第三章 「雨刃踊る防衛戦」 2
第三章 「雨刃踊る防衛戦」 2
雨の中を進んで行くと、やがて交戦の跡が見えてきた。
撃破された魔動機兵の残骸が結界基部のある方面へ点々と続いている。戦闘不能になっているのはアルフレインの魔動機兵ばかりで、《ブレードウルフ》部隊のものと思われる機体は一つもない。随伴部隊のものだろうか、《ヘイグ》と《ジ・ヘイグ》の残骸もあったが、《アルフ・アル》や《アルフ・ベル》と比べても数えるほどしかない。
「皆、無事だろうな……」
焦りが募る。
ざっと見ただけでも、撃破された《アルフ・アル》と《アルフ・ベル》の多くには共通点があった。
ほとんどが、斬撃によって致命傷を与えられている。それも、通常のアサルトソードの、叩き割るような斬撃痕ではない。切断面が、通常のアサルトソードによるものよりも幾分か滑らかなのだ。叩き割る、叩き潰す、ではなく断ち切るに近い。
中にはまだ生きている騎手のいる魔動機兵もあるかもしれない。だが、今それを探している暇はない。
雨と泥に塗れた残骸たちの合間を、アルザードの機体は駆けて行った。
それから間もなく、前方に戦闘の光が見えてきた。
展開している味方の部隊は、センサーによれば三つある。だが、動いている魔動機兵の数は二部隊を下回っていた。
先に交戦していたであろうセイル騎士団第十八部隊はほぼ壊滅し、一機、二機の反応があるのみだ。救援に駆けつけたルクゥス騎士団第十五部隊も半数近く減っている。
アーク騎士団第十二部隊は、全機健在だった。
だが、敵の反応も味方と同等以上に残っている。
「こちらアルザード、戦線に合流にします!」
通信の届く範囲に入るなり、アルザードは言い放ち、両手に構えた突撃銃のトリガーを引いた。
アルザード機は敵部隊に対して背後を取るになっている。この状況を利用して、敵部隊の中心に特攻し、可能な限り引っ掻き回す。
ランドグライダーの速度を利用して、アルザードはトップスピードのまま戦線の中に突っ込んだ。
《ジ・ヘイグ》を中心に構成された敵部隊がアルザードの攻撃に気付いて、回避行動を取る。流石にここまで深く侵攻してきているだけあって、敵部隊の反応も早い。
敵部隊が左右に分裂するように、アルザードの射線から身を引いていく。そのまま突き抜けて、大きく弧を描くようにして反転しつつ、射撃する。
ランドグライダーの機動力を見たいくつかの敵に動揺が見えた。
その隙を見逃さず、グリフレット機が接近し、アサルトソードを振る。それをかわしたところへ、サフィール機の射撃が突き刺さり、一機の《ジ・ヘイグ》が崩れ落ちた。
「いいとこに来てくれるじゃねーか!」
グリフレットの声が通信機から聞こえた。
可能な限り急いできたが、相当な激戦だったらしい。その声にはまだ力強さはあったが、疲労の色が濃く感じられた。
「状況は?」
向けられる射撃をかわしながら、アルザードは問う。
「《ブレードウルフ》に抜けられた! 隊長と副隊長がなんとか止めてる!」
ギルジアの声に、アルザードは視線を周囲に走らせた。
確かに、《ブレードウルフ》らしき機体がない。《ブレードウルフ》の部隊だと思われる、狼の横顔のエンブレムが刻まれた灰色の機体は確かに敵の中にいる。だが、そのどれもが《ジ・ヘイグ》だ。《ブレードウルフ》、と呼ばれるに相応しい改造機ではない。
アルザードの通信にも、隊長からの返答はない。
「とはいえこっちもギリギリだ。もう弾が無ぇ」
ボルク機を見れば、片腕を失っている。
カバーし合っているキディルスの機体も、戦闘は可能だが無傷ではない。
残弾を気にしている余裕さえなかったようだ。あるいは、出し惜しみできる状況ではなかったか。
「けど一番やべぇのは《ブレードウルフ》だ……!」
グリフレットの一言に、反論する者はいなかった。
「まだ味方もいる。ここは何とかしてみせる」
「……分かった」
サフィールの言葉に、アルザードは一瞬だけ考えてから、そう答えた。
上体を前方に倒して急加速をかける。左右へ不規則に重心を移動させて軌道を変え、銃撃をかわしながら一度敵陣に突撃する。左右の突撃銃を乱射して、引っ掻き回す。弧を描くように大きく迂回して反転しながら、弾倉を交換、射撃武器を失っているボルクとグリフレットの機体にすれ違いながら、突撃銃を一つずつ預け、サフィールへ向けて残りの弾倉を放り投げる。
そして、隊長機の反応のある方向へと足を向ける。
背後から迫る銃撃を遮るように、近くにいた《アルフ・アル》と《アルフ・ベル》が盾を構えて割って入った。
「お前たちも死ぬなよ……!」
味方機の援護を背に、アルザードは機体を急がせた。
機体情報へ目を向ける。ランドグライダーへの負荷は高まっているが、《アルフ・セル》各部への負荷は許容範囲内だ。元々、移動に特化した後付の外部装備として作ってあるためか、魔力の過剰供給にも耐えてくれている。
《ブレードウルフ》は直ぐに捉えることができた。
