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レジスタンス-それはありふれた絶望だった-  作者: アンリ
第一章 孤独を愛したはずの男について -オオノ-
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5.少年が亡くなる

 ナルセが入棟して半月ほどが過ぎた、その日。


 朝、同室者の一人が息絶えていた。


 それはソウという名の八歳の子供だった。


 朝を告げるベルがやかましく鳴り出し残る三人が起床したのに、ソウは起き上がるどころかぴくりとも動かなかった。この子供は呼吸をすることを止めていた。


 ナルセがソウの手首をとり、そこに二本の指を添え、神妙な面持ちで目をつぶった。何か普通では聞こえない音を聞こうとするかのようにわずかな間だけ集中してみせ、それから細く長いため息をつきながら目を開けた。


「……亡くなっているね」

「そんなことは見りゃあ分かるわい」

「ベンじい、そんな言い方ないだろう」


 思わずたしなめると、ベンじいは憎々し気にぺっと床につばを吐いた。


「わしらは黒髪黒目を持っちゃあいるが、仲間でもなんでもない。死ぬまでの短い時間を共に過ごしているだけのことさ。それよりもオオノさんよお、どうするよ? 守衛の奴、今日も大量の死体が出るはずだって、昨日『親切に』教えてくれてただろう。こんなちびっこい坊主でもいないとなるとしんどいぞ」


 ベンじいの言い分は非人間的ではあるが、この特区においては至極当然の発想だった。


 俺達は与えられた仕事をこなさなくてはいけない。それができなければ懲罰が待っている。被験者に選定される前に守衛による暴力によって息絶える者も少なからずいる、それがこの世界の常識なのだ。


 だが俺達にできることもまた限られている。


「ひとまずソウをここから運び出してしまおう。これじゃあ飯も食えない。ナルセ、手伝ってくれ。……ナルセ?」


 茫然としているナルセを何度か呼ぶと、うつろだった表情に驚愕が走った。まるで今目覚めたばかりのように。


「あ、ああ」

「ちびっこなんて二人で運べるよな? わしはここで飯食って待っとるわ。ソウの分も食べてしまってええだろ?」


 ベンじいは俺とナルセの返答を待つことなく、ドアの横の配膳口――小さな戸を開け、二人分の配給食を抱えて自分のベッドへと戻っていった。ベンじいは厄介事から逃げ、しかも二人分の食事を手にすることに成功したのだ。久方ぶりにこの同胞に憎しみを感じたが、言い合ってもどうしようもないということは分かりきっている。俺はまだ仄かに温かいソウの体を抱え持つと、ナルセを連れて部屋を出た。


 まだ朝も早く廊下は静かなものだった。目覚めのベル音の放送はすでに終了しているし、どの部屋の扉もしっかりと閉ざされている。研究棟の方からわずかばかりのうめき声が聞こえるくらいだ。あそこからは日夜絶え間なく誰かの声が聞こえてくる。それなりに遠くに位置するはずなのに、聞きたくないのに、なぜか聞こえてしまう。幻聴だろうか。いや、そんなことはない。俺は正常だ。


 無言でソウを運び、狭い廊下を出た先で、ナルセの曳いてきたそれ専用の台車に小柄な体を横たえた。


「まだ生きているみたいだな」


 子供特有の顔つきは、ただ寝ているだけだと言われれば信じてしまえるものだった。ふっくらとした頬は見るからに健康そうで、閉じられた瞼は今にも開きそうだ。ソウとは三か月程度の短いつきあいだった。


 ナルセがぽつりと言った。


「……だから僕は孤独を愛すると決めているんだ」


 見ると、ナルセはその目を少し潤ませていた。


 孤独を愛する。そう言いながら、そのくせ今でも人間らしい心を棄てきれないでいるナルセ。それはあの夜偶然見てしまったナルセの姿と同じだった。


 だが関わるものすべてに共感や親近感を覚えてしまったらこの場所では生きてはいけない。心を壊してしまう。早くこの場所に慣れること、それが少しでも生き延びるための必須条件なのだ。だから俺はナルセに何も言ってやらなかった。まだ両腕に残る体温の残滓に惑いながらも――。


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