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第三章 「雨刃踊る防衛戦」 3

 第三章 「雨刃踊る防衛戦」 3

 

 

 そして、アルザードは見た。

 剣が接触する瞬間、《ブレードウルフ》は刃を縦に引いている。ただ力任せに叩き付けているわけではない。元々、《ブレードウルフ》の持つ片刃のアサルトソードそれ自体も特注で鋭利に作られてはいるだろう。騎手の技量との相乗効果で、近接攻撃一つ一つが必殺の威力を持っている。

「《ブレードウルフ》……!」

 そう呼ばれるだけのことはある。

 アルザードの大剣も必殺の威力だと周りは言う。だが、それは出力に任せて叩き潰しているに過ぎない。

 接近戦での実力は、悔しいが相手の方が上だ。

 だが、だからと言って負けてやるつもりはない。

 《ブレードウルフ》が振るう二刀を、ランドグライダーを駆使してかわす。急停止をかける度に、機器が警告音を鳴らしている。

 掠める刃が、《アルフ・セル》の装甲を少しずつ削っていく。

 水平にスピンをかけながら大剣を一閃する。

 退くかと思った《ブレードウルフ》が踏み込み、下から刃を振り上げた。

 鋭く、それでいて重い金属音と衝撃が響く。雨粒が弾け、両断された肉厚の刃が宙を舞った。何度か刃を打ち合う中で、最初に刻まれた傷痕に斬撃を集中させていたのだ。

 もう一方の刃が間を置かずに振るわれる。瞬間的に、折れた大剣をぶつけていた。切断面で片刃の剣を押しやるようにしながら、機体は強引に前へと進ませる。

 ランドグライダーが泥水を跳ね上げ、体当たりをするようにぶつかる。再び衝撃と金属音が辺りの空気を震わせた。

 通常のアサルトソードよりも鋭利な分、薄い片刃のアサルトソードはその分脆い。切断はされたが、分厚く重く強靭な大剣で力任せに打ち据えられれば、圧し折るのは容易い。

 頭がぶつかり合うほどの距離で、互いに折れた刃を投げ捨てる。《ブレードウルフ》は予備の片刃剣へ、アルザードも背部ラックのアサルトソードへと手を伸ばす。

 《ブレードウルフ》が片手に持っていた刃を振り上げる。《アルフ・セル》は半身になるようにしてそれをかわしながら、距離を詰めたまま側面へ回り込もうと動く。《アルフ・セル》が左手に掴んだアサルトソードを振り下ろす。《ブレードウルフ》の刃が内側からそれを払うように受け流し、返す刃をもう一つのアサルトソードで受ける。力が乗り切る前に剣を交えて、タイミングをずらさなければ《アルフ・セル》のアサルトソードも切断されてしまうだろう。

 呼吸をするのさえ忘れてしまいそうだ。

 刃同士が接触したほんの一瞬の硬直、その刹那、アルザードはヒルトを強く握り締め魔力を込めた。

 ほぼ直立の状態から、急激な推進力を与えられたランドグライダーにより、《アルフ・セル》の右足が跳ね上がる。

 刹那、《ブレードウルフ》の姿が遠退いた。バックステップで距離を取り、片刃の剣を振るう。

「くっ……!」

 判断を誤った。

 警戒されていた。

 アルザードがそう理解した時には、右脚が斬り落とされていた。

 《ブレードウルフ》が振るった二つ目の剣をアサルトソードで受ける。体勢が崩れ、背中から倒れ込む。背中が地面に着く前に、左足のランドグライダーを走らせた。不恰好に、地面に背中を擦り付けて、泥水を跳ねさせながらも《ブレードウルフ》から離れる。

 振動と衝撃に耐えながら、アサルトソードを杖代わりにして身を起こす。

 《ブレードウルフ》が走ってくるのが見える。

 片足を失い、踏ん張りがきかない状態での鍔迫り合いは自殺行為以外の何ものでもない。

 それでも、このまま負けてしまうのだけは避けねばならなかった。

 左手のアサルトソードをその場に突き刺し、左腕の盾を地面に押し当てるようにして無理矢理機体を持ち上げた。その状態でランドグライダーに推力を与えて、強引に機体を走らせる。ほぼ平面に作られている盾の装甲なら、背中や腰を地面に擦り付けながら動くよりも幾分かマシなはずだ。

 雨でぬかるんでいても、摩擦と起伏が腕に凄まじい負担をかける。一瞬で機器が警告音を発し、関節が火花を散らす。

 操縦席にプリズマドライブの駆動音がけたたましく吹き荒れる。

 ありったけの魔力を込めて関節に言うことを聞かせ、右手に持たせたアサルトソードを水平に構え、《ブレードウルフ》に突撃する。

 《ブレードウルフ》がその刃で、仰向けに倒れたような姿勢の《アルフ・セル》の操縦席を掬い上げるように斬ろうと構えるのが見えた。

「――!」

 瞬間、アルザードはヒルトを握り締め、叫んでいた。

 支えていた左腕で、大地を押すようにして機体を跳ねさせる。強引に加えられた力が、肘と肩の関節を破壊する。それでも、機体は浮いた。

 掬い上げるように振られた刃は、立ち上がる形になった《アルフ・セル》の左足を断った。そして、《アルフ・セル》の右手に握られたアサルトソードが閃く。

 強引に浮かせた滅茶苦茶な姿勢で、左足を断たれながら、それでも振るわれた剣は《ブレードウルフ》を捉えた。

 自機と敵機の破砕音と衝撃が操縦席を激しく揺さぶる。

 《ブレードウルフ》の頭部を七割ほど叩き潰し、右肩を大きく抉る。足が両断された衝撃で姿勢が崩れ、胴体への狙いはズレてしまった。

 《アルフ・セル》は交錯した勢いを殺し切れずに宙を舞い、地面に叩き付けられた。雨と泥に塗れ、それらを撒き散らしながら地面を転がる。

 想像を絶するほどの衝撃と重圧に意識が飛びそうになる。地面に接する度、跳ねる度、操縦席に体を固定するためのベルトが痛いほどに食い込む。視界が回る。

 猛烈な吐き気と苦痛に襲われながら、アルザードは辛うじて生きていた頭部センサーを動かす。白と黒の砂嵐になりかけているスクリーンに映る《ブレードウルフ》は、まだ戦闘を継続できる状態に見えた。

