突然足元に魔方陣とか怖くない?
「ふぁ~!ひほふひほふ~!」
わたし橘由井!14歳!恋に恋する普通の乙女!
ただちょっと他の子と違うところがあるとしたら今まさに少女マンガのテンプレごっこをしていることかな?
寝過ごしたせいで学校についてから先生に怒られることを考えて憂鬱になる気分をごまかすための苦肉の策なんだけど、我ながら実に頭悪そうでテンション上がってきた!
食パンくわえて全力疾走中!頭はクラクラ(酸欠)胸はドキドキ(動悸)これってもしかして恋のヨカン!?
暴れ狂うパンがべしべし顔に当たって鼻もベタベタ!ジャムなんて塗るんじゃなかったよチクショウ!!
若干キレて素面に戻ったわたしは足を緩める
「はぁー、どうせ遅刻なんだし着くのが多少前後するくらいもうどうでもいいわ…」
遅刻のダメージを少しでも抑えるための努力を投げ捨てたわたしがパンをかじりつつ、近場の公園で顔でも洗おうと方向転換しかけたそのとき、足元から強い光が立ち上った
わたしは突然の出来事に思わず足が止まってしまう
「うわっなにこれこわ」
はずもなく咄嗟に飛び退いた
驚いた拍子に落としてしまった食パンを中心に光は陣を描き、徐々にその輝きを増していく
そして陣が完成しようと輝きが最高潮に達しかけたそのとき
にゃーん
ご近所の野生のアイドルごろちゃん(野良猫)が食パンをくわえ、目も潰さんといわんばかりの光の中に消えていった
あとには先ほどまでの光景がまるで夢であったかのように普通の、何時もと同じ朝の光景が広がっていた
雲ひとつない青空
電線に留まる雀
遠くから聞こえる車のエンジン音
ただ落としたはずの食パンとごろちゃん(野良猫)だけがない景色
鼻についたジャムから漂う甘い香りだけがさっきの出来事を嘘ではないといっている気がした
一度ぎゅっと目をつぶり、大きく息をすって吐く
「…学校行くか」
さっきの出来事は嘘でした
だいたいジャムの香りがしゃべってたまるか
私はさっきの出来事をなかったことにした
ごろちゃんをこの先見かけなかったとしてもあのこもいい歳した老猫だ。
猫は死の間際に姿を隠すとよくいうし、そういうことだろう。
ご近所アイドルだってすぐに次の猫が現れるだろう、野生は厳しいのだ。
朝食は光の中に消えてしまって食べ損ねてしまったが、いや、光の中に消えてなんかいない。
わたしはそもそも食パンなんてくわえてなかったし。
だいたい遅刻遅刻とか言いながらパンくわえて走る馬鹿がこの世のどこにいるというのだ。
どう考えても食べ終えてから走ったほうが速い。
そんなこともわからぬ阿呆は曲がり角で車にはねられて死んでしまえ。
鼻についてるジャムはー、アレだ。先駆けオシャレ。ニュースタイルメイク。
わたしだって花も恥らう14歳。オシャレには貪欲でなくっちゃね!
そう、わたしは14歳。頭は確かに悪いが、こんなドンピシャな年齢で頭おかしいやつ扱いされたくはない。
自ら進んで未来の自分に黒歴史をプレゼントするような自虐趣味なんてないのだ。
学校に着いたら遅刻の罰としてバケツを持って廊下に立たされた
いまどきなかなかできない貴重な体験だった