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レジスタンス-それはありふれた絶望だった-  作者: アンリ
第三章 涙は何滴あれば悲しみを -ザック-
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9.きらきらと光る星のような

 その夜、ソウはナルセという名の恩人のことを嬉々として語った。


 特区にいた頃、ソウは死を宣告されたことがあるという。そのソウを救ったのがナルセだというわけだ。だがナルセはあの特区ですでに亡くなっているという。


「だからあの特区を取り戻したいんだ。想い出のつまったあの場所を」


 そう語るソウの頬は上気して桃色に色づいている。まるで子供だ。


 お前はそんなにそいつのことがいいんだな――。


 気づけばいら立ちはとうにかき消え、代わりに言いようのない胸のつかえを感じていた。


「なあ……どうしてそんなに嬉しそうなんだ?」

「え?」


 質問の意図がわからないのだろう、ソウが笑顔のままこちらに目を向けてきた。


「いや、だから。普通、亡き恩人のことを思い出せば悲しくなるものじゃないのか?」


 ドローンとはそういう生き物ではないのか。


 ちなみにサピアリィアルには恩人という概念がない。他人にそれほどの恩義を感じる理由がないからだ。


 これにソウが言ったのは――。


「悲しいだけじゃないんだよ。想い出って」

「……そういうものなのか?」

「うん。ナルセとの想い出はきらきらと光る星のようなんだ」

「星……?」


 簡単な比喩とはいえ、ドローンがこうも文学的なたとえをするとは知らず、つかの間驚きで言葉が出てこなかった。



 *



「星、ねえ」


 部屋に戻り、昇り始めたばかりの太陽の熱を厚いカーテンごしに感じながら、なんとはなしにつぶやいていた。


 ふと思い立ってポータブルフォンに手を伸ばす。急に誰かの声を聞きたくなっていた。父以外の声を。幻聴ではなく生身の人間の声を。


 ソファに深く体を沈めつつ、登録者情報を親指でスクロールしていく。


 一人の男の名前を通り過ぎる寸前で――親指の動きが止まった。


 そのままポン、とタップする。


 呼び出し中、少し胸が躍った。早く電話に出てほしいと願いながらサプリメントを口に放り込む。こいつは間違いなく俺の話を聞いてくれるだろう。そして俺のすべてを肯定し、欲しい言葉をくれるだろう。慰めつつも鼓舞してくれるだろう。


 だがサプリメントを咀嚼し終えても電話は一向に繋がらなかった。


「……ははっ」


 水とともに口内に残った味を飲み干したところで、ジエンド。


 役立たずのポータブルフォンを耳から離し、放り投げる。


 自分勝手に浮かれていたことが馬鹿馬鹿しい。あいつなら絶対に俺からの電話に出ると思っていた。……なのに出なかった。今すぐ会いたいとあいつは言っていたのに。だがその今はもうどこにもないというわけだ。


 今だけは――今だけは誰かに無条件で受け入れてほしかったのに。



 *



 俺にはきらきらと光る星のような想い出は、ない。


 俺が知っているのは、宇宙に飛び出す直前のような高ぶりと期待感、甘い蜜をぶちまけたような歓喜と快感、それに焼け付きそうな衝動と使命感だ。どれも濃厚で、力強くて、生きる活力であり目的となるものだ。


 そして正しいもの、最良のもの、善なるものだ。


 尊いがゆえのきらめきに溢れた世界だ。


 そう、この世に生まれ落ちた瞬間から、俺は灼熱の太陽の下で生きてきたのである。俺だけではなく、同胞すべてが等しく陽光の恩恵を受けてきたのだ。


 だが俺は知らない。繊細な輝きを。やわらかな永遠を。星の瞬きのようだとたとえたくなる優しい出来事を――。グロウィング〈成長途上〉が全知全能の神になれないのは当然なのだろうか。しかし説明し難い心情はいまだ胸の中に巣くっている。もやもやして一向に落ち着かない。


 これは何を意味しているのだろうか。


 俺の知る世界が傷つきかけているのか、はたまた未知なる世界の一面を垣間見ようとしているのか――。一体どちらだろう。


 さらに五個のサプリメントを水で流し込み、ベッドに入った。


 このまま何も考えずに眠りにつきたいと思いながら。




『ではお前はいつになったら真から満たされるんだ?』




  ◇◇◇


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