アウトサイドエピソード 三獣士 「双炎の猛将」 2
アウトサイドエピソード 三獣士 「双炎の猛将」 2
二番隊は六機編成だ。いくらベルナリア最強と名高い獅子隊でも数の優位を覆すのには時間がかかるはずだ。三倍の数を相手するとなれば、《守護獅子》と言えど簡単にはいくまい。勝利に拘らず、妨害に集中させれば相応に時間は稼げると踏んだ。
ならばバフメド自身が指揮を執る一番隊で目の前の敵を排除し、ベルナリアを突破して見せるしかないだろう。
「一番隊全機、冷却装置を作動させろ! 火を入れるぞ!」
両脇に抱えた火炎放射器から炎が噴き出した。
同時に、操縦席に搭載された冷却用の魔術装置を作動させる。魔力消費量は増えるが、操縦席内の温度上昇を抑える効果がある。《バルジカス・デュアルファイア》が火炎放射器を主武装とするため、本体だけでなくその随伴機にも冷却装置は搭載されている。
火炎放射器は歩兵を相手にする時には効果的ではあるが、魔動機兵相手には即座に損傷を与えられるようなものではない。全く効果が無いわけではないが、他に多用される武装と比べて即効性がなく、使用するものは少ない。
だが、だからこそバフメドは火炎放射器に目をつけた。通常警戒するものとは異なる武装に対して、敵は対処がし難いはずだ。火炎放射は炎そのものだけでなく、周囲の温度をも上昇させる。盾で防いだとしても、そこを中心に温度は上昇する。熱は装甲をゆっくりと溶かし、内部の機械や魔術回路にもじわじわとダメージを与えるだろう。
スクリーンに映るベルナリアの町並みが赤く染まる。
燃え広がる炎は周囲の印象を変化させる。温度の上昇は魔動機兵の内部にも伝わり、操縦者にも影響を与えていくだろう。暑さは思考力を奪い、焦りは油断と判断ミスを呼ぶ。燃焼材を撒き散らすため、炎は広がり暫く燃え続ける。遮蔽物などに身を隠したとしても、温度の上昇までは完全には防げない。
単純な撃ち合いや斬り合いを想定している者には、炎でじわじわと首を締められるバフメドの戦い方は思わぬ圧力を与えられることだろう。
もちろん、良い点ばかりではないのは承知している。燃料を相応に積載しなければ長時間の放射は出来ず、即効性がないということは致命傷を与えるのにも時間がかかるということだ。軽く炙った程度では大したダメージにはならないため、動き回るであろう敵に炎を浴びせ続ける技量も求められる。
故に、バフメドは味方にその欠点を補わせることにした。
自身は火炎放射を主武装に圧力を加え、陣形を崩さずに互いの死角を補い合い、焦った敵を連携して確実に仕留めさせていく。撃ち合いに強い防御性能に重きを置いたアンジアの《バルジス》はこの戦法に適していた。
撒き散らされる炎が廃都を照らし、煙が視界を狭くする。
進路を変えることはなく、敵に圧力をかけながら少しずつ前進を続ける。
と、突如砲撃が周囲に降り注いだ。
敵に砲撃部隊がいるのかと一瞬考えたが、それならば三番隊と砲撃戦をしていたはずだ。ならば、三番隊の武装を奪った敵が残弾で砲撃していると見るべきだろう。
味方のいる場所に砲撃を続けるとも思えない。
「常に陣形を意識しろ! 隊列を乱すな!」
牽制にしても、中近距離での撃ち合いに持ち込んでしまえば砲撃も出来なくなるはずだ。
「敵影捕捉! 数は二!」
部下が声をあげ、突撃銃を構え発砲する。
「進路は維持! いつもの要領でやれ! 数で勝っているからと油断するな!」
バフメドも声を張り上げ、自身にも気合を入れる。
相手が精鋭と名高い獅子隊であるなら、単機での戦闘能力はこちらが劣るということだ。一瞬でも一対一に持ち込まれたらやられると考えた方がいい。
三番隊は最初から囮ではあったが、それでもここまで短時間に全滅するのは想定外だった。撤退を指示する猶予さえなかった。
とはいえ、バフメドも他国には《フレイムゴート》等と呼ばれている身だ。アンジアでも一二を争う精強な部隊を率いているという自負もある。
敵が隠れた建物の周囲へと火炎放射を行い、圧力をかける。中距離で戦うならば炎が撒き散らされた距離で戦うことになる。隠れていたとしても、魔動機兵だけでなく、操縦者にもじわじわとダメージを与えているはずだ。ましてや、アルフレイン王国はここを突破されるわけにはいかない。いつまでも隠れてはいられまい。
燃え広がる炎が辺りを赤く染め上げ、照らす。見通しを悪くする煙を裂くように炎を更に撒き散らした。
