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アウトサイドエピソード 三獣士 「強剣の刃狼」 3

 アウトサイドエピソード 三獣士 「強剣の刃狼」 3

 

 

 こんな規格外の存在は見たことがない。《守護獅子》も確かに強者と言えるが、それでもまだ魔動機兵という枠の中での話だ。達人ではあろうが、超人と呼べるほどではない。

 だが、ここまで見せられた《バーサーカー》の挙動だけで、ウルにはこの魔動機兵がどこか既存の者らとは一線を画しているのだと察した。

 あれだけの分厚い金属の塊を、両手とはいえ切っ先を下げず水平に保ち突撃してくる。機体を操る出力の桁が違っているのだ。車輪による高機動も、今見せているスピンも、咄嗟にやるには相当な魔力適性を要求されるはずだ。

 まさに《バーサーカー》だ。噂に偽りは無かった。

 単体としての脅威度は間違いなく《守護獅子》よりも上だ。これに暴れられたらまともな魔動機兵乗りでは押さえられないだろう。

 高速スピンで振り抜かれた剣を、紙一重でかわす。剣が通り過ぎたその一瞬に、二刀の刃で斬りかかる。

 遠心力の存在を無視するかのように大剣が引き戻され、車輪を逆回転させることでスピンさえも急停止させて、《バーサーカー》はウルの斬撃を受け止めた。

 金属音と衝撃が響き渡り、雨粒が弾け飛ぶ。

 大型のアサルトソードは分厚すぎて両断することができなかった。まるで盾を斬り付けたかのようだ。

 と同時に、ウルは見た。

 《バーサーカー》の機体は、その負荷を受け止めきれていない。剣を引き戻す時、制動をかけた時、関節部に小さく火花が散っている。雨雲により暗いのもあって、はっきりと見てとれた。

「なるほど、確かに《バーサーカー》だ」

 ウルが振るう二刀を、《バーサーカー》は車輪を駆使してかわしていく。

 その挙動は力任せではあると感じるが、その分シンプルに強力だ。普通なら出来ない動きを無理矢理させているというアドバンテージは小さくない。

 もし一発でもまともに食らってしまえば致命傷だろう。

 至近距離で鍔迫り合いからスピンをかけて一閃される大剣へ、ウルは踏み込み刃で切り上げる。力が乗り切る前に大きく抉れた大剣の傷痕目掛けて刃を滑らせた。

 鋭く重い金属音と共に、大剣が切断される。もう一方の手に握られている刃ですかさず斬り付ける。《バーサーカー》は折れた大剣をそのまま振るい、ウルの攻撃に合わせてきた。

 片刃のアサルトソードを折れた大剣で打ち払う。折れているとは言え、分厚く硬く、重量のある金属塊で打ち据えられれば薄く研がれたウルの片刃の剣など脆いものだ。

 互いに一歩も引かずに機体をぶつけ合う。頭がぶつかり合うほどの距離で、互いに折れた剣を投げ捨て、次の武器へと手を伸ばす。

 《バーサーカー》が手にしたのは通常のアサルトソードだった。だが、あれほどの重量物を軽々と振り回せるのだから、通常のアサルトソードと言えど叩き付けられればその破壊力は並ではあるまい。むしろ軽くなって負荷が減った分、取り回しやすくなったことは脅威と言える。

 ウルの振り上げた刃をかわした《バーサーカー》が側面へ回り込み、アサルトソードを振り下ろす。内側から払うように刃で受け流し、返す刃をもう一方の剣で受ける。力が乗り切る前に剣を交え、軌道を逸らしてくる。

 ウルの一撃が、アサルトソードごと《バーサーカー》を斬ろうとしているのを読んでいるのだ。それを凌ぐだけの技量は持っている。だが、《バーサーカー》の本質はその馬鹿げた出力にある。

 再び刃が接触するのとほぼ同時に、《バーサーカー》の右足が跳ね上がった。右足の車輪だけを急速回転させ、その推進力をそのまま叩き付けようとしていたのだろう。

 ウルは刃の接触と同時に後ろへとステップを踏んでいた。そして目の前で跳ね上げられた右足に刃を閃かせる。

 右脚を斬り落とし、もう一撃を見舞う。《バーサーカー》は辛うじてアサルトソードでそれを受け止めたが、体勢を崩し背中から地面へ倒れ込んだ。地面に背中が着く直前に、残っている左足の車輪を回し、背中で泥水を跳ね散らしながら距離を取る。

 まだ戦意を喪失していない。片足でも十分な機動力がある。

 確実に仕留めておく必要がある。ウルは《グルム・ヘイグ》を走らせ、追撃を狙う。

 《バーサーカー》は左手の盾を地面に押し付けて上体を乗せるようにして、左足の車輪で走り始めた。雨でぬかるみ、滑り易くなっているとは言え、起伏と摩擦による衝撃が左腕に凄まじい負荷をかける。関節が目に見えるほど火花を散らし、それでも《バーサーカー》は機体を滑らせてウルへと向かってくる。

 満身創痍になりながらも右手に持ったアサルトソードを水平に構え、突撃してくる姿に敬意すら覚えた。

 応えるように、ウルは《グルム・ヘイグ》の刃を向かってくる《バーサーカー》へと振るう。仰向けに半ば倒れたような姿勢で突撃してくるその機体の上半身を掬い上げて斬り裂くように。

