第6話 フカヒレのスープ 〜大海原に溶け込んで〜
奇妙な音の虜になり飛ぶことを忘れ落ちていく鳥たちの間を柊は流星の如く潜り抜けていった。
そして柊は無線を取り他部隊に応援要請をした。
「こちら第4部隊」
「現在予想外のノーミルの大群との戦闘によりかなり兵力が減少している」
「今すぐ応援を要求します」
「こちら第2部隊現在川崎港にて複数体のUMAとの戦闘中です」
「そちらが片付き次第すぐに向かう」
「こちら第3部隊青海です」
「青海!そっちはどうだ?」
「あ!柊中尉!こちらは一機のみ右エンジンの破損により海上に不時着をしましたがそれ以外はほぼ無傷です」
「でも柊中尉が急にそちらの応援に駆けつけたのには驚きましたよ…」
「そんなにそちらは状況が悪いんですか?」
「ん…まあノーミルが出てるわけだし第4部隊は特に操縦に慣れていない新米兵たちも多いから少し心配になっただけだ」
「急に抜け出してすまないな青海!」
「五井南海岸で待ってるぞ!」
「はい!すぐ駆け付けます!」
こうして青海との無線は終了した。
(第1部隊と第2部隊は現在戦闘中)
(第3部隊はこちらに至急向かうか…)
(せめて第3部隊が来るまで何とか持ちこたえないとな…)
(でもこれは私の判断ミスだった…)
(こちらに着いた時点ですぐに加勢すべきだった…)
(まさかサヴァー(level4)が来るなんて思いもしなかった…)
level4 サヴァー…セイレーンのデザインの元になったノーミルそのため機体はセイレーンとよく似ているが機体の色が黒としっかりと差別化はされている。
他のノーミルとは違い戦闘用ではなくサポート型のノーミルだ。
そのため攻撃手段は副武装のレーザー砲のみ。
パイロットたちはサヴァーを見たら最優先に撃墜することを心掛けている。
その理由が主武装のスパーチスピーカーだ。
サヴァーの翼部分に搭載されているスパーチスピーカーは機械を麻痺させてしまう特殊な性質を持つ。
そのためセイレーンのような自動操縦機能がある機体や自動追尾型ミサイルを打つことができる機体などにとってはかなり厄介なノーミルである。
しかもサヴァーの中でも電波の種類がそれぞれに違うため最も強い妨害音波を出すことのできるものだと機体が操縦不能になってしまうケースもある。
ちなみにスピーカーを打てる回数は一回の戦闘で一度のみ。
一度撃った後は3日ほど撃てなくなるがなんらかのエネルギーを核に加えればすぐにまたスピーカーを打つことが可能となっているようだがそのエネルギーがなんなのかはまだよくわかっていない。
ちなみにサヴァーの名前の由来はスパーチスピーカーの音が梟の鳴き声に似ていることからサヴァー(ロシア語で梟)と名付けられた。
(…あの大きさから見る限りどうやら偵察型の方みたいだな…)
サヴァーには大きく分けて二種類の機体があり一つがさきほど紹介した戦闘用のサヴァーである。
そしてもう一つが偵察型のサヴァーである。
偵察型のサヴァーには戦闘型のサヴァーとは違い攻撃手段が特攻しかない。
主武装は戦闘型のサヴァーと同じくスパーチスピーカーなのだが妨害電波の強さが攻撃型に比べ少し弱い。
そして電波の範囲も攻撃型よりも狭く戦闘型が75m~50mであるのに対し偵察型は30m~25mしかない。
撃てる回数も戦闘型と同じだが偵察型の場合は2日ほど経てば再び打つことが可能となっている。
偵察型も同様に核になにかしらのエネルギーを加えることですぐにスピーカーを打つことが可能になっている。
副武装は攻撃型とは異なり偵察型は小型カメラ弾となっている。
見た目は球体で正面にレンズが付いておりその部分だけ少し浮き出ている。
小型カメラ弾は爆弾を落とすようにして地上まで落とし地面に当たった衝撃でカメラが起動するように作られている。
起動後カメラは浮遊し上空高くから地上の様子を撮影したり地面スレスレを浮遊し人間たちの細かい動きを観察することもできる。
ちなみに浮遊する原理は今の地球の科学力では解析が不可能となっている。
そのため原理は不明。
スターダンサーはノーミルの大群へと向かっていった。
ノーミルからの攻撃を華麗にかわしながら次々と撃墜していく。
その姿はまさに華麗な踊り子。
しかしこの時の柊の踊りはいつもよりも派手にそして雑な踊りであった。
わざと爆風を起こしたり一機のノーミルに対し無駄に弾を打ち込むなどと少々荒い戦い方をしていた。
そんな踊り子の目の前に突如一体のサヴァーが他のノーミルたちを引き付けながら猛スピードでこちらに向かってきた。
「フッ!やっとお出ましか!」
「お前らが来るのを待ってたんだ!」
「お前らが来るように少し派手にするのは大変だったけどぁー!」
柊はぎこちない笑みを浮かべながらそうつぶやいた。
ノーミルは状況が悪くなるとすぐに近場にいるノーミルが応援にいくという性質を持つことが判明している。
柊はその性質を利用しサヴァーを誘き出したのだった。
「猛スピードで来るってことは特攻が目的なんだろ?」
「そんなことさせてたまるか!」
「私たちはお前らを全員ぶっ壊してホーム(新東京支部)に帰るんだーーーーーーーーー!!」
「それを邪魔するお前にはこいつをくれてやる!!!」
柊は怒声をあげながらサヴァーの方へと向かった。
そして…
「食らいやがれ!!怒りの鉄槌を!!!」
「ビューーーーーーン…」
「ボーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!」
柊はある程度までサヴァーに近づきレーザー砲を一発お見舞した。
そしてサヴァーたちのとてつもない爆発音のあとに目の前は黒い煙に覆われた。
そして少しずつ煙が晴れていくとそこにはもうサヴァーの姿はなかった。
サヴァーの後ろから付いてきていたノーミルたちもすべて消滅していた。
しかし柊はこの状況を素直に喜ぶことはできなかった。
「…」
柊はあまりの衝撃に黙り込んでしまった。
しかし彼女が黙り込むのも無理はないだろう。
なんたって目の前に見えた光景は千手の撫子がゴウゴウと燃えながら朽ち果てていく姿だったのだから。
「赤城中尉、こちら柊、応答せよ、繰り返す、赤城中尉……」
「空ちゃん!冗談きついよ…」
「早く返事をしてよ!」
陽は登り、時間は昼過ぎを迎えていた。
本来であれば日中で一番明るい時間帯であるはずなのだが、ゲートが出現してから天候は下り坂になり、辺りも暗くなっている。
そして柊の心も少しずつ暗くなってゆく…
「頼むから返事をしてくれ…」
柊の心が少しずつ絶望に染まっていった。
っとそんな時柊の無線機から応答が入った。
「!!」
すぐさま柊は無線機を取った。
しかしその無線相手は赤城ではなかった。
「柊中尉、ご無事でしたか!?」
「いきなりいくつも閃光が走って……ノーミルはいなくなったみたいですけど…」
その無線相手とは八重咲であった。
「ああなんとか無事だ…」
(八重咲にこんな情けない声は聞かせることはできないな…)
(もしかしたら私の見間違えかもしれない…)
(空ちゃんが…あの千手の撫子がやられるわけないさ…)
柊は八重咲との無線を終えると軽く深呼吸をした。
赤城は無事でいてくれ…
柊はそう願いながら前を向いた。
するとそこには青海や他の第3部隊の機影が近づいていた。
第2部隊の機影も確認できる。
第1部隊と一部の第2部隊の機影はなかった。
「こちら「マリア」管制室です、戦闘区域にいる全部隊に連絡します。
ただいまより『シーウェーブ』による捜索、救護活動を開始。
護衛は新たに編成された第5、第6部隊が担当します。
「第2、第3、第4部隊は「マリア」へ帰投して下さい」
『マリア』から帰投命令の通信が入るが柊は赤城のことが気になっていた。
柊は赤城の機体が落ちっていった方に目を向けていた。
っとそんな時また無線が入った。
「こちら第2部隊、弓削です」
「柊中尉、ノーミル発見後の状況はどうなっていますか?」
「視界にもレーダーにも敵影の反応は無いですし、それに第4部隊隊長の赤城中尉とも連絡が取れませんが…」
柊は戦闘後に通信を入れて無かった事を思い出し、弓削に状況を説明した。
「サヴァーはさっき私が撃墜したんだけど、その時に赤城の機体も一瞬で火に包まれたと思ったら見えなくなって……」
とは言ったものの柊はやはり赤城が撃墜されたとは思えなかった。
「ともかく後は『シーウェーブ』の救助活動に任せるしかありません」
「あれだけたくさんいたノーミルが1機も確認出来ないのは気掛かりですが…」
弓削が思案するように言うと突如、視界外から黒い影が飛び出してきた。
「!!」
全機が一斉に散開行動を取る。
「そんな、まだノーミルが??」
八重咲が悲鳴を上げる。
黒い影は遠くで海に落ちると大きな水柱が上がった。
「水中型のUMAか、逃がすか!」
弓削はセイレーンの機体を反転させると水柱の方に機関砲を撃ち込んだ。
他の第2部隊の機体もそれに続く。
水面に巨大な水柱がいくつも上がるが、水中の敵に効いているかどうかは分からなかった。
「花梨!また同じ方向から来るぞ!」
柊は先程の黒い影の一瞬確認できた姿からUMAやノーミルではない事に気付いていた。
また同じ方向から黒い物体が飛ばされてくる。
弓削は間一髪と言う所で機体をロールして回避した。
その時、柊のスターダンサーのレーダーは、黒い物体から味方識別の信号を確認した。
「あの羽の形状はもしかしてセイレーン!?」
「いや、まさかね……」
その黒い影は柊の方へと向かってくる。
それを柊はヒラッとかわしてみせた。
しかしその時柊にははっきりと見えたのだった。
その飛ばされてきた黒い影は明らかに変わり果てたセイレーンの残骸であった。
「『マリア』、こちら第3部隊、新たな敵影を確認、現在第2、第3、第4部隊と合同で対処中、引き続き応援を要請する」
何かが水中から飛び出してくる。
弓削は機体の状態を傾けると上空に信号弾を放った。
信号弾が襲撃者の姿を照らしだす。
突如として空中に巨大な影が出現した。
大きさは駆逐艦とほぼ同じ位だろうか。
巨大UMAである宇宙ダイオウイカの標準サイズよりも一回り大きいだろう。
「宇宙マッコウクジラ?でも、それなら残骸を飛ばしたりはしてこないはず…」
正体不明のUMAは閃光弾に驚いたのか、また水中に飛び込むと姿を消した。
