第五章 「動き出す一手」 1
第五章 「動き出す一手」 1
「この国を……救う?」
エクター・ニムエ一級技術騎士の言葉に、アルザードは耳を疑った。
それはアルフレイン王国の騎士として戦う者にとって、願ってやまないものだ。しかし、同時にそれがどれだけ困難な状況にあるのかも、前線で戦っていたアルザードは身をもって知っている。
「さて、じゃあ結論から言おうか」
エクターはそう言って椅子に座り直す。と言っても、身を起こした程度のラフな姿勢のままだ。
アルザードも視線で促されて椅子に腰を下ろした。
「ここで造っている新型の騎手をやってもらうために君を呼ばせてもらった」
やはり、格納庫にあった機械群は新しい魔動機兵を造るための部品のようだ。
騎士養成学校で魔動機兵について一通りのことは学んでいるが、アルザードにそこまで専門的な知識はない。まして、新型の開発に技術面で関われるとは思えない。
前線で乗機を破壊し過ぎたことで費用の面から下げざるを得なかった、という話でもなければ、騎手以外でアルザードに出来ることはせいぜい歩兵か、雑用ぐらいだろう。
だが、果たしてその新型とやらの騎手にアルザードは適しているのだろうか。
「何故、俺を?」
言ってから、アルザードはしまったと思った。エクターの態度が緩過ぎるせいで、素の口調で喋ってしまった。いくらエクター本人が無礼講だと言っても、アルザードとはこれが初対面なのだ。階級だってエクターの方が三つも上だ。
「魔力適正測定不能だそうじゃないか。経歴に目を通させてもらったが、ことごとく数値が出てこない。現代で測定できる限界値を飛び越えている。それが理由だよ」
だが、エクターは全く気にした風もなく、笑みを浮かべて即答した。
本当に階級は気にしないようだ。
「魔力適正、ですか」
アルザードは右の手のひらを上に向けて差し出した。
意識を集中させ始めると、すぐに手のひらの上の空間が揺らぎ出した。空気中に存在する魔素へ干渉し、熱量を生じさせ、陽炎を立ち昇らせているのだ。
最も単純な魔力の発現方法の一つが、この熱量変換だ。
とはいえ、陽炎を生じさせるほどの熱量を発生させることができる者は少ない。普通は、魔力を集中させた手のひらか、その付近が仄かに暖かくなる程度だ。肉眼ではっきりと陽炎が見えるほどの熱量を生み出せる者は極僅かで、それだけでも魔力適正は頭一つ抜けたものになる。
しかし、アルザードの場合はここで終わらない。
全身を流れるエネルギーを、一点に集中させるようなイメージを思い描き、更に魔力を集約させていく。
陽炎の揺らめきは次第に薄れ、それに比例するように手のひらが淡い光を帯びていく。だが、陽炎は消えたのではない。揺らめいていた大気が手のひらの上で収束しているのだ。空気が固まっていくかのように、揺らぎを生み出していた熱量は純粋なエネルギーとなって一点に収束していく。
部屋の脇でお茶を淹れていたヴィヴィアンが、その光景に目を丸くする。
やがて、空気の揺らぎは消え失せ、そこには淡い輝きを発する小さな光の玉が形作られていた。握り拳よりも、一回り小さいぐらいの大きさだった。
「まさか……何もなしに魔術を?」
唖然とするヴィヴィアンの目の前で、光球は溶け出すように細かな粒子となって霧散し始めた。
大気に溶け込むように、輝きが小さくなっていく。
それは、確かに魔術と呼べる領域に踏み込んだ現象だった。発生した光は、魔力によって大気中の魔素が集約された純粋なエネルギー体だ。細かく散らさず、その形と密度を保ったままどこかへぶつければエネルギーは破壊力となって炸裂するだろう。
魔力適正は一般的に、測定用の器具の計測部分に手のひらを触れて魔力を込めた際に生じる熱量の上下の大きさで測定している。見ての通り、アルザードが本気で魔力を込めると、熱量という枠を超えて破壊力を持ったエネルギーの発生にまで至ってしまう。
