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レジスタンス-それはありふれた絶望だった-  作者: アンリ
第四章 圧巻のナイチンゲール ―ワタベ―
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1.ナイチンゲール

 これまでも俺は真面目に生きてきた方だと思う。


 同胞の中でも誰より真面目に生きてきた自負もある。


 小学校も中学校も授業を休んだことは一度もないし、成人となってからは朝から夕方まで休みなく働いてきた。週に一度の休日には教会におもむき神への供物を捧げてきた。誰にも迷惑をかけないように努め、できる限り社会に貢献してきた。結婚し、子供も三人作った。


 曇天に包まれたような半生ではあったものの、それはこの世界では当たり前のことだ。


 だから何の不満も抱いていないし、神、それにアルファ系には感謝しかなかった。


 馬鹿で役立たずな俺を守護してくださりありがとうございます――と。



 *


 

 しかし真面目に生きることは当たり前のことなのだと痛感する。


 神やアルファ系に感謝の気持ちを持つのも当然のことだったのだ。


 そんなことも知らなかったせいか、ある日突然通告されたのだ。この世界に俺はいらない、と。生きているだけで迷惑だし邪魔だとまで言われた。


 俺にその言いにくい事実を告げてくれたのはとあるアルファ系の男だった。


 朝、出勤のために自宅から出た途端、問答無用でトラックの荷台に押し込められたのが事の始まりだった。目ばかりをぎょろつかせた同胞達と無言で車体の強い揺れに耐えて丸半日――そうやって突然連れてこられた温暖な土地、場所で、今度は狭い部屋にすし詰め状態にされたのである。


 不安もあって、疲れ切った年寄りや子供以外は誰も眠りにつけずにいた。そこにアルファ系の男――巡回にやって来た守衛が現れ、懇切丁寧に教えてくれたのだ。


 お前達は今日からこの特区で暮らすんだ。なぜならお前達は役立たずだからだ。この社会のお荷物だからだ。ここは人体実験のための実験体、サンプルを収容する特区さ。そう、お前達はそのサンプルとなるべくここに連れてこられたんだ。ようやく役に立てるんだ。喜べ。な?


「はい。ありがとうございます」


 ありがとうございます――こんな俺に最後のチャンスを与えてくれて。


 こんな体でよければどうぞお使いください。この肉体を役立てるその日が来るまで、これまで以上に清く正しく生きることを誓います。


 そう言うと、これまでいかめしい表情を保っていた守衛がほほ笑んでくれて、それで俺は安心して眠りにつけたんだ。



 *



 それから一年、俺はその日が来るのを今か今かと待ちわびている。


 聞くところによると、サンプルに選ばれるまでの期間は平均三か月ほどらしい。ではなぜ俺はいつまでも選ばれないのかと焦燥感にかられることもあるが、何十年もここで暮らしている人間もいると知ってからはむやみに焦らないことにした。運命の采配は神に近しいアルファ系が下すことで、俺のような小物が悩むことではないのだ。


 そんなある日、曇天を思わせる日々に若干の彩りが加わった。それは食事の配膳を知らせる前兆のことで、その前兆とは歌のことだった。



  ◇◇◇



 まずはか細い声が聞こえる。


 食缶を載せた荷台が鳴らすがちゃついた音に交じって、ごくわずかに聞こえるくらいの、そんな微妙な声量が。


 次にそのがちゃがちゃ音に比例しつつも歌声がはっきりと聞こえてくる。そうすると誰もがしつけられた犬のごとくベッドから起きるのだ。


 ドアの横に設けられた小さな戸――配膳口を外部から開ける気配がすると、やや大きな音量となって歌声が室内に飛び込んでくる。だが決して不快なものではない。それどころかひどく心地よい。


 その歌を明瞭に聞き取ることができるのは、配膳口の戸が開いているわずかな時間だけだ。人数分の食事が載ったトレーを置く、ほんの三十秒ほどの間だけ。


 戸を開く瞬間をミヤギが今か今かと待っている。


 やがて戸が開き、食事が配られる。


 あらゆる意味で贅沢な時間が始まり――終わる。


 やがて戸が閉まる。すると声はくもぐり歌詞は一気に聞き取りにくくなる。それでもミヤギはドアの近くでじっと耳をそばたてている――残滓のごとき歌が聞こえなくなるまで。


 ミヤギはその青年のことをナイチンゲールと呼んでいた。



 *


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