「これなら対潜ミサイルをもっと積んで来るんだった」
弓削が歯噛みしながら言った。
UMAの反応もレーダーから消え、後には荒れた海を飛ぶ鳥達だけが残された。
「鉄の塊を飛ばすUMAなんて、これまで東京湾で見たことありませんよ」
「さっきのゲートから送り込まれてきたとしか私は思えませんね」
弓削は懸念を口にした。
さっきのUMAは柊も初めてみるタイプだった。
とは言え燃料も乏しくなってきたので、ここは一時『マリア』で補給を受けるしかない。
柊はあのセイレーンの残骸のことがまだ気になっていたのだがあとはシーウェーブに任せることにした。
「こちら第3部隊、状況クリア、周囲に敵影を確認できないため救援必要なし、これより補給のため第2、第3、と第4部隊の残員と共に一時帰投します」
と一報を入れ『マリア』に進路に向ける。
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30分もしない内に『マリア』の巨大な艦橋が前方に見えてくる。
先に八重咲達を着艦させ、次は柊が着艦する番になった。
「『マリア』、こちら柊、スターダンサー、着艦許可願います」
「こちらマリア、スターダンサー、着艦支障ありません」
無事着艦すると柊は八重咲達には先に休んでいるように指示を出した。
その後、スターダンサーのコクピットから辺りを見渡して見ると近くに見慣れない機体が見えた。
翼がX字状に4枚付いており、傍らには取り外して整備中のガトリング砲も見える。
いつものように赤城に聞いてみようという考えが浮かぶが、直ぐに思い直した。
(これから詳細を報告しないといけないのに……)
そうして柊はスターダンサーから降り一旦マリアの仮眠室へと向かった。
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仮眠室…
仮眠室で柊はベッドに寝転がりながら赤城の件について考えた。
(マリア内に先に帰投してるんじゃないかなんて思ってたけど流石にないか…)
(でもあのセイレーンまさか本当に空ちゃんなのかな…)
柊は胸のざわめきが止まらなかった。
っとそこへマリアからの連絡が入った。
「こちら『マリア』管制室」
「第1部隊及び第2部隊が帰投しました」
「これより報告会を行います」
「全パイロットは合同会議室へと集合してください」
「第1部隊が帰って来たのか…」
「…」
「おっしゃ!気持ちを入れ替えるぞ!」
「いつまでもメソメソしてたら空ちゃんに叱られるしな!」
柊はそう自分に言い聞かせた。
「トントン」
誰かが柊の部屋をノックした。
「はい!」
「ガチャ」
扉を開けると目の前には八重咲と青海がいた。
「柊中尉失礼します」
「おう八重咲に青海か!」
「ちょうど今から二人を呼びに行こうと思っていたところなんだ」
「先に呼びに来てくれるなんて優秀な子たちだ!」
「よしじゃあ行っこか!」
そして柊たちは合同会議室へと向かっていくのであった。
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合同会議室…
柊たちが入室したときには、すでに帰還したパイロットの大半が集まっていた。
この合同本部は大人数が収容できるように、備え付けの長テーブルと椅子が設置された大学の講堂のような造りになっている。
余裕で数百人くらい座れそうな規模のものであった。
そんなことを思っていると合同室にいたある人物には見覚えがあった。
「崎村少佐!」
柊は崎村に声をかけた。
「柊、無事だったか、そちらの状況は無線で聞いたが、第4部隊は1機を残して壊滅状態、赤城も消息不明と言うじゃないか、本当なのカ?」
「え?第4部隊は一機を残して壊滅状態?」
「それって本当ですか?」
柊は慌てた様子で崎村に聞いた。
八重咲と青海も少し不安な表情を浮かべていた。
「なんだ聞いてないのカ?」
「第4部隊は赤城を含めた隊員のほとんどが行方不明なんダ」
「まあ何人かはもうすでに死体として見つかっているようだガ…」
それを聞き柊の心はさらに絶望に染まっていった。
それもそのはず第4部隊には柊の所属する小隊の訓練生2名がいたのだから。
「あの子たちは無事なのかな…」
柊の目からは今にも涙が零れ落ちそうであった。
その様子を見て崎村は柊にハンカチを渡した。
「少し汚れていてすまないが使ってくレ…」
「どうやら少し汗を掻いているいるようだからナ…」
崎村はそう言うと後ろを向いた。
崎村は涙のことを汗と言ったのは柊への配慮であった。
後ろにいる八重咲達に柊の表情を悟らせないためにあえて汗と言ったのだった。
柊は崎村が前を向いた隙に目についた涙を拭きとった。
涙を拭いたあとハンカチを見るとハートマークの刺繍が施されていた。
(ハート?少佐らしくないハンカチだな…)
そんなことを思いながら柊は崎村の肩を叩いた。
「もうこっち向いてもいいですよ」
「汗はもう全部拭いたのカ?」
「はいばっちりです!」
「少佐ありがとうございます!」
「このハンカチ本部に帰ったら洗って返しますね!」
柊は笑顔で言った。
これには崎村の頬も少し緩んだ。
そして先ほどの第4部隊の話へ柊は話を戻した。
「私、実際に見ました、赤城の機体が炎に包まれて落ちていくのを……」
柊の報告を聞いて崎村は絶句する。
崎村も赤城の件に関しては驚いているようだ。
「ノーミルの中にサヴァーがいたんです」
「それでセイレーンの操縦系統に電磁妨害を受けて……」
「サヴァーがいたのカ!?」
「あれはこの間の九州の襲撃でも確認されていなかったのニ?盲点だっタ……ともかく…」
崎村はここで一旦言葉を区切ると…
「続きはこの報告会で放してくれ…」
「分かりました」
そう言ったあと柊たちは適当に空いている一角を見つけ着席する。
左から順に青海、八重咲、柊、崎村、そして少し後に遅れて入ってきた翼雷と弓削もこの中に加わった。
この場に居ないのは、空母『マリア』のクルーを除くと、現在、救出活動に当たっている海上部隊『シーウェーブ』の隊員たちと、その護衛で海上を巡回中の第5、第6部隊のパイロット。
そして各部署で待機中の医師や看護師、救命士ら医療班のスタッフ一同だ。
本部の奥に設置された巨大モニターの前には、渋面を浮かべる中肉中背の四十前後の軍人と皴だらけのスーツの上に白衣を纏う肩まで伸びた白髪と黒縁眼鏡が特徴的な老学者がいた。
今回の作戦指揮を執る最高責任者の柳川一真少将とナディエージダのUMA調査班に所属する、生物学者の畑中正博教授だった。
モニターには撮影された例の正体不明のUMAの姿が映され、二人はそれを見ながら何やら話しこんでいる。
周囲の状況に気づかぬ程熱中して画面に見入ってる彼等の様子は、大勢集まった室内でも目立っていた。
「畑中先生、こいつは一体何者なんですか?」
「ふ~む、まだ断定は出来んが、海棲のUMAでこんな特徴をしたここまでデカい奴とくれば限られとることだし、だいだい見当は付いてきたようじゃな」
「本当ですか!では、後ほど報告ができますかね?」
「ふむ、丁度いい具合に大勢集まって来たしの」
「皆もこれが何か気になるだろうし少将殿もパイロットたちからの報告を聞きたいだろうから、これから始める会議でぜんぶ一緒に話した方が良いかの」
「そうですね、ではこの件は全て先生にお任せ致しますよ」
キリの良い所で会話が打ち切られると、そのまま会議に入っていった。
隊員たちに目を向けた柳川少将の口から最初に発せられたのは、意外にも労いの言葉からだった。
「諸君、あれだけ過酷な戦況の中、これほどの成果を挙げ多くの兵が無事帰還出来たことを指揮官として嬉しく思う」
「しかしながら敵戦闘機サヴァーによる第4部隊壊滅や、正体不明なUMAの出現など想定外の事態により、受けた被害は決して小さくはない」
「それゆえ戦いの直後で疲れている処を済まないが、これより報告会を行う」
「各部隊の責任者は私に現況報告を頼む」
その後は第1部隊を率いた崎村少佐、第2部隊の弓削少尉、第3部隊の柊中尉の順番で戦況が語られていく。
これまで各部隊の個別の体験でしかない点の部分が線で繋がり、やがて見えてきた全体像が室内の全パイロットに共有された。
作戦のうち第1部隊の川崎港付近と、第3部隊の千葉港のUMA駆除、第2部隊の先遣隊としてのサポートは殆ど被害もなく概ね成功と言える結果だった。
だが五井南海岸付近を担当した第4部隊のことに話が移ると、全ての隊員の顔が曇ってしまう。
第4部隊で唯一この場にいる八重咲は、激しいショックを受けていた。
八重咲だけで報告にいくのは不安に思い同じ場にいた柊と青海、それに弓削も一緒に報告を行った。
この部隊を率いる赤城空は、優れた技量に加えて若いながらも統率力に秀でたパイロットである。
そんな彼女の部隊が、突如現れたノーミルサヴァーになす術なく撃墜され、本人も隊員の殆ども行方知れずという状況だ。
柊が事の次第を報告し終えると、今回の作戦に参加したパイロットたちに動揺が広がっていく。
「おいっ、あの部隊ってセイレーンがメインなのにサヴァーに遭ったらもうお終いじゃないか」
「うわっ……赤城中尉、これはあまりに不運すぎるだろ……」
「でも何の対策もなかったって迂闊すぎないか?」
「そもそも、あんなヒヨッ子ばかりの部隊じゃ無理があったのよ……」
主に他の部隊から発せられる不規則発言に、柊は一瞬イラっと来て声の方向に向けて怒鳴ろうとしたのたが、崎村が軽く肩を叩き宥めたことで、何とか怒りを堪えることができた。
その間に柳川少将は話を締めに入っていた。
「なお赤城中尉をはじめ第4部隊の消息は、いま第5、第6部隊とシーウェーブが鋭意捜索中であり彼女らの無事と一刻も早い救出を心から願っている」
「私からは以上だ……」
「あとは畑中教授からUMAに関して話があるので、引き続きそのまま聞いてくれ」
「では先生お願いします」
「うむ……では始めるかの」
少将と入れ替わりに壇上に立った畑中教授が、どことなく嬉々とした様子で謎のUMAに関する考察を語りはじめる。
「さて皆さま、こちらの映像をご覧くだされ」
本部のモニターには先程見た巨大なひし形の黒い影が再び映し出された。
その禍々しい姿と迫力は、画面越しからでも充分に伝わってくる。
「ええと……お爺さん。その真っ黒な生き物は何なんですか?」
