開拓しましょう!そうしましょう! その2
バティたちの運動能力から考えると、そこまで遠くには行けてない筈だろう。
畑から近くの川まで1つの線を引き、それを円状に回せば大体の範囲が分かる。
そこからバティたちが行きそうな場所を考えて近い所から順に探していくのが最善だ。
その事をガウスさんに伝えて、二手に分かれて僕が近い方から、ガウスさんは遠い方から先に探してくれるとの事。
バティたち以外の子に関しては畑を眺めている全員の様子を確認したし、村長に見守ってくれるようお願いしたから大丈夫だろう。
僕が先ず向かったのは今は放置されている別の畑だ。
丈の長い草が茂っていて、先ほどまでいた畑からも、その存在が目視できる程だ。
なので、あの3人が来てる可能性があったのだけれど…
「虫ばっかり…うわぁ……」
イモムシの様な虫が沢山いて、僕の気が滅入っただけだった。あの子たちも虫が嫌いだったからここには居ないだろう。声も聞こえないし…
次に向かったのは畑近くの川。
数代前の村長によって本流から引いた分流らしく、そこまで大きい訳じゃないけれど、それでも畑全ての水路に回すだけの水が流れているから、他の子たちは勿論、僕だって危険ではある。
そもそも人は踝ぐらいの高さの水があれば溺れる可能性があるらしいし…
この川の近くには小高い丘があって、そこに物見櫓が建てられている。
村全体から村の外を見渡す為に大きめに作られている櫓は、遠目にも見ることが出来るので、僕はこの周辺に来ている可能性が1番高いと思っている。
「川か、櫓か………川かな」
少し前に、村の子どもが櫓に登り、転落死した事があったらしく、子どもが勝手に登らないよう、見張りの人がいない時、櫓のハシゴは畳まれている。
なので、登れない以上はバティ達の興味は川に向かうだろう。
土手を下り、川辺を歩く。
上から見渡した感じでは3人の姿は確認出来なかったけれど、川辺は地面がぬかるんでいるから、もし来ていれば足跡が残っているはず。
「畑があっちだから、真っ直ぐ来たとしたら…あの辺りかな?」
別の畑から来たから少し位置がズレていた。草が生い茂っている所為で、足元の地面しか見えないのが面倒だ。遠目にも見えれば楽なのに…
「う〜…草負けっていうのかな…ヒリヒリする…」
踝から脹脛に雑草が擦れてものすごく痒い。
時間がかかる程捜索範囲は広がってしまう。幾らあの子たちの移動範囲が狭いと言っても直進している場合なんかはその限りじゃない。
「こんなことで時間を……あ」
あった。3人分の足跡だ。大きさも同じぐらい。
この川まで真っ直ぐ来たのだろう。足跡は畑の方から伸びている。これを走って辿れば直ぐに追いつけるだろう。
足跡は奥へと続いていて、川には向かってないから先ずは一安心といったところだろうか…
「……3人は草負けしないのかな…」
足跡を追いながらふとそんな事を思う。僕の肌が弱いのかあの子たちの肌が強いのか、僕は我慢しているけれど、あの子たちの年齢から行くと痒みなんて我慢せず痒い痒いと騒ぐと思うのだけれど……いや、辛いことがあっても我慢するように言ったのは僕だったか…
実験は痛みを伴うものばかりだった。人によっては鎮痛剤を投与してくれる人もいたがそうじゃない場合の方が多い。
小さな子は実験中もその後も、痛みや恐怖で泣き叫んでしまう。中にはその叫び声に激昂し、暴力を振るう大人もいた。僕を始めある程度慣れた年長組でできる限り身代わりになってはいたけれど、四六時中みんなが同じ場所にいる訳じゃない。
“痛いけど我慢して、そうじゃないともっと痛くなっちゃう”
そんな事を繰り返し言って、我慢する事を提案したのは僕だ。痛いと、怖いと泣き叫ぶ子に耐えろと言ったのは僕だ。ちょっとの平穏で、それを忘れてしまっていた。
「僕も…大人とそんなに変わらないのかも…」
自己嫌悪に浸ってしまうのは、少し疲れた所為なんだろうか…
けれど、どんな大義名分があったとしても、しなくていい筈の我慢を強いたのは僕だ。どんな綺麗事が上塗りされていようと、耐えることを望んだのは僕だ。
小さな子どもに、その涙を飲み込ませたのは僕なのだから、それ以上に幸せにさせなければならない。
差し当たって危険がないようにしなきゃならないんだ。
「…よし、目的も再確認できた。急ごう」
足跡は川辺から離れ、奥の林へと向かっている。
経過した時間からしてまず間違いなくあの林にいるのだろう。
道中、なぜか棍棒が落ちていたのを拾った。僕でも意外と扱いやすく、柄の底に小さな刃が仕込まれているから逆に持てば木の枝を伐採するのに使えそうだ。
林に着いた。一部、木や草が獣道のようになっているから、多分バティたちがそこを通ったんだと思う。
先ほど拾った棍棒で、進行の邪魔になる枝を切り払っていく。
……普通に振り回した方が良さそうだ。
生い茂った雑草が踏み分けられ、道となっている為、進む方向はハッキリしている。
村の人たちは林と言っていたが、自然なんて見たことのない僕からすれば、森…又はジャングルではないのかと思うばかりだ。
-ガサリ
不意に聞こえたその音に、全身を緊張が駆け巡る。
良いとは言えないが、差して悪いわけでもない林の中での視界は、見えにくいというだけで視野に難はない。
であれば、今の音は何が原因であるのか…村外れとはいえ、畑から少ししか離れていないこの林に、危険な獣が住んでいるとは思い難い。
身を屈め、棍棒を両手で構え目を細める。
心臓がバクバクと音を立てている。
血管が膨らんでいる錯覚に陥る。
息が荒く、周りの音が聴こえ辛い。
恐る恐る音の発生元を窺う。
少しどころではなく、気が緩んでいたようだ。
迂闊だった。
浅慮だった。
間抜けにも程がある。
道端に落ちた棍棒?
林の中に続く獣道?
怪しむべきだった。訝しむべきだった。
緑色の肌、長く伸びた耳、尖った牙に歪な肉体を持つ“魔物”
小鬼と呼ばれる化け物が、そこにいた
真の脅威はゴブリンなどではない。
ゴブリンが群れを為さず人の集落近くは来たのなら、その理由がある筈だ。
そう、ゴブリンを追い込んだ脅威が…