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レジスタンス-それはありふれた絶望だった-  作者: アンリ
第二章 愚かでもよかったの -ニコ-
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1.あなたに恋をした

 初めてあなたに会ったのは私が九歳の時だった。


 その三日前にパパが勤める大学の研究室に漆黒の毛並みが美しいヒョウが届けられていて、はく製にされる前にもう一度会いたくなって無断で忍び込んだら、豹よりも先にあなたを見つけたの。


 ランチタイムの誰もいない時間帯のはずだったから、読書に勤む見知らぬ男の子の存在にものすごく驚いた。そして息がつまりそうになった。――とてもきれいな男の子だなって思ったのよ。動物以外に対してそんなことを思うのは初めてのことだった。


 カーテンがきっちりと閉められた、獣くさくて埃っぽい室内で、あなたの切れ長の瞳は一心不乱に文字を追っていた。長めの前髪があなたの表情に影を作っていて、同い年くらいのはずなのにひどく大人っぽく見えた。でも、ちょっと小さな唇は緩く開かれていて、そういうところは弟や妹みたいだった。


 私があなたをそうやって観察できたのは、実はほんの数秒のことだった。音が鳴らないように慎重にドアを開けたのに、空気の流れが変わったことであなたは私の存在に気づいてしまったの。


 本を伏せたあなたは、私を見て目を見開いた。


 私もあなたと似たような表情になっていたと思う。


「誰?」

 私が訊ねると、


「僕はソウ。君は?」

 少しかすれた、耳に心地いい声であなたが答えた。


 もうこの時には、私はあなたに恋をしていたんだと思う。


「私はナルセ」

「ナルセ? じゃあ君は……」


 表情に乏しかったあなたの顔に晴れやかな笑顔が浮かんでいった。私はまぶしさに目を細めた。ライト一つ灯されていない、厚いカーテンごしに白い陽光がうっすらと透けて見えるだけの室内で。



 *



 この日のあなたの笑顔を私はたびたび思い出し、その都度心の内で幸福をかみしめた。


 あなたと出会えたことは私にとって唯一の誇れる出来事で、あなたを好きになったことで私の人生は素晴らしいものとなったから。



 だからありがとう――あの日、私を救い出してくれて。

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