勝手に席を立ち、年長者に対する敬意のかけらも見えない口調で尋ねるのは翼雷だ。
隣席の崎村は…
「こらっ、ナディエージタの重鎮になんて口の利き方だ!?」
と、強引に彼の頭を押さえ席に戻すが畑中教授は翼雷の態度を気にした様子はなく、むしろ面白そうに二人のやり取りを眺めていた。
その後も何人かの隊員たちの質問に受け答えしながら説明を進め、いよいよ核心に入って行く。
「帰還したパイロットの『鉄の塊を飛ばす』という証言から儂は確信を持つようになった」
「ほぼ間違いないだろうな……」
「この黒いデカブツの正体はラスイートという宇宙のイタチザメじゃよ」
遂に正体が判明した事で、全体から大きなどよめきが起った。
一部には…
「やはりな……」
と呟く崎村のように見当をつけていた者もいたが、大半はこれまで遭ったことがない規格外のUMAの出現に驚愕していた。
「よりによってラスイートか……まさかこんな近海にまで現れるとはな…」
「話には聞くけど見るからにヤバそうだな……」
「まあ宇宙ダイオウイカより大きいUMAってことだから、そうかなって気はしてたけど」
「じゃあ今出てるシーウェーブの連中大丈夫か?只でさえ海荒れてんのに…」
「それに護衛をしてる5 、6部隊もね…」
それは、ここに居る全員が最も懸念していることだ。
柊も出来れば今すぐにでも現場に戻りたい気持ちでいっぱいだった。
しかしスターダンサーは未だ格納庫で検査中であり再び飛べるまで暫く時間を必要としている。
気ばかりが逸るなか突如本部に通信が入った。
管制室で情報収集に当たるオペレーターからの一報だ。
『只今シーウェーブの一隊が帰還、第4部隊の隊員が数名救出されました』
『医療班スタッフは直ちに出動してください』
『また手の空いている艦内の隊員は搬送、救命措置などの協力をお願い致します』
ついに待ち望んだ一報に、またもや大きなどよめきが起こり本部全体を包み込んだ。
「来たか…」
「よし!ではこれで報告会は終了とする!」
報告会終了の知らせと共に柊と八重咲と青海は「マリア」内の病棟へ向かった。
ーーーーーーーーーーーーーー
「マリア」内の病棟
柊たちが部屋に向かうと数人の隊員たちがベッドに横たわっていた。
しかしその隊員たちの中には柊の小隊の訓練生たちはいなかった。
また赤城の姿もどこにもなかった…
っとそんな柊に医療スタッフの一人が声を掛けた。
「第一陣で救出できたのは今この部屋にいる2名と緊急治療室にいる1名だけです」
「赤城中尉以下2名は未だ捜索中です」
「そうですか……後はよろしくお願いします」
柊は医療スタッフに頭を下げると次の出撃の準備のために格納庫へと向かった。
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空母「マリア」内の格納庫…
柊が格納庫に着いた時には「マリア」のテレポーテーションステーションを使って、各基地から戦闘機の搬入作業が行われている所であった。
セイレーンでは音波兵器を要するサヴァー相手に分が悪い事から、錬度の低いパイロットから優先的にウンディーネ等、他の機体に乗せる事になったのである。
柊の乗機はスターダンサーから変更は無かったが、八重咲と青海の機体はセイレーンから乗り換えと言う事になった。
青海はウンディーネに決まったが、一方の八重咲の機体はというと…
「見たことない機体だな…」
「新型機か?」
「でもなんだかおもしろい見た目をしてるなじゃないか!」
「八重咲見てみろよ!」
柊はキョトンとした表情の八重咲を少し励ますつもりで声を掛けた。
すると八重咲は…
「か、かわいい…」
八重咲が場にそぐわない感激の声を上げた。
その機体はまるで桜の花びらを組み合わせたような形をしており、両翼と後退翼は全体的に丸みを帯びていた。
機関砲の銃口は菱形になっていて方向によっては機体に花が咲いている様に見える。機体色は赤である。
第4部隊壊滅にショックを受けていた八重咲であったがこの機体を見た瞬間少しだが口元が緩んだ。
「この機体は新型機のようですが、そもそもどういう経緯で送られて来たんでしょうか?」
柊は確認作業中だった整備員に質問した。
「東京支部に送った補給申請書の中に『ノーミルにも大型UMAにも対応出来る機体』と備考欄に書かれた物が混じり込んでて……それでこの機体が送られて来たんですよ」
整備員は困惑しながら説明を続けた。
「さすがにこちらでも見た事が無い機体だったので、東京支部に確認した所、『こちらの状況を聞いた太田司令官直々にこの機体【フラワーデイズ】を送るように言われた』と言われまして……こちらとしてはどうしようも…」
「太田司令官から?」
「はい、『また、この機体【フラワーデイズ】は八重咲少尉が乗る事を希望する』とも仰られてたようです」
(この作戦へ訓練生の参加も決めた太田司令官なりの配慮だろうか?)
(でも、パイロットに八重咲を指名してきたのが少し引っ掛かるな)
柊としてはよく分からない新型機よりもウンディーネやリフレク・レーベルの後継機など、ある程度性能が保証されている機体に乗せてあげたかった。
っとそんな柊に八重咲はこう言った。
「柊中尉、私このフラワーデイズに乗ります…」
「いえ、ぜひ乗らせて頂けないでしょうか?」
八重咲はもうこの機体に夢中としか思えない面持ちで柊に懇願した。
「太田司令官直々の命令で、本人が良いって言うならそれで良いか……」
「八重咲、新型機の運用は慎重にな、出撃までにマニュアルを読み込んで整備員の話も聞いておくように」
「柊中尉、了解しました!」
ーーーーーーーーーーーーーー
八重咲の乗機の話がまとまると八重咲と青海を新型機の所に残し、自分のスターダンサーの整備状況を確認しに行った。
スターダンサーは油脂類の交換中だったが、既に先客がいた。
「いやあ、機体の整備確認のためにこっちに移動してたら、ちょうどこいつが見えたんでネ」
そう言って崎村は再びスターダンサーの方に視線を向けた。
「ところで…」
崎村は柊の方に向き直ると
「弓削はまだスターダンサーに未練があるようだな、さっきまでここに居たんだが、この機体に関して色々と質問されたヨ」
そう言うと崎村は少し可笑しそうに笑った。
「今度ウンディーネの後継機がロールアウトするんでそれに乗ってみないかと言ったら、本人は『新型機よりもスターダンサーに乗りたい!』トサ」
それだけ話して自分の機体の方へ行ってしまった。
「新型かあ……」
柊はそう一人呟くと、スターダンサーの翼越しに帰還した第5部隊の機体が格納庫に運ばれて来ているのが見えた。
どの機体も普段見慣れているセイレーン等の機体では無いようである。
その光景を見て柊は今回の作戦は新型機のテストの兼ね合いもあったのでは無いかという疑問を持った。
続けて第6部隊とシーウェーブの機体もマリア内に戻って来ていた。
どうやら出撃していた全機がマリアに集まったようだ、救助活動の方はどうなったのだろうかと思っていると…
『次の作戦への説明を行います』
『各小隊の指揮官は今一度合同会議室に集合して下さい、繰り返します……次』
丁度、集合をかける一斉放送が艦内に流れた。
柊も赤城が救助された事を願いながら合同会議室に向かう。
ーーーーーーーーーーーーーー
合同会議室…
第5、第6、シーウェーブの面々が増えたが各小隊の小隊長クラスしか呼ばれていないため、人数は先ほどの報告会の半分以下になっていた。
正面の机には相変わらず柳川少将と畑中教授が座っている。
第4部隊からは赤城の代わりに八重咲が来ていた。
八重咲より階級が上の隊員も先ほど救出されたんだが医務室で治療中のため、急遽自分が出る事になったとのことらしい。
まず柳川少将が開始の音頭を取る。
「諸君、度々集まって貰ってすまないが、この会議では帰還した部隊の状況報告だけでなく、次の作戦の指針、特にターゲットとなるUMAに関しての新しい事実が分かったため、皆に集まって貰った次第だ」
「ではまず帰還したシーウェーブの守川君から順に報告を頼む」
守川と呼ばれたシーウェーブの隊長は柳川少将に軽く一礼すると状況報告を行った。
年齢は柳川少将よりも少し若いと言った感じで、襟に付いている階級章を見るに階級は中佐のようだ。
「我が隊は該当海域の捜索を行い、墜落したと思われる第4部隊の該当隊員5名の内、2名を発見、救助しましたが、赤城中尉以下3名に関しては発見できませんでした」
「捜索活動中の空域に関しては第5部隊の方の説明をお聞き下さい」
第5部隊の隊長はジョセフ中佐だった。
柊は少し驚いた様子を見せた。
「まず第6部隊の報告も兼ねて行います」
「我々第5、第6部隊ともに捜索中はノーミル共と出くわす事はありませんでした」
「ゲートの反応も無かったんでね、ただUMAに関しては海中から小型のUMAが度々狙って来てたんで少し苦労しましたよ」
初めはジョセフ中佐なりに場を選んだ言葉使いをしていたようだが、やはりなまりが出てしまったらしい。
ここで畑中教授が説明をする。
スクリーンにその小型UMAを空撮した映像が映し出された。
「その小型UMAの写真をナディエジータのUMAデータベースに照合した結果、このUMAは「ファスイート」とである事が分かった。
「ファスイート」は「ウチュウコバンザメ」とも呼ばれるUMAで、生態は大型のUMAに引っ付いて餌のおこぼれを貰うなどしておる。
そしてこいつが主に随伴している大型UMAと言うのが…」
ここで次のスライドに切り替える。
「そう、「ラスイート」じゃ、つまりこのUMAが確認されたという事は第4部隊を襲ったUMAは「ラスイート」である事がほぼ確定的になったという事じゃな」
畑中教授が自信に満ちた表情で言うと柳川少将が話をまとめに持っていった。
「今回の作戦で東京湾のUMAは目標の7割が駆除できている」
「残るは五井南海岸付近で確認されたラスイートだが、レベル4UMAをこのまま放って置くわけにもいかない」
「撃墜するのが好ましいが、それが出来ない場合は今後の行動を察知できる様にマーカーを撃ち込む」
「そして作戦開始日時に関してだが明朝、夜明けとともに実行に移す」
「各自今日はご苦労であった」
「各々食事、睡眠を取って明日の作戦に備えてくれ、では解散するように…」
そう言って締めくくり会議は終了した。