通常の《ヘイグ》や《ジ・ヘイグ》よりも濃い灰色の機体が、雨の中戦っていた。両手に片刃のアサルトソードを持ち、向かい合う《アルフ・セル》と斬り合っている。背部ラックに搭載された予備のアサルトソードと、全体的に鋭角的で、狼の牙を連想させるような機体のシルエットからも、それが《ブレードウルフ》なのだと直ぐに分かった。
傍には、一機の《アルフ・セル》が転がっている。
右脚を切断され、左足も脛に弾痕があり、移動能力を断たれている。右腕は肩口から両断されていて、左手は残っているものの、近くに破壊された突撃銃が落ちていて、戦闘能力を失っていた。頭部も半分破壊されていて、通信機能も失くしているようだ。
幸いなことに、搭乗席は無傷なようで、僅かに機体が動いている。その場から離れようともがいているようにも見えた。
刻まれたエンブレムから、副隊長テスの機体だった。
《ブレードウルフ》と刃を交えているのは、レオスのようだ。
「隊長!」
通信機に向かって呼びかけるも、返答がない。通信機能が破壊されているらしい。
《ブレードウルフ》の片刃の剣が左右からレオスの《アルフ・セル》に襲い掛かる。右手のアサルトソードと、左手の盾で何とか受け流して捌いているものの、押されているのがレオスの方だと一目で分かった。
ランドグライダーの車輪が回転数を増し、更に機体が加速する。
腰裏のガンラックから短銃を取り、対峙する二機に対して側面から発砲した。
《ブレードウルフ》の反応は早く、後方に飛び退いて銃撃をかわす。その直後に、二機の間に割って入るようにアルザードは飛び出した。
右脚の車輪を逆回転させながら、重心位置を変えて制動をかける。
レオスの機体は満身創痍と呼ぶに相応しい状態だった。装甲にはいくつも斬撃の痕が残り、内部機器が剥き出しになっている箇所も多い。致命傷だけは何とかかわし続けたといった様相だ。
頭部に損傷がある。通信は出来ないようだ。
無理をし続けたのか脚部の負荷も相当高まっているようで、数歩後ずさる動作がどこかぎこちない。
守護獅子と呼ばれるほどのレオスが、テスを伴っていたにも関わらずここまで追い詰められるとは予想外だった。少しでも到着が遅れていたら危なかったかもしれない。
《ブレードウルフ》が動く。
踏み込み、右手の刃を振るう。
アルザードは背後のレオスを庇うように突き飛ばしながら、反対側へと機体を動かした。脚部の向きを揃えて、車輪による急加速とレオス機を押した反動で《アルフ・セル》を走らせる。
刃が空を切る。横合いから《ブレードウルフ》へと短銃を向け、発砲。反撃を予測していたのか、《ブレードウルフ》が姿勢を沈ませて銃撃をかわす。
突き飛ばされ、よろめいたレオス機が膝を付く。
距離自体はアルザードの方が遠い。だが、レオスの様子とアルザードの機動力を見て、《ブレードウルフ》は後者を優先して対処すべき脅威と見なしてくれたようだ。半円を描きながら反転して、突撃するアルザードに真正面から斬りかかってくる。
短銃による射撃を、《ブレードウルフ》は左右にステップを踏むようにかわす。両腕の甲部分に取り付けられた小型のランチャーで、《ブレードウルフ》も応戦する。反撃自体は牽制だが、腕部ランチャーは炸薬弾だった。
かわした弾が着弾と同時に小さく爆発を起こしている。乱発こそしてこないが、出し惜しみをする気はないようだ。あるいは、炸薬弾による牽制も接近戦へ持ち込むための布石か。
二機の魔動機兵は急速に距離を縮めていく。
《ブレードウルフ》は水平に並べた二つの刃でアルザード機の上半身を両断しようとする。腕部ランチャーによる牽制で左右へ軌道修正をするにはもう距離が足りない。このまま前傾姿勢で突撃すれば、腹から上を掬い上げるように斬られてしまう。
速度は落とさない。前に置いていた重心を、後ろへと移動させる。後ろに倒れ込むように、上半身が反る。車輪による推力が体を引っ張る。倒れきってしまわないように、各関節に魔力を込めた。
二機がすれ違う。
《ブレードウルフ》の刃は空を斬った。アルザードは片足を一度浮かせてから角度を変えて接地し、体勢を整えながら反転し向き直る。
短銃とランチャーが同時に放たれ、どちらもがかわされる。
弾切れを起こした短銃を放り投げて、右手を大型アサルトソードへ伸ばしながら再度接近していく。
激しさを増す雨の中、二機の魔動機兵が交錯する。
両手で構えた大型のアサルトソードを水平に倒して、《アルフ・セル》が急接近する。片足のランドグライダーを逆回転させ、高速のスピンをかけてアサルトソードを振り抜く。すれすれでかわした《ブレードウルフ》が二刀の刃を振るう。
遠心力で吹き飛びそうになるアサルトソードを強引に引き戻し、ランドグライダーにも制動をかけさせて、二つの刃を肉厚の大剣の腹で受ける。
金属音が響き渡り、衝撃が雨粒を弾き飛ばした。片刃の剣を受け止めたアサルトソードに、深い傷が刻まれていた。受け止めたのが通常のアサルトソードであったなら、両断されていただろう。




