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第四章 「王都からの直令」 2

 第四章 「王都からの直令」 2

 

 

「それにしても王都への転属か……」

 グリフレットが小さく呟いた。

「何かあるのか?」

「いや……なんつーかな、安心半分、不安半分って感じだわ」

 アルザードが顔を向ければ、グリフレットは苦笑して肩を竦めた。

「お前って、戦い方が危なっかしいけど何度も助けられてきたからさ……王都勤務になれば戦死は遠退くだろうなって思うのと同時に、これから俺ら大丈夫かな、って」

 自分の機体を破壊しながらも、仲間の窮地を救ってきたアルザードが部隊からいなくなる。肩を並べて戦ってきたグリフレットからすれば、危なっかしい仲間が安全な場所に転属されるという安堵感もあり、頼れる仲間が一人減るという不安感もあり、というところなのだろう。

「サービック正騎士だったっけ、転属に反対してたの。信頼されてるんだな」

「はぁ? サービックの野郎が反対した……? 嘘だろ?」

 感心したように呟いたラウスの言葉に、グリフレットが目を丸くする。

「いや、俺も驚いたよ。喜ばれると思ってた」

 個人的な好き嫌いはともかく、戦力として評価はされていたということだろう。それも、いなくなっては困ると判断するほどに。

 状況が芳しくない故に、戦力はどれだけあっても足りない。資源の問題も確かに悩ましいところではあるが、それをケチって負けてしまっては元も子もない。出し惜しみ出来る状況ではなく、使える戦力には相応しい装備を回さなければ戦線の維持に支障が出る。

 資材の消費が早過ぎるアルザードに頭を悩ませてはいても、その活躍によって乗り切った場面があることは評価していたのだ。ただ、諸々の査定に関して言えば、損害と戦果で差し引きゼロといったところだろう。

「もう行っちまうのか?」

「今日の便で王都へ向かうよう指示されてるんだ」

 名残惜しそうなグリフレットに、アルザードは肩を竦める。

 王都からの指令では、可能な限り速やかに王都へ帰還し、転属先であるニムエ技術研究所に出頭するよう書かれていた。

「本当に急だな……」

「まぁ、何かしら意図はあるんだと思う。状況的に、現場から反対が出る人材ではあったわけだし」

 納得し切れないといった表情のグリフレットを、ラウスが諭す。

 戦線の維持に有用と判断されているほどの騎手を転属させるからには、それなりの理由があるはずだ。

 荷物をまとめ終えたアルザードが、バッグを手に立ち上がる。

「……元気でな、ってのも変か。死ぬなよ、グリフレット」

「おう、お前もな」

 アルザードが突き出した拳に、グリフレットは拳を突き合わせて答えた。

 部屋を出て、ラウスと共に格納庫へ向かう。

 モーリオンに会って話をする必要もあるが、丁度この基地に補給物資を届けに来た部隊がこれから王都に帰還する予定になっており、アルザードはその部隊に便乗させてもらう形で王都に向かう手筈になっていた。

 格納庫では補給物資の積み下ろしと受け取りで人が忙しなく動き回っている。

「モーリオン整備士長……」

「おう、アルザードか。ランドグライダーはどうだった?」

 資材のチェックリスト片手に、モーリオンはアルザードを見るなりそう聞いてきた。

 格納庫の隅では、アルザードの乗っていた《アルフ・セル》が横たわっている。傍目から見ても酷い有様だ。両足と片腕を失い、残った腕も関節が拉げていて使い物にならなくなっている。

「悪くない装備でした」

 アルザードは戦闘時の様子を語って聞かせた。

 戦線への合流にランドグライダーは非常に役立った。《ブレードウルフ》との戦闘においても、真正面から足を止めての斬り合いになっていたらもっと早く敗北していただろう。ああまで粘れたのもランドグライダーの機動力があってこそだ。

「まぁ、お前さんだからこそ、ではあるだろうが……そうか、悪くなかったか」

 話を聞いて、モーリオンは少し嬉しそうに呟いた。

 ランドグライダーという装備の一番の問題点は障害物の多い市街地戦闘に向かないことと、魔力消費量が増大すること、そして操縦感覚が変わるという扱い難さにある。

 通常歩行時と異なる慣性制御と重心移動が求められ、直線での移動速度に優れる反面、小回りは利き難い。障害物の多い市街地での戦闘では、その推進力が邪魔になることもあるだろう。魔力消費も通常の騎手には無視できない負担になる。

