アウトサイドエピソード 三獣士 「強剣の刃狼」 2
アウトサイドエピソード 三獣士 「強剣の刃狼」 2
「敵影確認!」
ベルナリアの廃墟の中を、いくつもの魔動機兵が突き進む。
「よし、ウルはそのまま直進を維持、戦闘は最低限に結界の破壊を優先しろ」
「ああ、後は任せる」
ダオグに答え、ウルはヒルトを握り直した。
プリズマドライブの唸るような駆動音が増し、《グルム・ヘイグ》の速度が上昇する。
積載重量がいつもより増えているためか、少し重く感じる。その分、ダオグの《ジ・ヘイグ》や部下たちの《ヘイグ》が追従できる速度におさまっていた。
ベルナリアの市街地に踏み入る。廃墟となった建物の間を走り続ける。
アルフレイン王国の魔動機兵が応戦を始める。他の地区でも戦闘が始まったようで、遠くから砲撃音なども聞こえてくる。
《グルム・ヘイグ》は直進する。
援護するように背後や左右にいる味方が銃撃を始める。敵は物陰に身を隠したり、盾で防いだりしながら応戦する。
「速度は落とすな! 一気に突破する!」
ダオグの声に部下たちの返事が重なる。
銃を乱射するような勢いで弾丸をばら撒きながら、強引に直進を続けた。ある程度敵のいる場所は狙っていても、速度を維持して移動しながらでは精確な射撃をするのは難しい。ほとんど牽制や、敵の攻撃を抑え込む目的のものだ。
進路を阻む《アルフ・ベル》に、走りながら狙いを定める。走行で上下する銃口に合わせて、突撃銃を数発連射、《アルフ・ベル》の頭部を撃ち抜いた。硬直する《アルフ・ベル》に味方からの援護射撃が突き刺さり、沈黙する。
崩れたり、焼け焦げたりした建物が視界を流れていく。
銃撃を繰り返し、空になったら弾倉を交換、進路上の敵を排除しながら突き進む。敵部隊の殲滅には拘らず、一点突破をかけるウルを先へ行かせるためだけに周りが動く。
敵陣を突き抜け、左右や背後からの攻撃を部下たちが防ぐ形で割って入る。背後へ銃撃をばら撒いて牽制しながら、先頭を走る《グルム・ヘイグ》を追う。
少しずつ、味方との距離が開いていく。だが、足を止めたりはしない。
都市部を抜ける頃には、突撃銃の弾は予備も含めて底をついていた。空になった銃を躊躇うことなく投げ捨て、背面ラックから片刃のアサルトソードを一つずつ左右の手に握る。
増援が前方に展開していた。《アルフ・アル》と《アルフ・ベル》が銃撃を始める。
建物という障害物がなくなったことで、銃弾が防ぎ難くなっている。機体を左右に蛇行させるようにして移動の軸をずらすが、全てを回避するのは難しい。味方の銃撃が援護をしてくれはするが、下手に動けばウルの背中にも弾丸が刺さりかねない。
正攻法で行くなら盾を構えてじっくり、というところだろうが、今回の作戦は時間をかけるべきではない。
腰部から手榴弾を取り出し、投げる。爆発から逃れるために横へと動く一機の《アルフ・ベル》に狙いを定め、接近。爆発と同時に右手のアサルトソードを左の脇から右肩へ一閃する。鋭い金属音が響いて、《アルフ・ベル》の胸から上がずれ落ちた。
近くにいた《アルフ・アル》に左手のアサルトソードを閃かせる。斜めに両断したその体を盾にするように押しやって、次の《アルフ・ベル》へと距離を詰める。倒れる《アルフ・アル》の影から飛び出し、《アルフ・ベル》へ両手の刃を振るう。両腕を断ち切られた《アルフ・ベル》に肩からぶつかり、更に前身する。
「獅子隊だ!」
部下の誰かが叫んだ。
横合いから、新手が来た。
