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レジスタンス-それはありふれた絶望だった-  作者: アンリ
第一章 孤独を愛したはずの男について -オオノ-
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11.爆発、悟り

 ベンじいが亡くなってから、ソウは今まで以上に情緒不安定になった。口数が減り、ぼんやりとし、ナルセに甘える回数が増えた。だがナルセはそれを忍耐強く受け入れていた。


 俺はといえば、ソウの態度にイラついて仕方がなかった。ベンじいがいた頃は違った。ナルセとソウの交流を見て、苦笑い半分、残る半分はほほ笑ましく思っていた。だが今はとにかくイライラとした。ソウのナルセに対する執着は過剰で、ナルセを試すような無茶な言動も目について仕方がなかったのだ。


 ベンじいの代わりがなかなか入らず、労役の負担感も肉体的に堪えるようになっていたのもよくなかった。ナルセは半人前、ソウに至ってはこの頃はそのさらに半分ほどの戦力にしかならなかったからだ。


 その日、とうとう俺の怒りは頂点に達した。


「ソウ! ナルセの飯を取るな!」


 静まる部屋の中に突然の怒声、それにそろって振り向いた二人の顔は、まるで今ようやくここに俺もいたことに気づいたかのようで、それがまた俺の怒りを倍増させた。


「お前は最近ナルセの飯を取り過ぎだ。ナルセは大人なんだ。お前にそれだけ取られたらナルセが死んじまうだろうが!」


 実際、配給食はいつでも物足りないくらいの量しかない。この倍あっても食べられる。それを半分も口にしないナルセのやつれようは見るからに明らかだった。


 最後の言葉にソウの顔がみるみる真っ青になった。


「本当? それ本当なの? ねえナルセ、僕が食べるとナルセは死んじゃうの?」


「オオノ」


 ナルセが俺をきつく睨んだ。その目力には十分な食事を摂っていないとは思えない生命力が感じられた。ナルセは俺をいまだ睨みつつもソウを胸にかき抱き、諭すように優しく語りかけた。


「僕はこんなことで死んだりなんかしないよ。元々あまり食べない方なんだ。ソウは子供なんだから食べたいだけ食べればいいんだよ」

「子供だからこそ大人のお前より少しでいいんだろうが! あんまりソウを甘やかすな! そんな調子じゃ、お前がいなくなっちまったらソウは生きていけなくなるぞ!?」

「え? どうして? ナルセはいなくなっちゃうの? なんで? どうして?」


 泣きじゃくり始めたソウに、俺はこれでもかというくらいに腹立たしさがつのった。思い起こせばこいつは何かあるといつでも泣いている。泣けばどうにかなるとでも勘違いしている。小さくて頼りなくて無邪気で可愛い――ただそれだけのむかつく子供。


 ナルセは目を閉じると、ソウを抱きしめたまま同じ言葉を繰り返した。


「大丈夫だよ。オオノは適当なことを言っているだけだ。僕はどこにも行かないよ」

「本当? どこにも行かない?」

「ああ、本当だとも」

「本当?」

「本当だとも。ずっと一緒だ」


 そうやって、気づけば眠ってしまったソウをベッドに置きに行ったナルセは、長い間その寝顔を見つめていた。だが俺に向けるその背中、無言の圧力はすさまじいものがあり、最後には俺の方が折れるべきだと観念せざるを得なかった。


「……すまん。最近疲れていてさ」


 それでようやく、ナルセの雰囲気に柔らかさが戻った。


「僕もごめん。ベンじいみたいに仕事ができるようにもっと頑張るから……」


 言われ、悲し気に目を伏せられ――。


 すると、生前のベンじいの姿がめくるアルバムのように思い出されていった。


 小柄ながらも筋肉質な逞しい体は元配管工だからだと言っていたが、器用に要領よく仕事をこなす様は俺の後に入棟したとは思えないほどだった。血も肉も死も絶望も、何もかもを片付けるのが上手だったベンじい。勝手気ままなふるまいに腹の立つことはよくあったけれど、草原の中、台車を曳いてぽくぽくと歩いている時、ベンじいはただの好々爺にしか見えなかった。


 だがあの日、ベンじいは温かい風をまとって去って行った……。


 ベンじいは言った。後は頼むと。その言葉どおり、ナルセはきちんとソウの面倒を見ている。だが俺はこの組のことを守れていない。そのことに唐突に気づかされた。


 そうやって悟ったのは俺だけではなかった。ソウを見つめるナルセの横顔は、この部屋に小さな灯りしかないことが理由ではなく確かに影を帯びていた。その目に常ならぬ鋭さ、意志の強さが見えることに、逃げるようにベッドへと入った俺は最後まで気づかなかった。

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