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第七章 「実験と進展」 3

 第七章 「実験と進展」 3

 

 

 暗闇に目が慣れさえすれば、ここまで近づけば相手が誰かは判別できる。

「私は、明日の実験のための確認に……」

「――そんな指示は出していないはずなんだけどね?」

 格納庫の扉が開かれ、廊下の明かりが人影を照らし出す。

 そこにはエクターが立っていた。

「俺がここにいたのはエクターの指示だ」

 アルザードはゆっくりと立ち上がり、ヴィヴィアンへと向き直る。

 彼女の表情に驚いた様子はもうなくなっていた。今まで見たこともないほど、無表情になっている。感情のない顔、とでも言うべきか。

「まぁ、指示とは言っても、確信があったわけじゃないんだけど」

「いやいや、意図は伝わっていてくれたようで嬉しいよ」

 エクターの方に目配せすると、彼は満足げに頷いてくれた。

 あの時、今夜は休めという言葉と共に肩を二度叩かれた。エクターの言葉と行動に対して違和感を抱いたアルザードは、今夜は休む以外にして欲しいことがあるのだと解釈した。いつもはっきりと自分の目的を口にするエクターのことだから、この珍しい行動に関して疑問などは口にすべきではないとも判断した。

 ヴィヴィアンは何も喋らない。

「観念したってところかな。少し拍子抜けだ」

 エクターは肩を竦めながら、格納庫の中へと歩いて入ってきた。白衣のポケットに両手を突っ込んだまま、ゆっくりと。

「そうだな、最初に言っておこうか。君がスパイなのははじめから気付いていたんだよ、ヴィヴィアン」

 その言葉に、ヴィヴィアンの表情が明らかに変わった。驚きと困惑が浮かび、視線がエクターに向く。

「気付いていたって……泳がせていたってことですか?」

 驚いたのはアルザードも同じだった。

 最初から彼女が工作員だと気付いていたというのなら、何故わざわざ自分の助手のような立場にさせていたというのだろうか。

 今、ここで行われていることには国家の存亡が懸かっている。機密情報が漏れることは避けなければならないはずだ。

「まぁ、そうとも言えなくもないが、どちらかと言えば彼女に情報を持ち去られても問題ないようにしてあるということさ」

 エクターは簡単にそう言ってのけた。

 今現在、アルフレイン王国は厳戒態勢が敷かれており、外からの侵入は勿論、国内から外部への連絡も厳しく監視されている。

 仮に、ヴィヴィアンがここでの研究資料を持ち出したり、外部に送ろうとしても、どこかで気付かれ止められる。通信も結界によって国外へ連絡を取れないように遮断されている。

「残された手段としては、計画失敗のための工作か、あるいは成功した計画のデータを持ち帰るかのどちらかだが……」

 現時点で国外に情報を持ち出せないのであれば、この計画そのものを妨害するか、あるいは完成した新型やそれにまつわる技術情報を持ち帰る、というのが彼女の役割ということになる。

「僕としては後者だと踏んでいるわけだけど」

「分かっていたのなら、何故……」

 エクターは身近にスパイを置いていたというのに随分と余裕そうな態度と表情だ。痺れを切らしたのか、ヴィヴィアンが小さく呟いた。

「簡単なことだよ。君に預けた資料にはでたらめしか書かれていない。それを持ち帰ったところで、今ここで開発しようとしているような新型機は造れない」

「……え?」

 小さく欠伸をしてから、エクターは何でもないことのように言い放った。

 それを聞いたヴィヴィアンが絶句する。

 アルザードは彼女と出会った時から、これまでのことを思い返した。執務室や休憩室に溢れかえっていた山のような書類の数々と、それを整理するために右往左往していたヴィヴィアン、そして自分が書いたであろう資料に一切見向きもしないエクター。

 実際、彼が凄まじく優秀でその全てが頭の中で完結していたというのもあったのだろうが、資料に関心が無かったことには多少なりともそれらが無意味なものだという事実も含まれていたのかもしれない。

