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レジスタンス-それはありふれた絶望だった-  作者: アンリ
第一章 孤独を愛したはずの男について -オオノ-
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1.現実を説く

「僕は孤独を愛している」


 初対面で自分の名前と簡単な素性を告げるとともにそうナルセが続けたのを、俺は今でも覚えている。だから僕にはかまわないでくれ、とも言われた。四方を黄色の壁で囲まれた部屋に、その重たい言葉が少し滑稽に聞こえたことも覚えている。塗りたての黄色の奇抜さには違和感と威圧感があったが、ナルセの存在もまた似たようなものだった。


 年齢は聞いたことはないが、おそらく俺よりも四、五歳年上、二十代後半といった容貌で、年の割には陰気で青臭いことを言う奴だな、とその時の俺は思った。長めの前髪も鋭い眼光もいけすかなかった。


 普段なら鼻でせせら笑って無視を決め込むところを、新参者相手ということもあり、俺はわずかばかりの好奇心を満たすためについ訊ねていた。


「孤独? なんで?」


 元大学院生だというナルセは理知的な雰囲気を崩すことなく、「そんなことも分からないのか」と言わんばかりに軽く目を見開いた。


「だってもう僕達には孤独しかないじゃないか。いつでも僕達デルタ系のそばにあるのは孤独だけだよ。家族も友人も、僕達のそばにはもういない。アルファ系によっていつでもそれらは簡単に奪われることを知ってしまった。だからここには神もいない。デルタ系のための神はいない……そう、アルファ系にしか神は添わない」


 ナルセの抑揚の感じられない低い声は、ともすれば周囲のざわめき、遠くの研究棟から絶え間なく聞こえる叫びや悲鳴に掻き消えそうだった。だから俺はナルセのそばに身を近づけた。隣り合う肩が触れ、それにナルセは少し眉をひそめた。少しのことだがそれはあからさまな嫌悪の表情だった。


 俺は気にせず話の続きをうながした。


「それでなんで孤独を愛するって話になるんだ?」

「だから」


 肺の奥底から吐き出されたため息はもう露骨なものだった。


「君は愛とは何か知っているか」

「君? ああ、俺はオオノだ」

「オオノ」

「そう。よろしくな。で、愛とは何か、それくらいは知っているさ。つまりはとても好きだということだろう? だが俺は孤独は好きじゃないな。たとえ俺達デルタ系がそれ以外のものを何も保有することができないとしても」

「オオノ。君は勘違いをしているようだ」


 首を振り、ナルセは己の持論を語った。


「愛とはそれなしでは生きていけないもののことだよ。ここでは僕達デルタ系には孤独しかないだろう? ならばその孤独を愛さずして他にどうやって生きていくというんだ。この世界で、このアルファ系による牢獄そのものの世界で」

「しっ。声が大きい」


 あわててナルセの口を塞ぎ、耳元でささやくように忠告する。


「そういうことを守衛の奴らに聞かれたら問答無用で連行されちまうことがあるんだ。ここでは余計なことは言うんじゃない」


 ナルセは俺をじろりと眺め、心底嫌そうに俺の手を振り払った。


「いいさ別に」

「いいわけがあるか。連れて行かれた奴らは誰一人として戻ってこないんだぞ? 今週はこの棟から三人連れていかれた。先週は五人だ。ちなみにその三人にアルファ系の奴らがどんなことをしたかは知っているか?」


 俺はこの新参者がそちら方面、つまり『ここの現実』について、新参者だということを抜きにしてもあまりに無知なことに薄々気がついていた。案の定、ナルセは黙って首を振った。だから俺は懇切丁寧に教えてやることにした。


「指をすべて切断されたそうだ」


 その瞬間、ナルセの顔から血の気が失せた。


「なんてひどい……! それはもう罰や拷問の域を出ている」


 その変化は俺に悲しみと薄暗い満足感を与えた。知らないことを教えるのは気分がいい。俺が教えることでナルセが賢くなり生を長らえることができれば悪くはない。だが同胞に与えられたむごい仕打ちを語ることで気分があがる俺は……最低だ。


 だが俺の口は止まらなかった。


「いいや、そういうことじゃない。目的が違うのさ」

「目的? 指を切断することに目的なんてあるはずがないだろう。いくら僕達がデルタ系だとしてもそんなことはゆるされることじゃない」

「それがおおありなんだな、これが」

「……どういうことだ?」

「アルファ系の奴らにとって、俺達は不思議な存在なんだってよ。なぜ切断された部位が再生されないのか、なぜ人間にとって必要なものが『たかが切断された』だけで元に戻らないのか。そういったことが不思議なんだと」

「……」

「それだけじゃないぜ? なぜ俺達の髪が黒一色なのかも奴らは不思議に思っている。だから昨日の三人は髪まで根こそぎ引き抜かれたそうだ。髪は生え変わるのか、それはまた黒いのか、なぜ赤や青や緑といった色にはならないのかってね。奴らは俺達の虹彩が黒い理由も知りたがっている。先月連れていかれた奴らは全員、目ん玉を集中的にやられた。くり抜いたり、針で突き刺したり、ありとあらゆる薬品をかけたり、色々とやられたそうだ」

「もういい」


 ナルセの顔色は相当に悪くなっており、俺はまた気分の良さと悪さ、二つの相反する感情を覚えた。うつむいたナルセの肩に手を置き、俺は精いっぱいの慈愛を込めて言った。


「今日はもうベッドに入れ。すべては明日からだ」

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