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第一章 「炎熱の最前線」 1

 第一章 「炎熱の最前線」 1

 

 

 風が唸りを上げているような駆動音が狭い操縦席の中に響く。

 人が一人やっと収まる程度の狭い空間内で光を放つのは正面と左右のスクリーンだ。

 頭部のカメラから得られた景色が映し出されている。

 荒れ果てた都市の真っ只中、半壊した建物の影に身を潜めて、人型機械は周囲の状況を窺っていた。

「アルザード、そっちはどうだ?」

 通信回線から声がかけられる。

 背中合わせになるように、建物の影から反対側の様子を窺う仲間からの声だ。

「敵影は見えない」

 アルザードは短く答え、ゆっくりと頭を建物の影から覗かせていく。

 直後、爆発音が聞こえた。

 近くではない。やや遠くに感じられる。

「こちらボルク! 南東で接敵! 数は三!」

 通信回線から別の男の声が飛び込んできた。

「ギルジア、アルザード、援護に向かえ」

「了解!」

「了解!」

 また低い声が通信回線に割り込み、アルザードとその背後の機体に乗るギルジアが同時に返事をする。

 アームレストの先にある握り手、ヒルトと呼ばれる操縦用の棒状機具を掴む手に力を込める。

 崩れかけた建物の影で身を潜めていた巨体が動き出す。

 五、六メートル程の身長のそれは、やや不恰好な人型だ。胴体には操縦席があるため大きく太く作られており、それを支える両足は太く、体に比べると短い。腕も同様で、カメラが搭載された頭部も正面からの被弾面積を減らすために縦に押し潰したような形をしている。全体的に、人間を縦に押し潰したようなバランスが印象的な巨人だ。

 魔動機兵と呼ばれる、ここ数年のうちに世界各国に普及した最新鋭の兵器だった。

 あらゆるものに内在する魔素と、それに干渉することのできる意思の力、すなわち魔力を人々は古来から活用してきた。その最先端がこの魔動機兵だ。

 魔力を増幅するプリズマドライブと呼ばれる動力システムを用いて、五から六メートル程の人型の機械を動かす。生身よりも遥かに強靭な装甲と機動力を持ち、増幅された魔力を活かした装備を搭載することで、魔動機兵はそれまでの戦闘の有り様を一変させ、一躍戦場の主役となった。

 鋼の塊が荒れ果てた街道を駆ける。

 その動き自体は人が走るそれよりもやや鈍く緩慢に見えるものの、大きさ故に歩幅があるため速度は人の足よりも上だ。ガシン、ガシン、と重量感のある足音と衝撃をヒビだらけの街道に響かせて、魔動機兵が走る。

 操縦席にあるヒルトは搭乗者の魔力をプリズマドライブへと送る装置だ。そこに魔力を込めることで、操縦席の後ろ、胴体の背中側にあるプリズマドライブが入力された魔力を増幅し、魔動機兵の全身へ動力として送る。操縦者は機兵の全身を巡る魔力を制御することで機体を操るのだ。

「ボルク、状況は?」

 通信回線に呼びかける。

 人の音声を暗号化し、解読できる術式を持つ通信機同士でのみ会話を成立させる機械だ。かつて遠隔会話魔法やテレパス等と呼ばれていた魔術が機械によって普及したもので、魔動機兵に搭載されているのは軍事用に改良されている。

「キディルスと応戦中だ。《バルジス》二機と《バルジカス》……装備的に相性が悪い」

「《バルジカス》……隊長機はそいつか?」

 ボルクからの返答に、ギルジアが割り込む形で口を挟んだ。

「いや、どうだろうな……キディルスが《ノルス》らしい機影を見かけたとも言ってる。はっきり確認したわけではないから報告はまだだが……」

「俺たちが行くまで持ちこたえろよ」

「当たり前だ、アーク騎士団第十二部隊の名に泥は塗らねぇさ」

 ギルジアの言葉に、軽口めかしてボルクが返す。

「急いだ方が良さそうだ」

 通信が切れてから、アルザードは呟いた。

 ヒルトを握る手に込めた力を強める。操縦席に響く駆動音が僅かに大きくなる。

 建物を迂回するように街道を走っていた魔動機兵が僅かに向きを変える。背の低い家屋に手をついて、乗り越えるようにして隣の街道へと移る。魔動機兵の重量が圧し掛かった家屋の天井が潰れ、乗り越えたその背後で倒壊する。

「おいおいまた無茶をすると上にどやされるぞ」

「分かってる、先に行くぞ」

 窘めるように言うギルジアにそう告げて、アルザードはヒルトを握り直した。

 ギルジアの機体を引き離すように、アルザードの魔動機兵の速度が上がる。

 すぐに銃声が聞こえ、前方で土煙が上がるのが見えた。

 撃ち合いはもう始まっているようだ。

 やや大きめの建物の影に、アルザードの乗っているものと同型の味方機が見えた。

 味方機はそこから身を乗り出すようにして手にした銃器を構え、二、三度発砲してはまた建物の影に戻るのを繰り返している。間一髪のところで、敵の砲撃をかわして応戦している。建物にも着弾しており、壁にするのも長くは持ちそうにない。

「ボルク!」

「キディルスが回り込んでいる!」

 呼びかけると、通信機にボルクから返事があった。

 ボルクが囮になって、敵の攻撃を引き付けている。意図を汲んで、アルザードは進行方向を変えた。ボルクの下に向かうのではなく、敵の攻撃が飛んできている方向へ。まだいくつか通りを挟んでいるため、遮蔽物も多く、アルザードの方へ射線は通っていないはずだ。敵がボルクの機体に注視している間に、敵の位置を予測し、探る。

