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第九章 「白銀の騎士」 1

 第九章 「白銀の騎士」 1

 

 

 日が昇るのと時を同じくして、音が聞こえた。

 遠くから、何かが爆発したか、炸裂したか、轟音のような、前線にいた時に聞き慣れた音が。

 方角は王都の西側だ。

 アルザードの予想は的中した。西方から、敵が王都に攻め込んできたのだ。

 恐らく本隊ではない。ベルナリア防衛線を突破した三ヵ国連合の大部隊が王都に辿り着く前の陽動や、時間稼ぎ、あるいは牽制か。いずれにせよ近衛の消耗を狙った奇襲というところだろう。

 少ししてから、戦場の音がまた聞こえてきた。近衛部隊が応戦を始めたのだろう。

 ついに始まってしまったのだ、王都での戦いが。

 自室として宛がわれていた部屋の寝台に横になっていたアルザードは、ゆっくりと身を起こした。

 昨夜の報せを聞いて、ゆっくり休めるはずもなかった。

 こうなってしまってはアルザードに出来ることはない。大人しく寝台に横になって体だけでも休めようとはしてみたが、熟睡など出来るはずもなかった。

 部屋を出ようと立ち上がったところで、自室のドアが開いた。

「やあ、おはようアルザード。体は休めているかい?」

「エクター……」

 そこに立っていたのはエクターだった。

 皺と油と煤だらけの白衣に、ぼさぼさのくすんだ金髪。クマの出来た目には疲労の色が濃く、しかしその薄紅の瞳と表情は不思議と穏やかだ。

「警備部隊は出撃準備中だが、彼らは実戦経験の皆無な新兵だ。この状況下では何もできないだろう」

 口にした内容は辛辣だったが、事実でもある。

 避難が出来なかった王都内での戦闘ともなれば、実戦経験のないギルバートらに出来ることなどないだろう。人や建物を庇いながら応戦するというのは熟練した騎手でも並大抵のことではない。辛うじて近衛部隊なら被害を抑えられる程度だろう。

「そして新型も完成には至らなかった」

 エクターが静かに告げる。

 新型の動力部が昨日届いたばかりで、完成になど漕ぎ着けられるはずがない。それは分かり切っていた。

「……俺が乗れる機体はあるか?」

 《アルフ・ベル》でも何でも良い。この状況でただじっとしているなど耐えられない。ギルバートの機体でも、他の騎手の機体でもいい。前線で戦っていた経験のあるアルザードなら彼らよりはいくらかマシな戦いができるはずだ。たとえ、直ぐに乗機を壊してしまうとしても。

「君ならそう言うだろうと思ったよ」

 エクターは目を細め、微笑んだ。

 アルザードが獅子隊にいた頃の《アルフ・セル》は魔力伝導率を極限まで絞った調整をしていたことは伝えてある。もしかしたら、エクターならこの基地にある《アルフ・ベル》の一機ぐらいはアルザードが動かせるよう調整してくれているかもしれない。

「戦うつもりがあるのなら、ついてきてくれ」

 よれよれの白衣を翻し歩き出すエクターを、アルザードは追う。

 格納庫へと向かう通路を真っ直ぐ進むのかと思いきや、彼はその少し手前にある更衣室で足を止めた。

「これに着替えてくれたまえ」

 更衣室の中には、簡素な鎧のようなものが用意されていた。

「これは……」

 いや、鎧と言っても全身甲冑のようなものではない。肩や肘、膝といった関節部や、胸部のみに薄い装甲が設えられたもので、軽装鎧や革鎧とも異なる独特の衣装だった。

「まさか……」

 思わずエクターを見る。

 彼はアルザードを見ようともせず手をひらひらさせて、先に格納庫に行っている、と言外に告げて更衣室を出て行った。

 アルザードはもう一度その衣装を見つめ、意を決して今身に着けている上等騎士の制服を脱いだ。指示された通りに、下着の上に衣装を纏う。

 先日目にしたヘルムを抱え、格納庫に入る。

「完成と言うには程遠いんだけれど」

 アルザードに背を向けて、エクターが言う。

「それでも、やってもらうしかなくなってしまった」

 振り返るエクターの向こうには、白銀の甲冑を身に纏ったかのような巨大な騎士が立っていた。

 現存する魔動機兵とは違い、すらりと伸びた手足と体型はほとんど人間と変わらない。頭頂高は八メートルぐらいだろうか。塗装も装飾も何も施されていない装甲は素材の色のままで、銀と白と灰色のシンプルな騎士甲冑を彷彿とさせる。

