表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/60

第八章 「タイムリミット」 3

 第八章 「タイムリミット」 3

 

 

 伝令の届いた二日後、食堂で夕食を取っていたアルザードの元に手紙が届いた。

「手紙……家族からですか?」

「妹からだ」

 向かいで食事をとっていたギルバートに、アルザードは差出人を確認して答えた。

 定期的に外部から運び込まれる補給物資と共に、ここにいる人たちの家族や知り合いからの手紙も届く。今回はアルザード宛のものがあったようだ。

「避難前に一言、ってところですかね」

 ギルバートの予想を聞きながら、アルザードは手紙の封を開け、中を見る。確かに、避難指示が出たからには王都に残るであろうアルザードとはもう会えなくなるかもしれない。

 だが、手紙に目を通したアルザードは険しい表情で眉根を寄せた。

「避難が出来なかったらしい」

「え……?」

 アルザードの表情と言葉に、ギルバートが驚いて目を丸くする。

「西へ向かう街道が土砂崩れで潰れていたそうだ」

 手紙には避難するはずだった都市へ向かうための街道の途中で土砂崩れが発生していたことが分かり、通行不能になっていると記されていた。幸い、土砂崩れに巻き込まれた者はいないようだが、西方への主要な街道だっただけに、別の避難経路を決めるのにも時間がかかっている。

 アルフレイン王国の南北にはアンジアとノルキモがあり、まだいくつか街は残っているが避難先として安全とは言い難い。必然的に、王国民が避難するのは友好国が存在し侵略を受けていない西方しかない。

「確かにこのところ雨は多かったですが……」

 ほとんど基地の中で過ごしているアルザードたちはあまり意識することはなかったが、ここ数日はあまり天候が良いとは言えなかった。

 偶然の自然災害であるならば間が悪いとしか言いようがない。

「逃がさないための工作という可能性も捨て切れないな……」

 アルザードは渋い表情で呟いた。

 もし、これが自然災害ではなかったら。情勢を考えれば在り得ない話ではない。

 土砂崩れが起きるほどの悪天候が続いたとも思えないし、西へ向かう主要な街道だけあって自然災害への対策もそれなりにされていたはずだ。情勢が情勢だけに王都周辺の警備は厚めにされていただろうが、東のベルナリア防衛線にも優先的に戦力を回さねばならず、人員や物資も厳しくなってきている現状、警備を薄くせざるを得ない場所も出てくる。

 そういった事情を突かれて、王族が民間人に紛れて逃げられぬよう退路を断つ工作をされた可能性も十分にある。最悪、西からの襲撃も警戒すべきだろうが、東の防衛線も限界だ。

「最近ピリピリしてきてるのはそれもあるんですかね……」

 小声でギルバートが言う。

 避難予定だった人たちの中には、ここにいる者たちの身内もいるだろう。ベルナリア防衛線の限界が近いという話もあってか、この基地全体も少しずつ緊張感を増している。誰も口には出さないが、焦りや、逸る気持ちが抑え切れず滲み出しているようだった。

 元から余裕があったわけではないが、それでもここ数日で余裕の無さは増している。

「無関係ではないだろうな」

 手紙をしまい、アルザードは止まっていた昼食を再開する。

「こんな状況でも落ち着いていて、アルザードさんは凄いですね……」

 不安感が増しているのだろう、ギルバートは弱気な声で呟く。

 新型の納期、上層部によって求められている完成の期限はとっくに過ぎている。それでも文句や不満が出ていないのは、ひとえにエクターがそれを黙らせるだけの発言権を持って開発に携わってるからだろう。彼はこの新型の開発において、全権を預けられているらしい。

 エクターが納得するものでなければ、彼の言う、状況を引っくり返す機体にならない、というのがこの基地の者は分かっているのだ。上層部は頭を抱えているかもしれないが。

 それでも、焦りや不安は少しずつ溢れ出し始めている。皆が必死に抑え込んでいる思いが見える形で現れ始めているのも確かだ。

「そうでもないさ……俺はそう教え込まれて育っただけだ」

 名門貴族ラグナ家の嫡男であり跡取りとして、アルザードは厳しく躾けられてきた。だが、それは厳しいだけのものではなく、アルザードという人間のためを思うが故の優しさや思いやりといったものがしっかりと含まれていた。それがはっきりと分かるような、人格者である両親からの教育があったからこそ、アルザードもまた親を尊敬し、誇りに思いながらもそれに慢心せぬような生き方を心がけるようになった。

 冷静でいろ、というのも両親の教えの一つだ。

「逸る気持ちはあるし、焦りだってないわけじゃない」

 アルザードも人間だ。今の状況に何も感じていないはずがない。

 新型が完成すれば、国を救うという大役を任され、戦うことになるのはアルザードだ。機体がエクターの仕様通りに完成しても、次はアルザードがそれを上手く扱うことができるのかという部分が重要になる。

 新型の性能が桁外れで常識破りなのは、これまでの実験などで肌で感じている。最初はただただ驚くばかりで、少しわくわくしているところもあったが、日に日にプレッシャーや責任感といったものは増している。

「でも、俺がここで出来ることは少ないからな」

 騎手として機体の試験稼動を参加することはできても、開発や調整そのものにはあまり貢献できない。それをするためのデータや意見を出すことができる、という点ではエクターは感謝しているようだが、当のアルザード本人には計算や実際の調整作業は手伝えないのがもどかしく感じられるのだ。