 正式な生産ラインがあるわけではないため、コストや生産性の面でも問題はある。有用性はあるが、量産して配備できるかというと難しいところだろう。数機分なら配備できるだろうが、使いこなせる騎手も、有用な場面も限られる。

 今回は普段防衛戦を繰り広げている市街地跡から離れた場所が戦場になっていたことと、魔力が有り余っているアルザードが騎手だったことがプラスに働いた。

「話を聞く限りじゃ面白い装備だとは思いますけどね」

 恐らく、ラウスはランドグライダーを使いこなせるであろう数少ない騎手の一人だ。

 アルザード程の規格外ではないが高い魔力適正を持っているし、近衛に選ばれるだけの技量と適応力がある。それでも、機体の稼動時間は短くなってはしまうだろうが。

「ただ、あんな戦い方は早々できるもんじゃありませんが」

 大破した《アルフ・セル》に視線を向けて、ラウスは苦笑した。

 ランドグライダーの機動性と出力を活かした無茶な戦い方ではあった。だが、そうでもしなければ勝機が無かった。それほどまで、《ブレードウルフ》の機体性能と技量は高いものだった。

 同じ装備だったとして自分にあんな戦い方ができるだろうか、ラウスの声にはそんな思いが滲んでいた。

「ラウならもっとスマートに戦えると思うけど……」

 とはいえ、アルザードとしては反省点が多い戦いだった。もっと機動力を活かして時間稼ぎをしても良かったかもしれない。今思えば、あそこまで強引に攻める必要はあっただろうかとも思ってしまう。

 何とかしなければと思い過ぎて、周りが見えなくなっていたところはあるかもしれない。

 ラウスならもっと堅実に立ち回れるのだろう。

「……話は聞いたよ」

 言葉が途切れ、俯いてしまったアルザードに、モーリオンはそう声をかけた。

「……色々とお世話になりました」

 簡易式の敬礼をするアルザードに、モーリオンは静かに首を振った。

「まぁ、整備士としては楽になる部分はあるが……穴埋めの責任は重いぞ」

「肝に銘じておきます」

 ちらとラウスに視線を向けるモーリオンに、ラウスは肩を竦めた。

「連中は呼ばなくて良かったのか?」

 補給が終わる頃、モーリオンが言った。

 連中、というのは部隊の仲間のことだろう。

「名残惜しくなりますから」

 辞令を言い渡された時その場にいたレオスとテスの二人にはもう挨拶を済ませてある。グリフレットも荷物を纏める際に話をした。ただでさえ後ろ髪を引かれる思いをしているのだから、それで十分だ。

「皆にはよろしく言っておいて下さい」

 そうして、ラウスとモーリオンの二人に見送られて、アルザードは前線基地を後にしたのだった。

 ニムエ技術研究所の通路を歩きながら、アルザードは前線基地での日々を思い返していた。

 アルフレイン王国の首都、王都アルフレアの南西の郊外にニムエ技術研究所は建てられていた。

 王都アルフレアに補給部隊と共に帰還したアルザードは、検問に着くなり待機していた魔動車に乗せられ、ニムエ技術研究所まで連れて来られた。この命令にどんな目的や意味があるのか、何も説明はない。アルザードを連れて来るよう指示された兵たちにも詳細は伝えられておらず、ただアルザードをニムエ技術研究所へ連れて来るように言われているだけだった。

 その目的も、この通路の先にいる研究所の主に会えば分かるはずだ。

 執務室と書かれたドアの前で、アルザードは襟を正した。

「アルザード・エン・ラグナ上等騎士、出頭致しました」

 ノックと共に宣言し、扉を開けて中へと入る。

「……え?」

 だが、返事はなく、部屋の中には誰もいなかった。

 足元にはいくつもの紙が散らばっている。部屋の中を見渡せば、書類と思しき紙の束が至るところに転がっている。応接用の机とソファの上にも紙は無造作に積み上げられている。真正面にある執務机は一際ひどい有様で、無作為に積み上げられた紙の束で埋もれたようになっていて、そこから崩れた書類が辺りに散らばっている。

 まるで賊に荒らされたかのようだ。

 時間が間違っているのだろうか、と考えたものの、特に時間の指定はされていない。王都に着くなりここへ連れてこられたのだから、時間が指定されていたようにも思えない。

「あの、どちら様ですか……?」

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