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歪む道「調教場とヘイリン」

作者: lusus

 アバロスと分かれた帰り道。途中で雨に見舞われたが、全身の角を突き立てておけば雨粒は勝手に割れるため大した問題にはなっていない。光り皮板は水を受けてより輝きを増し、その発光は淡い緑色から鮮やかな黄色に変色している。ぬかるんだ紫色の大地にくっきりと足跡が残り、そこから虫たちがにょきりと生え出てくる。

 七つ目の太陽によって蒸発するのは雲と雨粒であり、割れて液状化したものはそのままだ。不動体は一足先に緊張状態を解き、のびのびと枝葉を広げていた。しばらくして昼の訪れを骨片鳥が告げると、隠れ潜んでいた様々な生命体もわらわらと躍り出てくる。しかしその数は少ない。

 中央の存在地から南の花畑方面へ向かうにつれて、駆動体よりも不動体の方が強力、攻撃的な個体が増えてきているようだ。ここの車輪たちも、粗末な木製だったり、さび付いており、走り方にも活気がない。ヘイリンはそういうものとして捉えており、別にそれを不思議に感じてはいなかった。重力とは何か知らずとも、平然と生きられるのと同じだ。

 道すがら、途中で植物園を横目で見送る。それは金属のフレームをガラスで覆ったものであり、大小様々な不動体たちが陽気にその身を揺らしている。窓越しに見える主と思しき人物はいつも作業に追われて大変そうだった。

 ここを過ぎた先にヘイリンの家がある。こじんまりとしているものの、複雑な石角の絡まった頑丈な作りをしており、不動体らの根が蔓延っても侵入できない程だ。懐からメモ帳を取り出し、その一枚を壁に突き刺した。

「あっちは完了。アバロス案件2つ。他、優先事項無し……」

 小さく口ずさみ、腕時計をちらと見やる。09:43。時計に刻まれた数字は12個あるが、昼と夜の区別はできない。そのためデジタルと呼ばれる部分だけを彼は見ていた。数字と針の必要性は感じられなかったが、過去とはそういうものだったらしく、深く考えようとはしなかった。光り皮板を壁に立てかけて、冷蔵庫をコンと殴る。

 僅かに歪んだそれは、壁に身を預けて眠っている様にも見えなくない。冷蔵庫はハッと背筋を伸ばし、応じるように扉を開ける。低温で保管していたはずの食品たちは室温のように温かった。彼は何も言わず扉を閉めると、冷蔵庫はしょんぼりと身を丸めた。

 激しく怒鳴られるよりも、何もされない方が堪える。それを慰めるように、冷蔵庫の上に設置された電子レンジが電源コードで背中を撫でた。両者の間で今後の対策を協議していたのは紛れもない事実だが、ヘイリンの知る由ではない。

 ベッドに寝転び、小休憩を取ってから再び冷蔵庫の扉を開ける。少し冷えた飲料水を一口だけ飲み、元に戻す。そして彼は家を後にした。


 家の先を少し進めば調教場がある。本来はアバロスの管轄になっているのだが、彼は余計な作業をどんどん増やしているため、手が回らなくなった。そのため仕事が落ち着くまではヘイリンが受け持つことになっているが、当分先の事だろう。その呆れにも似た感情を七つ目の太陽は汲み取り、読み違えたのか怒りの表情を模った。

 調教場は乱立する樹木に囲われており、迂闊に侵入すれば養分として捕縛されてしまう。これは外部からの侵入を防ぐというよりは、専ら電荷製品が逃げないための柵になっている。その入り口は鉛色の看板で示された地点だ。ここなら刺激さえしなければ安全に移動できる。

 ヘイリンは角が枝に引っかからないよう畳み込み、慎重に樹々の間を通り抜けていく。研ぎ澄まされた葉は鏡のように光を反射し、甘えた移動をする生命を容赦なく切り裂く。昼は微笑みを受け取るため、静かに枝を伸ばしているが、夜は出入りが不可能になってしまう。

 進んだ先は広い草原になっており、電子レンジや冷蔵庫が自由に転げまわっている。ここに忍び込んだ駆動体たちはあれらの玩具として好き勝手に弄ばれていた。その脇で、電荷製品たちの小さな集団が整然と並んでいる。前には茶褐色のトーテムポールが立っている。あれがコルエル。ヘイリンは洗濯機の残骸を踏みつけながら彼に向って歩く。

「今日は耐久テストを行う」

 コルエルは枯れた声を響かせる。それを聞いて電荷製品たちは僅かに身を縮ませる。

「素行の悪かった奴を代表して選ぶ。今更いい子ぶっても関係ないから安心しろ」

 その途端扉を開けたりしてだらけだした。まさか自分ではあるまい、と確信しているかのようだ。

「えー、耐久テストはタグナンバー22だ。前に出ろ。どのくらいで壊れるか試す」

 すると炊飯器がいそいそと集団の中から現れた。ボタンを覆うプラスチックカバーが剥がれていたり、電源コードに傷がついていたり、中々のワルであろうことが窺い知れる。炊飯器はコルエルの前に佇むと、蓋を僅かに開けて蒸気を噴き出した。やれるものならやってみろ、というふてぶてしい態度だ。他の製品は危険な雰囲気を感じ退いている。

