迷い子“たち”
主人公の出番はまだありません。
ああ、ちくしょう…
どうしてこんな面倒な事に…
揺れる木々のざわめき、枝葉を散らす凩を肌に感じながら、俺は岩陰に隠れながら自身の視界に映る獣を警戒していた。
フゴフゴと、マヌケな鳴き声には不釣り合いに凶暴な牙、村の中でも背丈がかなりある自分より2回りは大きな巨体、背中に森の魔を背負う魔猪。
この森の主だ。
その主の住処の側に、30人ほどだろうか、決して少なくはない子供たちがいる。
子供たちは皆一様に気を失っており、遠目に見る限りでは武具の1つも持っている様には見えない。
魔猪は雑食で、肉を好んで食べはしないとは言え、極めて好戦的だ。
森の主はまだ知性的な方だが、自身の縄張りに許可なく居座る外者に容赦するとは思えない。
できる事ならあの子供たちを助けたいところなのだが…俺はただの村人で、狩猟用とは言え、この程度の弓では魔猪の毛皮に傷1つ付けられないだろう。
かと言って見捨てるのも後味が悪く、どっち付かずのまま俺はここで魔猪があの子たちに気付かないよう祈るぐらいしかしていない。
「見捨てれば後味が悪い、このまま見ているだけってのは胸糞悪い。だが、ここを越えれば俺も見つかる…ん?」
待て、混乱しててそこに考えがいかなかったが、なんであの子たちは“縄張りに入って気付かれてない”んだ?
狩人として気配を消す術は長年の経験からお手の物だ。
だが、そんな俺でも気付かれる程に主は勘が鋭い。
ぱっと見子どもではあるが、もしかすると亜人族だったりするのかもしれない。
………そんなわけあるか
亜人族がこんな人間族の辺境の村の森にいるわけがない。
怪しくはあるが、無防備に寝こけている子どもを疑うというのは何か違うだろう。
50年近く良心に従って生きてきたんだ、ここで曲げるような根性はしてない。
俺はそう自分に言い聞かせて覚悟を決める。
-良し、行ける。
主が子どもたちとは反対方向に歩いて行った。
どうやら気づかなかったらしい、この隙に子どもたちを連れて行こう。
すぐ近くに獲物を運搬するための山車もある。
時間的余裕はないだろうから出来るだけ早く、それでいて音を立てない様にしなくては…
これで最後…だよな?先ほどまで子どもたちがいた辺りを振り返り、誰もいない事を確認してから魔蔵機に魔力を込める。
「…どうやって説明すっかな…」
この後の事を何も考えてなかった……
「森で拾った…じゃと?」
「信じられねえのは分かるけど、本当なんだ」
俺を囲みながら子どもたちへ訝しげな視線を向ける数人の大人…村を纏めている長たちだ。
「お主のことを疑う訳ではないが、森の主の縄張りに寝ていたなどと言われてものう…」
「問題はそこじゃなかろう、今年の畑も実りが良くない。子どもとは言え30人も増えれば冬を越すのも厳しいぞ」
「食料に関しては俺が調達してみせるよ、責任は俺にあるんだし」
俺が我慢できないからとやった事だ。
村の皆に我慢させる訳にはいかない。
「お主1人で賄える訳が無かろう…」
「うぐ…」
「……はぁ、他の村に当たってみるでな、期待はせんで待っといてくれ…」
「良いのか?」
「良いも何も、こんな年端もいかん子どもを見捨てる訳にもいかなかろう。ご先祖様に顔向出来んくなるわい」
「ありがとう、村長、それに畑長も」
「ただ、貰えたとしても厳しいじゃろうからの、お主の仕事が増える事には変わりないぞ」
「分かってる、取り敢えず雉あたりを仕留めてくるさ」
俺は持っていた弓を、小屋の壁に立てかけられた長弓に持ち替え、村を出た。
そういえば…森で見つけてからこれまで、子どもたちは一度も目覚めていない。
相当寝つきが良いんだろうか…着ていた衣服は皆同じものだったが、手触りが相当良かったから、どこかの貴族が権力争いから逃がしたのだろうか…
「それで疲れて眠ってる…と、けどそれじゃ寝てた場所の説明がなぁ…」
考えても仕方ない、起きたらあいつらに聞けばいいんだ。
そうしておれは、日が落ちてから村に帰った。
今日の戦果は雉が16羽に青スライムの体液を小瓶4つ分だ。
幾つか出てきたセンスのない造語はオリジナルです。多分既出のネーミングではないと思います。はい。
作中に出てくる単語に関しては折々用語集のような物を書く予定ですので、それまではご容赦ください。