《アルフ・セル》ばかりの部隊が銃撃を行いながら接近してくる。その部隊の先頭に立つ《アルフ・セル》には確かに吼える獅子の横顔を模したエンブレムが刻まれていた。
「修理中じゃなかったのか!」
部下たちに動揺が広がる。
間に合わせたのか、それともそもそもさほど修理を要するほど消耗していなかったのか。
「うろたえるな、やることは変わらん!」
ダオグの一喝で、部下たちが持ち直す。
牽制の射撃をばら撒くが、獅子隊の動きは乱れない。的確に盾を構え、反撃の銃弾を返してくる。
正面の《アルフ・ベル》を水平に斬り裂き、ウルはヒルトを握る手に力を込めた。
「行け、ウル!」
背中を押すように、ダオグが叫ぶ。
獅子隊に前面に回られればさすがに突破が難しくなる。横から接近しているのなら、振り切る形で進むしかない。
行く手を遮ろうと飛び出してくる《アルフ・アル》に刃を閃かせながら、速度を落とさずに走り続ける。刃こぼれした刃を、側面からアサルトソードで斬りかかってくる《アルフ・ベル》の胴体へと突き刺し、そのまま手放した。
次の剣を背面ラックから取りながら、走る速度を上げる。
獅子隊の動きは早かった。先頭の二機が速度を上げ、部隊全体への攻撃を取りやめてウルを追いかけてくる。
「ちっ……追いつかれるか」
舌打ちする。
ここまでに何機かの敵によって進路を阻まれた。倒すのは容易でも、僅かに速度は落ちる。真正面にいられれば、僅かでも横に逸れなければならず、その分のロスも出る。
《守護獅子》はそれを見逃さなかった。
ウルへと集中する二機の攻撃に対し、回避動作を取らざるを得ない。獅子隊の合流によって、味方は乱戦の様相を呈している。
部隊と連携されるよりは、孤立させた方がウルにとっては戦い易い。
そのまま《守護獅子》ともう一機からの攻撃を回避しつつ結界基部へと向かって距離を稼ぐ。
やがて追いつかれ、前方へと回り込まれたが、ここまで引き離せば獅子隊の連携は届かないだろう。
二機の《アルフ・セル》が突撃銃を撃つ。ウルは手榴弾を投げて横に飛び退く。投げた爆弾を《守護獅子》は盾で弾いて返してきた。ウルが後ろへ跳んだところへ随伴が銃撃を行う。足元を狙った牽制射撃を、着地前に盾を地面に落として防ぐ。
接近してきた《守護獅子》がアサルトソードを横薙ぎに振るい、ウルは屈んでかわした。《アルフ・セル》が狙っているため反撃はせず、足元に落とした盾を拾って横へとステップを踏み、《守護獅子》の側面へ回り込む。
振るった刃は、《守護獅子》の盾を撫でた。こちらに合わせるような動きは偶然か、それとも狙ってのものかは分からない。ただ、盾で受け止めるのではなく、刃の接触と同時に力の向きを逸らされるように動かされた。
お陰で刃は折れなかったが、致命傷も与えられなかった。
即座にバックステップして、《アルフ・セル》の援護射撃をかわす。遮蔽物がない分、射撃は防げないが射線は読み易い。腕部ランチャーで《アルフ・セル》を牽制、横合いからアサルトソードを振るう《守護獅子》に盾を合わせ、剣を押し留める。掬い上げるように下から振るった刃で斬り付けるも、《守護獅子》はアサルトソードを手放し距離を取ってかわす。《守護獅子》の装甲表面に傷をつけるだけに留まり、両断されたアサルトソードだけがその場に落ちる。
ウルは斜め後ろへと逃れ、二機の《アルフ・セル》による射撃をかわし、最後の手榴弾を投げると共に腕部ランチャーを一発ずつ放つ。ランチャーをかわした《守護獅子》の前で手榴弾が爆発を起こす。盾で防ぐのが見えた。
