第四章 「王都からの直令」 1
第四章 「王都からの直令」 1
戦闘の後、アルザードは基地の司令室に呼び出されていた。
雨はもう止んでいて、窓からは曇り空が見える。
あの後、アルザードとレオス、テスの三人は駆け付けた部隊の仲間たちによって救助された。グリフレットによれば、《ブレードウルフ》の目くらましを合図に敵部隊全体の動きが変わり、上手い具合に合流されて撤退を許してしまったとのことだった。撤退の手際もさることながら、互いの消耗具合からしても追撃も難しかったようだ。万全な状態でもなければ、下手に追撃しようものなら逆に隙を突かれて返り討ちに合いかねない。
結果的に、今回の防衛戦はアルフレインの勝利だと言える。だが、受けた被害も決して少なくはない。大規模な攻勢を仕掛けてきた三ヵ国連合側にも無視できない損害は出ているはずだが、状況が好転したわけではない。
最終防衛ラインである結界の破壊という最悪の事態だけは避けられたが、依然としてアルフレイン王国は苦境に立たされている。
司令室にいるのは、基地司令カザム・スノ・マルデイン特級正騎士の他にサービック、レオス、テス、そして近衛騎士であるラウス・ティル・ロウド正騎士にアルザードの五人だ。
レオス、テス、アルザードは部屋の脇に並び、部屋の奥にある執務机に腰掛けた基地司令カザムの隣にサービックが立っている。
執務机を挟んだ向かい、部屋の中央にはラウスがいた。
金髪碧眼の生真面目そうな青年、というのが大方の第一印象だろう。
ラウスが身に着けている高位騎士を表す青色の制服には、銀糸の刺繍で装飾が施された通常のものと違い、金糸が用いられている。左胸にある小さな盾を模した紋様は王都の守護を任された近衛騎士であることを示すものだ。
向かい合う基地司令カザムも同じ高位騎士の制服を着ているが、装飾は銀糸のものだ。皺の刻まれた顔立ちに、強い意志を宿す眼光は威厳を感じさせる。
カザム特級正騎士はこのベルナリア防衛線を支えている功労者の一人であり、人望もある有能な指揮官として知られている。
ラウスは胸元から書簡を取り出し、その場で封を解いて中に収められていた一枚の書状を基地司令に提出する。
「王都よりの直令です」
「拝見致しましょう」
基地司令カザムは立ち上がり、書状を受け取るとそのまま文面に目を走らせる。
階級の上だけなら、高位騎士の最上位階級である特級正騎士のカザムがこの場にいる者の中では最も高い。だが、近衛騎士が王都から受けた指令や権限は時として通常の階級の上下関係を超越する。
「……アルザード・エン・ラグナ上等騎士」
カザムがアルザードへと向き直り、良く通る低い声が名を呼ぶ。
「はっ!」
アルザードは簡易的な敬礼と共に返事をし、カザムに体の正面を向けた。
「王都からの異動命令だ。本日付で貴君をアーク騎士団第十二部隊から除名し、王都アルフレアのニムエ技術研究所へ転属とする、とのことだ」
その内容を理解するのに、数瞬かかった。
告げたカザムの眉根も僅かだが寄っている。動揺していないのは、指令書を持ってきたラウスだけだろう。
「……了解」
簡易敬礼と共に、アルザードはどうにか声を絞り出した。
最前線からの転属、これは悪い言い方をすれば左遷とも同義だ。
「お言葉ですが、アルザード上等騎士が抜ける穴は小さいものではありません」
最初に異を唱えたのは、サービック正騎士だった。
「この防衛線を維持するために、彼を外すという判断には承服しかねます」
コストのかかる《アルフ・セル》を毎回のように破損させてしまうアルザードを、サービックは疎ましく感じていると思っていた。だが、実際は戦力としてのアルザードの存在には一目置いていたのだ。思い返してみれば、サービックには機体を壊して怒鳴りつけられることはあっても、戦果についてあれこれ言われたことはない。
とはいえ、この指令は王都からのものだ。現場の反対を押し切る力がそこにはある。
「ええ、その点も承知しています」
ラウスは小さな笑みを返した。
予想していた反応だとでも言いたげだ。
「隊の欠員に対する補充は手配している最中です。それが到着するまでの間は、私が彼の穴を埋めるよう仰せ付かっております」
続いたラウスの言葉に、その場の誰もが目を丸くしていた。
王都を守護する最精鋭とでも言うべき近衛騎士の一人が、アルザードの抜けた穴を埋めると言っているのだ。当然、補充兵が到着するまでの間という短期のものではあるだろう。だとしても、それまでの戦力としては破格の対応だ。