会議が終わると八重咲が話かけてきた。
「柊中尉、これから食堂に行きませんか?」
「青海さんも誘って、携行食ばかりというのも元気が出ませんし……」
八重咲なりに配慮してくれているのだろう。
「そうだな…」
「よしじゃあ行くか!」
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空母『マリア』内食堂…
さすがナディエジータでは2番目に大きい空母の食堂といった所で食堂もかなり広々としていた。
本来は和食、洋食、中華といったその日のセットメニューから選べるようであった。
とりあえず柊たちは角のテーブルに着き夜食を頂く事にした。
今回は普通の喫食時間からかなり遅れているためか代わりに夜食のおにぎりと豚汁が準備されていた。
「柊中尉は実際にラスイートを見た事があるんですか?」
食事中に八重咲が素朴な質問をする。
「私も実際に見た事は無いかな」
「写真や報告資料に書いてあった位の事しか知らないけど…」
柊はそう言って何気なしに食堂内を見渡すとナディエジータの各支部のエンブレムがあった。
それである事を思い出す。
「たしか大きさは平均的なレベル4UMAよりも小さかったはず、ヨーロッパでは大量発生した事もあって、1日に4匹倒したパイロットの話がニュースになってたような…」
柊がそう説明すると、青海が言った。
「私もその話は知ってます」
「この間のナディエジータニュースで見ました」
ナディエージダ内では隊員同士の情報を共有するという一環でナディエージダニュースと言うものが存在していた。
(私が見た時のニュースはもっと昔だった気がするけど…)
と柊は思ったが、この話を聞いて八重咲は安心したのか…
「ということはこの間の宇宙ダイオウイカよりも凶暴じゃないって事ですよね、あの時みたいに赤城中尉や他の皆で連携していけば勝てますよね?、あ……」
八重咲はそこで「しまった」と言う顔をした。
八重咲は何かを思い出したかのように寂しげな様子で柊に一言詫びを入れた。
「あ、あのごめんなさい…」
「いいよ、そこまで気にしなくても、空ちゃん達の事をこれからタブーや腫れ物みたいに扱いたくないし、本人達もそういう扱いは嫌だと私は思うよ…」
柊はそう言って最後のおにぎりを口に運んだ。
青海は「たしかに……そうですね」と頷いたが、八重咲は塞ぎ込んでしまった。
このまま食堂での会話は止まってしまった。
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仮眠室…
八重咲達と別れると自分の仮眠室へと向かった。
仮眠室は個室になっており、ホテルばりのシャワー室や洗面台があり設備が充実していた。
可能であればルームサービスも頼めるらしい。
「東京支部の仮眠室とは大違いじゃないか……」
とりあえず寝る前の準備を一通り終えると、最後に制服からスターダンサーのカードキーを取り出してベッドに転がった。
「今までもだったけど、もうノーミルでもラスイートでも容赦しない、どんな敵とだって戦ってやるわ見ててね空ちゃん…」
そう再び決意すると柊は眠りに入っていった。
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次の日…
翌日の早朝、思ったよりも良い寝覚めを迎えた柊は、朝食をとろうと八重咲、青海と一緒に食堂に向かうと、反対側の通路から見なれた人物が歩いてくる。
今回の作戦で第5部隊の隊長をしているジョセフ中佐だ。
「おう、柊に嬢ちゃん達。お早うさん!」
「お早うございますジョセフ中佐!」
「「お、おはようございます。初めまして」」
柊は自分に続いて挨拶する二人の言葉に(あれっ、そうだっけ?)と首を傾げるがやがて、昨日の会議では姿を見ただけなので、こうして顔を合わせて話すのは確かにそうだったと思い至った。
「ああ、柊から見込みのある若い子がいると聞いてるが、お嬢ちゃんたちのことだな」
「初めまして、こいつとは以前チームメイトだったジョセフ照屋だ。よろしくな!」
「はっ……はいっ、よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますっ」
「じゃあ、今からみんなで朝飯にするか」
「デザートに有料のもあるから、それは俺の奢りで!」
「「ええっいいんですか。ありがとうございます!」」
「わわわっ、ジョセフ中佐! あまりこいつらを甘やかさないでくださいよ!?」
「ハハハ、いいって。お近づきの印ってことでさ」
すると背後から颯爽と廊下を駆ける二つの足音が聞こえた。
柊にはそれだけで足音の主がかなり鍛え抜かれた高い身体能力の持ち主という事がなんとなく分かった。
「「ジョセフ中佐~~待ってくださいよ、朝トレの後は一緒に食事の約束だったでしょっ」」
「あ!すまんすまん、腹が減りすぎて先に行ってたんだ。悪かったな」
振り返って誰かを確かめると、細身ながら均整の取れたスタイルを制服に包んだ青い髪の男女がいた。
その中性的な凛々しい顔立ちは合わせ鏡のようにそっくりだ。
彼らは柊たちが良く知っている人物で、瀬川夏樹と夏葉の兄妹だった。
この二人もジョセフと共に第5部隊に参加している。
「おおっ、瀬川ツインズ! 今日も格好いいね。お早う!」
「「あっ、柊中尉、それに青海少尉と八重咲少尉も。おはようございます」」
先週の訓練で護衛を務めたウンディーネのパイロットで宇宙ダイオウイカとの戦いでも大きな役割を果たした功労者だった。
柊はこの件以来、彼らと意気投合して数年来の友人のように親しくなった。
青海と八重咲もこの兄妹に挨拶を返しているが、その目が妙にキラキラしている。
(まあこの二人が相手なら無理もないか……)
瀬川兄妹といえば、かねてより颯爽とした物腰と整ったクールな風貌からナディエージタ内でミーハーなファンが多く人気を集めていたのだが、柊にはあまり上手く教えられない機体の仕組みや、戦術面にメンタルの調整などを訓練生たちにアドバイスしていくうちに、いつの間にか二人は柊とは別の意味で彼女らから敬意を向けられる憧れの存在となっていた。
小隊長として成りたての柊にとっても、いろいろと手が回らない部分をカバーしてくれた二人の協力は大変ありがたいものだった。
「よーし、じゃあ皆で一緒にメシにしようか!」
「「「「「やったっ~~~!!!!!」」」」」
「あっ、でも奢りは嬢ちゃん達だけで勘弁してくれ」
「流石にデザート5人分はキツイんだ」
この言葉に瀬川兄妹は思わず盛大にズッコケていた。
それから食堂に移ってからも和気藹々とした会話が続けられとても決戦前とは思えないくらい和やかな朝となった。
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格納庫…
それから柊、八重咲、青海は、自分たちの機体の仕上がりを確認するため格納庫に移動していた。
その後は他の機体にも興味が出てきて、許可が出たいくつかの物を見せてもらえたがなかでも一番気になったのは、遠目からも目立つ翼がX字状に4枚付いた独特なデザインの戦闘機だった。
昨日も見かけたそれは、整備中だったガトリング砲も既に取り付けてある。
「この機体って、とても迫力ありますよね!誰が操縦してるんでしょ?」
「う~ん、誰なんだろうね…」
「私も初めて見る機体なんだけど…
「フフフフフッ~~!! やっぱりこれに興味あるみたいね瑠湖!!」
いつの間にか柊たちの傍らに別のパイロットが来ていた。
八重咲と青海は初めて見る顔だ。
赤いパイロットスーツを着用した、長い黒髪をツインテールで纏めた小柄な体格の女性というより八重咲や青海と同年代くらいの少女だった。
「えっ、あれっ、誰かと思えばフェイちゃんじゃないか。久しぶり!」
「あのとき以来だから本当ね」
「最近、部隊長になったって聞いたけど元気そうね!」
「まあね。正確には小隊長だよ」
「慣れない役割で大変だけど遣り甲斐はあるよ!」
どうやら柊とは知り合いのようだ。
二人とも破顔して手を取り合ってはしゃいでいる。
戦闘前の緊張感とは無縁な彼女たちのテンションに、柊の部下たちは完全に戸惑っていた。
「あの~柊中尉、その人はいったい……」
「そうか二人は初めてだな。彼女はフェイちゃん、私の戦友だよ!」
「ちょっと瑠湖、それじゃ分らないでしょ。初めましてアタシは楊飛鈴」
「香港支部から来て暫く経つけど、瑠湖とは仲良くさせてもらってるわ!」
楊飛鈴…翼雷と同じく香港支部の機体の新人である。
飛鈴は自己紹介しながら右手を差し出し握手を求め二人もそれに応じる。
「はっ……初めまして八重咲早奈英です。階級は少尉です。よろしくお願します」
「同じく青海昴です。柊中尉の下で勉強させて頂いてます」
「うん、二人とも良い目をしてるわね。将来良いパイロットになりそう。瑠湖この子たち大事にしなさいよ!」
「ああ、ありがとう肝に銘じておくよ」
「ところでこの機体なんだけど…」
「よくぞ聞いてくれました。ジャジャーン!」
「これこそが今回アタシが搭乗する新兵器、フェニックス(PHENIX) よ!」
「「「フェニックス(PHENIX) !!!」」」
「そう、発見された謎の戦闘機を研究して、その機構や性能を取り入れて作ったんだって」
「開発部の人は、元の機体は最速マッハ9.5だったとか、時空を越えるゲートを発生させるとか言ってたけどね」
「まあ、さすがにそれは話を盛ってたんでしょうけど… 」
柊たちの反応に気をよくした飛鈴は、この機体が如何に凄いのか、操作がとても難しくパイロットのなかでも選ばれた者だけに動かせるかを熱を込めて延々と語り始めてしまう。
ちなみにこの時に飛鈴が第6部隊のパイロットで有ることを、柊たちは初めて知った。
「ということはフェイちゃんが第6部隊の隊長なのかな?」
「いいやアタシは日本には研修って名目で来てるから、そういう役目は辞退してるんだ」
「そうなんだ、じゃあどんな人なんだろ?昨日の会議では見なかったけど…」
「アハハハハ……うちの隊長はちょっと変わった人だからね……」
「報告もジェセフ中佐に丸投げでずっと格納庫に籠ってたし。まあ今日は出てくるでしょうけど」
(いったいどういう人なんだろ……)
この飛鈴でも引くほどの上官とは果たしてどんな人物なのか?
