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ライトインフリゲート  作者: ああ
第1章 「人類の希望」
2/24

第1話 柊の花言葉は予見

 2035年、世界を崩壊させたあの事件から10年の歳月が流れた。


あの日、一人の科学者が全人類に対する反乱を起こした。彼は異界の地と繋がるゲート――プラネティウヌゲートを築き、異次元から謎の生命体(UMA)を地球へ引き込んだ。

各地へ広がって破壊活動を行うその存在は、瞬く間に人類の脅威と認定されることとなる。


各国は持てる技術を結集させて地下への進出を図り、都市機能のほぼ全てを移行させた。

地下空間の建設は、日本も例外ではなく行われ、様々な統廃合による再編の末、新たな統括区を設置した。


「とまあ、これでかねてから日本政府の進めたがっていたコンパクトシティ計画が、思わぬ形で実現したわけなんだが。……さて、UMA出現の歴史を振り返るのはこれくらいにしてだな」


ここは新東京軍事区画の一角にあるナディエージダ新東京支部に隣接する航空部隊養成訓練学校である。

ナディエージダとはゲートから出現するUMAや未確認飛行物体などの人類の様々な天敵たちと対等に渡り合うために作られた軍事機関である。

ちなみにナディエージダの正式名称は世界協同宇宙ステーション ナディエージダである。

その施設の一室の薄暗い部屋の中で講義を行っていた女性は不意にその声音を変える。

被っていた帽子を脱ぐと、長い髪がさらりと広がった。

背後から伸びる青白い光に照らされて、その髪は深い赤紫色を反射する。

数人の訓練生を前にしながら、彼女は昨日の航行時にあった出来事を自慢げに話し出した。


「で、その時私が乗ってた偵察機で取った写真がこれ」


前方のスクリーンに、爪を立てこちらに向けて飛びかかって来ている大型の鳥が映し出される。

スクリーンを囲むように半円に並べられている椅子に座っていた4人の研修生達は思わず息を飲んだ。ただ一人その後ろの席で座っている女性は渋い顔をする。

その一人一人の様子を見て柊瑠瑚ひいらぎるこは満足げにうなずいた。

まずは研修生達の興味を引くことが出来たようだった。


「この黒い鳥はヴァルラウンって言う、オオワタリガラスなの」

「体長は3メートル位あるかな」

「この時私が乗っていた偵察装備のスターダンサーが全長19メートル位だからそんなに大きく感じなかったけど」


「こ、この後どうなったんですか?」


一人の研修生が恐る恐る尋ねる。


「ヒラりとかわして、巻いてやったそれだけ後方に機体を回り込ませてからミサイルを撃ち込んで、焼き鳥にしても良かったんだけど、それにまだ風切り羽も伸びきっていない幼鳥だったし」


と言いスクリーンに次のスライドを映す、そこには先ほどの鳥の群れがはるか後方に映っていた。


「この1羽が持っている物体は何でしょうか?」


その赤毛の研修生はスライドの1点を指差した。

見ると1羽が楕円形の物体を脚で捉えている所であった。


「それはスターダンサーの増加燃料タンク、さっき柊中尉は[ヒラリとかわして]って言ってたけどその前にタンクを投下してヴァルラウンがそれに気を取られている隙に脱出したのよ」


柊はチラッと後方の席に目を向ける。赤城空あかぎそら、柊の同期生でありこの空撮の時に後部操縦席に乗っていた人物である。


「まあ、そう言う事かな…」


(せっかく私の空戦テクニックで華麗に締めたと言うことにしたかったのに)