「もっとも、仮にあの資料から新型を造り出せたところで運用できる段階には持っていけないだろうけどね」

 そう言って、エクターは笑った。

 アルザードに説明したような大まかな概念図のようなものはともかく、これまでにエクターが資料として書き出した数値や計算式、魔術式や理論は全てでたらめなものなのだと言う。作業員たちへの指示は全てエクターが口頭で行っており、経過報告や途中の資料として残すように上から指示されている文書も彼自身が全て手がけている。その数値や魔術式の通りに組み立てても、ここで開発しているような新型は絶対に造れない。そもそも、どれか一つでも形にすることさえ叶わないだろうというのがエクターの言い分だった。

「それに、この計画の要は技術や情報だけじゃない」

 エクターの目がアルザードに向いた。

 そう、新型機にはそれを操れるだけの騎手が必要だった。

「奇跡的に、新型機が再現できたとしても、それを動かせる人材がいなければ意味がない」

 既に、新型はアルザードが乗るという前提で全てが調整され始めている。そもそもが常人では扱えない規格外の魔動機兵になるからと、魔力適性が測定不能なアルザードが呼ばれたのだ。現在、エクターが計算したというアルザードの推定数値から、各部の最適化調整が進められている。

「もはやこの新型はアルザード専用と言っていい。彼でなくては真価は発揮できないのさ」

 魔力適性がどれほど高い騎手が用意できても、今開発されている新型はアルザードという個人に合わせて調整されている。

「とはいえ、僕の知る限り、この世界に彼以上の魔力適性を持つ騎手は存在しないわけだけど」

 エクターがアルザードを呼び寄せる際に調べ上げた資料はアルフレイン国内だけでなく、調べられる限りの世界中の騎手に関するものだったらしい。

 敵国であっても抜きん出て魔力適性や戦闘能力が高い者は名が知れる。それでも、技量はあってもアルザードのような規格外の魔力適性を持つ者は見当たらなかったのだ。少なくとも、今現在、エクターが知りうる範囲においては。

 となれば、アルザード以外に新型を運用できる騎手はおらず、先の実験のことも踏まえれば、多少魔力適性が高い程度ではまともに武器さえ握れない癖に消耗だけは激しいという代物になってしまう。

「大方、君を送り込んだのはモーガンの差し金だろう?」

 エクターの出した名前に、ヴィヴィアンの体がぴくりと震えた。

「モーガン……まさか、モーガン・レファイ?」

 アルザードの言葉に、エクターは頷いた。

 モーガン・レファイとは、魔動機兵という存在を生み出した天才科学者だ。アルフレイン王国からは東方のセギマと南方のアンジアを挟んだ大陸南東にあるベクティアという国に住む魔動工学の技術者で、魔動機兵、つまるところプリズマドライブを開発した人物として一躍有名になった人物だ。

「まったく……あいつは何も変わっていないんだな。まぁ、変わるような奴だとは思っていなかったが」

 ヴィヴィアンの態度から確信を得たのか、エクターは大きくため息をついた。

「知り合いですか?」

「ああ、よーく知っているよ」

 アルザードの問いに、エクターは心底つまらなさそうに答えた。

「そもそも、プリズマドライブや魔動機兵は僕と奴で共同研究していたものなんだ」

 エクターはかいつまんで、モーガンという人物について語り始めた。

 それによると、モーガン・レファイはアルフレイン王国でエクターと共にプリズマ結晶を用いた新しい技術の開発研究をしていたのだと言う。

「ところが、あいつは研究が完成すると資料の全てを持ち去ってベクティアに亡命し、そのままプリズマドライブと魔動機兵を発表し実用化したのさ」

 本来ならば共同研究者であるエクターと共に発表するべきものを、自分一人だけの手柄としたのだ。

「エクターは、その時どうしていたんだ?」

「寝ていたよ」

 愕然とするアルザードの問いに、エクターは肩を竦めてそう言った。

「あの時の追い込みは徹夜続きだったし、目が覚めた時には奴は全てを持ち出した後だった。幸い、研究所の皆が僕のことを守ってくれたらしくてね、この通り生きている」

 恐らくは、どこかのタイミングでベクティアがモーガンに接触し、研究の横取りを持ちかけたのだろうというのがエクターの見解だった。モーガンは研究が完成し、疲労困憊で眠りについたエクター諸共研究所を破壊しようとした。