柊隊の3人は、まだ見ぬ第6部隊の隊長に思わず戦慄していた。
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合同会議室…
出撃を前にして合同会議室において最終的な作戦会議が開かれた。
室内には第1~第6部隊は勿論、シーウェーブを含めた諸々の全部隊が集合している。
この日は最後に現れた柳川少将は、なぜか目の下に隈が出来ていた。
正面の壇上には柳川少将と畑中教授の他に、軍服姿の二人の副官とノーネクタイのシャツの上に白衣を着た技術畑の研究者っぽい人物も並んでいる。
「おそらく少将は作戦立案後も、一睡もせずに見張ってたんだろうナ」
「幸い昨夜は何事もなかったけど敵の夜襲を警戒してたからナ」
「ええっ指揮官自らですか?」
「 現場に任せておけばいいのに?」
「そういう性分なんだよあの人は、バカ正直というか律儀すぎると言うカ…」
崎村の説明に柊らは驚くが、ジョセフらベテランパイロットはいつもの事という感じで特に反応せず柳川少将の話を聞いていた。
いまの席には昨日の面々に加えジョセフ照屋、瀬川兄妹、楊飛鈴も並んでいる。
すぐ近くにナディエージタでも注目のパイロットが集まった為か妙に注目されて
周囲の隊員達からジロジロと見られ、柊にとって居心地の悪い会議となった。
「今回の戦闘は、各部隊とシーウェーブの連携により上空と海上と海中の同時攻撃でラスイート及びファスイートの逃げ場を無くし殲滅を図るものである」
「シーウェーブの隊員や第2部隊の隊員には対水中、水上の攻撃を担ってもらう」
「第1部隊、第3部隊は上空に逃げたラスイートを仕留める役目を任せる」
「そして第5、第6部隊は折を見て加勢、または交代してもらう為、始めは艦内で待機してくれ」
ついに作戦の概要が語られた。
それに関連して今作戦で初めて導入される兵器についても少し触れられた。
「こちらに控える間出井博士が開発した新装置を試験的にセイレーンに取り付けて出てもらう」
「上手くいけばサヴァーの電波をシャットアウト出来るとのことだ」
「この役目は第6部隊長の時野流大尉が志願してくれた」
話の終盤にかけて知らない名前ばかり耳にした柊は、彼らが何者なのか近くの席にいる崎村とジョセフに小声で尋ねた。
「あの~、途中で知らない人ばかり出てるんですけど誰なんですか?」
「まあ、普段会わないだろうから柊が知らないのも無理はないか」
「でも噂くらいにはなってるぜ」
「彼こそナディエージタの企画開発部主任、マディソン博士こと間出井尊博士だヨ」
「天才ではあるが、天災でもあるマッドサイエンティストだナ」
答える二人の声は何故か苦笑交じりのものだった。
過去に無茶な実験にでも付き合わされたのだろうか?
いま壇上に立って新装置について説明しているマディソン博士は、白髪頭をした壮年の男性という特に目立つ外見でもなく言動も普通で、柊には彼らが言うようなマッドな科学者にはとても見えなかった。
「あと時野は、お前とは違う時期に俺らのクルーだったことがあるんだけど、身体能力は高いし、人当たりは良いし優秀なパイロットということは確かなんだが……」
「ただ何というか、時野は不気味というか得体の知れない恐さがある感じだな」
「そして今回のその時野にも負けず劣らずな変人ぶりを見せるのがあいつだな…」
ジョセフがそう言ったあとある場所に指を指した。
柊が目を向けると、左目を前髪で覆った青年が席を立ちマディソン博士に質問するところだった。
白い髪に白い肌のパイロットは、優し気な儚さすら感じさせる美形だったため席を立った直後に女性隊員たちの歓声が沸き起り、それを柳川少将が咳払いして注意していた。
っとそんな中隣にいた八重咲が柊の肩を軽く叩いてこう話した。
「柊中尉、私、この人知ってます。煉さんですよ!ナディエージタに入ったばかりの頃、親切にしてもらいました」
この八重咲の発言には、柊のみならずジョセフと崎村も「「「本当かっ!?」」」と思わず問い質したくらいで、あまりに意外な接点に驚かされた。
次に質問した第6部隊の時野隊長は、柊の想像と違って丸顔の温厚そうな人物だった。
始めは自身に関わりのあるセイレーンの新装置について訊いていたが。やがて新型機のことや挙句にこの作戦では全く無関係ない、2025年の襲撃直後に現れたという謎の戦闘機の事にまで及ぶと…
「今そんな事を話してる場合か!?」
「他にもっと重要なことがあるだろ!?」
と遂にマディソン博士が机をバンバン叩いて切れてしまい、柳川少将と副官が慌てて止めに入る事態に至った。
これには近くの席にいる飛鈴も「は……恥ずかしい」と俯いてしまい。
ジョセフと崎村も「相変わらずだなコイツは」と呆れていた。更にはこれまで静かに聞いていた翼雷が「何なんすかこの人?変わってますね……」と呟いたのにはみんなが内心で(お前が言うな……)とツッコミを入れていた。
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ようやく会議は終了し、いよいよ実行直前というところで、突然管制室から通信が入った。
『所属不明の機体より、この空母の責任者と連絡を取りたいと通信が入ってますが。如何いたしましょう』
「なんだと?まあいいとりあえずここに繋いでくれ」
やがて合同本部のモニターには、緑色の髪で顔の右側に仮面を着けている男が映しだされた。
年齢は30代くらいだろうか。見るからに歴戦の軍人という顔つきだ。
『ごきげんようナディエージタの諸君、私はバルベアUMA観測顧問機関のグラッシュという』
『君らがピルヴィと呼んでいる組織の実行部隊長だ』
『これより貴艦に宣戦布告を表明する』
『まずは小手調べとして彼らと戦っていただきたい』
その言葉と同時に豪快な水しぶきの音がして画面が切り替わり、巨大なUMAの姿が現れた。
再び海からラスイートが出てきたのだ。それは単体ではなく全部で10頭の群れであった。
「「「「「「「「「「!!!!!!」」」」」」
合同作戦会議室にいた誰もが驚いた。
「あいつ一体何者なんだ?」
「バルベアとか訳の分からないこと言っていたけど…」
「言語は英語か?ということはまさかN…」
っと柊が言いかけた時またグラッシュが話し出した。
『君たちの力を我々に存分に見せてくれたまえ!』
そしてグラッシュからの通信は途切れた。
合同会議室はざわついた様子を見せた。
「なんだかすごいことになっちゃいましたね柊中尉…」
「ああそうだな…でもあいつ「君らがピルヴィと呼んでいる組織の実行部隊長だ」って言ってたけど君らって私たちのことだよな?」
「でも私はパロディなんて知らないぞ」
「コメディーですよ!」
「でも確かにそうですよね」
「私もコメディーなんて組織聞いたことないです…」
「あの二人とも言い方間違えてますよ…ピルヴィですよ」
「もう読み方なんてどうでもいいや!」
「「吹っ切れた!!」」
こんな状況にも関わらず柊たちはコントのようなやり取りの会話を続けていた。
「崎村少佐たちはエブリーのことはご存知でしたか?」
「ん?ああピルヴィのことか?」
「俺は知らねえな」
「崎村もそうだろ?」
「…」
「ん?おい崎村聞いてるか?」
「は!あ、ああ俺もこんな組織聞いたことないゾ…」
崎村は何か動揺しているようにも見えたが柊はあえて触れないことにした。
っとそんなことを各自で話していると…
「静まれーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
合同会議室全体に聞こえる声量で柳川少将が叫んだ。
「あの謎の連絡により君たちが動揺しているのはよーくわかる!」
「私も君たちと同じ気持ちだ!」
「だがもう今はとりあえず我々のできる最善の行動を行うのが私は望ましいと思う…」
「我々の今やるべきことは…」
っと柳川少将が話そうとした時だった。
「UMAを皆殺し…ですよね?」
翼雷がこう言った。
その時の翼雷の笑みはかなり不気味に感じられた。
早く新しい獲物を狩りたい!
