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レジスタンス-それはありふれた絶望だった-  作者: アンリ
第一章 孤独を愛したはずの男について -オオノ-
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8.いら立ちを持て余す

 俺がこの件で一番やっかいだと思っていたのはベンじいだ。守衛の対応は予想通りで、なんだったらソウを新しい被験者として提供すれば済むとも思っていた。非道ではない、子供自身の運命を元通りにするだけのことだ。それよりも問題は同じ部屋に住むこの頑固じじいの方だ。ベンじいは俺に負けず劣らず保身に徹するタイプなのだ。


 だが意外にもベンじいはこの子供のことを歓迎した。


「いやいや、ちょうどいいじゃないか」


 そう言って初日からこの部屋の住人の任務、過酷な労働を子供に課したのである。


 俺達は一日に多い時で十数体の死体を扱う。一度にこれだけたくさんの亡骸を見るのも触るのも、この子供にとって初めてのことだったはずだ。しかもそのほとんどが体に何かしらの深い傷を負っている。血に濡れた者も多い。独特の匂いもきつい。だがソウは一切弱音をはかなかった。


 ソウの働き具合にベンじいは深く満足したようだった。


「おい、オオノ。いい小僧を拾ってきたじゃねえか」

「拾ったのは俺じゃない。ナルセだ」

「どっちだっていい。新しいソウは使えるな」


『昔のソウ』はもっと線の細い子供だった。寡黙で、疲労がたまるとすぐに熱を出し、ベッドで寝込んでしまうこともたびたびあった。そんなソウのことをベンじいが忌々しく思っていたのは前から知っていた。だが、昔のソウがいなくなり新しいソウがやってきたことをこうもあけっぴろげに喜ばれるのはいい気分がしなかった。


 ナルセの態度も俺には我慢ならなかった。俺がベンじいと話している今もかいがいしくソウの面倒を見ている。ベッドを整えてやったり、手ぐしで髪をすいてやったり。夕食の時間には自分のおかずをソウに分けてやったりもしていた。


 ソウもソウで、それらすべてを当然のことのように受け入れている。それも面白くなかった。今日、本当であれば研究棟に行っていたのはお前のはずなのに。本当であれば今頃出血死して、明日、俺達の台車で焼却場に運ばれていたのはお前のはずなのに。俺やナルセをどれほどの危機に直面させたか、それすらまったく理解していない。ここの現実を全然理解していない。


 陰鬱とした目つきで二人のことを見てしまったのは仕方のないことだろう。だが二人は俺やベンじいにかまうことなく密な時間を過ごし、やがて、就寝時間前だというのにソウは早々と眠りについてしまった。今日は色々なことがあったのだし、日常は豹変してしまったのだから相当に疲れていたのだろう。


 ソウの首元まで薄汚れた布団を丁寧にかけると、ナルセは俺達の元にやってきた。ことのほか満ち足りた表情をして。


「オオノ、ベンじい。ありがとう」


 この時のナルセの言葉には確かに真心があった。だが照れ隠しに頭をかいたベンじいと違い、俺は聞こえなかったふりをしてやり過ごした。



 だが体の奥に根付いた恐怖は、この日以来、俺をじわじわと苦しめていく。

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