「ところで一番最初に映っていたのは本当に幼鳥なんですか? 」

「あの大きさでですか?」


一番左に座っていた研修生は信じられないと言う顔をした。


「そう、それに成鳥は両翼がこの1.5倍はあるかな、でもこの前私が仕留めたエニーヤってUMAは…」


と柊は言いかけたが


「柊中尉、そろそろ鷹城さんが出発される時間ですよ」

「見送りに遅れないようにしないと」


赤城は自分の腕時計を指差して言った。

柊はまだ言い足りないというような顔をしつつも…


「はい、ではその話はまた次回と言うことで今日のUMAの生態に関する講義はここまで、さっきの写真が見たい人は後で見に来てもいいからねー」


そう言って締めくくると柊は赤城に急かされる様に教場を後にした。


------------------------


今から1ヶ月前のことだった。

地上では雨が降りしきっていたあの日、柊は上官である鷹城涼子たかしろりょうこから呼び出されていた。

旧区画の路地裏という人気のない場所へのお誘いに、自然と胸が躍って足が速くなる。

しかし、そこで鷹城から告げられた言葉によって、柊の高ぶっていた感情はそのベクトルを変えた。


「私が、小隊長でありますか?」


柊は答えた。


「そうだ、私の代役として新設されるUMA対策チームの小隊長を務めて貰う」


「既に命令は出ている。これだ」


鷹城は柊の前に1枚の紙を差し出した。

今回の人事の紙であった。


「また副官には赤城中尉を付ける」


(空ちゃんか…)


