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レジスタンス-それはありふれた絶望だった-  作者: アンリ
第四章 圧巻のナイチンゲール ―ワタベ―
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エピローグ

 このおぞましき特区がレジスタンスによって解放された記念すべき日、半信半疑で表へと出た男達は自由を得たことを実感するやどうしたか。


 ある者は我先にと特区外に出るために走りだした。ある者はその場で泣き崩れた。ある者は茫然とその場に立ち尽くした。ある者は雄叫びをあげた。


 そんななか、とある棟に収容されていた者達だけは独特な行動をとった。彼らはぽつぽつと天の下に出るや、歌を歌いだしたのだ。


 最初の一人は鼻歌だった。それが二人、三人と集まるとはっきりと歌詞を紡ぎだした。それに他の棟に収容されていた者達は首をかしげた。聞いたこともない歌だったからだ。いや、それ以前に彼らは歌というものを理解していなかったのである。


 やがて歌う者の人数は膨れ上がり、最終的にはその棟の住人全員となった。


 男達は胸を押さえながらも大合唱を続けたのである。


 やがて一人の若者がその輪から抜け出した。


「あの、あなたは」


 見覚えのある青年の存在に気づき、たまらず近づいて話しかけたのである。


「あなた、ワカバですよね?」


 青年は嗚咽する壮年の男の肩に触れていたが、問いかけられ怪訝そうに若者を見上げた。


「ああ、やっぱり!」


 若者――タケダ――がその身を震わせた。


「もう亡くなってしまったと思っていたんです。でも生きていたんですね。ああ、よかった……! おっさんやワタベが生きていたらきっと喜んだだろうな」


 さらに怪訝そうな表情になった青年に、「見たんです」とタケダが興奮気味に言った。


「あなたが研究棟に向かって歩いていく姿を見たんです。でもどうして無事だったんですか?」


 これに青年は無言でタケダを見つめ返した。


 じっと見つめられ、タケダは困惑しつつも付け加えた。


「僕のルームメイトがあなたの歌をとても好きだったんです。だから、ほら。あそこでみんなで歌っているでしょう? あれ、僕のルームメイトが覚えていてあなたの仲間に教えたから、だからみんなが歌えるんです。歌というものを知らなかった僕らがここで絶望に染まりきらずにいられたのは歌があったからで……!」


 話しながら興奮が高まっていくタカダに、青年が静かに言った。


「全部僕のためのものだよ」

「……え?」

「何もかもが僕のためのものさ。僕が僕であるためのもので、僕が望むもののためだ」

「そう……なんですか?」


 せっかくの喜びに水を差された気分になったが、これ以上は言葉を重ねず「じゃあ」とタケダは去っていった。



 *



「お前、本当に変わってないんだな」


 いつの間に泣き止んだのだろう、壮年の男――オオノ――がしゃがんだままの状態で青年を軽く睨みつけた。


「ナルセとの約束だからね」


 ひょうひょうと言ってのける青年は、「でも」と続けた。


「でも僕のしたことで救われたっていうのなら……それは嬉しいかもしれない。だってそれはナルセが僕にしてくれたことと同じだから」

「ソウ……」

「これまでずっと闘ってきたけれど……その一つ一つを成し遂げるたびに、なぜかナルセとの絆が強くなっていくような気がしていたんだ。その理由がようやく分かった気がする。うん、そうなんだ。オオノが言っていたとおりだよ。生きていることそのものがとても大切なんだ。僕が生きている限りナルセが死ぬことはないんだね」


 ここにいるんだ、と自分の胸に手を当てながら語るソウに、オオノが深くうなずいた。


「ああ……そうだな」


 こみあげてくるものを堪えながら、オオノがしみじみと言う。


「うん、お前が生きていてくれてさ……本当によかった。きっとさ、お前は自分でも気づかないうちに他人に感化してしまう奴なんだよ。いい意味でも……悪い意味でも」

「そう、かな」

「そうさ。でもそんなお前だからこそ、ナルセも俺も、お前の仲間達も動いてしまうんだろうな……」


 あの研究棟に向かう直前の夜、ソウに贈る最後の言葉としてナルセはこう言っていた。そのままの君でいて――と。であればナルセの言葉こそがこの世界を変えたのだろう。何の力も持たないただのデルタ系の男が、こんな絶望的な場所から世界を変えてみせたのだ――そう思ったらオオノの胸は切なく震えた。


「そうだ。オオノはこれからどうするの?」


 突然の問いに、オオノは手の甲で涙をぬぐうや朗らかな表情になった。


「故郷に帰る。そして家族に会いに行く。俺もお前やナルセと同じだよ」


 どれもオオノにとって大切なものばかりだ。



 *



 ニコは唯一見える右の目をそっと閉じた。


 もう何も見たくない、何も感じたくないと思いながら。


 来世などとうに信じていない。あるのは今生、ここにいる自分だけだ。あれから家族とは一度だけ会っているが、アルファ系によって交渉事のネタにされた時に無情にも背を向けてしまった。


 もしも時を巻き戻せるなら、人生をやり直せるなら――そんなことをふと思った。だがニコはすぐにその考えを打ち消した。どの瞬間に戻ったとしても、私はきっと同じ道を選ぶだろう。ソウと共に過ごした時間はどれもきらきら輝いていて……一つとして取りこぼせるものはない。


 これからだって、そう。


 私は絶対にソウから離れない。


 たとえ『あなた』と呼ぶ日が来なくても。



 *



 賑わう場に堂々と立つニコを遠目で眺めながら、ザックはここに至るまでの道のりをあらためて振り返った。そしてこれから何をすべきかといそがしく頭を巡らせ始めた。ソウの幼い願いを発端として始まったこのレジスタンスだが、今や世界を揺るがす巨大な組織へと変貌しており、それゆえやるべきことはまだまだ残されていたのである。


 とはいえ、ザック自身はとうに限界に来ていた。政治家であった父を失脚に追い込み、家財のほとんどをレジスタンスにつぎ込み――ザックの手の内には何も残されていなかったのである。形あるものも、やりたいことも、未練も後悔も執着も。かつてのルームメイトは収監先の病院で断薬の結果息亡くなってしまったし、ザック自身も長期間の減薬のせいで余命数年と宣告されていた。


 今ザックが有しているもの――それは苦楽を共にしてきた友との想い出、それに友が作る未来への期待、それだけだ。そして描く未来図に自分はいない。


 しかしザックはなんら不満も悲哀も感じていなかった。


 今、こんなにも満ち足りた日々を過ごせている。


 俺は今、確かに生きている――。


 それで充分だったのである。



  了


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