器具が壊れない範囲で手を抜いて計測することもできなくはなかったが、それでは測定する意味がない。それに、アルザードもその辺りの力の調節が下手だった。
「っ、はぁ……!」
アルザードは大きく息を吐いた。
額に汗が浮かび、呼吸が大きく乱れる。貧血を起こしたような眩暈感と、肉体的にはなんともないのに全力疾走をした直後のような疲労感が襲ってくる。
この消耗感は急激な魔力の消費に伴うものだ。短距離走で全力疾走したようなもので、少し休めば回復する。
「一応これが限界、ですかね……」
袖で額の汗を拭い、呼吸を整えながらアルザードはエクターに目を向けた。
「いいねぇ、実にいい!」
驚きを隠せずにいるヴィヴィアンとは裏腹に、エクターは目を輝かせている。探し求めていたものを見つけた子供のように、嬉しそうな笑みを浮かべている。
「そういう規格外が必要なんだ、あの機体にはね」
エクターは心底愉快そうに言った。
先ほどまで抱えていた疲労が吹き飛んだかのように、テンションが高くなっている。
「道具も使わずに魔術なんて、初めて見ました……」
「そりゃあそうだろう。大昔から魔法使いなんてものはとても希少な存在だったんだ。それらにしたって、触媒やら何やら諸々使って魔法の発動を補助していたぐらいだからね」
呆けたようなヴィヴィアンと打って変わって、エクターはとてもにこやかな表情をしている。
「魔族帰り、なんて言われたこともありました」
アルザードは肩を竦めて苦笑した。
大昔には、生まれつき強大な魔力を持った人間がいたらしい。中には肉体すら変質してしまうほどの魔力を持っていて、魔族と呼ばれて区別されていた者達もいたとされる。彼らはえてして、人々の敵として伝えられているものだが。
「まぁ、ここは魔王のいた地とされているから、そういう噂が出るのもある種仕方ないとも言えるね」
エクターは小さく頷いた。
世界各地に残る伝承などを調べると、王都アルフレアのある場所にはかつて魔王の城があったという記述が多い。アルフレイン王国の建国神話においても、魔族を束ねる魔王を勇者が打ち倒し、虐げられていた人々を解放し国を興したと伝えられている。この国の名は、建国の勇者アルフレインにちなんで付けられたものだ。
「昔は今よりも魔素が濃かったという説もある。魔族と呼ばれて恐れられるほどの力を持つ人間が多かったのかもしれない。今ではその勇者アルフレインも魔族だったんじゃないかと言われているけどね」
文献や伝承では、魔族が当時の人々を脅かしていたという内容のものが多い。見方によっては、魔族と呼ばれ蔑まれ疎まれていた者たちが魔王という指導者を得て自分たちの居場所を作ろうとしたとも考えられる。それらと戦ったとされる勇者もまた、常人の枠を超えた存在だったとされ、逸話も数多い。もしかしたら、勇者も魔族と呼べるような存在だったのではないか、という説もあるほどだ。
何にせよ、魔力や魔素に関連する事象に、アルフレイン王国は縁がある。良質なプリズマ鉱石の鉱脈が多いのも、関係があるのかもしれない。
「ともかくだ、僕が造っている新型は、並の騎手には扱えない。魔力適正は高ければ高いほどいい」
「高ければ高いほど……って、プリズマドライブが持ちませんよ?」
エクターの言葉に、アルザードは眉根を寄せた。
高性能機である《アルフ・セル》ですら、アルザードが本気で扱うとプリズマ結晶が破裂してしまう。いくら高性能な新型であろうと、魔動機兵である以上プリズマドライブを搭載するはずだ。
魔動機兵のような、大掛かりな機械を駆動させるのに、プリズマドライブというシステムは画期的な発明だった。プリズマドライブでなければ、魔動機兵は成立しないと言って過言ではないほどに。
「そう、確かにプリズマドライブなら、ね」
エクターはにやりと笑った。




