、気にならないはずがない。
《イクスキャリヴル》を走らせる。銃撃は、アルザードが気になっていた場所と同じ方角からも聞こえてきていた。
西区でも一際豪奢な屋敷の庭で、銃撃が爆ぜた。流れ弾だ。庭の木々のいくつかが吹き飛び、地面が無残にも抉れる。
遅れて一機の《ノルス》が屋敷の前に飛び出すのが見えた。屋敷を背に《ノルス》は追いかけてきた《アルフ・カイン》に向き直る。
そして、挑発するように盾を構えて見せる。
「……!」
ヒルトを握る手に、自然と力が籠もった。
《イクスキャリヴル》が駆ける。
掴み掛かるようにして《ノルス》の頭を右手で押さえ、同時に足を払う。体勢と重心の崩れた《ノルス》をそのまま力任せに地面へと叩き付ける。銃を持つ手を《イクスキャリヴル》の足で踏み砕き、背中に膝を乗せて力を込める。鈍く拉げる音がして、《ノルス》は動かなくなった。
近衛の《アルフ・カイン》が何か行動を起こす暇さえなかった。
その時ふと、名を呼ばれた気がして、視線を屋敷に向けた。
「マリア……」
屋敷のテラスに、一人の女性が立っていた。こちらを真っ直ぐに見つめている。




