第六章 「ザ・ワン」 2
第六章 「ザ・ワン」 2
「……何故そう思う?」
「僕らが住むこの国のため、というのもありますが……家族を守りたい。生きて姉に会いたい。姉を守れるぐらいになりたい」
アルザードの問いに、ギルバートはそう答えた。
話を聞くに、ギルバートはパルシバル家の長男なのだそうだ。最初に生まれた子ではあるが女性のサフィールではなく、男性であるギルバートをパルシバル家は正式な跡継ぎに決めたというところだろうか。
責任感が強いのか、真面目なのか、恐らくは両方だろう。少し会話をしただけだが、ギルバートという青年の持つ実直さは伝わってくる。
「空いた時間で訓練に付き合うぐらいならできるとは思うが……」
結局、アルザードも断り切れなかった。
上に立ち、誰かを鍛えることができるほどの人物ではないと自覚はしている。それでも、ギルバートの強くなりたいという熱意は本物で、それを無碍にすることもできない。
「ありがとうございます!」
ギルバートはぱっと表情を輝かせた。
「とはいえ、恐らく、俺が魔動機兵に乗っての訓練はできないと思ってくれ」
アルザードは釘を刺すように言って、ちぎったパンを口に放り込んだ。
魔動機兵は無限にあるわけではない。戦況を鑑みればむしろ貴重なものだ。専用の調整もできていない機体にアルザードが乗れば、シミュレーターの二の舞になるのは明らかだった。
演習用の装備を使った模擬戦などは論外である。極秘の新型開発をしているこの施設周辺で目立つようなことはすべきではない。
「多分、俺にできるのはシミュレーターの設定とアドバイスぐらいだ」
そうなると、アルザードにできるのはシミュレーターの設定をいじって難易度を変えたり、そこでの戦闘結果を見てアドバイスをすることぐらいだろう。
実際にギルバートの相手をするのは難しい。
「それで構いません」
ギルバートは頷いた。
「ヴィヴィアン、すまないがこの後シミュレーターを使うことはできそうか?」
「大丈夫だと思います。シミュレーター自体は、新型開発にはあまり関係がありませんから」
通常の魔動機兵とは異なるものを開発しているだけに、従来規格のシミュレーターは開発作業に使われているわけではないようだ。主に、ここの警備担当の騎手たちの日課としての訓練と、せいぜい暇潰しにしか使われていないとのことだった。
「あ、でもそういえばシミュレーターは……」
「あれはアルザードさんの魔力適性を確認するためのものでしたから普段は使っていなかったんです。訓練用のシミュレーター自体は《アルフ・ベル》にも搭載されていますし、そちらでやればいいかと」
日中にアルザードが壊してしまったシミュレーターは、元からアルザードが来た時に魔力適性を調べるためにエクターが用意させていたものだったらしい。
「それでプリズマドライブが高品質だったのか……」
ヴィヴィアンの返答に、アルザードは乾いた笑みを返した。
警備用の魔動機兵は《アルフ・ベル》ばかりであったのに、アルザードが使ったシミュレーターのプリズマドライブはそれに搭載するにはやけに高品質なものだった。
シミュレーター自体は専用の端末を機体に接続すれば使えるようになる。エクターや他の作業員たちが見ていた大型の機械から伸びているケーブルを、シミュレーターとして使っていた魔動機兵のコアパーツからギルバートの《アルフ・ベル》に繋ぎ変えれば良い。
シミュレーターを使う用事がないタイミングであれば、エクターや他の作業員たちの邪魔にもならないだろう。
「とりあえず、この後一度やってみるか?」
「是非お願いします!」
ギルバートは机に頭をぶつけそうな勢いで頭を下げたのだった。
食事を取った後、アルザードはギルバートと共に格納庫を訪れていた。
ヴィヴィアンはエクターの手伝いをすると言って先に格納庫に向かったが、特に割り振ることのできる仕事がなかったらしく、シミュレーターの前でアルザードたちを待っていた。
「端末、《アルフ・ベル》に繋ぎ変えておきましたよ」
「ありがとう、助かるよ」
ヴィヴィアンに礼を言って、アルザードは外部端末の方に目を向けた。
ギルバートには《アルフ・ベル》の操縦席に入ってもらう。
「まずはどの程度動けるのかの確認をしたい。設定は三対三、オーソドックスなトライアルパターンでいこう」
「了解です」
外部端末に備え付けられている通信機に向かって言いながら、設定を入力する。
小隊行動の単位として良く使われる三機同士の戦闘をシミュレートし、ギルバート本人の実力と味方との連携能力を見ようという趣旨だ。
地形は平野に設定し、純粋に魔動機兵のみでの戦闘を見ることにする。機体設定は敵も味方も全て《アルフ・ベル》とし、武装も標準的な剣、盾、突撃銃という構成にした。
