羽化
錆び付いた鉄の擦れ合う音がした。
ぎぃぎぃぎぃぎぃ、そんな不安を感じさせる音なのに、しかしそれでも同時に、君が居た頃の、あの夕焼けの下で漕いだブランコを思い出す。
あぁ、でもやっぱりひとりは怖いな。 黒いさざ波が僕の足を濡らしては引いていって、また押し寄せて。 それはさっきよりも大きくなって、いつかは呑み込まれる事はいい加減理解した。
取り柄が無いわけじゃない。 けれど、それを取り柄と呼ぶには余りにちっぽけで、見過ごせてしまう程で。 もうひとりの僕がそんな事ないよと言ってくれるけど、それすらも自分の妄想に過ぎなくて。
波はいよいよ、肩まで沈めて、もう少しなんだなぁ───なんて、なんでか僕は少しだけ安心する。 この水が頭まで浸かれば、きっと今よりも苦しい。 それでいい。
そしたらきっと、僕は壊れるから。 自分が自分で無くなるのなら、きっと今の僕は苦しまなくていい。 変わろう、変わろう。
それはきっと、子供から大人に変わること。
それはきっと、今迄とほんの少し違うこと。
首まであった水が一気に引いて、俯く顔を上げると───そこに世界を覆い尽くす大きな大きな波が押し寄せていた。