第七章 「実験と進展」 1
第七章 「実験と進展」 1
結局、新型の動力システムは設計からの見直しを余儀なくされた。
試作品に搭載されていたプリズマ結晶はものの見事に全て砕け散っていた。得られたエネルギー総量はエクターが当初計算していたものを上回り、それでいてまだアルザードの限界には達していない。
当然ながら、あの魔力量を常時込めながら機体を動かすわけではない。普段はもっと抑えて、言ってみれば息切れしない程度の速度で走るような力加減をすることにはなる。
だが、その新型に求められる力を考えれば、アルザードの限界出力をもってしても自壊しない動力炉が必要になる。常にその出力を必要とするわけではないにせよ、それが必要となったタイミングで自壊することなく、通常稼動にも戻れるだけのものが求められているのだ。
コスト度外視とはいえ、使い捨ての高性能機体を運用しようというのでは爆弾を投げるのと同じようなものだ。そもそも、今回の計画で高性能な機体を運用するための鍵であるアルザードが帰還できないような機体では使い捨てるにしても長期運用など見込めるはずもない。
出撃し、状況を引っくり返し、そして帰ってくる。その上で再びその機体を運用し、また別の状況を覆し、帰還し、再出撃できる、というところまでが求められているのだ。
途中で耐え切れずに自壊してしまうような機体では、そういった働きが期待できない。
エクターは半ば狂乱状態に陥りながら、嬉々として再計算と再設計に打ち込んでいる。どうやら彼の頭脳では、先の試作品による実験で完成品の目処が立ったらしい。
それはつまるところ、アルザードの魔力適性の精確な数値が計算できたということでもあるのだが、この時のエクターは誰も話しかけられるような雰囲気ではなかった。
書類に埋もれて計算と設計を繰り返しながら、力尽きるとそのまま種類の中に埋もれて気絶するように眠り、意識を取り戻したかと思えば直ぐ作業を再開する。
食事も片手で取れるようなものを定期的に運ぶようにだけ指示していて、飲まず食わずというわけでもないが、飲み食いしている間にも彼の頭は常に何かを計算しているようで、片手は常にペンを握り締めていた。
だが、今まさに彼がしている計算と設計の結果こそがこの計画の正否を左右する最も重要な部分であることを皆理解していたからこそ、邪魔をせずにそれを見守っていた。
そんな状態でもエクターはあらかじめ各部署に指示を飛ばしており、各自やれることをやっていた。唯一、手持ち無沙汰になったアルザードはギルバートら警備部隊のシミュレーター訓練に付き合うことになった。
そして五日後、計算を終えたエクターが格納庫に現れた。
「設計書は先ほどプリズマ結晶精製場に送った。後はそれが到着するまでに機体の仮組みを行う。さぁ、ここからが本番だ」
格納庫に集まった作業員や関係者に向けて話すエクターはいつになく冷静だった。しかし、彼を知る者ならばその瞳の奥にある輝きがいつにも増してギラギラとしていることに気付いただろう。
ここに来て日が浅いアルザードでさえも、彼の気迫のようなものが増していることに気付いたぐらいだ。
アルザードが到着したその日に、エクターは既に最高純度のプリズマ結晶を精製してもらっている、と話していた。それが具体的にどの程度の大きさで、どれほどの純度なのかは分からなかったが、じっくりと時間をかけて精製されているらしいのだから相当なものなのだろう。
エクターの計算は現在精製中のプリズマ結晶の純度と大きさも考慮したもので、それを用いてアルザードが動かすのに十分なドライブの設計をしていたとも言える。
当然、この前アルザードが破壊した試作品のプリズマドライブに用いられていた結晶とは比べ物にならない代物とのことだ。
後からヴィヴィアンから聞いたが、試作品は理論実証の方が主な役割で、アルザードの魔力量に耐えられるかどうかは考慮されていなかったらしい。それでも並の騎手はまともに動かすことが出来なかったというのだから、完成品がどうなるのかはもはやエクターにしか想像できない。
「機体の方は大丈夫なんですか?」
作業員がそれぞれの作業に向かう中、アルザードはエクターに声をかけた。
不安になったのは、完成品の動力部が到着し、機体に組み込んだとして機体の方が耐えられるのか、ということだった。動力部は無事でも、四肢が耐え切れずに自壊してしまってはまともに戦えないだろう。
機体に使うであろうパーツまでこれから設計し直したのでは完成が遅くなる。間に合うのだろうかという疑問が湧き上がっていた。
今この格納庫内では機体の各部が調整され、組み上げに向けて作業が進められている。アルザードがやってくる前から進んでいる作業だけに、新しく設計し直した動力部との整合性は取れているのだろうか。
「ああ、それに関しては心配要らないよ」
エクターは自信あり気な笑みを見せた。
「装甲素材も内部フレームも、使える部分にはミスリルを惜しみなく使用しているからね。魔力の過剰供給はむしろ強度や剛性を高めることになる」
本来であれば機体の設計仕様書などを提示するところなのだろうが、エクターは何も見ずに口頭ですらすらと説明する。
ミスリルというのは魔素を高純度で含んだ金属類のことを指し、魔力で動作するものを作る際に重宝される素材だ。自然に産出されるものは極めて少なく希少で、人工的に精製する方法も金属とプリズマ鉱石を溶かして混ぜるというもので非常にコストがかかる。
時間とコストが相応にかかるということにさえ目を瞑れば、人工ミスリルは天然ミスリルに比べて純度や金属種も任意に変更できるし数も用意できる。