 互いに無言でガンを飛ばしあう。コルエルの縦に並んだ5つの灰色の目玉がじんわりと赤く染まっていく。いつ始まるか、緊張しきった糸が千切れる瞬間を待ち構えている。

「久しぶりだな、コルエル。今は忙しいか?」

「……ん、ヘイリンか。問題ない」

 一触即発と知ってか知らずか、ヘイリンは背後から普通に話しかけてきた。糸はその瞬間に緩み、電荷製品たちは安堵のため息をつくが、彼らの気持ちなどに理解を示せるものだろうか。

「荷電セットを1つ頼めるか」

 セット内容は冷蔵庫、電子レンジ、洗濯機、炊飯器、クーラー、扇風機、コンロが主流だ。本当に正しく使えているかは疑問が拭えない。

「すぐに用意できないな。まともなのは先約あるし、他は調教が済んでない」

「ふむ……アバロスは品質について何も言ってない、粗悪品で十分」

 ヘイリンはメモを見ながら言う。アバロスは顧客がどんなものを望むかよく観察している。今回注文したホロなら、何でもいいと判断したのだろう。最低限のラインすら書かれてないことは、その体裁だけ保てれば良いという暗黙の了解。

「だったら大丈夫だが、平気なのか。動くっちゃあ動くが、まともに働くことは期待できないぞ」

 黒い格子蝶を追いかける洗濯機は水を撒き散らし、クーラーは草を吸い込む。冷蔵庫は内部に熱を篭らせる遊びをしており、電子レンジは紫外線を吐き出している。コルエルの傍にいる電荷製品たちと違って自由奔放だ。既に分解処分が決定された掃除機は複数の電荷製品によってボコボコにされている。

「責任はアバロスにある。太陽と月が8回入れ替わる頃にまた来よう」

 メモ用紙にさらさらと文字を書き上げ、コルエルに渡す。

「了解。……あっとヘイリン、これとは関係のない話なんだが」

 そういって踵を返す彼をコルエルはぬるりと伸びる腕で引き留める。無駄を好まないヘイリンは嫌そうに角を揺らす。目の前を飛ぶ黒い格子蝶を角で消し飛ばしながら振り向いた。その蝶を追いかけていた洗濯機は驚いて蓄えていた洗剤水を一気に吐き出す。

「この前、スキャナーが売れたんだよ。ほら、買い手のつかなかったあの」

「それが?」

 冷蔵庫や電子レンジは普及品。牧場体制も整いつつあり、一定の品質を保つ方法ももう少しで確立されようとしている。しかしスキャナーは利用者の絶対数が少なく生産数も抑えられ、そのため手塩に育てられる傾向にある。故に高級品であり、お高くまとまりがちだ。件のスキャナーは己の性能に絶対の自信を持ち、そして同等の能力を周囲に求めていた。プリント機能もついてるのだから尚更だ。素人は普通にかみ殺す。

 そんなものが売れた、ということは。

「直接こっちに来てさ、スキャナーを見て即決だよ。そんでスキャナー自身もそいつ気に入ってさ、ホラこれ」

「これは?」

 差し出されたそれは分厚い板で挟まれた大量の紙。ヘイリンの持つメモ帳に似ているが、サイズも厚さも段違いだ。中をめくってみると、大量の文字が詰め込まれている。また、文字ではない何かが刻まれている部分も時折挟まれていた。

「本というものだ。紙の中に世界の設計図が書いてあってな、それを頭の中で組み立てるんだ。なかなかに面白い」

「それはお前の主観だろう。で、読めと?」

「ああ。アバロスは勝手に名前つけるからお前に渡しときたかったんだ。その本にはタイトル……つまり名前がもうある」

 ヘイリンは面倒臭そうに角をくるりと巻き付けた。裏返してみると分厚い板にも文字が、大きく刻まれている。

「金箔銀箔物語、だ。」

「これを書いた奴は誰だ?」

 名前は何だっていい。が、商品としての価値はあると踏む。暇な連中はどこにでもいる、そういった奴に売りつけることは可能だ。あとは数を揃えるため、スキャナーを買った人物に接触する必要が出てくるだろう。

「スキャナーを買ったのがカロッフ、書いたのがリフェだ。どっちも駆動系生命体管理区にいる」

「……なんだその地名は」

 聞きたいことが増えて答えが返ってきた。購入者と執筆者が異なる事も重要だが。コルエルは不思議そうに10の眼で見つめる。何故知らないのか、と言いたげに。

「お前も見たことあるだろう? ガラス張りの建物、植物園。あそこにいる奴が言ってたけど」

「……」

 ヘイリンは無言でメモ帳を取り出し、すべきことを書き記した。地名は2つもいらない。

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