その気持ちが体全体から滲み出ていた。
「違いますか?柳川少将?」
「…」
「言い方は悪いが確かにその通りだ」
「よしならば話は早い!」
「これより全員ラスイートの殲滅作戦に参加してもらう!」
「それでは諸君の活躍大いに期待させてもらうぞ!」
「私からは以上だ!」
「「「「「「「「「「イエッサーーーーーーーーーー」」」」」」」」」」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
五井南海岸海上…
「二体目撃破! 仮面野郎の泣きっ面で、強い酒でもあおりたいもんね!」
一機の戦闘機が放ったレーザー砲は、眼下でうごめく生物を貫き、引き裂いた。
柊は頭に血が上ったまま、管制室へ無線で報告する。
「残りは八体です」
「引き続き気を抜かず撃破にあたってください」
「くれぐれも、冷静な判断を!」
「了解」(ラジャー)
空は薄紫色になり、灰色の雲があちこちに広がっていた。
海上では、サメのような形をした生命体――ラスイートがひしめき、地獄絵図であった。
「柊中尉、三時方向のラスイートが一体打ち上がりそうです」
「撃破よろしくお願いします」
「オッケー、花梨ちゃん! 任せといて」
海面付近からラスイートに攻撃を加えている第二部隊。
そのうちの一人である弓削から無線が入った。
柊は力強く返事をし、窓の外をのぞき込んだ。
弓削の乗る機体が、吸い寄せられるように一気に水面ぎりぎりまで高度を下げていく。
タッチアンドゴーですぐに上昇を始める、旋回して距離を取った。
数秒後、連絡のあった三時方向のラスイート周辺で水柱が立った。
「ベストタイミング!」
弓削の放った魚雷によって、ラスイートは打ち上げられ宙を舞った。
すぐに自由落下を始めるが、柊はそれを許さなかった。
操縦桿に取り付けられたパドルを素早く引き、レーザー砲を発射する。
さらに、操縦桿から片手を離し、機関砲を操作し始めた。
レーザーを当てられ爛れた表面を、連続して砲弾がえぐっていく。
ラスイートは金切り声を上げ、全身を震わせた。
周辺を飛ぶ戦闘機は、ファスイートの体当たりを回避するのに大忙しだった。
「これで三体目! おいおいどうした?」
「お前らの実力はそんなもんか?」
海の藻屑と化していくラスイートを尻目に、柊は笑みで表情を歪めた。
柊は機体を大きく旋回させ、再び主戦場へ鼻先を向けた。
その瞬間、目の前を第一部隊の二人が通過する。
「翼雷! 前へ出すぎるナ!」
「チームを意識しロ」
「個人プレーじゃないんだゾ」
崎村少佐がチャンネルも合わせずに怒鳴っている。
翼雷の単独飛行に注意をしているが、少年からの返事はない。
代わりに、砲弾の嵐でラスイートを沈めていく。
若くしてできすぎるのも少し考え物だな、と柊は自分を棚に上げて首をゆっくり縦に振った。
そうこうしているうちに、再び崎村からの無線が飛び込んでくる。
「まったくお前は! 後で覚えてろヨ?」
「夕飯時にはそのイケメンが崩れるくらい、ほっぺを落としてやるからナ」
「崎村少佐、無線のチャンネルを合わせてから喋らないと、全部隊に会話が筒抜けですよ」
柊が無線に手を伸ばしかけたとき、先に崎村へ語り掛けた者がいた。
「これが、ジャパーニズ愛のカタチというやつですか?」
「楊中尉じゃないか。これは失礼」
「おや?愛のカタチは否定しないんですね?」
「何を言うか。留学生でも怒るときは怒るぞ?」
「すみません。許してくださいよ」
「ははは。まったく愉快なもんだ」
「気にするな本気で言ってなんかおらんよ」
「ありがとうございます……」
無線の終わり際に出た、飛鈴のどこか寂し気な声。
柊は少し違和感を覚えたが、そんな不安もすぐに消し飛んでしまった。
飛鈴はキャンバスに絵を描くように、戦場を華麗に飛び回っていた。
その飛行を可能にしているのは、彼女の腕はもちろんだが、今作戦で初めて導入された機体――PHOENIXによるところも大きかった。
特殊な形をした翼をもつその機体は、多くが謎に包まれているが、スピード性能だけはとにかく桁違いのようで、彼女の操る戦闘機は、あっという間に見えなくなってしまった。
瑠瑚は飛鈴に向かって敬礼すると、気持ちを切り替え、戦闘に集中した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ラスイートは第二部隊の面々によって、次々と上空へ打ち上げられていく。
すると、待機していた第一・三部隊によって、一斉に砲火を浴びせられる。
見事な連携プレイに後方で構える第五・六部隊のメンバーは、ゆっくり頷いたり、思わず笑みをこぼしたりしていた。
そうこうしているうちに、残すは一体のみとなった。
「八重咲、どちらが先に倒すか、私と勝負してみないか?」
「えっ! そんなの負けるに決まってるじゃないですか」
「何をおっしゃいるんですか?」
「そんなの、やってみなくちゃわからないだろ?」
戦いの終わりが見え、柊はつい軽口を叩き出す。
それに対して、八重咲は必死の声色で抵抗していた。
瑠瑚は誘いに乗ってこない早奈英に、ちょっとだけ、むすっと口を尖らせる。
「そうだ!この勝負に勝ったらなんか飯奢ってやろうか?」
「え?」
「和洋中なんでもいいぞ!」
「じゃあ私中華がいいです!」
「おぉ中華ならフカヒレスープとかどうだ?」
「今ちょうどサメのUMAを仕留めてるところだしさ!」
「まあ私は食べたことはないんだけど…」
「さあじゃあ勝負することも決まったことだし…」
「始め!その新型機、乗りこなしてみせろ!」
そう言い残し、スロットルを全開にした。
第二部隊が打ち上げるのも待たず、全速前進で突っ込んでいく。
「ま、待ってくださいぃぃぃ」
無線越しに甲高い声を響かせる八重咲。
後ろを一瞥すると、必死で食らいついてきていた。
「おおっ。やるねえ。私は嬉し――」
言いらぎがそう言いかけたとき、機体のすぐ横を砲弾が掠めていった。
その砲弾は連続して、正面にうごめくラスイートに打ち込まれていく。
「な、何してるの」
「さすがにそれは危ないって…」
「見ていてください、柊中尉。もうすぐ倒して見せますから!」
柊の注意をまるで聞かず、八重咲は花形の機関砲を打ち続けていた。
気が付けば柊の操るスターダンサーと横並び、そして追い抜いた。
「これで、おしまいです!」
八重咲の力強い声とともに、花びらを模した赤色の機体には似つかないミサイルが放たれたる。
一直線に空を切り裂くミサイルは、ラスイートの動きを完全に読み切り、捕捉していた。
数秒後、凄まじい爆発音と爆風が辺り一帯を覆う。
水しぶきが晴れると、そこにラスイートの姿は微塵も無くなっていた。
その瞬間、無線の全チャンネルから歓声が沸き上がった。
男女問わず、とにかく叫びに叫び、そこまで音量を上げているわけでもないのに、機内はけたたましさに包まれる。
酷く音割れする音声の中、早奈英から涙ぐんた通信が入る。
「柊ちゅぅいぃぃ。私、私やりましたよぉ。中尉のおかげですよ。ありがとぉございますぅ」
「何を言ってるのさ。八重咲、あんたが頑張ったからよ。私は何もしてないよ」
「えへっ。またまた。中尉はいっつもそうなんですから」
「でもこれでフカヒレスープは私の物ですね!」
青色が顔を覗かせ始めた大空を並走しながら、お互いの顔を見合わせた。
柊が微笑みかけると、八重咲は涙をぬぐって笑顔を作った。
晴れやかなその顔に、今まで感じたことのない感覚が柊の心に沸き上がる。
指揮官としての意識。
鷹城が旅立って、小隊長に就任して、初めてそのことを実感する。
これから、この訓練生たちを守っていくのは私なのだと…
「帰ったら、みんなの資料読み直さないとね」
柊はそう呟き、ゆっくりと息を吐き出した。
っと、その時、聞き覚えのある声が、一帯に響き渡る。
「パチパチパチパチ」
「素晴らしい! 小手調べ、見事クリアしてくれたようだね」
低く、それでいて透き通るその声に、歓喜していた関係者は、冷や水を打ち付けられたように一瞬にして静まり返った。
「正直、簡単すぎたかな」
「君たちを甘く見すぎていたようだ」
「鮮やかな戦闘に拍手を送ろうじゃないか」
そして、パチパチという音声をBGMにして、再び語り出す。
「……まだ戦い足りないだろう?」
「そんな君たちに、最高の贈り物をさせてもらったよ」
「到着するまで少し待っていてくれるか・・・」
「おお・・・」
「もう来たのか・・・」
彼がそう話しているうちに、五井南海岸の上空には禍々しき空間が出現し始めていた。
電流のような紫色の光が走り回り、黒味が増していく。
ヴァロータのゲージが一瞬にして振り切れ、けたたましく警報が鳴り響き出した。
周囲の機体が慌てて避難する中、その空間の中心に丸みを帯びた赤色の飛行物体が取り残されていた。
縦横無尽に駆ける電流に、右往左往している。
それはまるで、風に流され宙を舞う花びらのようで・・・
「八重咲ー!!!」
「もうそろそろだな」
「あの子、君たちの星の呼び名は何だったかな」
次の瞬間、ゲートが開いた。
姿を現した生命体は、全身を黒い羽毛で覆っていた。
そのシルエットを見た瞬間柊は戦慄した。
「あ、ああ・・・」
鳥のような形をし、十メートルはくだらないその体。
羽を広げて威嚇をすると、体長は何倍にも膨れ上がった。
その生物が口を開くと、切り裂くような鳴き声が超音波となって放たれる。
脳を震わせるその音に、柊は思わず操縦桿から手を離してしまう。
刹那、機体が激しく揺さぶられた。
「あああああああああああああ」
頭を片手で抱えながら、もう一方の手で必死に体勢を立て直す。
ゲートからは十分な距離を取っていたはずだった。
なのに、ここまで強い衝撃が届いてきた。
「こいつは間違いないあの時母さんを殺したUMA・・・」
「「ヴァルラウン」」
「……ああ、ヴァルラウンだったね」
「教えてくれてありがとう、ソラ君」
「さあ、宴の始まりだ!」
「ナディエージタの諸君、健闘を祈る」
ヴァルラウン。
それはUMAレベル四に分類される。
レベル3の幼鳥は出会う率がかなり高く柊や八重桜も以前遭遇している。
かといってあまり遭遇しないレベル4が特別強いかと言えばそうではない。
強さで言えばラスイートと同じくらいだろう。
だが……。
だが瑠瑚の眼前には、信じられない光景が広がっていた。
先ほどの攻撃でバランスを崩した機体が、無残にも餌食となり、鋭いカギ爪に引き裂かれ、嘴に貫かれていた。
海面には、衝撃波によって押し潰されたシーウェーブの船や、戦闘機の残骸が浮かび、そこに人気を感じることはできない。
暴れ続けるヴァルラウンに、ジョセフのが放ったと思われるビーム砲が直撃する。
