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世界の中心と星と人間

作者: 志水ミコト


一人称、争い。テーマは「人間」

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 人生を一人称で生きられる人が私にとっては不思議だった。“自分”が中心で世界が外側にある、まるで天動説のようだと思っていた。

 私は人生の半分以上は他人を中心に自分の座標点を見つけるようなものだった。自分というものが、周りの人たちの影響を直に受けていることに私はずっと気付いていた。ガリレオが地動説を発表する前は、みんな当たり前のように地球が、自分たちが中心だと思っていた。今はどうだろう、地球じゃあない何かが中心だ。何かとは何か、私は軸を見失っている。

「結局さ、ユリちゃんは自分がないだけじゃあないの?」

 私の恋人はそう言った。まあ、自分に重きを置いていないのは認めよう。私は星の数ほどある点のひとつに過ぎず、相対的に見てどこかにあるただの点に過ぎないと思っている。だからカズオくんが言うことは“私”という絶対的な何かがないということなのだろう。

「たとえばだよ、カズオくん」

 私は夜の街灯の下を歩きながら言った。

「人間をとらえることを、木だと考えたとしよう。木を3Dに起こすためには最低四人以上の人が色々な角度からスケッチしなければならない。そういう状態でやっと一本の木が描ける。やっとひとりの人間が成立する。これを他人の影響なしに人間が独立して存在しているものだと言えるかい?」

「つまりハリボテを作るように最低四人いないと存在できないってこと? ハッ」

 カズオくんは鼻で笑って、そして私に歩幅をあわせながら言った。

「ここには二人しかいない。それでも君も俺も歩いてる。存在しているよ」

「存在なんて薄っぺらいもんさー。ちょっとの電子信号と内臓の不調和であっさり君の信じていたものなんて崩れるよ。あとに残るのは歴史だけ、君や私の歩いてきた、あしあとだけだよ」

「俺はそんなユリちゃんの存在を軽視するところが大嫌いだ」

 別に私はカズオくんが当為を軽視するところが嫌いじゃあない。むしろ好ましいと感じる。だけど存在を中心に考える人たちは、私のような人間が嫌いだ。

「俺は俺、ユリちゃんはユリちゃんでいいじゃん。どうして俺とユリちゃんと他人とが密に絡んでいるっていうの? 結局たまたま君と俺とが出会っただけで、人間なんて独立独歩の存在なんだよ。生まれるときも死ぬときもひとりなんだ」

「どれだけ支えあってるかわかってないんだね、カズオくんは。人っていうのは足を引っ張り合うのも含めて人間なんだよ。境界なんてないんだよ」

「そんなベトちゃんドクちゃんみたいにみんなつながってたら一人死んだだけで大影響だよ」

「大影響だよ、本当にね」

 私はため息をついた。何故、カズオくんと付き合っているのだろう。たぶん私という人間の個人的な問題に、彼だけが突っ込んで答えてくれるからだろう。自分と違う意見でもいい――そもそも、自分と同じ意見の人のほうが少ないと思っている。ともかくカズオくんは私と正面から向きあってくれる、それで「そんなユリちゃんが大嫌いだ」と言う。好きだとは言ってくれない。

 だけど私たちは付き合っている。いちおう社会でいう恋人同士だ。

「ねえ、」

 私は立ち止まって声をかけた。数歩歩いて、向こうも立ち止まる。

「別れるって言ったら、引き止める?」

「引き止めない。別れるときがきただけだ」

「つまるところ君は星と星がたまたま近づいてそのまま離れていくように、たまたま近づいた私と君がまた離れていくだけって言いたいんだね」

「そういうこと」

 あっさり言いやがる。この存在至上主義めが。

「私は……」

 私は言葉を飲み込んだ。

「言えよ」

 カズオくんが命令してくる。こんなことを言うとまた怒られるのだろうと思った。

「カズオくんが中心に世界が動いていたら幸せだったな」

「なんで?」

「だって、何を中心に私が動けばいいのかわかったから」

「はい、そんなんだから自分がないんだよ」

 カズオくんはすたすたと私のほうに近づいてくると言った。

「ここに、俺! がいて、その目の前に、君! がいて、それが事実だ。それ以上の事実はない。俺がユリちゃんに付き合ってるのは君が孤独だからだ。俺と同じで孤独だからだよ。どいつもこいつも自分自身であるといっちょ前に考えながら、無意識に人の影響を受けている。俺は俺だ、誰の影響も受けず自分で自分を決める。俺は孤独だが、一人の存在だ。だけど君は、自分自身がまったくない。君は自分と同じ意味だけを求める誰かに会ったらどうなる? 座標点がわからなくなって自分が崩壊するんだろうな。だから言ってるんだ、自分を持てって。自分自身であることのほうが自分に付随するくだらない意味を考えるよりずっと重要なんだ」