 アルザードの機体も、ボルクの機体も、中近距離用の装備をしている。敵機が中遠距離での砲撃戦や撃ち合いを主体とする《バルジス》や《バルジカス》であるなら、不利な状況だ。

 敵の正確な位置を知り、距離を詰める必要がある。

「見つけた! 東に約七百!」

 アルザードは家屋の合間を縫うようにして、機体を走らせる。

 両手で抱えるようにしていた中型の突撃銃を前方に向けて構えながら距離を詰める。

 後方からボルクが射撃しながら、動き出す。盾にしていた建造物から飛び出して、敵の射線が通っているであろう道を走り出した。不規則に機体を左右に振りながら、左手で分厚い装甲を持つ盾で操縦席のある胴体部分を守りながら、周りの建物を上手く利用して攻撃をかわす。

 その間に、アルザードは敵部隊と通りを一つ挟む距離まで近付いていた。

 やはり、敵は《バルジス》二機と、その改良型の《バルジカス》だった。アルザードたちの乗っている魔動機兵《アルフ・セル》に比べると曲線が少なく、直線的で角張った外見をしているのが特徴だ。《バルジス》にやや装飾を施し派手にしたような見た目の改良型が《バルジカス》だ。緑色が中心の《バルジス》とは若干異なり、暗緑色になっている。

 砲撃戦仕様の《バルジス》二機がやや開けた場所に陣取り、砲撃用の長砲身大型榴弾砲を手に、機体を屈ませて砲撃姿勢を取っている。片膝を付いた姿勢で、両脛の左右に増設されたアンカーを地面に突き刺すようにして機体をその場に固定している。《バルジカス》は両脇に中遠距離用の前方に向けて盾の付いた大型機銃を抱えて、襲撃に備えているようだった。

 半壊した建物の隙間から向こう側へと銃を構え、アルザードは魔動機兵にトリガーを引かせた。

 牽制のための射撃は《バルジカス》の胸部を掠め、建物に穴を穿つ。

 銃声に《バルジカス》が反応し、アルザードの方へと躊躇なく両脇の機銃を発砲した。秒間四発ほどの弾丸が半壊した家屋を削り、吹き飛ばしていく。

 アルザードは機体を走らせ、建物に身を隠しながら、応戦する。

 《バルジカス》の持つ機銃には盾がついている。正面から向き合うと盾から銃身が突き出しているような形だ。それによって体の正面のほとんどを守りながら一方的に射撃してくるのだから、まともに撃ち合って致命傷を与えるのは難しい。頭部や脚部、あるいは銃身をピンポイントに狙えれば痛手は与えられるものの、機銃の連射をかわして動きながらそれをするのは困難だ。とはいえ相当な連射に伴う弾薬の積載重量と連続する射撃反動があるため、《バルジカス》もその場にほぼ固定されてしまう。元々、装甲が厚めの機体だけあって、《バルジス》や《バルジカス》は正面からの撃ち合いに滅法強い。

 正面から単機で撃ち合うのは不利だ。だが、砲撃姿勢を取っている《バルジス》二機はそう簡単に動けない。ボルクが囮となり、射撃しながら近付いていることもあり、二機は砲撃を止めるわけにはいかないからだ。アルザードが攻撃を仕掛けることで、二機の集中力を削ぎ、砲撃の精度を下げることもできているだろう。

 アルザードに気をとられた《バルジカス》の背後から、回り込んでいた仲間、キディルスの機体が現れて奇襲を仕掛ける。

 外す方が難しい距離まで近付いて、砲撃姿勢を取っていた無防備な《バルジス》の一機に横合いから銃撃を叩き込む。数発の弾丸が脇腹や肩に突き刺さり、装甲の破片と火花を散らしながら操縦席を破壊する。不自然に傾いた姿勢で動きを止める《バルジス》に、もう一機の《バルジス》と《バルジカス》がキディルスの接近に気付く。

 《バルジス》がアンカーを引き抜き砲撃姿勢を崩して応戦しようとするところへ、キディルスの魔動機兵は容赦なく接近して至近距離から弾丸を撃ち込んだ。《バルジカス》が機銃を向けようとするところへ、崩れた建物を乗り越えるようにして躍り出たアルザードが銃撃を側面から叩き込み、仕留めた。

「ふぅ、助かったぜ」

 少し遅れて、ボルクの機体が走ってくる。ゆっくりと速度を落とし、アルザードたちの傍まで来て立ち止まる。手にしていた盾の一部が欠けているものの、上手く防げたようで魔動機兵自体に目立った損傷はない。もし一発でも直撃していたら、たとえ操縦席を外れていたとしても衝撃や爆発で戦闘不能になることは避けられなかっただろう。

 中近距離戦仕様のショートバレル突撃銃と盾に格闘戦用の剣を装備したボルクとキディルスの機体では、長距離戦に持ち込まれるのは分が悪い。

「おいアルザード、聞こえるか?」

「ギルジアか、こっちは三機仕留めたぞ」

 通信回線から飛び込んできたギルジアの声に、アルザードが答える。

「《ノルス》を見つけたが、今気付かれた。挟み撃ちにするぞ」

「分かった、直ぐ行く」

 言うや否や、アルザードは機体を動かした。

 踵を返すように、走り出す。

「隊長、こちらボルク。敵小隊の殲滅を確認、キディルスと共に持ち場に戻ります」

「分かった、敵の武装が使えるようなら持って行け」

 ボルクの声に、低い男の声が答える。

 ボルクとキディルスが隊長の指示に従って敵機体の使っていた長砲身大型榴弾砲と盾付き機銃を奪うのを背に、アルザードはギルジアのいるであろう方角へと向かった。

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