赤城空は柊の今所属しているUMA対策チームの同じクルー員である。


「君たちの代わりに関しては心配する事はない、3日後に着隊予定だ」


「分かりました」

「ですが、かなり急な話ですね」

「何かあったのでしょうか?」


柊は思っていた疑問を口にした。


「私は半年程、九州支部の方にいかねばならん、あなたも知っているでしょう…」

「2日前にあの基地の警戒監視エリアで新たなゲートが観測された事は…」


「ゲート」の言葉に柊は一瞬身を固くする。

鷹城は柊の表情に一瞬陰が差したのを見逃さなかった。

そして心情を推し量るように


「で、ここからは私事になるが……」

「まあ、そんなに気負う事もないんじゃない? 」

「柊ちゃんなら大丈夫だって」


鷹城は先程とはうって変わってフランクな雰囲気で柊に話しかけた。


「鷹城さんはこれだから…」


「という訳で後はよろしくねー」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

現在:飛行場


飛行場に到着すると鷹城が乗る機体は、第二滑走路に配置されていた。

主となる第一滑走路ではない所を見ると、どうやら護衛機もつかない単独飛行になるようだ。


「まさか、出発までひと月かかるとは思いませんでしたよ」


「ははは。柊ちゃんの成長を見届けるまでここは離れられないからな」


「それはつまり、認めていただけた、と」


「相変わらずだな」

「まあ、そういうことにしといてやろう」


出発準備が着々と整いつつある飛行場で、柊と鷹城は最後の言葉を交わしていた。

今も機体の周りでは、青いツナギを着た整備士たちが最終チェックを行っている。


「前にも伝えたと思うが、最低でも半年はここへ帰らない」


鷹城が声のトーンを落とすと、場の空気は和やかなものから一変する。

「ポン、ポン」と鷹城に肩をゆっくりと叩かれる。

その右手はそのまま降りてきて、正面で止まった。

柊は差し出された手を握り、真っ直ぐ向けられる目を見つめ返す。


「私のいない間、頼んだぞ」


鷹城はそう言って微笑むと、機体に向かって歩き出した。

柊が口を開いたり閉じたりしているうちに、距離は徐々に開いていく。

声はもう届かない。


「中佐、行っちゃったね」


柊が言葉を返せずにいると、赤城がそっと手を伸ばした。


「さ、瑠瑚行くよ」


「……うん」


「パイロット以外の方々は建物にお入りください」


赤城が柊の手を引いて戻ろうとするのと同時に、整備士の一人がこちらへ駆け寄ってくる。

一方の手に赤い道具箱を下げ、もう一方の手が資料で塞がっていたその少年は、管制塔の方を顔で示した。


「野間、あんた鷹城さんの機体に何かあったらタダじゃおかないからな」


「んだよ」

「俺も整備の腕には自信があるんだ」

「そんな余計な心配すんなよ」


「まあまあ」

「野間君の腕が確かなのは、瑠瑚、あんたが一番よく知ってるでしょ」


 いつもの光景に、赤城はそっと二人の間に割って入り、柊に向き合った。


「空、確かにそうだけどっ! 」

「……えっと、その、ごめんなさい」


「いや、謝ることはないっつうか、何というか……」


野間巧来のまこうきはまだ20にもならない。

だが、彼の整備に向けるその真剣な態度は大人顔負けであり、凛々しさや勇ましさを感じさせる。

高い技術力とプロ意識は新東京随一といっても過言ではなかった。

歳のほとんど変わらない彼のその輝かしい姿に、心のどこかで沸き立つもやもやとした感情。

それが劣等感なのか闘争心なのか、はたまた別の感情なのか。

柊自身にもはっきりとはわからない。

しかし、気が付けばいつも口悪く当たってしまっていた。


「さあさあ、そこの若いの」

「離れろ離れろ」

「鷹城中佐の出発だ」


白髪交じりの角刈り頭の男性に追い立てられるように、柊たちは格納庫へ走っていく。

それと同時に、鷹城によって機体のエンジンがかけられた。

轟音とともに、爆風が舞う。

徐々に強さを増していく音と風は、辺り一面を包み込む。

やがて機体は滑走路を低速で進み出す。滑走路の先端に取り付けられたエレベータードッグに吸い込まれ、一瞬にして上空へ消えていく。

その光景を眺めて柊たちは、離陸成功のアナウンスを聞いてから滑走路に背を向けた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