 適性や役割というものはあるのだから、仕方ないことではある。

 となれば、求められた時、求められたことが出来るよう、自身を管理しておくぐらいしかないというのがアルザードの考えだ。

「……妹は、来月結婚する予定だったんだ」

 アルザードの呟きに、ギルバートが目を丸くした。

 三つ年下の妹は、順当に行けば来月結婚する予定になっていた。相手は貴族でこそ無かったが、とても真面目で誠実な男だ。両親が首を縦に振るのにも十分な人柄で、妹も籍を入れるのが楽しみだと、今まで送られてきた手紙にも綴られていた。

 何事も無ければ、来月には式を挙げることになっていた。

「来月、ですか……」

 ギルバートが何とも言えない表情で呟く。

 避難指示が出た時点で、予定通りには行かなくなってしまっただろう。この国自体がなくなるかもしれないのだから、見通しを立てるのも難しい。

「最後までここに残ることも考えているそうだ」

 手紙には不安や絶望といった感情は綴られていない。

 ただ、避難できなかったという事実と、それでも最後まで共に生きるという覚悟が記されているのみだ。実際に戦っているかもしれない兄へ、気丈に振る舞っている姿がアルザードには想像できた。

「何も出来ないというのは、悔しいですね……」

 ギルバートの言葉には、アルザードも同意だった。

 ギルバートはこの基地の警備部隊として配属された騎手でしかない。立場としては、アルザードよりも新型機の開発からは遠いのだ。己が新米でしかないということも相まって、今の情勢に貢献できないという悔しさはアルザード以上だろう。

 ましてや、ギルバートの姉であるサフィールは最前線で今も戦っているかもしれないのだ。それが与えられた役目だとしても、無力感は拭えない。

「あれが完成したら、国を守れるんでしょうか……?」

 凄いものになりそうだ、という漠然とした期待感はあっても、まだその全貌は見えてこない。新型動力炉を組み込んだ機体でのテストをしてみなければ、輪郭の一部すらはっきりしないだろう。

「分からない……分からないが、その時は、やるしかないだろうな」

 防衛線で敵を押し返すことができていたら、という思いがないわけではない。こうなる前に状況を好転させる手は無かったのかと、無駄に考えてしまうことも一度や二度ではない。

 今、ここでそのための一手をまさに生み出そうとしている。それに懸けるしか、もう手は残されていない。

「俺が諦められない理由の一つは、それだから」

 妹のこと、家族のこと、守りたいと思うのは当然だ。

 持ち堪えるだけでは駄目だ。状況が好転しなければ、妹も家族も安心して暮らせない。そして、どれだけ打つ手が無かったとしても、諦められるものではない。

 諦めていない者は他にもいる。この基地に、まだ大勢いる。焦り、逸る気持ちはあっても、それがまだアルザードを、皆を支えていた。

 だが、無慈悲にもそれを打ち砕くように、報せが舞い込んだ。

「ベルナリア防衛線が突破された!」

 息を切らせて食堂に飛び込んできた警備部隊の一人が、その報せを基地中に伝えて回っていた。

「ああ、姉さん……!」

 ギルバートは祈るように両手を組んで、そこに額を乗せて目をきつく閉じた。

 防衛部隊は壊滅、いくらかは捕虜となった者がいたようだが、生存は絶望的だろう。精確な被害状況を確認するよりも前に、敵が来る。

「く……時間切れ、か」

 アルザードも苦い表情で呟く。

 今その報せがここに届いたということは、実際に防衛線が突破されたのはいくらか前になる。三ヵ国連合の部隊が態勢を整えて王都に辿り着くのは、早く見積もって明日の朝というところか。

 恐らくはベルナリアの部隊も全力で抵抗したはずだ。少なからず敵軍に損害は与えているだろうが、それでも防衛部隊を壊滅させたというのだから相応の規模の戦力が押し寄せたのだろう。防衛線が限界だという報せは入っていたが、実際に耳にすると真偽を疑いたくなる。

 アルザードの脳裏にも獅子隊の皆の顔が浮かぶ。皆、戦死してしまったというのか。

 新型機はまだ完成していない。そもそも、新型の動力炉がつい先ほど届いたぐらいだから、もう間に合うはずがない。

「エクターはどうしてる?」

「格納庫に籠り切りで……アルザード上等騎士には、出来ることはないから休んでいろ、と命令が」

 報せを伝えにきた警備部隊の青年に問うと、そんな言葉が返って来た。彼自身も疲弊した様子で、消沈しているのが見て取れる。

 この状況でもエクターは作業を続けているらしい。エクターらしいと言えばエクターらしいが、もはや新型の開発続行は不可能だ。時間が足りなさ過ぎる。

 確かにアルザードに出来ることは何もないのは事実だが、かといってその報せを聞いてゆっくり休めるはずもない。

 せめて戦える状態にした《アルフ・ベル》を一機でも用意してくれていればいいが、今更《アルフ・ベル》が一機増えたところで焼け石に水なのも明らかだ。いくらアルザードでも、ベルナリア防衛線を突破するような規模の敵を相手に《アルフ・ベル》では成す術がない。

 結局、打つ手はないのだ。

 ただ、その時、を待つしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