しかし、ヴァルラウンの羽は傷一つなく、さらに激昂させてしまっただけであった。
「なんて硬さだ!」
「こんなヴァルラウン初めてだぞ・・・」
「まいったな……」
っとジョセフが頭を悩ませていると・・・
「次、飛鈴が行ってみます」
飛鈴が名乗り出た。
「おう嬢ちゃん頼んだぞ!」
今度は、フェイリンのPHOENIXが突撃していく。
ヴァルラウンによる羽での攻撃を避け、限界を超えたスピードから砲弾が放たれる。
ヴァルラウンの表情が歪んだ。
それは、僅かながらにもダメージを与えることに成功していた。
「やったぞ! 飛鈴!」
「もう少し頑張ってくれ」
「はい! やってみます」
そう言って、飛鈴はジョセフと連携して、砲撃を繰り返した。
崎村と翼雷、時野と太宰もそれぞれペアを組んで、加勢していく。
間髪入れる暇もない銃弾の嵐に、ヴァルラウンは少しずつ苦しげな表情を見せていった。
しかし、決定的なダメージが入っている様子は見受けられない。
「くっそ、なんて硬さだ」
「まったくです」
「俺の腕でも倒せないのか……」
「管制室、他に何か案はないのか!」
ラスイートを十体倒し、気を緩めたところから、一気に仲間を失い、絶望の淵へと立たされる。
パイロットたちの精神状態はもはや限界にきていた。
柊はというと、攻撃することも忘れて、ただ、海面に浮かぶ残骸を見下ろしていた。
「ははっ・・・」
「何が皆を守るだ・・・」
「結局また逃げ出してるじゃないか・・・」
「あの時見たいに・・・」
「私は訓練生二人にそして親友もろくに守れない・・・」
「八重咲、青海……。椿原にセリア……。空ちゃん……」
「しかも自分の隊だっていうのに、こんなときですら下の名前を呼べないなんて」
「いや呼べないんじゃない」
「知らないんだ。忙しいことにかまけて、隊員のことを、知ろうとしなかった」
「覚えようとする努力が足りなかった」
「マレットだけは、セリアと呼んでくださいと強く言われたから、わかる」
「でも他は? 早奈英と空くらいしかわからない」
「誰一人、空にいないじゃないか」
「私が守らないといけなかったのに・・・」
「まだ戦闘のイロハもわからない訓練生たちに無茶ばかりさせて・・・」
「私は最低だ」
「指揮官として、失格だ」
っと柊が一人で嘆いている時だった。
「ちょっと柊中尉、そんなところでへばってないで、加勢してください!」
「もう圧されすぎてて何が何だかわからないです!」
弓削からの無線だった。
彼女はスターダンサーの上を通過し、ヴァルラウンに向かって突き進んでいく。方角から考えて、マリアに補給にでも行っていたのだろう。
柊は、弓削からの呼びかけに応じることもなく、そのまま低空を飛び続けた。
「よし、やったか?」
「いや、まだだ。だいぶへばってきているが……」
無線越しに、先頭の様子が浮かんでくる。
きっと、ナディエージタの精鋭たちが集まって、攻撃を繰り返しているに違いない。
じきに討伐報告でも入るだろう。
「衝撃波が来るぞ! 気をつけろ!」
「はい!」
「しまっ――」
その無間の直後、柊の機体を衝撃波が襲う。
激しく揺さぶられ、気分が悪くなった。
しかし無線では・・・
「おい、弓削」
「応答しろ! 弓削!」
「弓削少尉!」
無線の向こうでは皆が弓削の名を呼んでいた。
弓削からの返事はなく、沈黙が続く。
「管制室! 弓削少佐がやられタ」
至急シーウェーブによる救援を求ム」
「こちら管制室。崎村少佐、マリアより現場海域へ急行中のシーウェーブに連絡を入れます」
「ですが、救援要請はすでにパンク状態です」
「シーウェーブも壊滅的なダメージを――」
「ウルセえ! そんなこたぁわかってル」
「ガタガタ言わずに、シーウェーブを信じておケ」
「ヤツらは最大限頑張ってくれル
「だから、連絡だけ頼んだゾ」
極限状態の中行われる通信にも、柊には響かない。
必死になって、自分の隊員たちのことやわ破片の間から探していく。
「おい、そういえば柊はどうした」
「あいつもやられたのか?」
「まさか。そんな簡単にやられるような奴じゃないぞ」
「瑠瑚……」
自分のことを探している。瑠瑚が隊員を探しているようにまた、彼らも瑠瑚を探していた。戦える人数は一人でも多い方がよかった。
「いたぞ! あのスターダンサーじゃないか?」
「本当だ。あんなところで何やってやがる」
「柊中尉一人だけか? 他の第三部隊はどうした」
「周囲には、見当たりませんね……」
それから、息を呑むような音が聞こえて、無線は静かになった。
機内は、再び静かな空間を取り戻す。
まるで、時間が止まってしまったように・・・
っとそのとき戦闘機のエンジン音が近づいてくる。
少し高めのエンジン音の戦闘機が二機、スターダンサーの上を通過していった。
「わーい。みんなー、瀬川ツインズのお出ましだよー」
「お待たせしました。機体の調整に時間かかっちゃった」
「夏樹と」
「夏葉が来たからには、もう大丈夫だよ!」
今度は、第五部隊の瀬川兄妹たちだった。
この双子たちは、記憶や知識などを共有しているといっても過言ではない。
以心伝心とはまた少し違う、テレパシーのような能力だった。
このような超能力を持った人間が襲撃が起きてしばらく経ってからは多く現れだした。
中にはインチキなやつもいるが瀬川兄妹の超能力は本物だ。
その証拠が彼らの戦い方だ。
その超能力のようなものを活かしたもので夏樹と夏葉は完璧な連携をし、相手に反撃する暇を与えさせない。
向かうところ敵なしとなっていた。
そのため、二人は瀬川ツインズと呼ばれ、頼られる存在となった。
今回もまた、その見事な連係プレイが繰り広げられていた。
「いくよー!」
「はーい」
右から、左から、連動した動きにヴァルラウンは翻弄され、攻撃の対象が定まらなくなっていく。
繰り出される衝撃波も超音波も、弱々しく、戦闘機にはもう効かない。
勝利までのナンバーが灯りかけ、討伐までは時間の問題かと周囲の全員が思いかけたとき、ヴァルラウンに異変が起こった。
突如現れたゲートから紫色の稲妻が降り注ぎ、ヴァルラウンに直撃する。
電撃を受けたヴァルラウンは、見る見るうちに力を取り戻していく。
ボロボロになった傷が癒えていき、爪や嘴は鋭さを増した。
次の瞬間、ヴァルラウンが急に暴れ出し、ベテランを含めた多くの戦闘員が巻き込まれた。
機体を破壊され、なすすべなく直下の海へ落下していく。
稲妻がフラッシュグレネードのような役割を果たし、視界を奪われていたところで、急にヴァルラウンが暴れ出したため、多くの者の反応が遅れてしまったのだった。
崎村少佐、翼雷、ジョセフ中佐、時野大尉、楊中尉が一気に戦闘から離脱し、状況は最悪だった。
太宰中尉は、気づいた時にはどこにも姿は見えなかった。
残された瀬川ツインズも、まさかの出来事にあっけにとられ、その隙を突かれていた。
夏樹の機体が羽にはじかれ、夏葉の機体に直撃する。
お互いのすべてを理解できる二人にとって、普段では考えられない光景であった。
まるで、この瞬間だけはテレパシーが使えなくなっていたかのように・・・
「瑠瑚、瑠瑚!」
不意に、柊は名前を呼ばれる。
暖かくて、優しくて、それでいて厳しさもあって、大好きな声。
「しっかりしなさい、瑠瑚!」
「そんな怪鳥倒しちゃいなさい」
「そして、私たちを、助け――」
脳内に響くその声は、最後まで喋り切れないうちに途切れてしまった。
「空……」
小さく口から零れ落ちたのは、今一番会いたい人物の名前。
大好きだった人の名前。
沈んでいた柊の心に、仄かに輝く希望の光が灯る。
確かに、「私を助けて」とそう言った。もしかしたら、また彼女に会えるかもしれない。
顔を上げた柊の視界の先には一瞬だけ開いたゲートの辺りをずっと探していた真っ赤な花弁がひらり、漂っていた。
「早奈英!」
柊は思わず大きな声を出した。
エンジンにエネルギーを送り、停滞していた空気を吹き飛ばす。
スロットルを引き、一気に加速する。
ヴァルラウンは、よろよろと飛行するフラワーデイズに気が付いたのか、暴れるのをやめて上昇を始めた。
「お前らにこれ以上私の大切なものは壊させない!」
「手ぇ出したら許さねえからなあ!」
フラワーデイズに向かって羽を下ろした怪鳥に向け、柊は小型ミサイルを発射する。
機体に触れる直前、ミサイルがその羽に着弾した。
ヴァルラウンは悲鳴をあげ、柊の操るスターダンサーを睨みつけてきた。
柊はそんなヴァルラウンを睨み返した。
電撃で覚醒したことにより、防御側の力が攻撃側に回っているのかもしれない。そんなゲームのステータス値ような話があるのかどうかわからないが、今はそれに賭けるしかなかった。
柊はありったけの砲弾を浴びせ始めた。
レーザー砲も、焼き切れるくらい連続して撃った。
小型ミサイルだって、同時に撃った。
投下用の弾薬は、踊るような操縦テクニックでぶつけた。
それからのことは、あまりよく覚えていなかった。
次に柊気付いたのは、シーウェーブに引き上げられるときだった。
周囲にはスターダンサーの破片が散らばっており、そのさらに奥に、ヴァルラウンの死体が浮かんでいる。
「私、やったんだ……」
不意に見上げた空に、雲は一つもない。
いつしか見た、透き通った青空のような
澄んだ夕暮れが、どこまでも広がっている。
一帯には黄昏時の緩やかな陽気が、しんみりと漂っていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
救助船内・・・
シーウェーブの船に揺られ、マリアに到着した柊を出迎えてくれたのは、八重咲と青海だった。
ボロボロになった二人に捲かれた包帯が痛々しい。
「ひい、ひぃらぎちゅぅ……柊中尉ぃぃ」
「おかえりなさい、柊中尉」
「おかげで、私たちは救われました」
八重咲が駆け寄って抱き着いてきた。
頬をプルプルと震わせ、青海は泣くのをぐっと堪えていた。
「守ってくださって、ありがとうございました」
胸の中、早奈英が声を震わせる。
まだ小さな子供のように顔を擦り付け、泣いている。
アッシュグレーの髪の毛が顔にあたり、少しこそばゆい。
「こんな私に着いてきてくれて、ありがとう」
「二人には辛い思いをさせちゃったね。……ごめんね」
「そんなことありません!」
「柊中尉だったからこそ私たちは頑張れたんです」
「だから、だから、謝らないでください」
「です! 私も青海ちゃんも・・・いや昴ちゃんも感謝してるんです」
「それにきっと、詩穂もセリアも……」
そう言う八重咲の眼は曇っていた。
いつもは澄んだ綺麗な眼をしているけれど。
柊は笑って見せる。
八重咲も青海も頑張っているのだから、自分が弱音を吐くわけにはいかなかった。
「そうだね。きっと……」
「そうだと、嬉しいな」