 研究所にいた者たちがエクターを守り助けたとのことだが、眠っていた当の本人には、その時何があったのか詳しいことは分からないらしい。

「目が覚めたら、見知った顔がほとんどいなくなっていたけどね」

 そう呟くエクターの表情に、寂しさはあれど怒りや恨みといった激情はないように見えた。

「で、モーガンのやつは魔動機兵を開発した立役者になったわけだ」

 エクターの目がヴィヴィアンを見る。彼女はばつが悪そうに顔を逸らした。

「もっとも、資料なんかなくても僕はあいつと研究していたプリズマドライブや魔動機兵の理論については全て記憶しているからね。無くなった資料を用意するぐらい、時間さえあればどうとでもなった」

 エクターの持つ特異体質は、どんな短時間であっても、自分の目でみたものをそのまま記憶し、忘れることができないというものだった。それは単に記憶力が良いというレベルを遥かに凌駕するもので、注視していないはずの景色の隅々まで、エクターは鮮明に思い返すことができるほどのものだ。

 資料として書き出す時間さえあれば、エクターは奪われたものを完全な形で再現することができたのだ。

「そうか、だから……」

 アルザードにはそれを聞いて、納得することがあった。

 魔動機兵はベクティアを発祥として、世界中に広まった。だが、その順番はベクティアから周囲に広がったのではなく、ベクティアの次にアルフレイン王国が実用化に漕ぎ着けたのである。同時に、アルフレイン王国の魔動機兵は他国よりも品質が上と言われていた。前線で戦っていたアルザードも、仲間や同僚たちとそういった話をしたこともある。

 魔動機兵を生み出した技術者の一人がいるのであれば、アルフレイン王国が良質なプリズマ鉱石の埋蔵量が多いという立地の他にも質が良いことの説明がつく。

「……僕は自分の興味のある研究が続けられさえすれば、手柄なんてどうでも良かったんだ。あいつに全部くれてやったって良かったと本気で思っている」

 エクターはヴィヴィアンの前で立ち止まった。

「あいつの考えそうなことは分かる。僕が奴を恨んだり憎んだりして、復讐のために何か隠し玉を研究開発しているとでも思っていたんだろう?」

「……概ね、その通りです」

 か細い声で、ヴィヴィアンは頷いた。

「まぁ、良い印象は持っていないのは確かだ。でも、恨んだり憎んだり、そういう感情はないと断言できる。こういう言い方をするとあいつは逆上するだろうが、今の僕にはね、モーガンという男はどうでもいい存在なんだよ」

 目の前におらず、研究や技術のことで議論もできない人間のことなど、どうでもいいと、エクターは言い切った。

「君が妨害工作などしなければ、僕は放っておくつもりだったんだけどね」

 エクターは深く溜め息をつきながら、白衣のポケットに突っ込んでいた右手を抜いて、ヴィヴィアンに向けた。その手には拳銃が握られている。

「一つだけ聞いておこうか。何故、妨害工作をした?」

「それは……」

 問い質すエクターに、ヴィヴィアンは目を伏せた。

「言ったはずだ。僕は見たもの、聞いたものを決して忘れない。実験の前後で、プリズマドライブから右腕に繋いだ魔力回路に施した魔術式の数値の一箇所に齟齬があった。あれは作業者たちには触れないように指示して、僕だけしか触れていない部分だ」

 緻密な計算によって成り立つ魔術式の一箇所が狂っていた。開発途中で、かつその真価を発揮するためには規格外の魔力を必要とする新型の右腕との接続部であるなら、その狂いは致命的なものとなる可能性が高い。どんな大惨事になるかさえ、分からないほどに。

「どうせモーガンの指示だろう? この研究が成功しそうなら妨害して失敗させておいて、情報は持ち帰って自分は成功させようって魂胆だ。上の連中からしたら、妨害なんてして君の素性がバレる方がリスクが高いって考えるはずだけど」

 そのエクターの推測は的中していたのだろう。ヴィヴィアンは苦虫を噛み潰したような表情を返す。彼女に与えられた指示や役割、その背景も全てエクターは把握しているかのようだった。

「抵抗はしないでくれると助かるんだけど……」

 突き付けられた拳銃を前に、ヴィヴィアンは静かに目を閉じたのだった。

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