 瞬間、《バーサーカー》は左腕で大地を押すようにして、機体を跳ね上げた。手首、肘、肩の関節が負荷限界を超えて千切れ飛ぶ。それでも機体は跳ねた。

「……っ!」

 ウルの振るった刃は立ち上がるような格好になった《バーサーカー》の左脚を断ち斬った。同時に《バーサーカー》のアサルトソードが閃く。

 《グルム・ヘイグ》の頭部に食い込んだ剣は七割ほどを叩き潰し、右肩を大きく抉った。ウルの刃が到達する方が早かったお陰で、《バーサーカー》の狙いがズレたのだ。胴体への直撃は避けられた。

 そしてすれ違った《バーサーカー》の機体はその勢いのままに地面に叩き付けられた。雨と泥にまみれ、それらを跳ね上げ撒き散らしながら地面を跳ねて転がっていく。衝撃で装甲が砕け、内部部品も弾け飛ぶ。

 さすがにもう戦えないだろう。

 両足を無くし、左腕も無く、右腕は地面を跳ね転がるうちに拉げている。武器になりそうなものは無い。無力化できたと言って良いだろう。

 小さく、しかし深く息を吐く。

 《グルム・ヘイグ》はまだ戦闘が可能だ。頭部センサーは大半が沈黙しているが、辛うじて視界は半分近く生きている。右肩は装甲を大きく斬り裂かれたようだが、まだ動かせる。左手のアサルトソードは刃こぼれが激しいものの、まだ二、三回は振るえるだろう。

 この先に部隊が展開している様子はない。もしもまだいるのであれば、とっくにここまで増援へやってきているはずだ。

 後はいても歩兵程度だろう。

 結界基部があるであろう方面へと足を踏み出した。

 だが、次の瞬間、その足元が小さく爆ぜた。銃撃だ。

「ち……」

 舌打ちしつつ、後退する。

 それに合わせるかのように、銃弾が機体を掠める。少しずつ、照準が精確になっている。

 前方に見えたのは《アルフ・カイン》と呼ばれるアルフレイン王国の最精鋭、近衛部隊で使われている魔動機兵だった。青と白を基調とした装甲に金の装飾が施された、見た目にも華やかな機体だ。

 手にした突撃銃で《グルム・ヘイグ》を狙いながら、こちらへと近付いてくる。

 左手の片刃のアサルトソードが銃弾で砕かれた。

「……やむをえん、か」

 腰裏に残しておいた魔術信号入りの閃光手榴弾を取り出し、後方へと大きく飛び退きながら地面へ叩き付ける。二度、三度、と手持ちの閃光手榴弾を全て撒きつつ、撤退機動に移る。

 まともに戦える武器が無いというのもそうだが、これ以上の戦闘はウルの生還確率を著しく低下させる。

 ただでさえ、単独で孤立しながら突撃してきたのだ。《守護獅子》と《バーサーカー》にここまで食らい付かれて時間を稼がれて消耗した《グルム・ヘイグ》では撤退中に退路を塞ぐように敵部隊に展開されてしまえば突破できないだろう。まだ他の部隊が戦闘をしている間に撤退を知らせ、合流しなければならない。

 幸いなことに、脚部はまだ十分に動く。味方に紛れて回避と逃走に徹すれば帰還できるだろう。

 後方を警戒するも、《アルフ・カイン》が追撃してくる様子はない。味方の救助や生存確認を優先しているのだろうか。ウルとしては精鋭との連戦を避けられて好都合だが、ここまで侵攻し孤立した《グルム・ヘイグ》を見逃すというのもどこか引っかかる。

「通信は……無理か」

 ダオグたちの戦闘が見えてきた辺りで呼びかけようとしたが、先ほど破壊された頭部の中に通信に関わる部分も含まれていたらしい。通信が機能しなくなっている。

 アルフレイン王国の防衛部隊を背面から真っ直ぐに突っ切るようにしてダオグたちの部隊に合流する。通信に応えないのも、《グルム・ヘイグ》の姿が見えたことで察してくれたらしく、ダオグたちの動きが撤退のためのものに変わる。

「《バーサーカー》か……」

 来た道を戻りながら、呟いた。

 驚異的だった。

 至近距離での蹴り上げをかわせたことが勝敗を分けた。

 あの出力とあの推進力なら四肢をぶつけるだけでも相当な破壊力を生み出せる。攻撃時に角度と速度を絶妙に合わせなければならない《グルム・ヘイグ》の片刃アサルトソードに対しても、突発的にぶつけて接触のタイミングをずらしてしまえば真正面から振るった刃を圧し折って蹴りを入れられただろう。

 警戒しておいて正解だった。

 同時に、先に大型のアサルトソードを破壊出来ていたことも大きかった。蹴り上げを後退でかわせたのはギリギリだった。大型のアサルトソードが残っていれば、いかに重量があろうと《バーサーカー》の出力なら無理矢理振るえただろう。あの大剣のリーチであったら、かわしきれなかった。蹴り上げた右脚を斬り落とせても、大剣によってこちらも叩き潰されていた可能性が高い。

「だが、ああ、そうだな」

 ウルは思い返して、一つ、二つ、と頷く。

 呼吸さえ忘れ、ただ目の前の存在に集中する感覚。倒すため、生き残るために意識を研ぎ澄ます時間。それらは、ウルにとっては甘露にも等しい。

「楽しかったよ」

 出来ることならば、また戦いたいものだ。

 こんなこと、部下たちに言えば反応に困るだろう。

 ダオグも理解はしてくれても共感は出来まい。

 どうでもいい戦争の結末や、将来のことなどよりも、目の前の敵を上回ることただそれ一点に意識も感覚も集中させ、余計なことを考えずにいられる充実した刹那の時間が、ウルにとっては生きる楽しみなのだ。

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