散発的に銃弾が飛んでくるものの、牽制程度にしかなっていない。炎を直接浴びるのを避けるためか、建物の陰を移動しながら射撃をしている。狙いの精確なものがいくつか混じっているが、四方を囲む部下の《バルジス》は大きめの盾を装備した撃ち合いに特化させ、守りに重きを置かせていた。盾を機体前面に構え、その脇から突撃銃で応戦射撃を行う。
急所を守りながら、互いの背中や側面を補うように陣形を組み、進軍を続ける。この行軍を阻むにはリスクを覚悟で身を晒し、戦うしかないはずだ。
と、突然側面から銃撃を受けた。
陣形は崩さず警戒を強め、バフメドの左側を守る二機が応戦射撃を行う。新手は建物の陰に逃げ込んだ。
直後、砲撃が近くに着弾した。爆発と衝撃、巻き起こる土煙と爆煙に炎と煙が一瞬掻き消される。
「む……!」
味方が交戦しているかもしれない範囲に砲撃を行うとは。
咄嗟に火炎放射で爆煙を引き裂くように薙ぎ払う。
側面と、進行方向から合計三機の《アルフ・セル》が姿を現し、銃撃音が響き渡る。
バフメドの左にいた《バルジス》に攻撃が集中していた。側面からの敵に意識を取られ過ぎて、前方への防御が薄くなっていたところに銃弾が突き刺さる。脇腹に何発かが命中し、膝をついて倒れ込んだ。
「カバー!」
前方から突出してきた《アルフ・セル》に火炎放射を見舞う。左右の《バルジス》も突撃銃を連射する。
寸でのところで足を止めた《アルフ・セル》が腕で胴体を庇いながら後退し、物陰に身を隠した。回り込もうと動く別の《アルフ・セル》から仲間を守るように部下の《バルジス》たちが盾を構えて立ち位置を変えていく。
誘い出すように、盾と銃を別々の《アルフ・セル》に向けるものの、敵もそう簡単には乗ってこない。
バフメドは左肩に装備したキャノン砲を側面から現れた新手の《アルフ・セル》へ向けて放つ。三機の《アルフ・セル》の中で、その一機だけが僅かに動きが早い。キャノン砲の搭載弾薬数は少なく、火炎放射を主兵装とする《バルジカス・デュアルファイア》には貴重な即効性のある武装だが、接近されるのは危険だと判断した。
敵も味方も互いに互いをカバーし合いながら動くために決定打がない。だが、それならそれでバフメドは速度を落とさずに進軍を続け、ベルナリアを突破するだけだ。時間をかければかけるほど、火炎放射も効いてくる。
「隊長、そちらに三機、援護に向かわせます!」
「二番隊は三機で大丈夫か?」
「足止めに徹すればどうにか!」
部下からの通信が入る。《守護獅子》相手に三機で大丈夫かと考えをめぐらせるが、地形によっては六機ではむしろ身動きが取り辛いこともあるかもしれない。
ならばこちらに数を集中させて押し切ってしまう方が得策か。
そう考えていたところで、敵が大きく動いた。
三方向から攻撃してくるが、盾を構えて互いの死角を守り合っている以上、脅威ではない。《アルフ・セル》が手榴弾を投げ、流れ弾によって空中で爆発した。火炎放射でそちらを薙ぎ払う。突撃銃を乱射しながら接近してくる《アルフ・セル》に《バルジス》の銃撃が集中する。別方向からの援護射撃が届くも、急所は盾で隠れている。《バルジス》たちに何発か当たったが、戦闘に支障は無い。
「隊長!」
背面からの部下の声に、振り返りながら火炎を放つ。
迫って来ていた《アルフ・セル》が横へ逸れるようにして炎をかわした。
攻撃を集中させた前方の《アルフ・セル》の突撃銃と足首に弾丸が突き刺さり、転倒する。攻撃が集中するところだったが、その《アルフ・セル》は両手で地面を突き飛ばすようにして機体の倒れる場所を逸らした。
「もらった!」
バフメドは火炎放射器を向けた。この距離なら燃焼材をまともに浴びせられる。
だが、炎が吐き出されると同時にその《アルフ・セル》の前にどこからか飛んで来た盾が突き刺さった。放たれた炎は盾で引き裂かれ、《アルフ・セル》を避けていく。
「た、隊長!」
横からの声に視線を向ける。
突撃銃を乱射しながら、一機の《アルフ・セル》が異常な加速で突っ込んできていた。バフメドの側面をカバーしていた《バルジス》の銃が被弾し、破壊される。《バルジス》は咄嗟に盾を突き出し、押し返そうとする。
その瞬間、バフメドは異様な光景を見た。
《アルフ・セル》は速度を落とすことなく、その身長ほどの高さに達する跳躍を見せたのだ。突き出された盾に足をかけ、更に跳ぼうとしていた。魔動機兵の重量を支え切れるはずもなく、《バルジス》の両腕がもげる。その衝撃に倒れ込もうとする《バルジス》の頭を蹴飛ばして、《アルフ・セル》がバフメドに迫る。
「《バーサーカー》か!」