その隙を逃さず、《アルフ・セル》に接近、刃を振るう。右腕を肩口から切断し、後退しようとするところへ踏み込んでもう一閃、右脚を断ち斬る。さらに刃を薙ぎ払うも、《アルフ・セル》は背中から倒れ込むようにして胴体への直撃を避けた。頭部前面を刃の先端が引き裂く。
左手の盾を蹴飛ばして、右手と共に落下した突撃銃を踏み付けて破壊する。
《守護獅子》の銃撃を飛び退いてかわせば、戦闘不能になった《アルフ・セル》を庇うような形で立ち塞がる。《守護獅子》はその《アルフ・セル》の背面ラックから落ちて地面に転がっていたアサルトソードを拾い上げると、ウルへと向かってくる。
近距離で刃を交わす。
致命傷こそ防いでいるが、《守護獅子》に傷が増えていく。近接戦闘においてはウルの方が上だった。
突きをかわしきれず、《守護獅子》の頭部の一部が裂ける。避けきれなかった斬撃によって出来た装甲の裂け目からは内部機械が覗く。盾にも斬撃痕がいくつも走り、あと数回でも受け止めたら割れてしまうだろう。
「ここまでだな……」
確かに《守護獅子》は稀に見る手練れだった。
ウルの独特な近接戦闘術にここまで食らい付いて来れたのは《守護獅子》が初めてと言って良い。剣の間合いでの攻撃の応酬の中で、まともに太刀を浴びなかったのは称賛に値する。《守護獅子》と言われるだけのことはある。こと防御においてはウルをさえ上回っているかもしれない。
「気を付けろウル! そっちに一機抜けて行った!」
「む……?」
ダオグからの通信が聞こえたと同時に、センサーに反応があった。
魔動機兵とは思えない速度で反応がこちらに近付いてくる。
後方に飛び退くと同時に、銃撃が突き刺さった。車輪を履いた《アルフ・セル》が《守護獅子》との間に割って入るように現れた。
すかさず踏み込み、刃を振るう。
新手の《アルフ・セル》は《守護獅子》を突き飛ばすようにして遠ざけながら、横へと逃れる。車輪が泥を巻き上げ、加速しつつ側面へ回り込んで銃撃をしてくる。
身を屈ませて銃撃をかわしたウルは、新手の《アルフ・セル》へと機体を走らせた。
この速度は脅威だ。《守護獅子》を仕留めて結界基部へ向かおうとしても、この車輪を履いた《アルフ・セル》は振り切れない。その移動力だけでも奪っておかなければ、邪魔になる。
腕部ランチャーで牽制しつつ、向かってくる《車輪付き》の回避軌道を塞ぐ。車輪による前後への機動力はかなりのものだが、方向転換も容易ではないはずだ。
このまますれ違う際に腰から上を断ち切る。両手の刃を水平に二つ並べるようにして構え、腹から上を掬い上げるように振るう。
だが、《車輪付き》は後ろに大きく倒れ込みながらすれ違い、ウルの攻撃をかわして見せた。
「何……!」
しかも、倒れ切っていない。車輪による推進力はそのままに、背中が地面に着くギリギリで持ち堪え、強引に身を起こしたのだ。足首や膝、股関節、腰といった機体の各関節部に相当な負荷がかかったはずだ。駆動部に無理を言わせるほどの出力など、並の人間に出せるものではない。
「まさか、こいつが《バーサーカー》という奴か!」
大きく迂回しながら、車輪を履いた《バーサーカー》が牽制に銃撃をするも、弾切れを起こしたのか銃を捨ててアサルトソードに手を伸ばす。
それはアサルトソードと言うにはあまりにも肉厚で大きなものだった。通常の魔動機兵では両手で振るうのがやっとだろう。
《バーサーカー》はそれを片手で掴んでから両手で水平に構え、左右の車輪をそれぞれ逆に回転させることで機体をスピンさせながら近付いてくる。
「面白い……!」
ウルは口元に笑みが浮かぶのを止められなかった。




