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レジスタンス-それはありふれた絶望だった-  作者: アンリ
第一章 孤独を愛したはずの男について -オオノ-
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エピローグ

 朝、目が覚めても嬉しくない。


 寝たままの姿勢で枕の下から手鏡を出すのはもはや習慣だ。


「ああ……また増えてきやがった」


 最近、髪に白いものが混じってきた。割れた手鏡に映る顔は日に焼けているせいで荒れているが、それよりも何よりも、つむじのあたりに紛れている白髪が気になって仕方がない。見つけるたびに抜いているが、もうそろそろ隠しておくことも難しいだろう。アルファ系の奴らは年老いた俺達――デルタ系――にはあまり興味がないからだ。悪い意味で。


 こりゃあこの世ともおさらばする時期が来たってことだ。

 

 自分のことなのにふと疑問に思った。一体なぜ俺はこんなになるまで『ここ』で生を繋いできたのだろうか……と。


 確かに俺は運が良かった。だが運だけでは長期間『ここ』で生きながらえることはできない。体力や知性があるだけでもだめだ。何よりも重要視されるのは――そう、気力と意志だ。生きたいと願い続けること、そのためには何にでも耐え抜くと言う覚悟。この二つが重要なのだ。


 あいつは今頃どうしているだろうか……。


 めったに思い出さない人物のことが脳裏によぎり、俺はあわててそれを打ち消した。アルファ系は遠隔でデルタ系の思考を読むからだ。一体どうしてそんなことができるのか皆目見当つかないが、実際、幾人かのアルファ系がそう言っていた。特に優れた人物にしかできない、いわゆる特殊能力らしい。だがそれを知ってしまったら……俺にできることはただ一つしかない。心を無にすること、それだけだ。


 だが心に何も無い状態を保つのは辛い――。


 一体何のために生きているのか――分からなくなってしまった。


 日々、いや年々蓄積されている疲労が、突然全身に重くのしかかってくるようだった。


 その時。


「おいおっさん!」


 こんな朝早くからどこに行っていたのか、同部屋の一人が息せき切って戻ってきた。


「大変だ大変だ!」

「どうした若いの。そんなに慌てても何も起こらないぞ」

「か、革命がっ。革命が起きたんだ!」

「革命? なに寝ぼけたことを言ってやがる」


 ふん、と鼻を鳴らし背を向けたが、そいつは興奮気味に唾を吐きながらまくしたててくる。


「本当だってば!」

「そんなに騒いでいると守衛に睨まれるぞ」


 だが男はめげずに俺の腕をつかんできた。


「もういないんだよ、あいつら!」

「はあ?」

「もうどこにもいない! アルファ系の奴らは昨夜のうちに逃げてしまったんだってさ!」

「……本当か?」

「ああ。ここに残っているのは何も知らずにいた俺ら――デルタ系――だけだよ。さっき門が破壊されたんだ。みんな大歓声さ! 俺達の同胞がさ、とうとうやってくれたんだよ! さあ行こうぜ!」


 急かされ棟外に出てみると、そこには何千という同胞の歓喜する姿があった。誰もが黒髪黒目、年寄から子供までいる。話には聞いていたがこれほどまでの収容者がいたということに、俺はまず驚いた。


 次に驚いたことは俺達収容者にも解放を望む心がまだあったということだ。誰もが諦め、ただ息をしているだけの家畜になり果てていると思っていたのに……。


 そんな彼らが向かう先はただ一つ、ここと外とをつなぐ門だ。確かに遠目から見てもその門は開かれており、我先にと退所する者達を諌める者は皆無だった。


 今日はよく晴れていた。


 雲一つない空は清々しく、吹き抜ける風は柔らかい。踝まである草がさわさわと波のように揺れている。背の高い花が同調するようにいくつも揺れている。白や黄色の蝶があたりをゆったりと飛んでいる。


 向こうには研究棟へと続く一本の道がある。だがそこを歩く者は誰もいない。


 振り仰げば空はどこまでも高かった。朝日が眩しい――。


 そして門の外には果てしなき道が広がっている。


 俺は――生きている。


「オオノ」


 呼ばれ、振り向くと、そこには背の高い若者がいた。


 黒髪黒目は見慣れたもの、だがその面影は見覚えがあるものだった。この革命を起こすにふさわしい心を持つ俺が知る唯一の――。


「……お前はちっとも変わっていないな」

「約束だから」


 ほほ笑んだ若者の面立ちは、どこかナルセに似ていた。



 了


この度は読んでくださってありがとうございます。


こちらは自分でテーマを決めて執筆した作品だったのですが、そのまま短編形式でとある公募に出して落選しております。

ちなみにその際のテーマとは「涙」でした。

どのような時にもっとも涙が出るか…と考え、そこでこの作品は生まれました。


そうやって今回(2018/7/17現在)、連載形式とはいえオオノの一人称による三万文字に満たない短編として投稿し完結させましたが…。


実はこちら、一人称の視点をいろいろ変えて、本作の大きな意味での主人公(レジスタンスとなる彼のことです)の経験することを抜き出した連作短編にしたいなーと前から思っており、執筆中の別の短編もあったりします。なので今回、ラジオドラマのキーワードをつけて応募していますが、こちらの結果が出次第、追加の短編を本作の続きとして連載、投稿していきたいと思っています。


なのでまたこちらの作品の登場人物に会いたいと思ってくださる方がいれば、待っていてくださると嬉しいです!


【補足】というわけで、第二章スタートします(2019/11追記)

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― 新着の感想 ―
[良い点]  完結したということで、また一から読み直しております。最初、読んだ時は、なんて鮮烈で、残酷な世界観なんだという印象が強かったのですが、読み直すと、また違った印象を受けました。言葉にするのは…
[良い点]  1章を読ませて頂きました。凄く不条理な世界での悲しい物語だと感じました。  世界観が素晴らしく心情描写が素晴らしいと感じました。 [一言]  2章をこれから読みます。楽しみです!
[良い点] 文字数の短さを感じさせない厚みのある話でした。なんとも、やるせない世界ですね。身近な世界ではないはずなのに、差別意識や、純粋な悪意(好奇心ですかね……)、それらが人間らしくて、世界が近くに…
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