「まーた……」

 言いかけて、また止まった。

「言えよ」

「やだ」

「言えよ」

「わかった」

「あっさりかえやがった。自分ねえな」

「カズオくんはあれだ、自分と同じ、誰の影響も受けない存在に会ったら、きっと自分を守るために相手を倒さなきゃって考えるタイプでしょ。凸と凸みたいなもんだ。妥協点ゼロ。私は妥協100%。だからうまくいくんだ」

 カズオくんははあ、とため息をついて「今、うまくいってるか? 別れるとかこの口で言っておいて」と言った。私は平然という。

「どうでもいい存在でしょ? 私」

「正直うっとうしいくらいどうでもいいかも。なんで付き合ってるんだろうな、俺ら」

「私もカズオくんの意味のなさ加減はうっとうしいくらいまでだ。ここまできれいにすれ違うと、ぶつかることもないからいっそすがすがしい」

「不毛な時間を過ごしてるよな、俺ら」

「言葉遊びで約三十分歩いてきたね。もうちょっとで自宅だ」

 私は自宅の前まで着くと、カズオくんに言った。

「たとえば明日、どっちかが死んでいたとしたらどうする?」

「関係ないことだな。お前が死ね」

「私が死んだとしても、君が死んだとしても、世界は当たり前のように存在するよ」

「俺が死んだとしたら俺の世界が終わる。だから世界の滅亡だ」

 私とカズオくんはお互い向きあって、舌を出し合った。

「世界は俺を中心に回ってる」

「それでも地球は回っている」

「ガリレオの言葉持ってきやがった。自分の言葉ですら言えねえのか」

「うん。世界がカズオくんを中心に回ってないのだけは確かだ」

「俺があってすべての天体が存在するんだよ! 歴史の授業で習わなかったのか」

「習ってないよ。習ったのはガリレオさんが偉かったということだよ。悔しかったら何か歴史に残ることしてみろ!」

「してやる! ドストエフスキーを超える文豪としてな」

「はい、ドストエフスキーを超える癇癪持ち」

 私は時計を確認した。

「もう十分たった。そろそろ家の中に入る」

「とっとと入れ。十分もくだらない会話に付きあわせた罪は大きいぞ。明日迎えにきてやんないからな」

「それでも地球は――」

「俺がこなかったらお前という人間が終わるんだよ。社会不適応」

 カズオくんはそう言うと背を向けて歩き出した。ああ、私は社会不適応だ。みんなが信じている当たり前の世界観じゃ生きてないぞ。一人称なんてものは、三人称の前ではたちまち意味を見失うのだ。

「ただいま」

 玄関を開けて入ると、廊下にいた妹がこっち見て言った。

「おねえ、また喧嘩したの?」

「してないよ。あっちが怒ってるだけ」

「おねえのような人を大切にしてくれる人は大切にしてあげなよ。変人なんだから、理解してくれる人のほうが少ないよ?」

 私は首をかしげる。

「あいつ、私のことを全然理解しちゃいないよ。ただ、私が変わってると思ってるだけ」

 妹は笑って言った。

「おねえたちは馬鹿だ。どれだけ影響しあってるのかわかってない。俺が俺が、私が私がって言っているうちはまだまだだな」

 そう言ってココアの匂いを漂わせたまま、二階へと消えていった。なんだよ、あんたは男と付き合ったこともないくせに。

 でも、そうだな……平行線のようで、影響しあっているのだろう。綺麗にデッドボールばかりだけれども、繋がっていると感じている。他の誰よりも、だ。

「明日こないかな……」

 明日になればまた会える。

 明日迎えにきてくれなかったとしても、私とあいつが本当に離れたあとも、この影響しあった部分は永遠に残るのだろう。人間は相関している。



***

 俺はユリと別れたあとに冷たくかじかんだ手を見た。

 そこには小学生の頃、口喧嘩からカッターで切りつけてきた奴の残した傷が、塞がってはいるが線だけ残っていた。

「どうでもいいんだけどな……」

 どうでもいい。どうでもいいけれども消えない傷跡。

 ユリも俺の中に残していくのかもしれない。どうでもいい存在が、どうでもいいけれども消えない傷を。それでも俺は別れたくないのだろう。孤独を埋めるための凹が見つかったとはこのことだ。

「どうでもいいんだけどな」

 自分に言い聞かせるようにもう一度言った。


 ……どうでもよくない。

 やっと本音がでた。どうでもよくない。


(了)

カズオくん……殺したあとは必ず、自分に刃向けるタイプだね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 構成がしっかりしてるなと思いました [気になる点] 会話間の描写が欲しいかもしれません [一言] なんとなしの会話が印象的でした。 こういう意味のない会話ってよくありますよね。 お互い…
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