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第四章 「王都からの直令」 3

 第四章 「王都からの直令」 3

 

 

 背後からかけられた声に、アルザードは振り返る。

 分厚いファイルを大事そうに抱えた女性が部屋に入ろうとして、中にいたアルザードに気付いたようだった。

 アルザードと同じ緑色の低位騎士の制服に、白衣のような上着を身に着けている。様子や身なりから察するに、この施設の研究員の一人というところだろう。

 身長はアルザードよりも頭一つほど低い。セミロングの黒髪に薄い緑の瞳をした小柄で可愛らしい女性だ。

「アルザード・エン・ラグナ上等騎士です。指令に応じて出頭したのですが……」

 右拳を胸の前にかざすような簡易式の敬礼をして、アルザードは名乗った。

「あっ、ヴィヴィアン・レイク一等技術騎士です!」

 反射的に、女性研究員も簡易敬礼を返す。

 分厚いファイルと、他にも書類をいくつか抱えていたことを忘れて、敬礼の動作で取り落とす。ばさばさと音を立てて書類とファイルの中身が床に散らばった。

「あわわ……!」

 紙が床に散乱する音を聞いて、荷物のことを思い出したのか、慌ててそれらを拾い集める。

 それにしても凄い量の書類だった。一体どれほどの頻度でこの部屋に運び込んでいるのだろう。

 拾うのを手伝うついでに、アルザードは書類の中身に目を向けた。何かの図面と、それに関わるらしい数値の羅列が所狭しと書き込まれている。

 少なくとも、アルザードにはそれらがどんなものなのかはさっぱり分からなかった。

「それで、自分はどうすれば……?」

 拾い集めた書類を差し出しながら、アルザードは問う。

「あ、ありがとうございます……。ええと、何も聞いていないんですよね?」

 受け取った書類を執務机の上に置こうとして、場所がないのに気付いて応接用ソファの端に乗せながら、ヴィヴィアンは確認するように言った。

「はい、何も」

 理由を尋ねても、機密事項で答えられない、あるいは自分にも知らされていない、という返事ばかりだった。機密事項と答えた者の中に内容を知っている者がいたのかどうかすら疑問な表情をしていた。

「正しく情報は秘されているようですね」

 ヴィヴィアンが小さく笑みを見せた。

「ここの責任者、エクター・ニムエ一級技術騎士の下へ案内しますね」

 そう言って、ついてくるよう促すヴィヴィアンに続いてアルザードも執務室を出た。

「一級技術騎士……」

 最前線で整備士長をしていたモーリオンは三級技術騎士だった。三つある中位騎士の中で最低の階級ではあるが、技術士官としてはそれでも破格の待遇だ。エクターと言う人物は最前線で活躍していないにも関わらず、それを二階級も上回っている。

 それだけで、只者ではない。

 アルザードを先導して通路を歩くヴィヴィアン・レイクは一等技術騎士だと名乗った。階級だけを見れば、アルザードの一つ下に位置するものだ。技術士官としての階級は決して低いものではない。

「私はエクター先生の補佐……助手のようなものです。ほとんど雑用ですけれど」

 四階級も上の人物を先生と呼んだことに、アルザードは少し驚いていた。だが、彼女はそれがさも当然のことかのように自然と口にしている。

「ここから先は、今この国を左右する最重要機密の宝庫です。完成し、表に出るまで、他言は厳禁です」

 アルザードがあれこれ聞こうとする前に、ヴィヴィアンが言った。少しだけ強い口調だった。

 辿り着いた場所には、通路と同じ幅と高さの両開きの大きな扉があった。通路の途中にあった、一般的な部屋らしい木製のドアではない。金属製の扉だ。

 ヴィヴィアンが扉を開く。

 締め切られた扉に隙間が出来ると同時に、音が聞こえてくる。

 人の行き交う足音、指示を出すのと、それに応じる声、金属を加工しているような作業の音、様々な音が一気になだれ込んでくる。

 その先は大きな格納庫のようになっていた。

 天井までの高さは十メートルほどだろうか。左右の広さは三十メートル以上はありそうだ。作業用らしい可動式の足場がいくつもあり、様々な機械の塊が並べられ、多くの作業員が行き交い、忙しなく何かをしている。技術者らしい彼らのほとんどが低位騎士であることを示す緑色のラインが入った茶色の作業着を身に着けている。

