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第八章 「タイムリミット」 1

 第八章 「タイムリミット」 1

 

 

 ベクティアの工作員であることが発覚したヴィヴィアンは独房に入れられた。全てを見抜いているかのようなエクターに対し抵抗する様子はなく、彼女はただ無言で拘束された。

 その翌日に行われた新型脚部の稼動試験は、問題なく終了した。

「あの程度で良かったのか?」

 エクターが書いた資料の束を抱えながら、アルザードは問う。結果的に、彼女が担っていた雑用の多くをアルザードが代わりにこなすことになった。とはいえこの書類も、エクターの細工によって技術資料としては無価値なものに成り下がっているらしいのだから、整理する必要があるのかは疑問なのだが。

 曰く、研究が進んでいるというポーズを示すためには必要なことらしい。この分野に詳しくない上層部の連中には細工してあることすら分からないだろう、というのがエクターの言い分だ。

「工作員に対する処置としては甘いとかそういう話かい?」

 そして当のエクターはいつも通りだ。ショックを受けた風でもなく、さして気にしている様子もない。

 もっとも、最初から彼女がベクティアの人間だったと知っていたのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。

「そういう組織的なものは僕の管轄外だ。事が済んだら然るべきところに送って然るべき対処をしてもらうつもりだよ」

 エクターはそう言って、温くなった紅茶を口に運んで一息ついた。

「何故身近に置いていたのか、という疑問なら、答えは簡単だ。目の届く場所に置いておいた方が、対応しやすいだろう?」

 工作員だと気付いていたこと、国外への情報流出が難しい情勢であること、そもそも持ち出せる情報が正しいものではないことから、エクターは彼女を自分の目の届く範囲に置いて管理していたのだと言う。目の届かない他の場所で動かれるよりも、御し易い立場において見える範囲にいさせた方が安全だ、と。

 ヴィヴィアンも、自分が掴まされていた情報が全て間違っていたものだったということには酷くショックを受けたようだった。持ち帰ったところで何の得にもならないのでは、これまでの全てが徒労に終わったと言っても過言ではないだろう。

「……モーガンとは親しかったのか?」

 それは純粋な興味から出た質問だった。

 モーガンという名前と実績は聞いたことがあっても、彼自身のことは知らない。どんな人物だったのか、エクターとどのような関係だったのか、少し気になった。

「どうだろうね……僕自身は、奴を嫌ってはいなかったと思うよ」

 昔を懐かしむように、エクターは言った。

「あいつは、端的に言って自分より上に誰かがいるというのが許せないタイプの傲慢な人間だよ」

 嫌っていなかった、と言う割には辛辣な評価だった。

 自己顕示欲と嫉妬心の塊のような人物だった、とエクターは語る。

 自身と同等以上の才知を持つエクターを常に敵視して、共同研究をしているにも関わらず事あるごとに口論をしていたのだと言う。

「口論とは言っても、罵り合いと言うよりは議論に近いものでね。そこから新しい発見や、問題点が見つかることも多かった。まぁ、僕から見たら、ナンセンスだと言わざるをえない発想も多かったけどね」

 エクターにとって、モーガンという男は自分とは異なる視点から研究ができるという点で貴重な存在だったようだ。

 発想や理論、技術といった才能や実力でエクターを負かし、その上に立ちたいという思いが大きかったのだろう。新しい何かを思い付けばエクターにそれをぶつけ、自分の発想が上だと思い知らせたい。エクターの発想や理論を様々な角度から見つめて粗を探し、間違いや穴を見つけた自分の方が頭が良いのだと宣言したい。

 欲求や動機自体は傲慢なものであっても、それによって新しい発見や問題点が見つかるのであれば有益だと言える。エクターには彼によってもたらされる発見はありがたいと思える部類だったのだ。

「今はどう思っているんだ?」

「特に何とも」

 アルザードの問いに、エクターは即答した。

 良い印象は持っていない、とヴィヴィアンに語ったのは嘘ではないようだが、エクターにとってモーガンという存在はもう眼中にないらしい。ヴィヴィアンが工作員だと気付いた時点で、彼女を送り込んで来たであろう存在を推測する際に思い当たったに過ぎず、単なる答え合わせをしただけという感覚のようだ。

「大体、そんなこと考えている余裕なんてないだろう?」

「それはそうだけど……」

「失礼します、伝令が届きました」

 エクターとアルザードの会話に割って入るようなタイミングで、ギルバートが執務室に書簡を持ってやってきた。

 手渡された書簡をその場で直ぐに開き、エクターは目を通す。

「良い報せと悪い報せがあるね」

 エクターの眉根が僅かに寄った。アルザードをちらりと見て、聞きたいかどうかを問うているようだ。伝令を持ってきたギルバートも内容が気になるようで、アルザードの方に目を向ける。