とはいえ本来なら魔力を流す回路ぐらいにしか使われていない貴重なものを装甲材にするようだ。
「完成品、壊してくれるなよ?」
エクターの笑みが意地悪そうなものに変わる。
それの意図するところに気付いて、アルザードはぞっとした。
かつてないほどの高純度プリズマ結晶が複数に、高濃度エーテルをもふんだんに使う動力部だけでなく、機体を構成するほとんどのパーツが高価なミスリル製ともなればその製造費用は想像を絶する。全損ともなれば国が傾くのではないだろうか。
「壊れないように作ってくれません?」
「まぁ善処はするさ」
引きつった笑みを浮かべるアルザードに、エクターは笑いながら肩を叩くと作業場へと向かって行く。
「ああ、そうだ、明日は関節の稼動実験を行うからそのつもりで頼むよ」
エクターの頭の中ではもう完成像が出来上がっているようではあるが、前代未聞のプロジェクトであるだけに実物が期待通りのものになるかはそれこそ完成してみなければ分からない。
アルザードとしてはエクターの計算が正しいことを祈るばかりである。
そして、事件は起きた。
翌日、エクターの指示通り仮組みされた新型機の腕部稼動試験が行われようとしていた。
広くスペースを取られた格納庫の中央の台座の上に、《アルフ・ベル》の胴体フレームが置かれている。普段の《アルフ・ベル》からしたら一段以上も高い位置に胴体フレームが来るような配置になっている。その右肩から先はまだ内部機器が剥き出しの新型機の腕になっていて、アンバランスな胴体と右腕だけが鎮座している格好だ。
その右腕は、通常の魔動機兵と比べても一回りほど大きいようだ。装甲を取り付ける前の、稼動に最低限必要な内部フレームのみで、人間で言うところの骨だけのような状態だ。従来のプリズマドライブとは根本から異なる設計の新型動力部に合わせたサイズになるのだから当然と言えば当然か。
「本来なら完成品のドライブとセットで実験したいところなんだけど、そうも言ってられないからね」
機材の前に立つエクターが呟いた。
新型機の開発もゆっくりやっていられるだけの余裕はない。
ここで過ごしていると忘れがちだが、状況が好転したという報せが入ってこない以上はいつベルナリアの防衛線が突破されてもおかしくはない。
恐らく、新型機は完成次第前線に投入されることになるだろう。
「ひとまずは関節部がちゃんと動くかを確認したい。プリズマドライブは壊さないように頼むよ」
「加減はしてみますよ」
エクターの声に返事をして、操縦席に座るアルザードはヒルトに手を伸ばす。
右側のヒルトを右手で掴み、軽く力を込める。前線で戦っていた時とは違い、この《アルフ・ベル》には魔力伝導率を落とす処理が施されていない。
「試作品のドライブはこういう実験用の魔術式は施してなかったからね。同時にはできなかったんだ」
計器類の前で数値などを確認しながら、エクターが言う。
つい先日アルザードが破壊してしまった試作品の動力部は、出力数値の測定と理論実証のことしか考えずに組み立てられたもので、魔動機兵の手足を動かすための魔術式すら施されていなかったらしい。
「まぁ、余計な方向に出力が分散してしまっても精確な測定はできなかったし、これは仕方ない」
手足を繋いでいなかったとしても、魔術式が施されている時点でそこに魔力は流れてしまう。僅かな差とはいえ、エクターとしてはその分の魔力量さえも精密に測定したかったのだろう。
ヒルトに込めた魔力によって《アルフ・ベル》のプリズマドライブが放つ駆動音が大きなものになっていく。
「よし、じゃあ腕を上げてみてくれ」
エクターが指示を飛ばす。
アルザードは操縦席のディスプレイ越しに新型の右腕へ視線を向けながら、ヒルトを通じて右手を上げるような動きをイメージして力を込めた。
内部フレームに刻まれた魔力回路に魔力が送られ、回路に沿って光が走る。肩関節が動き、肘が動き、手首が動いていく。
回路部分だけでなく、内部フレームにさえミスリル材が使われているというのは本当らしく、回路に走る魔力の明滅に合わせてフレーム自体も薄っすらと光を帯びているように見えた。
アルザードは慎重に力を抑えながら、手を上に掲げたまま指先を動かした。ゆっくりと握り、開く。手首を回転させるように捻ったり、動かしながら握ったり。
「すごいな……」
《アルフ・ベル》のプリズマドライブを壊さないようにかなり力を抑えているにも関わらず、新型の腕は思い通りに動いている。その反応速度はアルザードが乗ったことのある《アルフ・セル》以上で、魔力を込めた手に返って来る反動のような感覚も無いに等しいものだった。
本来であれば、手のひらに押し付けられるような抵抗感に似た感覚を抱くのだ。手でものを押そうとした時に、その重量感が押す力への抵抗として手のひらに返って来るのに近い。
この抵抗感は魔力伝導率が低ければ低いほど、機体を動かすのに必要な出力が大きければ大きいほど、大きなものになる。魔力適性が高い者であれば、その抵抗感を受けた上で機体を動かせるのだが、魔力適性が低い者はそうもいかない。抵抗感は魔力適性の閾値として機能していて、それを超えて魔力を込められる者だけが魔動機兵を動かせる。
今回の実験に関して言えば、操縦席である《アルフ・ベル》のプリズマドライブを動かすための魔力適性と、そこに繋げられた新型の右腕という二つの閾値が存在する。
「かなり軽いですね」
今アルザードが感じているのは《アルフ・ベル》のプリズマドライブの抵抗感ぐらいだ。
これならばアルザードでなくても新型の右腕を動かすことはできるのではないだろうか。
「そう思うだろう?」
エクターは計器の数値を見ながら口元に意地悪そうな笑みを浮かべる。