「了解致しました。では、ラウス正騎士はアーク騎士団第十二部隊預かりということで、レオス上級正騎士の指揮下について頂きます」
「了解です」
カザムの言葉にラウスは簡易敬礼で応じる。
「アルザード上等騎士は必要な荷物をまとめ、至急王都へ向かうように、との指示だ」
「分かりました」
アルザードも簡易敬礼と共に返事をする。
そうして解散となり、アルザードは割り当てられていた自室に向かう。
「おう、終わったか。また機体ぶっ壊したことに対する説教か?」
ドアを開ければ、相部屋のグリフレットがベッドの上でくつろいでいた。
「いや……」
アルザードも異動になった、と直ぐに言えず、言葉を濁してしまう。
「そういやモーリオンの親父が新装備の感想聞きたいから後で顔出せって言ってたぞ」
「そうか、分かった」
ランドグライダーの使用感について、実際に運用したアルザードにあれこれ聞きたいのだろう。基地に帰還して直ぐに司令室に呼び出されたお陰で、整備士長のモーリオンとまともに話ができていない。アルザードとしても、ランドグライダーにはかなり助けられた。《ブレードウルフ》にこそ及ばなかったが、ランドグライダーがなければ状況や結末は変わっていただろう。
「……どうした?」
アルザードが荷物をまとめ始めたのを見て、グリフレットはベッドから身を起こした。
「王都への転属命令が出たんだよ」
そう答えたのは、ラウスだった。
アルザードの後を追ってきたらしい。腕を組み、ドアの縁に寄りかかるようにして、アルザードを見ている。
「マジ?」
「近衛が指令書を運んできたぐらいだからな……」
愕然とするグリフレットに、アルザードは溜め息をついた。
「まぁ、俺も驚いたよ。相変わらずみたいだしな」
ラウスが苦笑する。
「で、どちら様?」
「ラウス・ティル・ロウド、階級は正騎士。近衛騎士団第七小隊所属。暫くはアルの代わりにアーク騎士団第十二部隊に厄介になる。よろしくな」
グリフレットの問いに、ラウスが答える。
「アルの代わりだって……?」
その部分に、グリフレットが眉根を寄せる。
「ラウは優秀だぞ。騎士養成学校を主席で卒業しているからな」
荷物をまとめながら、アルザードは言った。
「いや、実技で機材を壊しまくらなければお前が主席だったはずだ」
ラウスは不服そうに答えた。
「近衛に知り合いがいたのか」
「互いに配属先は知らなかったけどな」
二人のやり取りで察したグリフレットに、アルザードは肩を竦めた。
アルザードとラウスは騎士養成学校時代の同期だった。何かと顔を合わせることが多く、成績もトップを争う形になり、いつの間にか自他共に認めるライバルのような関係になっていた。それも、険悪な仲というわけではなく、親しい友人と呼べるような距離感で、互いに切磋琢磨をするような良好な関係を築いていた。
決定的に差が出ていたのは、実技の、それも魔力を扱うような場面だろう。計測機器や、機材を直ぐに壊してしまうアルザードと違い、高水準ではあるがちゃんと測定できる範囲だったラウスの方が周りからは評価されていた。
「獅子隊にいるって知った時は驚いたよ」
少しだけ、ラウスの声のトーンが真面目なものになった。
「最前線はきついぞ」
グリフレットが呟いた。
獅子隊、というラウスの言い方から察するに、レオスの部隊の活躍は王都にも伝わっているのだろう。
「俺には少し羨ましかったよ。近衛に選ばれたことが嬉しくないわけじゃないが、前線で戦うってことに憧れてもいたんだ」
近衛騎士に選ばれることは、アルフレイン王国の騎士にとって光栄なことだ。むしろ、近衛騎士という存在に憧れる者も多いぐらいだ。
「死にたがり、ってわけじゃあないよな?」
「まさか。単純に、この情勢を変える力の一つになりたかったってだけさ」
釘を刺すようなグリフレットに、ラウスは苦笑した。
近衛騎士は王都を守る最後の戦力だ。練度は高く、実力、装備共に王国の最精鋭と言って良い。だが、近衛騎士はその性質上、王都を離れることはほとんど無い。
情勢が苦しい今、近衛騎士として王都にいるよりも、最前線に立ち、少しでも力になりたいと思う気持ちも分からないわけではない。
最前線から外されるアルザードも、似たような思いを抱いている。
ただ、追い詰められつつあるアルフレイン王国にとって、王都の守りを疎かにすることもできない。警戒はしているが、いつ、どんな形で王都が襲撃されるとも限らないのだ。