「なら悪い報せからで」

「……ベルナリア防衛線がそろそろ限界だそうだ。次に大規模な攻勢があれば突破される可能性が極めて高い、とさ」

 エクターの言葉に、アルザードもギルバートも、険しい表情になった。

 状況的に、時間の問題だった事態がもう目の前に迫っているとはっきりしたのだ。補給される物資や、人員、配備の関係と、偵察から得られる敵の動向から、限界が見えたという通達が王都に届いた。

 同時に、それは敵からの大規模な攻勢が近日中に行われるであろうことも示唆している。

「状況的に、撤退や前線の後退は許可できないだろうからね……タイムリミットが近付いているということだ」

 ベルナリアから王都アルフレアまでの間に、防衛線を構築できるような時間的余裕はない。

 防衛線にいる者たちは、最後まで抵抗することになるだろう。その結果、どれだけの時間が稼げるのかは分からない。

「王都では国民の避難が始まるようだ」

 西部方面に残っている都市に王都の国民を避難させる指示が出たらしい。

 王都から東側は三ヵ国連合の侵攻によってほぼ壊滅しており、残されている土地は西側しかない。国民は避難できても、王都を落とされたらアルフレイン王国は終わりだ。

 近衛を含む王都にいる騎士団で最後の抵抗をすることになる。

「良い報せの方は……?」

 重い空気に耐え切れず、ギルバートが問う。

「新型の動力部完成の目処が立った。近日中に届くとのことだ」

 エクターが送った設計に沿った新型のプリズマドライブの完成が間近だという報告があったらしい。結晶の精製と、動力装置に施す魔術式の完成目処が立ち、間もなく完成品が運び込まれる。

 新型機の心臓部とも言える動力部が届けば、開発も最終段階に入ることができる。

 仮組みを行っている機体に新型ドライブを組み込み、慎重に稼動試験を行い、調整を繰り返し、仕上げるのだ。

 これまでは既存の魔動機兵のプリズマドライブを用いて無理矢理テストを行っていたが、これからはその必要もなくなる。エクターの計算や設計が正しければ、その試験結果によっては完成までの時間もかなり短縮できるはずだ。

 問題は、新型の動力装置がアルザードの魔力に対応できるかどうかだ。

「そういえば、一つ気になっていることがあるんだが……」

「何だい?」

 アルザードは、ここ数日のうちに生じた疑問について尋ねることにした。

「武装の方はどうなっているんだ?」

「そう言えば、武装のテストはしていませんよね……」

 ギルバートははっとしたように呟いて、エクターを見る。

 開発中の新型がとてつもない性能になりそうだというのはこれまでの過程でアルザードも肌で感じられてきたが、それもあくまで新型機本体についての話だ。新型を運用する上で扱う武装面がどうなるのか、今まで触れられてこなかった。

 既存の魔動機兵の武装を扱っても相当に強力な存在になりそうではあるが、手足の大きさが違うこともあって、規格が合わないものも出てくるだろう。何より、新型の出力に武装の方が耐えられるか分からない。

 これまでの実験を鑑みれば、アサルトソードを叩き付けるより素手で殴った方が大きな破壊力を得られる可能性すら感じ始めている。

「それについては、正直なところ、現状テストする術がない。新型動力炉が無ければ武装を運用するのに必要な出力が得られないんだ。だから、それの試験も動力炉が届いてからということになる」

 新型機用の武装自体は開発されているとエクターは明言した。

 だが、その武装は新型が使用することを前提とした設計がなされており、現状では稼動試験のやりようがないのだと言う。

「武装自体も規格外になってしまってね。現行のプリズマドライブではテストにすらならないんだよ」

 エクターはそう言って肩を竦めた。

 関節が正しく動くかどうか、魔術回路の接続や魔術式に問題がないかを確認するような試験であれば、現行のプリズマドライブに無理矢理接続して実験すること自体はできる。しかし、こと武装の試験となると破壊力や耐久性といった性能そのものや運用時の安全性を測定できなければ意味がない。

 故に、本体の稼動出力試験などと同様に、新型動力炉を繋げてテストする必要があると言うのだ。

「規格外、ですか」

 ギルバートは想像すらできないようだ。

「従来型の装備では、既存の魔動機兵の延長でしかないからね。状況を覆すだけの攻撃性を持たせようとしたら必然的にそうなるだろう?」

「それはまぁ、確かに……」

 エクターの言葉には納得できる。

 これまでの試験や、エクターからの説明を聞く限り、現行の武装を持たせても相当な戦闘能力を発揮できるだろうという予測はある。だが、機体自体に流される出力が通常の魔動機兵に比べて大き過ぎるというのも事実だ。

 先の稼動試験においても、魔力供給が多過ぎて掴んだ武器を握り潰してしまいかねないという危惧感はアルザードにもあった。

 それに、エクターの言う通り、単機で状況を覆すということを考えるのであれば、既存武装を流用するというのはイメージにそぐわないのも確かだ。

「動力炉が届いたら機体も武装も本格的な実験と調整に移れる。それまでに出来ることはやってしまおう。今日は頭部センサー類の実験だ」

 立ち上がり、部屋を出るエクターの後を追って、アルザードとギルバートも第二休憩室を後にした。

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