 このままではまずい。

 そう思いはしたものの、アルザードの《アルフ・セル》はもう戦える状態にない。両足と左腕を失い、残っていた右手も地面に叩き付けられ、転がり跳ねている中であらぬ方向に曲がっている。そもそも、アサルトソードが手から離れてしまっていて武器も残っていない。

 ここまで侵攻してきた《ブレードウルフ》が今更撤退するとも思えない。結界基部まで辿り着ければ、設備の破壊手段など魔動機兵以外にもあるだろう。

「く、そっ……!」

 もはや打つ手はなかった。

 とどめを刺しに来るだろうか。レオスやテスの機体を見逃すだろうか。部隊の皆は敵を撃退して増援に来てくれるだろうか。

 アルザードがはっきりしない頭でまとまらない思考を巡らせている間に、《ブレードウルフ》は動き出していた。

 やはり、結界設備の破壊に向かうようだった。

 アルザードたちを無視して進もうとしたところで、《ブレードウルフ》が足を止めた。

 同時に、《ブレードウルフ》の足元が小さく爆ぜた。

 《ブレードウルフ》が一歩、二歩、と退がる。それに合わせるかのように、弾丸が掠めていく。

「あれは……」

 一機の魔動機兵が向かってくるのが見えた。

 死に掛けた《アルフ・セル》のセンサーもその反応を拾っている。

 識別は味方だ。

 降りしきる雨の中、こちらへと走ってくる魔動機兵は、《アルフ・セル》ではなかった。青と白を基調とした装甲に、金の縁取りや紋様で装飾が施されている。

 《アルフ・カイン》、王都を守る近衛騎士団に配備されているはずの機体だ。

 手にした突撃銃で《ブレードウルフ》へと射撃を行いながら、その《アルフ・カイン》は戦場に現れた。

 《ブレードウルフ》が更に後退する。大きく抉れ、中破した右肩から露出した内部機構が、右腕が動く度に火花を散らしている。左手に握っている片刃の剣も、アルザードの機体と交錯した際に浴びせた一撃でひどく刃こぼれしているようだった。

 《アルフ・カイン》の射撃の中の一発が、《ブレードウルフ》の左手の片刃剣を砕いた。

 《ブレードウルフ》は腰から爆弾のようなものを取り出し、足元に叩き付けながら大きく後方へ跳んだ。

 地面に叩き付けられたそれは、炸裂すると同時に激しい閃光を放つ。

 目くらましの閃光弾を更にいくつかばら撒いて、《ブレードウルフ》は後退していく。

 どうやら侵攻は諦めたようだ。

 ベルナリア防衛線の最奥まで食い込んだ《ブレードウルフ》が撤退するには、味方の援護が必要だ。ここで無理に《アルフ・カイン》と交戦し、仮に突破できたとしても、他の部隊が全滅してしまっていては生きて離脱できる可能性が著しく低下するだろう。単体でここまで食い込んできたが故に、味方が全滅あるいは撤退するまでに合流できなければ《ブレードウルフ》自身の脱出も困難なのだ。

 《ブレードウルフ》にしてみれば、《アルフ・カイン》が増援に現れた時点で時間切れになったというところだろう。

 恐らく、目くらましに使った閃光弾は撤退の合図にもなっている。

 まだ油断はできないが、ひとまずはアルフレイン王国側の勝利と言えそうだ。

「……その《アルフ・セル》の騎手は、アーク騎士団第十二部隊所属、アルザード・エン・ラグナ上等騎士か?」

 アルザードが息をついた直後、《アルフ・カイン》から通信で呼び掛けられた。それも、名指しで。

「その声……」

 ただ、ノイズ交じりの通信機から聞こえてきた声には覚えがあった。

「生きているようだな、安心した」

 《アルフ・カイン》の騎手が安堵の声を漏らす。

「奴を追撃は……しないのか?」

「こちら、近衛騎士団第七小隊所属、ラウス・ティル・ロウド正騎士だ。貴君には王都からの指令がある」

 アルザードの問いに答えるかのように、声の主は懐かしい名前と共にそう告げた。

 それを聞いて、アルザードも理解した。

 本来なら王都の守りに就いている近衛騎士団所属の者が単独で増援に現れるなど滅多にあることではない。王都の、それもかなり上層部から重要な任務でも与えられない限り。

 《ブレードウルフ》侵攻の報せも、この戦闘や作戦のことも、王都にはまだ届いていないはずだ。ラウスは《ブレードウルフ》への援軍としてこの場に現れたわけではない。王都からの指令を運んでいる途中で、たまたま戦闘に遭遇しただけなのだ。

「ラウス……」

 正騎士に出世した旧友の名前を、呟く。

「久しぶりだな、アル」

 苦笑交じりの声が聞こえた。

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