外部端末には戦場を真上から俯瞰している地形図と、敵味方の座標のみが表示される。詳細な動きは外部端末からでは映像化できないため、画面下に表示されるログの文字を追うしかない。
シミュレーションが始まり、マップ上の点が動き出す。
障害物のない地形にしたこともあって、両勢力共に直進して会敵し、戦闘になった。盾を構えた撃ち合いをしている。
機体の能力や数は互角、ギルバート以外の敵味方の行動パターンも特に捻りのない設定にしてある。つまるところ、勝敗を左右するのはギルバート次第ということになる。
「どうでしたか?」
《アルフ・ベル》の操縦席から降りたギルバートが、戦闘のログを見つめるアルザードに問う。
多少の被弾はしつつも、堅実な立ち回りを見せてギルバートは勝利した。
味方が狙っている敵に合わせて標的を切り替え、攻撃を集中させて着実に倒していく。味方が集中攻撃をされるようならフォローに回り、自分を中心に戦うというよりは味方との連携を重視する戦い方をしていた。
「悪くはないと思う」
それは純粋な感想だった。
自身が実力不足である場合は、味方機と連携して事に当たるのは理に適った戦い方だ。
今回のシミュレーションの設定では、勝ち筋は大きく分けて二つある。一つは自分を攻めの中心に据えるパターンで、もう一つは味方の支援に徹するというものだ。シミュレーターの性質上、あまり複雑な行動パターンは設定できないため、味方のフォローに徹すれば勝利自体はそう難しいものではない。
実戦においても、味方機をしっかり援護するというのは重要なことだ。
今回のログを見る限り、ギルバートに致命的な欠点はないように見える。
「教本通りにしか動けていないのではと不安になるんです」
ギルバートは自信なさげに呟いた。
教本や定石は騎士養成学校で一通り学ぶことであり、それ自体に問題があるわけではない。ギルバートが心配しているのは実戦において十分な力が発揮できるのか、というところが大きいのだろう。
実際、新人騎手が初陣で想定外の事態に遭遇してパニックに陥るというのは珍しい話ではない。魔動機兵戦闘の定石やセオリーなど、敵側も知っていることだ。
「そうだ、ならもう一回やってみるか。設定はかなり変えるぞ」
そこでアルザードはふと思いついたことを試してみたくなった。
詳しいことは何も言わず、ギルバートを《アルフ・ベル》の操縦席に座らせ、シミュレーターに設定を入力していく。
「実戦を想定したいってことなら、今、前線で戦ってる状況をシミュレートしてみよう」
場所は都市部、領域の南側に防衛ラインを設定し、北側から進軍してくる敵を迎撃する形にした。敵が一機でも防衛ラインに到達したらその時点で敗北。敵を全滅させるか、あるいは撤退まで追い込めば勝利とする。
味方機の数は八。二機一組の状態で防衛ラインのやや北に展開している状態だ。
「敵の総数、種別はあえて教えない」
それだけ言って、アルザードは戦闘を開始させた。
敵として設定した機体種別も、行動パターンも、アルザードは細かく指定している。
これは、アルザードがベルナリアの前線で《フレイムゴート》と戦った時を可能な限り再現したものだ。
《フレイムゴート》のような改良機はシミュレーターには設定できないため、そこは重装型の機体などで誤魔化しているが、状況や敵の戦術はほぼ再現できているはずだ。
違いがあるとすれば、部隊の能力とギルバートが指揮官をする、という点だろう。シミュレーターでは獅子隊の能力は再現できない。隊長機の設定もしていないため、放っておけば味方機は数の不利に潰されることになる。
通信機ごしにギルバートが出した指示を、アルザードが端末を操作して味方機の動きに反映し、擬似的に指揮させる形だ。
「勝利条件が満たされたら教える。それまで思うようにやってみてくれ」
「分かりました!」
ギルバートの返事を合図に、シミュレーションを始める。
「七番、八番が砲撃を受けている。敵影は三」
味方機の交戦報告はアルザードが代わりに行い、指示を出すか行動するかはギルバート次第だ。
七番、八番はボルクとキディルスがいたポジションだ。
まずはボルクとキディルスが砲撃部隊と接触した状況を再現する。この時、アルザードはレオスの指示でギルジアと共に援護に向かった。
「……防衛を最優先。六番と北上します」
ギルバートは一瞬考え、そう指示を出した。
六番機はギルジアの位置である。
「了解、防衛優先に設定する」
アルザードはやや驚きつつも、ギルバートの指示通りに七番、八番の味方の設定を変更した。敵の撃破を優先せず、現在の防衛ラインを維持するため、建物も利用して回避と防御に重点を置いた動きをさせる。
一方、ギルバートは戦場のほぼ中央に位置しており、すぐ東側にいた六番機を引き連れて北上する。その先にいるのは軽装の偵察機を模した敵が一つ。それを視認すると同時に六番機と共に攻撃を仕掛け、難なく撃破した。