 これが、エクターが開発していた新型なのだ。

「まともなテストは出来ていない。この意味が分かるね?」

 真剣な表情のエクターに、アルザードは頷いた。

 予定通りの部品で組み上がればそれで完成というわけではない。

 ただの新型魔動機兵ならば、プリズマドライブも、フレームも、現行のものとそう大きな違いがあるわけではないのだからまだいい。

 だが、この新型は動力部も、フレームも、センサー類ですら既存の枠組みから大きく逸脱している。

 本来ならば予定通りに組み上がった後で何度も繰り返しテストをしなければならない。

 全身の魔術回路は正しく魔力を伝えられるのか、動力部は想定通りの出力を発揮するか、機体のフレームや関節は稼動に耐えられる強度や耐久性を持っているか、そして騎手の安全性は確保されているのか。幾度も段階的にテストと調整を重ね、設計者であるエクターが求める数値に刷り合わせ、彼が納得できるところまでやって、初めて完成と言えるのだ。

 当然、今のアルフレイン王国の現状でそこまでを行うだけの時間はない。

 しかし、武装として最低限必要なテストというものはある。規格外のものばかりで構成されている機体であるが故に、その能力は未知数だ。アルザードの魔力を十全に活かせるのかというだけではなく、そもそも壊れずに動かせるのか、動かすことそのものが出来る調整や設計で組めているのかという問題だってある。

 最初は動いても、途中でいきなり停止してしまう可能性さえある。どんな予想外の問題が生じるか、全く分からないのだ。騎手であるアルザードへの影響も分からない。そういった問題点を洗い出すためのテストすらなされていない。

 端的に言って、今のこの機体で現状を覆すための性能を発揮して戦え、というのはまず実現可能なのかということよりもそもそも危険極まりない行為に他ならない。

「戦わないより可能性はあるんだろ?」

 新型の前に立ち、その姿を見上げて、アルザードは冗談めかして言った。

「それはもちろん」

 エクターは不敵に笑う。

 爆薬に身を包むようなものかもしれない。だが、状況はすでに喉元に刃の先端が突き刺さっているようなものだ。

 いくら近衛部隊がアルフレイン王国の最精鋭とはいえ、ベルナリアを防衛していた部隊ほどの戦力はない。個の力は高くとも、数が圧倒的に足りない。

 全力を出して戦えず、出せたとしても直ぐに自壊し、それでも性能は高が知れている《アルフ・ベル》一機を投入するよりは、この新型を使う方がまだ夢のある話だろう。

 胸元に開かれた操縦席への入り口まで伸びる足場を上る。

 操縦席は先日見た時よりもすっきりしていた。シンプルではあるが素材が良いのか、座席の座り心地も悪くない。シートの裏から伸びているコードやケーブルのいくつかをヘルムの首の後ろ辺りに接続し、それを被る。

 アームレストの先のヒルトには、トリガーのようなものがついていた。人差し指をかけ、引き金を引くかのような動作が出来るようになっている。

 ヒルトに手を触れた瞬間、スクリーンパネルに光が灯った。何も念じていないのに、ただ触れただけで魔力が通り、機体が起動したのだ。

「よし、正常に起動できたようだね。僕はここから通信でサポートに回るよ」

 エクターの声が耳元から聞こえた。ヘルムにも通信魔術の回路が通っているようだ。

「このヒルトのトリガーみたいなものは?」

「専用武装が正しく性能を発揮するとしたら、攻撃性能が高過ぎるからね、セーフティのようなものだよ。それを引いていないといくら魔力を通そうとしても使用できないように手を加えてある」

 魔力を通すことによる暴発を防ぐという目的があるとエクターは言うが、一体どんな武装になっているのだろうか。

「専用武装はそこのライフルとシールド、それから腰の左右にあるソードだ。ソード以外は忘れずに持って行ってくれ」

 エクターの説明を聞きながら、アルザードは小さく深呼吸する。

 腰の左右に一つずつ、円筒状の剣の柄だけを切り出したようなものがマウントされている。

 詳しく説明を聞いておきたい気持ちもあるが、今は一刻も早く出撃するべきだろう。

「エクター、この機体はなんて呼べばいい?」

 ヒルトを握る手に、少し力を込めた。

 背中の方から、新型の動力部が本格的に稼動を始める音が聞こえてくる。

「ああ、そう言えば忘れていた。君の好きに呼んでくれ、それを名前にしよう」

 風を切るような音が少しずつ高まり、うるさくなる寸前で音色が変わった。

「まったく……」

 苦笑する。

 思い返してみれば、開発用の資料もエクターからの説明も他の皆も、ただ新型としか呼んでいなかった。

 鈴の音のような、高く澄んだ金属音にも似た音が響き始める。

「……!」

 刹那、重圧のようなものを感じた。体重が三割ほど増したような、全身に周囲からかかる圧力がどこか変化したような感覚だった。

 だが、機体各部に魔力が行き渡ったのだと分かる。

 まるで、機体が自分の体になったかのような。

「――《イクスキャリヴル》、行きます」

 アルザードは告げ、歩き出した。

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