 端の方には、この施設の警備用だろうか、《アルフ・ベル》の姿もあった。

 機械の塊の一つの近くに、赤い中位騎士を表す制服の上に白衣を着た人物がいた。

「エクター先生!」

 ヴィヴィアンがその人物の方へと走り出す。

 格納庫の光景に圧倒されながら、アルザードもヴィヴィアンを追う。

 前線基地では修理中の《アルフ・セル》や《アルフ・ベル》は何度も見ていたが、ここで扱われている部品たちは見たことがないものばかりだ。

「ああ、君か」

 その男は、ヴィヴィアンを一瞥すると、素っ気無くそれだけ言って視線を機械の方へ戻した。

 良く見れば、白衣は油や煤でかなり薄汚れている。かなりぞんざいに扱っているようで、よれよれだ。くすんだ金髪もなすがままにしているのが見て分かるほどにぼさぼさで、薄紅色の目の下にはクマができている。目つき自体は眠そうだったが、その瞳にはまだ活力がある。痩せこけた頬も相まって、痩せぎすな印象だ。

 乱れ、汚れた服装からは研究者と言うには技術者や整備士の一人と言った方がしっくりくる様相になっている。

「例の騎手候補の方、来ましたよ」

 ヴィヴィアンのその言葉に、男がぴくりと反応した。

 僅かに目を見開き、ヴィヴィアンと、その背後にいるアルザードを見る。

「そうか、来たか……君がそうか」

 口元に笑みが浮かび、嬉しそうにエクターが呟く。

「直ぐ行く。第二休憩室で待っていてくれ」

 それだけ言うと、エクターの視線は目の前の機械に戻る。

「……よし、この数値でもう一回だ!」

 何かの可動部らしいその機械に繋がったモニターパネルに指を走らせ、機械の上に張り付くようにして作業している技術者に指示を飛ばす。

「……だ、そうです。行きましょう」

 ヴィヴィアンはアルザードに振り返り、小さく肩を竦めた。

 第二休憩室、というのは格納庫に入る扉の手前にあった。向かい合うようにドアがあり、片方が第一休憩室、反対側が第二休憩室と書かれている。

 第一休憩室の方は格納庫で作業している人たちの多くが休憩するために利用するようだ。

「まぁ、見ての通りです」

 部屋に案内して、ヴィヴィアンは苦笑した。

 第二休憩室とは名ばかりで、半ばエクターの私室と化しているのが実情のようだ。執務室ほどではないが、この部屋にも書類やファイルが転がっている。

 格納庫のほぼ隣にあるはずだが、防音がしっかりしているのか静かなものだ。確かに、あれこれと長々会話をするのに格納庫の中は適しているとは言えない。

「エクター先生、ほとんどこの部屋で寝泊りしていて……」

 苦笑いを浮かべたまま、ヴィヴィアンが呟いた。

 現場に最も近いから、というのが理由だろう。恐らくはこの施設のどこかに、ちゃんとした彼の自室は用意されているはずだ。

 散らばっている書類には、相変わらずアルザードには理解できない図面や数式ばかりだ。中には色のついたペンで大きくバツ印を付けられているものもある。

「そういえば、騎手候補、って言ってましたね?」

 ヴィヴィアンがエクターに声をかけた時、彼女はアルザードのことを確かにそう言っていた。

「そう、騎手だ」

 ドアが勢い良く開き、答えたのはエクターだった。

「いやぁすまないね、どうも膝関節の魔力伝導率が良い数値にならなくって」

 そう言いながら部屋を横切って、彼はアルザードの向かいにあるソファに腰を下ろす。

 いや、腰を下ろしたと言うよりは倒れ込んだと言うべきか。仰向けに全身を預けるように、だらしなくソファに体を乗せている。かなり疲れているのだろうか。

「ええと、自分は――」

「――アルザード・エン・ラグナ上等騎士。王都の名門ラグナ家出身。騎士養成学校を次席で卒業後、騎手としてアーク騎士団第十二部隊、通称獅子隊に配属。ベルナリア防衛線の前線では活躍するものの、毎回乗機を大破させるため出世は見送られている」

 立ち上がり、自己紹介をしようとした次の瞬間、エクターはアルザードの略歴をすらすらと口にした。それも、視線は天井に向けたまま、何も見ずに。

 簡易式の敬礼をしかけたまま、アルザードは言葉を失っていた。

「ああ、敬礼とか敬語とか、そういうのはここでは必要ない。堅っ苦しいのはむしろやめてくれ。肩が凝って仕方がない。そういうのは外部から来たお偉方がいる時だけでいい」

 一方的にまくし立てた後、天井を向いていたエクターの顔がアルザードの方に向いた。

「僕はエクター・ニムエ。一級技術騎士。ここの責任者だ」

 目が合った。

 薄紅色の瞳の奥には、強い光が宿っているように見えた。

「――君には、この国を救ってもらう」

 そう言って、エクターは口の端を吊り上げて笑ってみせた。

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