教場


お昼を済ませて教場に戻ると、4人の訓練生はすでに席へ着いていた。

柊と赤城が中に入ると、左奥の生徒の号令で4人は素早く立ち上がった。

部屋の中心を通ってスクリーン横に置かれた机の前に立つと、一礼して席に着く。


「よろしくお願いします」


「ああ。ではさっそく午後の講義を始めるぞ」


そう言って、机の裏に回り込んで操作を始めた。

赤城は、訓練生たちが描く半円の後ろの席に腰を下ろし、書類をペラペラと確認し出す。


「そうだなあ、八重咲早奈英やえざきさなえ


「はい!」


柊が左から3番目に座る少女に視線を向けると、彼女は立ち上がって大きな声で返事をした。

大きめの制帽を深くかぶり、アッシュグレーの髪を一つにまとめて横に流している。


「今日もまた帽子に吞まれてるな」

「小さめの帽子がもらえないか、被服部に今度聞いといてやるよ」


「あ、ありがとうございます!」


小さな体で飛び跳ねると、胸元で毛先がふわふわと揺れる。

花のエフェクトが今にも広がりそうな光景に柊が目を奪われていると、部屋の後方から大きな咳払いが聞こえてきた。


「し、失礼しました」

「小隊長、何でありますか」


赤城の視線に気付いた柊は、緩んでいた頬をぴしゃりと張り直す。


「そ、そうだな、八重咲」

「今日の午後、何をするか伝えていたはずだが、覚えているか?」


「ご、午後でありますか」

「今日の午後は、午後は……」


「小隊長、発言しても良いですか」


「ん、どうした、青海おうみ


困り果てる八重咲を見かねて、手を差し出したのは一番左側に座っていた女性だった。

柊は彼女に対し、発言の許可を与えた。


「八重咲がまた混乱しています」

「あまり意地悪をしないであげてください」


「青海、なんだその口の利き方は」


「申し訳ありません、小隊長」


静まり返った室内で、プロジェクターが低く唸っている。

外の音は厚い壁に阻まれて何一つとして響いてこない。

八重咲はきょろきょろと、二人の顔を行ったり来たり。

固唾を呑んで柊の言葉を待った。


「あ、嘘だから大丈夫だよ」


「……と言いますと」


意味を咀嚼しきれず、青海はその場に立ち尽くす。

恐る恐る口から出たのは、そんな間の抜けた言葉だった。

と次の瞬間に、柊は大きな声で笑い出す。

お腹を抱えて、目に涙を浮かべていた。


「いやあ、皆の反応が面白くてつい、な」


その言葉に、へなへなと崩れ落ちる青海。

八重咲も止めていた息を大きく吐き出した。

ざわつく訓練生の後ろ、暗闇から笑い声を超える咳払いが飛んでくる。

と一緒に、乾いた連続した音。


「そ、そうだな」

「八重咲、座っていいぞ」


急に真面目になった柊に促され、八重咲は席に着く。

おうみんナイスファイト、なえちゃんまた忘れたのかと思って冷や冷やしたよ、と各々がそれぞれに声をかけた。


「だ、大丈夫ですか。赤城中尉」


青海が振り返ると、お腹を抱えて咳込んでいた赤城は、苦しそうに右手を上げる。

その目には、涙が浮かんでいた。


「さ、さて、気を取り直して講義に戻ろう」

「今日の午後は、皆には伝えていなかったが、実機にて飛行訓練を行う」

「もちろん地上でだ」


「そ、外でありますか!」


柊は前へ歩み、震える八重咲の頭に手をのせる。

その言葉に続けて、起き上がった赤城が捕捉していく。


「ここ最近はプラネティウゲートからの流入が少ない」

「ずっとシミュレーターでの操縦ばかりでは、飽き飽きするでしょ?」

「せっかくの機会だから実機を飛ばそうということなの」

「上からの許可も下りてるからそこについては心配しなくても大丈夫よ」


「さあ、みんな。20分後に着替えを済ませて第一滑走路に集合してくれ」


「イエス、マム」


----------------

飛行場


30分後、第一滑走路に集まった柊たち6人は、航空部隊の司令官である太田一二三おおたひふみから話を聞いていた。


「今日は初の実機での訓練となる」

「シミュレーターとは様々な点において違いを感じることとなるだろう」

「しかしながら、これまで柊中尉からたくさんのことを学んできただろうし今回は護衛を付けて飛んでもらう」

「今まで学んできた知識を存分に生かして飛行訓練に臨んでくれ」

「では、柊中尉から一言…」


柊は太田から向けられた視線を受け取り、その膨らんだ腹に落とす。

歩み出て、横に並ぶと口を開いた。


「皆はよく学び、よく聞いてくれた」

「今日は簡単な飛行訓練だ」

「事故の無いようにくれぐれも気を付けてくれ。……整列!」


掛け声とともに、6人は太田の前に整列する。


「安全を第一に、私、柊瑠瑚率いる柊小隊は飛行訓練に出ます」

「地上での支援、よろしくお願いします!」


「よろしくお願いします」


「任せておけ」

「柊中尉、小隊を頼むぞ」


「イエッサー」


柊の応答の後、皆は割り当てられた戦闘機に向かって走っていく。

6台の戦闘機を載せた滑走路は地上へと上昇を始めた。

天井が割れ、太陽の光が差し込んでくる。

数分後、上昇は海面を少し過ぎた辺りで止まった。


「離陸時に白い柱が門のように建っている」

「そこにだけ注意しろ」


「かつてレインボーブリッジと呼ばれた橋の名残らしい」


「七色の橋、ですか」

「今日の編隊は6人ですから、一人足りないですね」


「アホなこと言ってないで行くぞ」


「イエス、マム」


エンジンにパワーを送り、滑走路を全速力で進んでいく。

十分スピードに乗ると、スロットルを目一杯、手前に引いた。

機体は徐々に滑走路から離れ、風を切る。


「テイク・オフ」


海面に大きな乱れはなく、透き通るような青空が広がっていた。

一帯には午後の穏やかな陽気が、のんびりと漂っている。

彼女らはそれぞれの期待を胸に抱き、光り輝く大空へと羽ばたき出した。


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