そう呟いた残響は、波のしぶきによってかき消され、吸い込まれていった。
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マリア内合同会議室・・・
「では、今回の作戦の総括を行う」
「皆の者、正面のスクリーンに注目してくれ」
艦内の大会議室に関係者が集められた。
作戦が始まる前に来た部屋と同じはずなのに、ずいぶん広く感じられた。
「まずは、作戦が勝利という二文字に終わったことに感謝する」
壇上の面子は、柳川少将と畑中教授、二人の副官や研究者と変わることはなかった。
ただ、酷く顔がやつれている。
「そして、今作戦にて殉職した全ての者に哀悼の意を表す」
柳川はそう言うと、帽子を取って目を瞑り、胸の前で手を合わせた。
瑠瑚も脱帽し、同じように手を合わせる。
しばらくの沈黙が続き、柳川は再び口を開いた。
「……さて、本作戦は当初の予定では、五井南海岸に現れたラスイート一体を討伐するモノであったが、決行直前に入電したグラッシュと名乗る男の手によって、ラスイート十体討伐へと目標が変更された」
柳川に合わせて、背後のスクリーンが移り変わっていく。作戦の要点や変更点などが、文字と画像でまとめられている。
「そして、我がナディエージタの精鋭たちによって無事、討伐することができたのだが、問題はここからだった」
「再びグラッシュから入電し、目標にヴァルラウンが追加された」
「このヴァルラウンは通常よりも強化されており――」
柳川に代わって、今度は畑中が喋り出す。
それに伴って内容は、本部で解明された事項の解説へと移っていった。
「あの破壊力は今までのトップクラスに入るな」
「本当です。何なんでしょうか、あの個体は?」
「知らん」
「太宰のやつ、途中で逃げおったからな」
「俺はまだ許してないぞ」
柊の隣でジョセフやフェイリン、崎村と時野がひそひそと会話を始める。
翼雷はいつものように無口のまま。
太宰はだんまりを決め込んでいた。
ヴァルラウン覚醒時に撃墜された面々は、奇跡的に全員無事に救出されていた。
比較的軽傷だった面々は会議に出席している。
瀬川兄妹と花梨は重傷なため、今も病室と集中治療室の中だった。
「――で、今回はシーウェーブの被害が甚大なものになってしまった」
「これは、これからの戦闘における重要な課題となるだろう」
「我々本部としても、最大限対策を話し合っていきたいと思っている」
空調の稼働音が、低く室内にうなり続けている。
艦内は冷たく、怪我をした身体には堪えた。
「ねえ、早奈英に青海」
「今度の休み、どっか行こっか」
「辛いこともしんどいことも忘れて、リセット……しよ」
柊は、早奈英と青海に話しかける。
青海が驚いた顔で柊を見つめ返してきたが、何かを悟ったのか、目を細め口角を僅かに上げた。
「なえちゃんのこと、下の名前で呼ぶようにしたんですね柊中尉」
「何だかちょっと羨ましいです」
「それなら、私のことも昴って呼んでくださいよ」
「ごめん。私、小隊長として自分の隊に無関心すぎた」
「知らないことがありすぎた」
「だからちょっと、頑張ってみようと思って」
思わず俯きかけた自分を奮い立たせ、柊は前を向く。
「だから、昴。ここから始めようと思ってね」
そう話す柊の顔は、未来への希望に溢れたいい顔をしていた。
青海も、そんな柊に満面の笑みで答える。
「どこに行きましょうか?」
「まずは、海に行きたいな」
「みんなに、ちゃんと、お別れを言わなくちゃ」
「お別れ・・・」
「結局3人は見つかりませんでしたよね・・・」
「うん・・・」
「でも私は空ちゃんたちは向こうでも元気にやってるんじゃないかな?」
「ほら雲の上でさ・・・」
「ヴァルラウンと戦う前にねなんだか空ちゃんの声が聞こえた気がしたんだ・・・」
「だから絶対元気にやっていると思うよ私は・・・」
「例え空ちゃんたちが空に帰ったとしても私は絶対忘れない・・・」
「柊中尉・・・」
「私たちですよ」
八重咲がそういうと柊は微笑み元気よく答えた。
「そうだな!」
そして二人に質問をする。
「そのあとはどっか行きたいところあったりする?」
二人に目を向けた先、青海は少し考えこんだ表情を見せていたが八重咲はまだ手を合わせたまま、目を瞑っていた。
「なえちゃん、大丈夫?」
「……早奈英?」
どうも様子がおかしい。
完全に止まってしまっている。
手を合わせたまま、意識を失ってしまったように…
呼吸すらしていないのではないかと、勘違いして青海が八重咲の肩に手をおいて小さく揺らすと、八重咲はそのまま斜め前に倒れ始めた。
「えっ、ちょ、ちょっとなえちゃん!?」
頭から倒れ込み、前列の椅子に顔を直撃させる。
そこに座っていた人は驚いて立ち上がり、重量を失った椅子は吹き飛ばされ、床に転がって大きな音を立てた。
「崎村少佐にレイゼン、翼雷に零‐三七を配備し、そして!」
「 ……そこ、どうしたのですか」
「急に立ち上がって、何かありましたか?」
「えっと、後ろの女の子が急に倒れてきて――」
畑中に問いかけに、前に座っていた男性が答えていたときだった。
前方のスクリーンに半仮面の男が映し出された。
見覚えのあるその男は、語り出す。
「レディース&ジェントルメン。ご機嫌麗しゅう?」
「さすがにあの子には手を焼いたようだね」
「そ、その声はまさか、あのときの!」
「そのまさかさ、畑中教授」
「また会えて嬉しいよ」
グラッシュは仮面に手を当て、不気味な笑みを浮かべた。
畑中は名前を呼ばれた驚きのあまり、目を見開いて口をパクパクさせている。
「君、グラッシュといったか」
「ええ」
「目的はなんだ」
「目的……ですか」
壇の端に座っていた柳川が立ち上がり、グラッシュに話しかける。
すると彼は、顎に手を当て、何か考える仕草をした。
「そうだね。地球のことをもっと知りたい、かな」
「知的好奇心だよ。そうそう、今回は良いものを持ってきたんだ」
そう言うと、グラッシュはカメラに手を伸ばし、持ち上げる。
ぐるりと映している方向を変えると、そこには液体の入った管が左右に並べられていた。
その中に、それぞれ一人ずつ裸の人間が入れられ、浮かんでいる。
「えーっと、ソラちゃん。左の娘が?」
「椿原、詩穂です……」
「よく言えたね。じゃあ、右側のは?」
「セリア……マレット、です」
「ありがとう、ソラちゃん。下がっていいよ」
画面外でグラッシュと女性のやり取りが行われる。
その女性によると、映し出されている二人は、柊小隊に所属の訓練生二人だった。
「そんな……そんなのってないよ……」
青海が横で立ち上がり、両手で顔を覆った。
少しして、足が震えだす。
涙が零れ、立っていられなくなった。
「あ、ごめん。ソラちゃん、最後に、横で泣いてるの誰だっけ」
「青海昴……です」
「そっかあ。それでもう一人は、ヒイラギルコちゃん、だったよね」
「そう……です……っ」
映し出された範囲外から、女性が走り抜けていく。
緑色の液体に浸る二人の横を通り抜け、奥の扉の外に消えていった。
「そういうわけでこういうことなんだ残念でした」
「あ、でも安心して。こっちで寝てる二人は、ちゃんと地球に返してあげるから」
「ただしもしかしたら君たちの知っている二人ではもうないかもしないがね…」
カメラの向きが戻され、再びグラッシュが映し出される。
「それじゃあ、今回はこの辺に――」
「ちょっと待て」
「んん? どうしたのかな、ルコちゃん」
通信を切ろうとするグラッシュに、柊は呼びかける。
立ち上がって、スクリーンに駆け寄った。
「どうすればいい?」
「何がだい?」
「どうすればお前のところにいけるんだ?」
「ほう。ルコさんはワタシに会いたいんだね」
「そうだ」
「そっかあ。どうしよっかな」
そう言って、グラッシュはまた顎に手を当てる。
何度かさすってから、にやりと笑みを浮かべ、顎から手を離した。
「じゃあ、いいことを教えてあげよう」
「ワタシは今、スピルウィアー星から通信しているんだ」
「スピルウィアー星?」
「ふざけるな今の私には冗談は通じないぞ!」
「冗談も何も本当のことなんだけどね…」
「何が本当のことだ!」
「お前がもし本当にスピルウィアー星という謎の星にいるとしたらお前の話しているその言語はなんだ?」
「お前は地球人が作り出した英語を現に話しているだろう!」
「そりゃ地球人と会話をするんですから最も地球でポピュラーな言語で語り掛けるのは当たり前じゃないですか?」
「ちっ!まあいいとりあえず話を続けろ!」
「もうルコさんは怖いですねー」
「まああんまり怒られるのも嫌ですしさっさと話の続きをしましょうか…」
「それでもし、スピルウィアー星にたどり着けるなら、喜んで相手をしてあげましょう」
「バルベアUMA観測顧問機関の入った建物で待ってますよ!」
「分かったお前の所在地はわかった」
「そのスピルウィアーとかいう訳の分からない星にいるんだな」
「だけどお前のいるそのスピルウィアー星にはどうやって行くんだ?」
そこで、グラッシュは足を組み直しまた話しだすした。
「いいかい? 一度しか言わないよ」
「……君たちはゲートをUMAの出現ポイントか何かだと思っているようだが、正確にはそうじゃない」
「それは、異星と異星を繋ぐ門なんだ」
「もちろん、双方向のね」
「では伝えることは伝えたぞ」
「君たちの手で迎えにおいで!」
「シホとセリア、そしてソラを」
「ソラ……」
「そう、アカギソラを!」
「楽しみにしているよ」
その言葉を最後に、スクリーンは暗転した。
数秒後、元のスライド――スターダンサーの強化版の画像が映し出される。
「私、行くよ」
元の席に戻った柊はスライドを見上げ、青海に語りかけた。
「私も行きます」
「行かせてください!」
肩口の毛先を揺らし、昴はその焦げ茶色の瞳に闘志を宿す。
二人はそっと、床に寝転がる早奈英に視線を落とした。
この小さな少女に戦いを強いるのは、残酷というものだろう。
瑠瑚はしゃがみ込んで、八重咲の息があるかを確かめた後頭をそっと撫でる。
「短い間だったけど、ありがとう。私たちはみんなを助けに行くよ」
「なえちゃん、元気でね」
そう言って、瑠瑚は立ち上がり、歩み始めようとした。
「待ってください」
「……私も、私も行きますよ」
「ひーらぎ中尉の行くところ、どこへだって着いて行きますかりゃぁ」
「まったく、本当に調子の狂うやつだね」
踏み出した右足にしがみついてきた早奈英に目を向ける。
眠そうに半開きの目をパチパチさせながら、小さな小さな声で話す早奈英に思わず深い息が漏れた。
そして格納庫へと歩いていく…
柊部隊の三人を中心にして、奪われた仲間を取り戻す戦いが今始められようとしていた。
第1章 完!