序章
序章
国が滅ぶ。
危惧し、恐れていた瞬間が遂に訪れた。
整っていた街道に火の手が上がる。
轟音が響き渡り、街並みは一気に地獄へと変わった。
人の背丈をゆうに超える鋼の機兵たちが、手にした銃器で無差別に破壊活動を行っている。
彼らの目的は占領ではない。
殲滅だ。
平和だった街並みの蹂躙が始まったのだ。
豪奢な屋敷のテラスで、その女性はそれを見つめていた。
装飾は少ないが、品の良いドレスを身に着けた美しい女性だ。
「マリアお嬢様、早くお逃げにならなければ……!」
「どこへ逃げろと言うの?」
駆け寄ってきた侍従と思しき初老の男性に、彼女は落ち着いた声で返した。
黒いスーツに身を包んだ侍従に目もくれず、彼女はテラスから見える光景に目を向けていた。
既に王都は包囲されつつあるのだろう。
街並みを蹂躙している敵たちは、避難するべき方角からやってきた。
避難すべき道は塞がれている。だから、彼女もここに留まっている。
「しかし……」
侍従も馬鹿ではない。
状況は分かっている。それでも、主に仕えるのが彼らの仕事だ。
みすみす主を死なせるわけにはいかない。
やや遅れて、金の装飾が施された青い装甲の機兵が現れて応戦を始めた。
襲撃してきた機兵に立ち向かっていく。
王都防衛の精鋭たち、近衛部隊だ。
実力はある。
だが、状況が悪い。
守らねばならぬ王都の中では、近衛は不利だ。
敵と違って、建物も、人も、近衛は無視することができない。
負けることはないだろう。けれど、時間はかかる。
その、時間がかかることそのものが、致命的だった。
分かっていても、この襲撃者を放置することもできない。
「どこへ逃げても変わらないのなら、私は……」
言葉は途切れ、轟音が響く。
流れ弾が庭の木々を吹き飛ばした。
屋敷の前に敵の機兵が飛び出し、対峙する近衛の機兵を挑発する。
通常の機兵からすれば、幾分かスマートな印象を受ける軽量型の機兵だ。
だが、敵の機兵が屋敷に手を出すことはなかった。
対峙していた近衛の機兵ですら、目を疑っていたことだろう。
横合いから一瞬で現れた何者かが、敵の機兵を押し倒すように組み伏せていたのだから。
それは、通常の機兵とは明らかに違っていた。
一回り以上も大きく、それでいて、美しいほどに完璧な人型だった。
まるで、白銀の鎧に身を包んだ騎士のようだった。
やや遅れて、一陣の風が吹いた。
「アル……」
祈るような声で、彼女は呟いていた。